• 著者: Yibei Wang, Xinyue Sheng, Yi Yang, Chen Liu, Shubao Wang, Ruixi Guo, Yue Gu, Ming Chen, Hongyan Zhang, Jingjing Du, Xiaoxue Qin, Ziwei Miao, Pengfei Wu, Xiujuan Qu, Bo Li
  • Corresponding author: Bo Li (China Medical University), Xiujuan Qu (First Hospital of China Medical University), Pengfei Wu (First Hospital of China Medical University)
  • 雑誌: Cancer Research
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-05-01
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 42076952

背景

肺腺癌 (LUAD: lung adenocarcinoma) は強い神経親和性を示し、原発巣の切除直後や経過中に高頻度で脳転移を呈することが知られており、患者の予後不良を決定づける主要な要因となっている。脳実質は、アストロサイトやマイクログリア、ニューロンなどの独特な細胞構成と、グルコースや酸素、脂質が極めて豊富な特殊な微小環境を有している。脳転移を来したがん細胞がこの過酷かつ特殊な環境下で生存・定着するためには、脳独自の代謝環境への代謝適応を達成しなければならない。黒色腫や乳癌の脳転移においては、OXPHOS (oxidative phosphorylation: 酸化的リン酸化) への依存性の増大や TCA (tricarboxylic acid: トリカルボン酸) サイクル活性化などの代謝再編が報告されている (Carvalho et al. 2024, Kim et al. 2020, Wang et al. 2026)。しかし、肺腺癌細胞が脳内においてどのように代謝プログラムを再編し、定着を果たすのか、その詳細な分子機構は未解明であった。著者らの先行研究では、脳転移した肺腺癌細胞が神経様の表現型および酸素依存的代謝へのシフトを示すことを見出しており、その有力な候補メディエーターとして VGF (VGF nerve growth factor inducible: VGF神経成長因子誘発因子) が同定された。VGF は神経内分泌系で発現する分泌タンパク質であり、神経分化や軸索成長、シナプス可塑性、全身のエネルギーホメオスタシスに関与することが知られている。しかし、がん生物学、特に肺腺癌の脳転移における VGF の具体的な役割や、ミトコンドリア代謝を制御する詳細なメカニズムについてはこれまで報告されておらず、研究が不足していた。脳転移巣におけるがん細胞の生存戦略を理解する上で、この代謝適応メカニズムの解明は極めて重要な課題である。

目的

肺腺癌脳転移における VGF の発現プロファイルを、臨床コホートおよびシングルセルデータを用いて詳細に検証する。また、VGF が脳転移細胞の代謝リモデリングを介して脳内での生存および定着を促進する分子メカニズムを解明することを目的とする。さらに、VGF–ABHD12B (abhydrolase domain containing 12B: アブヒドロラーゼ領域含有12B)–カルジオリピン (CL: cardiolipin) 軸が、肺腺癌脳転移に対する新規の治療標的となり得るかを多角的に評価する。具体的には、VGF の発現が患者の予後や脳転移リスクとどのように相関しているかを臨床的に明らかにし、細胞モデルおよび動物モデルを用いて VGF の過剰発現やノックダウンがミトコンドリアの形態や機能、酸化的リン酸化に与える影響を検証する。これにより、脳転移巣特異的な治療アプローチの確立に向けた基盤的知見を提供することを目指す。

結果

臨床的予後と脳転移リスクにおける VGF の発現上昇: scRNA-seq 解析において、悪性上皮細胞における VGF の発現レベルは、原発巣 (tLung) vs 脳転移巣 (mBrain) の比較において、mBrain 群で有意に高値を示した (p=0.019、pseudobulk 解析) (Fig 1)。2つの独立した IHC コホートを用いた検証でも、脳転移巣における VGF の発現は原発巣よりも有意に高かった (p<0.001)。Firth’s penalized logistic regression 解析の結果、VGF の高発現は脳転移リスクの上昇と有意に関連していた (log2 OR 1.97、95% CI 1.17-3.58、p=0.01)。TCGA コホート (n=516 patients) の解析では、VGF 高発現群は低発現群と比較して有意に短い OS を示し、多変量 Cox 解析においても VGF は独立した予後不良因子であった (log2 HR 0.202、p=0.0183) (Fig 2)。また、脳転移能を段階的に高めた LLC 亜株 (LLC-ICA/ICI-1〜3) において、Vgf の発現が選択回数に応じて段階的に上昇することを確認した。さらに、ex vivo 脳スライス共培養モデルにおいて、脳スライスから分泌されるシグナルが肺腺癌細胞の VGF 表出を直接誘導することが示された。

