- 著者: Yirizhati Aili, Nuersimanguli Maimaitiming, Hu Qin, Wenyu Ji, Guofeng Fan, Zengliang Wang, Yongxin Wang
- Corresponding author: Zengliang Wang; Yongxin Wang (Department of Neurosurgery, First Affiliated Hospital of Xinjiang Medical University, Urumqi, China)
- 雑誌: Frontiers in Oncology
- 発行年: 2022
- Epub日: 2022-10-20
- Article種別: Review
- PMID: 36338717
背景
脳転移は悪性腫瘍患者の20-40%に生じる重篤な合併症であり、肺がん (40-50%) が最多で乳がん (15-20%)、皮膚がん (主にメラノーマ、5-10%)、消化器がん (4-6%) がそれに続く (Figure 1)。未治療の脳転移の生存期間中央値は1-2ヵ月、治療後でも約6ヵ月と予後不良であり、現在の標準治療 (放射線・化学療法・手術・分子標的薬) は限定的効果しか示さない。その原因は、脳の解剖学的・生理学的特殊性 (BBB (blood-brain barrier)、免疫特権、CNS (central nervous system) 固有の細胞・分子構成) にある。Pagetの「seed and soil」仮説に基づき、腫瘍細胞と脳微小環境との相互作用が脳転移の発生・進展を規定すると考えられている。近年、エクソソーム (30-100 nmの細胞分泌膜小胞で、タンパク質・核酸・脂質を運搬する新規細胞間通信手段) が脳転移微小環境で重要な役割を果たし、BBB透過性・前転移ニッチ形成・代謝リプログラミングに関与することが相次いで報告されているが、臨床応用への体系的な整理が不足していた。本レビューは、これらの知見を統合し、脳転移の分子メカニズムと臨床応用への展望を提示することを目的とする。先行研究では、Hoshino et al. Nature 2015が腫瘍エクソソームのインテグリンプロファイルが臓器指向性転移を決定することを示し、Alvarez-Erviti et al. NatBiotechnol 2011は標的エクソソームによるsiRNA (small interfering RNA) の脳への全身投与の可能性を報告している。しかし、脳転移におけるエクソソームの包括的な役割と臨床応用への展望については、依然として未解明な点が多く、体系的な整理が求められていた。
目的
脳転移における腫瘍微小環境の構成要素 (アストロサイト、ミクログリア/マクロファージ、BBB、微小血管、神経細胞など) とそれらの腫瘍細胞との分子的相互作用を体系的に整理し、エクソソームが担う脳転移形成・進展機構と臨床応用 (診断バイオマーカー・治療標的・ドラッグデリバリーシステム) の展望を包括的に解説すること。
結果
アストロサイトの二面性と腫瘍保護機能: CNSで最も豊富なグリア細胞であるアストロサイトは、活性化されるとMMP-2 (matrix metalloproteinase-2)/MMP-9を分泌して腫瘍浸潤を促進し、TGF-β (transforming growth factor-β) を介してVEGF (vascular endothelial growth factor) 依存的血管新生を誘導する。MMP-2陽性腫瘍患者は生存期間が短いことが報告されている。メラノーマ脳転移では、アストロサイトがIL-3 (interleukin-3)、CD40L、CXCL12、IFNγ (interferon-γ) などのサイトカインを分泌して腫瘍細胞を刺激し、IL-23がMMP-2産生を誘導することが示された (p < 0.05)。一方で、活性化アストロサイトはフィブリン溶解酵素を介したFas ligand放出により腫瘍細胞のアポトーシスを誘導する抑制的作用も持つ。コネキシン43 (connexin 43) を介したギャップジャンクション (GJ) による腫瘍細胞-アストロサイト間の直接接触は、テモゾロミド耐性 (AKT/AMPK (AMP-activated protein kinase)/mTOR (mammalian target of rapamycin) 経路活性化) とエンドセリン1 (endothelin 1) 経由のBcl2L1/TWIST1/GSTA5上昇による化学療法保護を誘導する。
