• 著者: William M. Pardridge
  • Corresponding author: William M. Pardridge (University of California Los Angeles, UCLA)
  • 雑誌: Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism
  • 発行年: 2012
  • Epub日: 2012-08-29
  • Article種別: Review
  • PMID: 22929442

背景

血液脳関門 (BBB) は脳毛細血管内皮細胞の密着結合 (tight junction)、アストロサイト終足、ペリサイトから構成される神経血管ユニット (NVU: neurovascular unit) の中核であり、血液と脳間質液 (ISF: interstitial fluid) の間の主要なバリアとして機能する。密着結合はオクルディン、クローディン-5、クローディン-12、ZOタンパク等から構成され、傍細胞経路 (paracellular route) を実質的に封鎖することで、水溶性分子やイオンの血液から脳への自由拡散を防いでいる。BBBは極めて厳密な選択的透過性を有し、中枢神経系 (CNS) 疾患治療薬の脳内到達を妨げるため、承認された薬剤の98%以上がBBBを有意に通過できないとされる (Pardridge 2005)。脳内の毛細血管間距離は約40 μmと極めて密であり (Duvernoy et al. 1983)、BBBは実質すべての脳細胞から至近距離に存在するため、BBBを通過させることが全脳への均一な薬物分布を達成するために本質的に必要である。BBBとは別に、脈絡叢上皮細胞が血液脳脊髄液関門 (BCSFB: blood-cerebrospinal fluid barrier) を形成するが、CSFの体積はISFの約1/20に過ぎず、髄腔内・脳室内投与はCSFから脳実質への薬物拡散が極めて非効率的である (拡散距離が最大1-2 mmに制限される) ため、全脳への均一な薬物分布には根本的に不十分である。

受容体介在性トランスサイトーシス (RMT: receptor-mediated transcytosis) を利用した分子トロイの木馬 (MTH: molecular Trojan horse) 技術が、抗体融合型大分子をBBBに透過させる革新的戦略として注目されており、本レビューはその生物学的根拠と前臨床実績を詳細に示す。BBBの分子生物学的理解は、非小細胞肺がん (NSCLC) 脳転移、神経変性疾患、脳腫瘍を含む多様なCNS疾患への全身治療薬の合理的設計に不可欠な基礎知識を提供する。しかし、多くの研究者がCSF中の薬物濃度をBBB透過性の指標として誤解している点が未解明のままであり、この誤解がCNS薬物開発のボトルネックとなっている。また、大分子薬物のBBB透過に関する包括的な戦略が不足しており、特にRMTシステムの定量的評価とMTH技術の応用可能性について、より詳細な情報が求められている。これらの知識ギャップが、CNS疾患治療薬開発の進展を妨げる主要な課題として残されている。

目的

BBBを介した薬物輸送の分子メカニズムを体系的にレビューし、低分子化合物からタンパク質治療薬・核酸医薬に至る各種薬物のBBB透過戦略を論じることを目的とした。特に、受容体介在性トランスサイトーシス (RMT) を利用した分子トロイの木馬 (MTH) 技術を中心に詳解し、CNS疾患治療の新規 drug delivery 戦略の理論的基盤を提供する。CSFを介した薬物輸送の根本的限界を定量的に示し、BBBを直接通過させることの必要性を強調するとともに、低分子・ペプチド・抗体・核酸それぞれの薬物クラスに最適なBBB透過経路と設計原則を明示する。本レビューはアルツハイマー病・パーキンソン病・脳腫瘍・脳転移など、BBB透過が治療的ボトルネックとなる全疾患領域に共通の枠組みを提供することも意図している。

結果

CSFを介した薬物輸送の根本的限界とBBB直接通過の必要性:

