- 著者: Brodowicz T, O’Byrne K, Manegold C
- Corresponding author: Thomas Brodowicz (Clinical Division of Oncology, Department of Medicine I, Medical University of Vienna General Hospital, Vienna, Austria)
- 雑誌: Annals of Oncology
- 発行年: 2012
- Epub日: 2012-02-22
- Article種別: Review
- PMID: 22357445
背景
肺癌は世界で最も一般的な悪性腫瘍であり、2008年にはEUで約25.4万人の死亡を占め、全がん死亡の20.6%に相当した (Figure 1)。非小細胞肺癌 (NSCLC) は肺癌の80-85%を占め、その大多数は進行期で診断されるため、5年生存率は約12%と低い。骨はがん転移の「肥沃な土壌」として知られ、増殖因子やサイトカインに富む微小環境を形成する。肺癌患者では、剖検例の最大36%に骨病変が認められ、骨髄微小転移は22-60%の患者で検出されることが報告されている Coello et al. Clin Lung Cancer 2004。骨転移を有する患者は、病的骨折、脊髄圧迫、高カルシウム血症、重篤な骨痛などの骨関連事象 (SRE) を頻繁に経験する。これらのSREは、患者の生存期間の短縮、QoLの著しい低下、および医療費の増大をもたらすことが知られている Di Maio et al. Br J Cancer 2004。
プラチナベースの化学療法はNSCLCの標準治療として確立されているが、シスプラチンなどの薬剤は腎毒性を有するため、骨標的治療薬であるビスホスホネート製剤との併用が制限される場合がある。特に、ゾレドロン酸などのビスホスホネートは腎排泄に依存するため、腎機能障害のある患者や腎毒性の高い化学療法との併用には慎重なモニタリングと用量調整が必要となる。この腎毒性の重複は、NSCLC患者における骨標的治療の普及を妨げる一因となってきた。例えば、高用量シスプラチン投与例の約40%が腎毒性を示したという報告もある de Jongh et al. Br J Cancer 2003。
近年、デノスマブという新しい骨標的治療薬が注目されている。デノスマブは、破骨細胞の分化と生存に重要な役割を果たすRANKLを標的とする完全ヒト型モノクローナル抗体である。この薬剤は腎排泄に依存しないため、腎機能障害を有する患者にも用量調整なしで使用可能であり、プラチナベースの化学療法との併用において腎毒性の懸念が少ないという利点がある。
本レビューは、肺癌患者における骨転移の有病率、SREの疫学、SREが患者のQoLと医療費に与える負担、およびゾレドロン酸とデノスマブを中心とした骨標的治療のエビデンスを統合的に概説することを目的とする。これにより、実臨床における肺癌骨転移の適切な管理と骨標的治療の位置づけについて考察する。これまでの研究では、NSCLC患者におけるSREの頻度や経済的負担に関する包括的なデータが不足しており、特にアジア人患者におけるSREのリスク因子に関する知見も限られていた。また、デノスマブの登場により、従来のビスホスホネート製剤と比較した腎毒性プロファイルの違いや、SRE予防を超えた抗腫瘍効果の可能性についても、さらなる検討が求められていた。本レビューは、これらの知識のギャップを埋めることを目指すものである。
目的
肺癌患者における骨転移および骨関連事象 (SRE) の臨床的意義を包括的にまとめることを目的とする。具体的には、骨転移の有病率、SREが患者の生存期間とQoLに与える影響、および医療費への負担を詳細に分析する。さらに、ゾレドロン酸およびデノスマブを中心とした主要な骨標的治療薬の有効性、安全性、特に腎毒性プロファイルを比較検討する。これらの情報に基づき、肺癌治療における骨標的治療の適切な位置づけと、将来的な治療戦略の方向性を提示する。
結果