VGF による脳内での肺腺癌細胞の生存および増殖促進: A549 および NCI-H1299 細胞において VGF を過剰発現させると、CCK-8 (Cell Counting Kit-8: セルカウンティングキット-8) アッセイにおける細胞増殖能、コロニー形成能、および S期細胞の割合が有意に増加した (n=3 replicates)。また、抗がん剤 etoposide に対する IC50 値が、A549 細胞において 0.1607 mmol/L から 0.5002 mmol/L へと上昇し、アポトーシス耐性が獲得されることが示された。ex vivo 脳スライス共培養モデルにおいて、control vs VGF過剰発現群の比較において、VGF過剰発現群の NCI-H1299 腫瘍スフェロイドが、6日間の栄養制限条件下において有意に長く GFP 蛍光強度を維持した。in vivo 頭蓋内注入モデルにおいて、control vs VGF過剰発現群の比較において、VGFを過剰発現させた LLC 細胞 (n=8 mice) は、有意に大きな脳腫瘍を形成した (Fig 3)。逆に、shRNA を用いて VGF をノックダウンすると、マウスにおける脳転移巣の形成が有意に抑制され、生存期間が著しく延長した。

VGF による酸化的リン酸化を優先する代謝プログラムの誘導: 標的メタボロミクス解析の結果、VGF の過剰発現によって41種のエネルギー代謝物のプロファイルが著しく変化し、KEGG 経路解析において解糖系、TCA サイクル、およびピルビン酸代謝経路が有意に濃縮された。Seahorse Mito Fuel Flex Test において、VGF 各種過剰発現細胞はグルコース依存性およびグルコース酸化能の有意な上昇を示した (脂肪酸やグルタミンの依存性には変化がなかった)。また、基礎酸素消費速度 (basal OCR)、最大酸素消費速度 (maximal OCR)、および予備呼吸能 (spare respiratory capacity) が VGF 過剰発現によって著明に上昇した (Fig 4)。さらに、VGF 過剰発現細胞では細胞内外の乳酸レベルが低下し、LDHB (lactate dehydrogenase B: 乳酸脱水素酵素B) 活性が増加することで、乳酸からピルビン酸への変換が促進され、TCA サイクル中間代謝物が増加していた。Metabolic phenotyping 解析において、VGF 過剰発現細胞は「エネルギー産生型 (oxidative phenotype)」の領域にプロットされた。一方、VGF のノックダウンはこれらの OXPHOS パラメータをすべて低下させ、細胞を「静止型 (quiescent phenotype)」へと移行させた。

VGF によるミトコンドリア融合の誘導と構造的支援: RNA-seq 解析において、VGF 各種過剰発現に伴いミトコンドリア膜の組織化 (mitochondrial membrane organization) に関連する遺伝子セットが有意に濃縮された。MitoTracker を用いた生細胞イメージングおよび SIM 顕微鏡観察により、VGF 過剰発現細胞 (n=30 cells) は、著しく伸長し相互に連結したミトコンドリアネットワーク (elongated/fused network) を呈し、平均ミトコンドリア面積および平均ブランチ長が有意に増加していることが明らかになった (Fig 5)。TEM 観察では、ダンベル型の融合中間体や、肥大・伸長したミトコンドリアの超微形態が確認された。Western blotting 解析では、ミトコンドリア分裂因子 (DRP1, pDRP1-S616, MFF) の発現が低下し、融合因子 (MFN1, MFN2, OPA1) の発現が有意に増加していた。また、JC-1 染色により、VGF 過剰発現細胞ではミトコンドリア膜電位が上昇し、安定化していることが示された。これに対し、VGF をノックダウンした細胞では、ミトコンドリアの断片化が進行し、TEM 観察においてクリステ (cristae) の喪失を伴うミトコンドリアの膨化が認められた。