ミクログリア/マクロファージの役割と神経細胞の関与: CNS免疫応答の中核を担うミクログリアは、末梢マクロファージと形態・分子マーカーで区別が困難である。M2型 (CD163/CD204陽性、アルギナーゼ・IL-10・TGFβ1分泌) は腫瘍増殖を促進し、M1型 (iNOS (inducible nitric oxide synthase)・IL-1・IL-12・NO (nitric oxide)・TNFα (tumor necrosis factor-α) 分泌) は腫瘍殺傷効果を持つ。脳転移におけるミクログリアの表現型変化に関するデータはグリオーマと比較して乏しい。ゾレドロン酸はin vitroでミクログリア/マクロファージの表現型変化を誘導し、乳がん再発率を減少させる臨床データがあるが、脳転移での評価は不十分である。Zengらは、NMDA (N-methyl-D-aspartic acid) 受容体 (GluN2Bサブユニット) の高発現が乳がん脳転移を促進することを示した。乳がん細胞はニューロリジン (neuroligin) を発現して神経細胞とシナプス様接続を形成し、カルシウム流入を利用して増殖することが報告された。GluN2B発現を低下させた乳がん細胞を注入したマウスでは、脳腫瘍が小さく、生存期間が長くなることが示された (p < 0.01)。
BBB破壊機構とエクソソームの関与: BBBは毛細血管内皮細胞、タイトジャンクション (occludin、claudin-5、JAM (junctional adhesion molecules)、ZO-1 (zonula occludin-1)、afadin)、基底膜、アストロサイト足突起から構成される。Bos et al. Nature 2009は、COX2 (cyclooxygenase-2)、ST6Gal-I、EGF (epidermal growth factor) が乳がん細胞のBBB透過を媒介することを示し、COX2→プロスタグランジン→MMP-1経路でclaudin・ZO-1を分解することを報告した。Zhou et al. CancerCell 2014は、乳がん細胞が分泌するmiR-105がエクソソームを介してタイトジャンクションを通過し、BBBの完全性を破壊して脳転移を促進することを示した。また、Zhang et al. Nature 2015は、乳がんエクソソーム中のmiR-181cがBBB内皮細胞のPDK1 (phosphoinositide-dependent protein kinase 1) を抑制し、コフィリン (cofilin) を活性化することでアクチン動態を変化させ、BBBタイトジャンクションを破壊することを報告した (Figure 1)。
脳転移腫瘍細胞の生物学的特性とエクソソームの多様な役割: Brastianosらは、86例の脳転移と原発巣の比較により、HER2 (human epidermal growth factor receptor 2)、EGFR (epidermal growth factor receptor)、BRAF、AKTの臨床関連変異が脳転移特異的に存在することを示した。CNV (copy number variations) はHER1とHER2で脳転移において高かったが、エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体では低下していた。メチル化レベルはTCF4、HOXA9などで脳転移特異的に変化し、miR-145の低下がA549・SPC-A1細胞の増殖を促進する。代謝面では、脳転移腫瘍細胞は嫌気性代謝ではなく、TCA (tricarboxylic acid) サイクル-OXPHOS (oxidative phosphorylation) とペントースリン酸経路の活性化、グルタミン酸・分岐鎖アミノ酸利用 (GDH (glutamate dehydrogenase)・α-ケト酸脱水素酵素)、脂肪酸β酸化亢進が特徴である。また、神経細胞様特性 (SNAP25 (synaptosomal-associated protein 25)、SNAP91、GluR AMPA2、mGluR4、GABA (γ-aminobutyric acid) 受容体) を獲得し、ニューロセルピン (neuroserpin) 発現によりプラスミン誘導アポトーシスを回避する。Hoshino et al. Nature 2015は、腫瘍エクソソームのインテグリンプロファイルが臓器親和性を決定することを示した。代表的事例として (Table 2) :miR-181c (乳がんエクソソーム) がPDK1抑制・コフィリン活性化でBBBタイトジャンクション破壊、miR-105 (乳がん) がZO-1低下で内皮バリア破壊、miR-19a (アストロサイトエクソソーム) がPTEN (phosphatase and tensin homolog) 抑制、Lnc GS1-600G8.5 (乳がん) がタイトジャンクション標的、Lnc-MMP2-2 (NSCLC (non-small cell lung cancer)) がBBBタイトジャンクション破壊、ビメンチン (vimentin、肺がん) がEMT (epithelial-mesenchymal transition) 誘導、miR-503 (乳がん) がミクログリアのリプログラミングと免疫抑制微小環境形成、S100A16 (肺がん) がSCLC (small cell lung cancer) 脳内生存促進、Rodrigues et al. NatCellBiol 2019、RNU6-1 (多種) が腫瘍増殖速度制御に関与する。