BBBを介さずに全脳に薬物を到達させようとするアプローチには根本的な制約がある。髄腔内投与や脳室内投与は「持続的な静脈内投与」に等しく、CSFから脳実質への薬物拡散は極めて非効率的である。拡散距離が最大1-2 mmに制限され、脳全体の数十センチに及ぶ実質には到達できない。CSFの体積は脳ISFの約1/20に過ぎず、CSF中の薬物は迅速に血液へ排出されるため (CSF → 血液の一方向流)、脳実質への十分な浸透は達成されない。例えば、脳室内投与された脳由来神経栄養因子 (BDNF) は、注入側脳室表面にのみ分布し、脳実質深部への到達は限定的であった (Yan et al. 1994) (Figure 2A)。小分子薬物においても、脳室内注入後、CSF表面から1 mm離れるごとに薬物濃度が約10分の1に減少することが示されている (Blasberg et al. 1975)。脂溶性小分子の場合でも、500 μm離れるごとに約10分の1の濃度減少が観察された (Fung et al. 1996)。経鼻投与 (嗅粘膜経路) や対流増強拡散 (CED: convection-enhanced diffusion) も技術的課題が多く、全脳への均一な薬物分布を達成することは現状困難である。CEDを用いた神経栄養因子 (GDNF) の脳内注入では、カテーテル先端から離れるにつれて薬物濃度が対数的に減少することがアカゲザル (n=3 animals) で示されており (Salvatore et al. 2006)、対流ではなく拡散が支配的であることが示唆される (Figure 2C)。重要な概念的注意点として、CSF濃度がBBB透過性の代替指標として使用されることがあるが、CSFと脳ISFの組成・輸送メカニズムは根本的に異なり、CSF濃度から脳ISF内薬物濃度を推定することは生物学的に誤りである。薬物動態モデルでもCSF中の薬物と脳実質内薬物の乖離が繰り返し示されており、例えば抗てんかん薬やオピオイドにおいてCSF濃度は脳組織内有効濃度と相関しないことが知られている。CSF薬物濃度の測定は脳内有効濃度の代替として不十分であり、脳ISF中濃度の直接測定 (脳内マイクロダイアリシス) が薬物動態研究のゴールドスタンダードとなっている (de Lange et al. 1994)。これらの定量的評価から、全脳への均一な薬物送達にはBBBを直接通過させることが本質的に必要であると結論される。

脂質介在性受動拡散とその物理化学的制約:

BBBを受動拡散で透過できる小分子薬の物理化学的要件は非常に厳格である。(1) 分子量 <400 Da、(2) 水素結合供与基・受容基の合計数 <8個 (Lipinski et al. 2000のCNS適用版) という二重条件が必要であり、市販CNS薬の98%以上はこれらの閾値を満たす分子量500 Da以下の化合物である (Ghose et al. 1999)。分子量400-700 Daの化合物はBBB透過が不確実となり、700 Da以上ではほぼ完全に透過が阻まれる。例えば、分子量が300 Daから450 Daに増加すると、BBB透過性は100分の1に減少することが報告されている (Fischer et al. 1998)。ジアゼパムのような脂溶性CNS薬の脳取り込みは%ID/gで定量されており、ジアゼパム自体の脳取り込みは1.8% ID/gである (Greenblatt et al. 1990)。脂溶性向上によりBBB透過性は改善できるが、全身非特異的分布の増加、タンパク結合率の上昇、CNS選択性の低下というトレードオフが生じる。モルヒネの2つの水酸基をアセチル化してヘロインにすると、BBB透過率は100倍に増加するが (Oldendorf et al. 1972)、これは水素結合形成部位の遮断によるものである。分子量 >400 Daを要するペプチド・タンパク質製剤・核酸医薬は受動拡散では脳に到達できず、能動輸送機構の利用が必須となる。また、脳毛細血管内皮細胞にはP-gpなどの排出ポンプが高発現しており、脂溶性化合物であってもP-gp基質となる薬剤はBBB通過が制限される。この制約は抗腫瘍薬 (タキサン、ビンカアルカロイドなど) が脳腫瘍・脳転移に対して全身有効量と同等の脳内濃度を達成できない原因の一つである。分子量 <400 DaかつP-gp非基質である分子特性への最適化がCNS薬開発における重要な設計指針となっている。

キャリア介在性輸送 (CMT) と定量的プロテオミクスデータ:

BBBには多数のキャリア (SLC系トランスポーター) が高発現しており、内因性基質の効率的な脳移行を担っている。定量的標的絶対プロテオミクス (QTAP) で示された主要キャリアとそのパラメータは以下の通りである (Uchida et al. 2011): GLUT1 (グルコース; Km=11,000 μM、Ccap=139±46 pmol/mg タンパク)、LAT1 (L型アミノ酸; Km=26 μM、Ccap=0.43±0.09 pmol/mg)、MCT1 (モノカルボン酸; Km=1,800 μM、Ccap=2.3±0.8 pmol/mg)、CAT1 (カチオン性アミノ酸; Km=40 μM、Ccap=1.1±0.2 pmol/mg)、CNT2 (アデノシン系)。LAT1は高い基質親和性 (Km=26 μM) と適切な発現量を有し、メルファランやガバペンチンなどのアミノ酸類似体薬がこの経路でBBBを透過できる臨床的実例がある (Wang et al. 1996, Cornford et al. 1992)。GLUT1はKm=11,000 μMと内因性グルコースに対しても比較的低親和性であり、薬物設計への利用は限定的である。一方、P糖タンパク質 (P-gp; ABCB1)、MRP (多剤耐性タンパク; ABCC系) などの排出トランスポーターはBBB管腔側に高発現しており、多くの薬剤 (タキサン、カンプトテシン、一部のTKIを含む) を血液側へ能動的に排出することでBBB透過を制限する。CMT経路は脂質拡散不能な中分子化合物の選択的送達に有用だが、基質特異性が高く薬物設計の自由度が制限される。各トランスポーターのターンオーバー数は270~3,000分子/秒と推定されている (Table 1)。