肺癌骨転移の疫学とSRE頻度: NSCLC患者の約30%で骨転移が出現し、剖検例では最大36%に骨転移が認められる。骨髄微小転移は22-60%の患者で検出される。日本の後ろ向き研究 (Tsuya et al. 2007, n=230) では、骨転移を有する患者の50.0%がSREを経験し、最も頻度の高いSREは骨への放射線療法 (34.3%) と高カルシウム血症 (HCM) (20.0%) であった (Figure 2A)。Stage IV NSCLC患者では41.5%に骨転移があり、そのうち44.6%がSREを経験した。SRE有りの患者の生存中央値は187日であったのに対し、SRE無しの患者では366日であり、骨関連合併症が生命予後を短縮することが示された (Table 1)。別の日本研究 (Sekine et al. 2009, n=642) では、全体の18.4%がSREを経験し、40.7%が一次治療開始後6か月以内に初回SREが発生した。多変量解析では、男性、PS 2-3、多発骨転移がSREのリスク因子であった。韓国の研究 (Sun et al. 2011, n=273) では、62.6%の患者が少なくとも1回のSREを経験し、16.8%が複数回発症した。長期喫煙歴、非腺癌、poor PS、およびEGFR-TKI非使用がSREの独立した予測因子であった。セルビアの後ろ向きコホート研究 (n=100) では、57%が骨転移陽性、11%が骨疑陽性所見を有し、欧州コホートでもNSCLCにおける骨病変の頻度が同様であることが確認された。Rosen et al. Cancer 2004の第III相試験 (プラセボ群) では、21か月の観察期間で46%の患者がSREを経験し、年間平均SRE発生数は2.71件 (95% CI 2.26-3.24) と高頻度であった。
QoLと疼痛の負担: イタリアの多施設研究 (Di Maio et al. 2004, n=1,021) では、22%の患者に骨転移が認められ、そのうち75%が何らかの痛みを訴え、50%が日常生活に支障をきたした。グローバルQoLスコアは、無痛患者の64.9から重度痛患者の36.4まで線形に低下した (P<0.001)。82%の患者が不十分な鎮痛しか受けておらず、疼痛管理のアンダートリートメントが深刻な問題として浮上した。肺癌患者では、麻薬性鎮痛薬の呼吸抑制作用という固有の問題も存在する。ノルウェーの研究 (Rustoen et al. 2005, n=157) では、「疼痛の意味づけ」がQoLに最も強く相関し、抑うつがQoL予測の最重要因子であった。SREの発生はQoLの急激な悪化をもたらすため、SRE予防がQoL維持に直結するとの認識が確立しつつある。
骨転移・SREの経済的負担: 2004年の米国における推計では、転移性骨疾患の医療費は年間約126億米ドル (USD) に達し、これは腫瘍医療費全体の17%を占めた。米国保険請求データ解析 (Delea et al. 2004, n=534) では、肺癌骨転移患者の55%が少なくとも1回のSREを経験し、初回SRE後の生存中央値はわずか4.1か月であった。患者あたりのSRE関連生涯費用は約12,000 USDであり、そのうち80%が初回SRE後2か月以内に発生した。内訳は骨への放射線療法が60% (7,247 USD)、骨手術が21% (2,519 USD)、骨折治療が15% (1,743 USD) であった (Figure 3A)。SRE有りの患者と無しの患者の総医療費の差は48,173 USDに達した。スペインの研究 (Pockett et al. 2010) では、肺癌SRE後の入院率が1,000人当たり260まで増加し、SRE予防が医療費削減にも直結することが示された。