VGF N末端ドメインと ABHD12B の相互作用によるカルジオリピンの保護: IP-MS 解析により、VGF の直接の結合パートナーとして脂質加水分解酵素である ABHD12B が同定された。共焦点顕微鏡による共局在解析では、VGF は主にミトコンドリア外に局在していた。GST pull-down および co-IP アッセイにより、VGF の N末端ドメイン (1–176 aa) が ABHD12B の加水分解酵素ドメインと直接結合することが実証された (中央および C末端ドメインでは結合が認められなかった)。ABHD12B を過剰発現させた細胞のリピドミクス解析では、441種の脂質分子種が変動し、グリセロリン脂質代謝経路が濃縮され、特にジホスファチジルグリロールであるカルジオリピン (CL) の量が著明に低下していた。44種のカルジオリピン分子種を詳細に定量したところ、総カルジオリピン量が有意に低下し (p<0.01)、特に 16:0/18:0/20:0 のアシル鎖を持つ分子種や、成熟型であるテトラリノレイルカルジオリピン (18:2)4 が著しく減少していた。野生型 VGF (VGF-FL) の共発現は、ABHD12B 過剰発現によるカルジオリピンの低下を完全に回復 (rescue) させたが、N末端を欠失させた変異体 (VGF 177-615 aa) ではこの回復効果が認められなかった。さらに、カルジオリピン合成酵素である CRLS1 をノックダウンすると、VGF によって誘導されるミトコンドリアの形態変化および OXPHOS の増強効果が完全に消失した (Fig 6)。

VGF N末端ドメイン欠失による in vivo 脳転移形成の阻害: VGF の N末端欠失変異体 (VGF 177-615 aa) vs 野生型 VGF (VGF-FL) を発現する A549 細胞をマウスの頭蓋内に注入したところ (n=10 mice per group)、N末端欠失変異体群は野生型群と比較して、脳内の腫瘍体積が有意に小さく、GFP 蛍光強度も著しく低かった。免疫組織化学染色 (IHC) において、N末端欠失変異体群の脳腫瘍組織では、増殖マーカーである Ki-67 の陽性率が低下し、ミトコンドリア融合因子 (MFN1, MFN2, OPA1) の発現量も有意に減少していた。また、ABHD12B のノックダウンは、VGF がもたらす細胞増殖促進および抗アポトーシス効果を打ち消し、ミトコンドリアネットワークの連結構造を断片化へと逆転させた。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、肺腺癌細胞が脳の特殊な微小環境に適応する分子機構として、VGF–ABHD12B–CRLS1–cardiolipin 軸を介したミトコンドリア融合および OXPHOS の活性化を提示した。乳癌の脳転移においても VGF が分泌因子として機能し、転移を促進することが Carvalho et al. (2024) により報告されているが、本研究はそれらと異なり、VGF が細胞内において脂質加水分解酵素 ABHD12B と直接相互作用し、ミトコンドリア内膜の構造維持に不可欠なカルジオリピンの分解を抑制するという、これまで報告されていない細胞内シグナル伝達経路を明らかにした。

新規性: 本研究で初めて、神経ペプチドである VGF の N末端ドメインが ABHD12B の加水分解活性を阻害し、成熟型カルジオリピン (18:2)4 の量を保全することを新規に同定した。ABHD12B は PHARC (polyneuropathy, hearing loss, ataxia, retinitis pigmentosa, and cataract: 多発神経障害・難聴・運動失調・網膜色素変性・白内障) 症候群に関連するセリン水解酵素として知られていたが、がんの進展や代謝適応における役割はこれまで報告されていなかった。VGF が ABHD12B を介してカルジオリピンの分解を防ぎ、ミトコンドリア内膜の安定化と OPA1 を介したミトコンドリア融合を促進することで、呼吸鎖複合体の超構造を維持し、OXPHOS による効率的な ATP (adenosine triphosphate: アデノシン三リン酸) 産生を可能にするという機序は、極めて独創性が高い。

臨床応用: 本知見は、難治性である肺腺癌脳転移に対する新規の治療戦略の確立に直結する。臨床的意義として、VGF と ABHD12B の相互作用界面を標的とした阻害ペプチドや小分子化合物の開発は、脳転移特異的な創薬の有望なアプローチとなる。また、IACS-010759 などの既存の OXPHOS 阻害薬や、カルジオリピン代謝を標的とする治療薬との併用療法 (combination strategy) も臨床現場において有望視される。さらに、TCGA データ解析において VGF 高発現が独立した予後不良因子であったことから、VGF を脳転移ハイリスク患者をスクリーニングするためのバイオマーカーとして臨床応用できる可能性が示唆される。

残された課題: 今後の検討課題として、第一に VGF の細胞内および細胞外における詳細な作用機序の切り分けが挙げられる。VGF は非古典的分泌ペプチドとして分泌される一方で、本研究では細胞内での ABHD12B との結合が示されており、これらの局在依存的な機能の全貌解明が必要である。第二に、本研究で用いた頭蓋内異種移植モデルは免疫不全マウス (BALB/c ヌードマウス) を使用しており、脳転移免疫微小環境 (brain metastasis immune microenvironment) における VGF の役割や免疫細胞との相互作用については検証が不足している。第三に、VGF–ABHD12B 相互作用を特異的に阻害する化合物の in vivo における薬理学的評価や安全性試験が、今後の重要な研究方向性となる。