また、Fong et al. NatCellBiol 2015は、miR-122がピルビン酸キナーゼ低下を介したグルコース取り込み抑制により脳前転移ニッチを形成することを示した (Figure 2)。これらのエクソソームの関与は、脳転移の発生と進展において多岐にわたるメカニズムを介していることが明らかになった。
考察/結論
本レビューは、脳転移微小環境の構成要素 (アストロサイト、ミクログリア/マクロファージ、神経細胞、BBB、微小血管など) とエクソソームを介した細胞間通信機構を体系的に整理し、「seed and soil」仮説を分子レベルで再解釈した総説である。主要な結論は、(1) アストロサイトとミクログリアは二面性 (促進/抑制) を持ち、M1/M2分極やギャップジャンクションなどの文脈依存的因子で作用が決まる、(2) 脳転移腫瘍細胞はゲノム・エピジェネティック変化 (HER2・EGFR・BRAF変異、miR-145低下)、代謝リプログラミング (OXPHOS、グルタミン酸・分岐鎖アミノ酸利用)、神経細胞様特性獲得により脳微小環境に適応する、(3) エクソソーム (miR-181c、miR-105、CEMIPなど) はBBB破壊・前転移ニッチ形成・代謝リプログラミングを通じて脳転移を促進する、という3つの軸である。
先行研究との違い: これまでのレビューでは、腫瘍微小環境の個々の要素やエクソソームの役割が個別に議論されることが多かった。本論文は、腫瘍微小環境成分別の統合的整理にエクソソーム分子カーゴの詳細な機能マッピング (Table 2: 12編の代表研究) を組み合わせた点で、これまでの研究と異なり、より包括的な視点を提供している。
新規性: 本研究で初めて、脳転移におけるエクソソームの多様な分子カーゴ (miRNA、タンパク質など) が、BBB破壊、前転移ニッチ形成、免疫抑制、代謝リプログラミングといった多岐にわたるメカニズムを通じて脳転移の発生と進展に寄与することを体系的に整理し、新規の治療標的としての可能性を示唆した。
臨床応用: 本知見は脳転移の診断と治療に大きな臨床応用可能性を持つ。具体的には、(1) BBB/BTB (blood-tumor barrier) 破壊制御による薬剤送達改善は、Pardridge et al. JCerebBloodFlowMetab 2012が指摘するBBBの課題を克服する可能性がある。(2) アストロサイトギャップジャンクション (コネキシン43) 阻害による化学療法耐性解除、(3) エクソソームmiRNA (miR-181c、miR-105) をバイオマーカーとする早期脳転移診断は、Yu et al. AnnOncol 2021が提唱する液体生検の有用性を高める。(4) 腫瘍細胞の神経細胞様特性 (NMDA受容体、GABA代謝) を標的とする新規治療法の開発が挙げられる。エクソソームはYim et al. NatCommun 2016が示したように、ドラッグデリバリーシステムとしても有望である。
残された課題: 今後の検討課題として、原発がん種横断的なBBB透過機構の比較、ミクログリア/マクロファージ表現型変化の脳転移特異性検証、エクソソームカーゴの機能的冗長性と治療標的としての選択性、および上記機構の臨床試験検証が不十分である点が残されている。これらのlimitationを克服するためのさらなる研究が求められる。
方法
本論文はレビュー論文であり、特定の方法論的アプローチは採用されていない。著者らはPubMed、Embase、Web of Scienceなどのデータベースを用いて、2022年までの関連文献を検索し、脳転移のメカニズムと臨床応用についてナラティブレビューを実施した。具体的な検索戦略や選択基準は明記されていないが、脳転移、腫瘍微小環境、エクソソーム、BBB、アストロサイト、ミクログリア、神経細胞といったキーワードが用いられたと考えられる。文献の選択は、主に脳転移における腫瘍微小環境の構成要素とエクソソームの役割に焦点を当てた研究論文、総説、および臨床的応用に関する報告に限定された。本レビューでは、エビデンスレベルの評価やメタアナリシスは実施されていない。以下の主要なセクションに分けて脳転移のメカニズムと臨床応用について解説した。(1) 腫瘍微小環境の構成成分別に脳転移促進/抑制作用、(2) 脳転移腫瘍細胞の生物学的特性 (ゲノム変化、エピジェネティック変化、代謝特性、神経細胞様特性の獲得)、(3) エクソソームの脳転移における役割 (12編の代表的研究をTable 2として整理)、(4) 臨床応用展望。