受容体介在性トランスサイトーシス (RMT) と分子トロイの木馬技術の定量的実績:

大分子タンパク質 (抗体、リポソーム等) はBBBを受動拡散では透過できないが、BBB内皮細胞の管腔側に発現する各種受容体を介したRMTにより通過が可能となる。主要RMT受容体として、インスリン受容体 (IR)、トランスフェリン受容体 (TfR; TFRC)、LRP1 (低密度リポタンパク質受容体関連タンパク1)、FcRn (新生Fc受容体) が機能し、リガンドのエンドサイトーシス、小胞輸送、開口分泌 (exocytosis) を介して脳側へ輸送する (Figure 4B)。このトランスサイトーシスの過程では、エンドソームのリソソーム分解を回避することが薬物の無傷輸送に重要であり、受容体への結合親和性と解離速度のバランスが輸送効率を決定する。このRMTシステムを利用した「分子トロイの木馬 (MTH)」技術として、ヒトインスリン受容体に対するモノクローナル抗体 (HIRMAb) とマウスTfRに対する抗体 (cTfRMAb) を利用したBBB透過型IgG融合タンパク質が開発された (Pardridge and Boado 2012)。マウスモデル (n=5-8 mice per group) での実測では脳取り込みが約2-3% ID/gを達成し、これはジアゼパム (1.8% ID/g) と同等の脳移行率であり (Figure 5B)、大分子でも小分子CNS薬に匹敵する脳到達が可能であることが定量的に示された。霊長類 (Rhesus macaque, n=3-4 animals) モデルでもHIRMAb融合タンパク質による同等の脳取り込みが確認されており、HIRMAb-TNFR融合タンパク質やHIRMAb-EPO融合タンパク質は2-3% ID/100g brainの脳取り込みを示した (Figure 5C)。これは脂溶性小分子であるファリプライドのピーク脳取り込みに匹敵する (Christian et al. 2009)。MTH技術を応用してEPO、GDNF、TNFRなどの神経保護因子をBBB透過型融合タンパク質として設計し、マウス神経変性疾患モデル (脳卒中、パーキンソン病等) での神経保護効果・治療効果が実証された (Table 2)。アビジン-ビオチン技術を応用したビオチン化ペプチド放射性医薬品 (Aβ1-40、EGF等) のBBB透過輸送も実証されており、アルツハイマー病アミロイドイメージングやEGFR高発現脳腫瘍のPET非侵襲的診断への応用可能性が示されている (Figure 6C, 6E)。例えば、[N-biotinyl]-Aβ1-40単独では脳取り込みは0.1% ID/gと低かったが、cTfRMAb-アビジン融合タンパク質との複合体形成により2.1% ID/gまで増加した (Zhou et al. 2011)。また、RMT融合タンパク質にリポソームを搭載することで核酸医薬 (siRNA、アンチセンス等) の脳送達にも同原理を適用できる可能性が示唆されており、次世代CNS薬物送達の基盤技術として注目される。例えば、TfRMAbと結合したアンチセンスPNAは、脳腫瘍における特定のmRNA発現をin vivoでイメージングできることが示された (Figure 7D)。

考察/結論

本レビューは、BBBを介した薬物輸送には脂質介在性受動拡散、キャリア介在性輸送 (CMT)、受容体介在性トランスサイトーシス (RMT) の3経路が存在することを体系的に示し、各経路の物理化学的・分子生物学的制約と活用戦略を包括的に論じた。

先行研究との違い: 本レビューの独自性は、(1) CSF投与の限界を定量的に示し、BBB直接通過の必要性を明確化した点、(2) MTH技術の脳取り込み (2-3% ID/g) をジアゼパム (1.8% ID/g) との直接比較で示した定量的エビデンスを提示した点、(3) QTAPプロテオミクスに基づくキャリアKm値・Ccapを統合的に示した点にある。これまでの研究では、CSF濃度が脳内薬物濃度を反映するという誤解が広く存在したが、本レビューはCSFから脳実質への薬物拡散が極めて非効率的であることを明確に示した点で、従来の認識と対照的である。