方法

臨床・オミクス解析: 公開されている scRNA-seq (single-cell RNA sequencing: 単一細胞RNAシーケンシング) データセット (GSE131907、Kim 2020 Nat Commun) から肺腺癌細胞サブセットを抽出し、Seurat および inferCNV (infer copy number variation) 解析を用いて悪性上皮細胞における VGF 発現を比較した。TCGA (The Cancer Genome Atlas: がんゲノムアトラス) の肺腺癌コホート (n=516 patients、生存データ保有507例) を用いて、VGF 発現量 (log2 TPM+1) と OS (overall survival: 全体生存期間) および転移状態との関連を Cox regression (コックス比例ハザード回帰モデル) により評価した。さらに、独立した2つの臨床コホートを用いて VGF の IHC (immunohistochemistry: 免疫組織化学) 染色による検証を行った。第1コホートは原発肺腺癌と対応する脳転移巣の matched pair 10例、第2コホートは非対応の原発肺腺癌35例および脳転移巣30例である。

細胞・動物モデル: ヒト肺腺癌細胞株 A549 および NCI-H1299 を用いて、VGF 安定過剰発現株および siRNA/shRNA によるノックダウン株を構築した。in vivo 脳転移モデルとして、GFP (green fluorescent protein: 緑色蛍光タンパク質) 標識した LLC (Lewis lung carcinoma: ルイス肺癌) または A549 細胞を BALB/c ヌードマウスの頭蓋内 (線条体: striatum) へ立体定位注入 (stereotactic injection) した。また、iterative in vivo selection (体内選択の繰り返し) により、LLC から脳転移能が亢進した亜株である LLC-ICA (LLC-intracranial selection clone A: LLC脳内選択クローンA) および LLC-ICI-1〜3 (LLC-intracranial selection clone I-1〜3: LLC脳内選択クローンI-1〜3) を樹立した。さらに、ex vivo organotypic brain slice coculture (臓器型脳スライス共培養) アッセイを行い、脳微小環境ががん細胞の生存に与える影響を評価した。

代謝・ミトコンドリア機能解析: Seahorse XF analyzer を用いて、OCR (oxygen consumption rate: 酸素消費速度) および ECAR (extracellular acidification rate: 細胞外酸性化速度) を測定し、Mito Fuel Flex Test により基質依存性を評価した。また、41種の代謝物を対象とした targeted energy metabolomics (標的エネルギーメタボロミクス) 解析を実施した。MitoTracker 染色と共焦点顕微鏡および SIM (structured illumination microscopy: 構造化照明顕微鏡) を用いてミトコンドリアネットワークの形態を解析し、TEM (transmission electron microscopy: 透過型電子顕微鏡) により微細構造を観察した。JC-1 染色を用いてミトコンドリア膜電位を測定し、Western blotting によりミトコンドリア融合・分裂関連タンパク質(MFN1 (mitofusin 1: ミトフシン1), MFN2 (mitofusin 2: ミトフシン2), OPA1 (OPA1 mitochondrial dynamin like GTPase: OPA1ミトコンドリアダイナミン様GTPアーゼ), DRP1 (dynamin-related protein 1: ダイナミン関連タンパク質1), pDRP1, MFF (mitochondrial fission factor: ミトコンドリア分裂因子))の発現量を評価した。統計解析には Mann-Whitney U 検定や Kaplan-Meier 法による生存分析を用いた。

分子機構解析: IP-MS (immunoprecipitation-mass spectrometry: 免疫沈降-質量分析) により VGF 結合タンパク質同定を行った。GST (glutathione S-transferase: グルタチオン-S-トランスフェラーゼ) pull-down アッセイおよび co-IP (co-immunoprecipitation: 共免疫沈降) により、VGF と ABHD12B の直接結合を検証した。VGF のドメイン欠失変異体 (1–176 aa の N末端、177–346 aa の中央、347–615 aa の C末端) を用いて結合領域をマッピングした。リピドミクス解析によりカルジオリピン分子種の定量を行い、CRLS1 (cardiolipin synthase 1: カルジオリピン合成酵素1) の siRNA ノックダウンによる機能検証を行った。