ゾレドロン酸の有効性: Rosen et al. Cancer 2004の第III相RCTでは、NSCLCおよびその他の固形がん (乳がん・前立腺がんを除く、n=773) 患者に対し、ゾレドロン酸4 mgを3週ごとに21か月投与した結果、SREを少なくとも1回経験した患者割合はゾレドロン酸群で39%であったのに対し、プラセボ群では46%に減少した。初回SREまでの期間中央値はゾレドロン酸群で236日、プラセボ群で155日であり、有意な延長が認められた (P=0.009)。年間SRE発生数はゾレドロン酸群で1.74件、プラセボ群で2.71件と有意に減少した (P=0.012)。SREリスクは31%減少した (HR=0.693, 95% CI 0.542-0.886, P=0.003)。高カルシウム血症 (HCM) はゾレドロン酸4 mg群で0%であったのに対し、プラセボ群では4%と完全に予防された。ゾレドロン酸は骨溶解性、混合性、骨硬化性病変のすべてに有効であり、骨転移の組織学的タイプに関わらず適応となった。しかし、ゾレドロン酸の投与にはクレアチニン上昇や腎機能モニタリングが必要であり、実臨床での腎毒性管理が課題となった。投与前後の血清クレアチニン測定と、3.5 mg/dL超や急性増悪時の投与延期が求められた。
プラチナ化学療法との腎毒性の重複: 高用量シスプラチン (n=400) 投与例の約40%が腎毒性を示した。カルボプラチンは腎毒性が低いが、Ardizzoni et al. JNatlCancerInst 2007のメタ解析 (9試験、2,968例) では、シスプラチンに比べ生存期間が劣ることが示された。ゾレドロン酸は腎機能モニタリングが必要であり、プラチナベース化学療法との累積腎毒性が臨床的な懸念事項となっていた。腎障害患者ではゾレドロン酸の用量調整または投与回避が求められ、NSCLC患者で骨標的治療を安全に実施するための管理上の障壁となっていた。
デノスマブの有効性: Henry et al. 2011の骨転移固形腫瘍 (乳・前立腺を除く) および多発性骨髄腫の第III相試験 (n=1,776) では、デノスマブ120 mgを月1回皮下注した結果、ゾレドロン酸に対し初回SREまでの時間で非劣性を示した (HR=0.84, 95% CI 0.71-0.98, P=0.0007 非劣性)。全SRE発生率比は0.90 (95% CI 0.77-1.04, P=0.14) であった。顎骨壊死の頻度は両群で同等であったが、腎毒性および急性期反応はゾレドロン酸群で高頻度であった。デノスマブは腎排泄に依存しないため、腎機能障害例でも安全に使用可能であった。NSCLC患者 (n=702) のサブ解析では、デノスマブ群のOS中央値が9.5か月であったのに対し、ゾレドロン酸群では8.1か月と、1.4か月の延長が示された (HR=0.78, 95% CI 0.65-0.94, P=0.01)。これはSRE予防を超えた生存延長効果の可能性を示唆するものであった。
骨標的治療の抗腫瘍効果の可能性: 後ろ向き研究では、ゾレドロン酸とプラチナ化学療法の併用群のOS中央値が34週であったのに対し、化学療法単独群では19週と有意差を認めた (P=0.01)。RANKL/RANK経路は、RANK発現腫瘍細胞の骨への遊走を制御する可能性があり、デノスマブに直接的な抗腫瘍効果があるとの仮説が提唱されている。また、ビスホスホネートは、腫瘍細胞のアポトーシス誘導、血管新生抑制、免疫調節を介した間接的抗腫瘍作用が基礎研究で示されている。骨微小環境内のRANKL阻害により、腫瘍細胞と骨芽細胞・破骨細胞の「悪循環 (vicious cycle)」を断つことで腫瘍増殖を抑制する機序も考えられる。これらの観察は、前向き試験でのさらなる検証が必要である。
考察/結論
先行研究との違い: 本レビューは、肺癌骨転移が臨床現場で過小診断され、過小治療されているという重要な臨床的ギャップを明確に提示した点で、これまでのレビューと異なる。NSCLCの生存期間延長 (分子標的治療や免疫療法が普及する以前の時代でも約1年) に伴い、SRE発生の時間的窓が拡大しつつあるため、骨標的治療の意義はますます高まっている。2010年当時のESMOガイドラインでは骨標的治療が推奨されていなかったが、NCCN (2011) およびEuropean expert panel (De Marinis et al. 2009) では、無症候性骨転移のスクリーニングと骨標的治療が推奨されており、ガイドライン間の整合性の改善が課題であった。