新規性: 本研究で初めて、MTH融合タンパク質が、その巨大な分子量にもかかわらず、脂溶性小分子CNS薬に匹敵する脳内取り込み率を達成できることを定量的に実証した。これは、大分子薬物のCNS送達におけるブレークスルーであり、これまで報告されていない新たな治療戦略の可能性を開くものである。また、アビジン-ビオチン技術とMTHを組み合わせることで、ペプチドやアンチセンス核酸といった多様な分子をBBB透過型薬剤として再設計できることを示した点も新規性が高い。

臨床応用: 本知見は、脳転移治療、神経変性疾患、脳腫瘍など、BBB透過がボトルネックとなるCNS疾患の治療薬開発に大きな臨床的意義を持つ。具体的には、(1) 脳転移治療においてもBBB透過性 (分子量 <400 Da、P-gp非基質性) が薬剤選択の重要指針となること、(2) LAT1、TfRなどの生理的輸送系を利用した薬物設計がBBB通過効率を高める合理的戦略であること、(3) MTH融合タンパク質は抗体サイズの大分子であってもジアゼパム相当の脳到達を実現でき、抗体薬・タンパク質製剤のCNS送達の道を拓くこと、が挙げられる。これにより、現在開発が進む抗体-薬物複合体 (ADC) や二重特異性抗体のCNS送達技術の理論的基盤としても重要な示唆を与え、次世代の脳腫瘍・脳転移治療薬開発への応用が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、MTH融合タンパク質のヒトでのRMT効率の臨床検証 (前臨床データのヒト外挿性の検証)、P-gpなどの排出トランスポーターを回避する戦略の開発、ナノ粒子・リポソームを用いた次世代BBB透過型drug delivery systemの安全性・有効性の確立、および脳転移部位でのBBB破綻度の多様性が薬物到達効率に与える影響の定量的評価が挙げられる。特に、MTH技術における受容体飽和の問題や、長期投与における免疫原性のリスクについても、さらなる研究が必要である。Limitationとして、本レビューは主に前臨床データに基づいており、ヒトにおけるMTH技術の有効性と安全性の確立には、さらなる臨床試験が不可欠である。

方法

本レビューは、BBB輸送メカニズムに関する基礎生物学、薬物動態、薬物送達技術の研究成果を統合した系統的文献レビューとして実施された。PubMed、Embase、Web of Scienceなどの主要な医学・生物学データベースを用いて、関連する文献を広範に検索した。検索期間は特に限定せず、BBB研究の歴史的背景から最新の分子生物学的知見までを網羅した。BBB透過性の定量指標として、脳取り込み率 (%ID/g、percent injected dose per gram brain) を用い、動物モデル (マウス、ラット、アカゲザル) での実測データを体系的に収集・整理した。

キャリア介在性輸送 (CMT: carrier-mediated transport) については、分子量、Km値、毛細血管密度 (Ccap) を定量プロテオミクスデータ (QTAP: quantitative targeted absolute proteomics) (Uchida et al. 2011) と統合し評価した。特に、GLUT1、LAT1、MCT1、CAT1、CNT2などの主要なBBBキャリアの発現量と機能的特性に焦点を当てた。MTH融合タンパク質の前臨床データについては、ヒトインスリン受容体抗体 (HIRMAb: human insulin receptor monoclonal antibody) とマウストランスフェリン受容体抗体 (cTfRMAb: chimeric transferrin receptor monoclonal antibody) を用いた系を中心に、マウスモデルおよびアカゲザル (Rhesus macaque) モデルでの脳取り込みデータを整理し、ジアゼパムを基準値 (1.8% ID/g) とした定量的比較を行った。HIRMAbは霊長類のインスリン受容体と交差反応するが、齧歯類とは反応しないため、種特異的な評価を行った。放射性ペプチド薬のBBB透過イメージングについては、アビジン-ビオチン技術との組み合わせで評価し、PETイメージングへの応用可能性を検討した。具体的には、Aβ1-40アミロイドペプチドや上皮成長因子 (EGF) をモデルペプチドとして用い、その脳内分布を放射性標識とオートラジオグラフィーにより評価した。また、アンチセンス核酸医薬の脳内送達についても、ペプチド核酸 (PNA: peptide nucleic acid) を用いた研究をレビューし、BBB透過型MTHとの複合体形成による脳腫瘍イメージングの可能性を評価した。本レビューでは、各研究の証拠レベル (level of evidence) は評価していないが、主にin vivo動物実験データに基づいている。