新規性: 本レビューの新規性は、第一に、NSCLC骨転移の疫学データを日本、韓国、欧州、米国の多地域から統合し、SRE頻度の国際的なエビデンスを体系化した点である。これまで報告された研究では、特定の地域に限定されたデータが多く、国際的な比較検討が不足していた。第二に、プラチナ化学療法との腎毒性の重複という実臨床上の問題を定量的に提示し、ゾレドロン酸の使用が制限されてきた機序を明確にした点である。これは、特に腎機能障害を有する患者や、シスプラチンベースの強力な化学療法を受ける患者にとって重要な考慮事項であった。第三に、デノスマブのNSCLC OSサブグループ解析 (HR=0.78, 95% CI 0.65-0.94, P=0.01) という当時最新のデータを引用し、SRE予防を超えた骨標的治療の抗腫瘍効果の可能性を示唆した点である。これは、骨標的治療の役割をSRE予防からさらに広げる可能性を提示するものであった。
臨床応用: 臨床的には、腎排泄に依存しないデノスマブが、プラチナベース治療との併用においてゾレドロン酸よりも適している可能性が示唆される。特に、腎機能低下例や、シスプラチンベース化学療法が適応となる高パフォーマンス状態の患者においては、デノスマブが第一選択となりうるという戦略的含意がある。さらに、NSCLCのOS改善データ (HR=0.78) は、骨標的治療が単なるSRE予防にとどまらない可能性を示すものであり、今後の前向き試験での検証が期待された。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) 骨標的治療のSRE予防を超えた抗腫瘍効果の前向き検証、(2) 早期骨転移スクリーニング (PET-CTなど) の普及と標準化、(3) 高カルシウム血症などを含むSRE定義の再評価と統一、(4) プラチナ化学療法併用時の腎機能モニタリングの標準化と最適化、が必要であると結論する。これらの課題に取り組むことで、肺癌患者の骨転移管理とQoLのさらなる向上が期待される。
方法
本研究は、既報の主要な臨床試験、後ろ向きコホート研究、および医療費解析データを引用したナラティブレビューである。レビューの対象期間は2011年12月21日までに発表された論文とし、PubMed、Embase、Cochrane Libraryなどの主要な医学データベースを用いて関連文献を検索した。
具体的には、ゾレドロン酸の有効性を評価したRosen et al. JClinOncol 2003およびRosen et al. Cancer 2004の第III相試験、ならびにデノスマブとゾレドロン酸を比較したHenry et al. 2011の第III相試験を中心にレビューした。これらの試験は、固形腫瘍(乳がん・前立腺がんを除く)および多発性骨髄腫患者におけるSRE予防効果を評価した主要なランダム化比較試験である。
また、骨転移およびSREの疫学、医療費、治療効果、安全性を系統的に考察するため、日本 (Tsuya et al. 2007, Sekine et al. 2009)、韓国 (Sun et al. 2011)、セルビア (Jaukovic et al. 2006)、イタリア (Di Maio et al. 2004) の後ろ向きコホート研究 (合計1,300例超) を引用した。米国保険請求データベース解析 (Delea et al. 2004, n=534) および欧州医療費解析 (Pockett et al. 2010) からは、SREの経済的負担に関するデータを収集した。
NSCLC骨転移の予後因子、SRE予測因子、および腎毒性プロファイルに関する観察研究も対象とした。ゾレドロン酸およびデノスマブのランダム化比較試験 (RCT) データに加え、プラチナベース化学療法との腎毒性の重複に関するメタアナリシス (Ardizzoni et al. JNatlCancerInst 2007) の結果も統合して考察した。本レビューでは、各研究の報告内容に基づき、エビデンスレベルを考慮した上で結論を導出した。