• 著者: Rolf A. Brekken, Dwayne Stupack (編者/Editors)
  • Corresponding author: Rolf A. Brekken (Hamon Center for Therapeutic Oncology Research, UT Southwestern Medical Center, Dallas, TX, USA), Dwayne Stupack (University of California, San Diego, CA, USA)
  • 雑誌: Biology of Extracellular Matrix series (Springer International Publishing, ISBN 978-3-319-60907-2, ISSN 0887-3224)
  • 発行年: 2017
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Book (edited volume)
  • DOI: 10.1007/978-3-319-60907-2

背景

細胞外マトリックス (extracellular matrix, ECM) は長らく「組織を接着する糊」とみなされてきたが、マトリックス生物学者にとって、異なる組織が異なる ECM 成分をもち、その分子複雑性が組織固有の力学的・接着的構造を規定することは 80 年以上前から自明の理であった (Vogel 2001)。ECM は collagen・fibronectin・laminin・elastin 等の分泌分子の動的集合体で、collagen はヒト体内で最も豊富なタンパクである。本書の編者は、腫瘍が oncogenesis から後期段階へ移行する過程で選択条件に適応する「可塑的 (plastic) な疾患」であり、この可塑性と病態全般に ECM が critical であるにもかかわらず、がん生物学の文脈で ECM の能動的役割が十分に統合されていないという gap を出発点とする。

先行研究の空白は 3 点に集約される。第一に、ECM 個々の成分の正常機能 (発生・創傷治癒・恒常性における) はヒト遺伝疾患やマウスモデルからよく理解されている一方、neoplasia では発生・細胞制御の normal rule がすべて変化し (splicing パターン変化・異常プロテアーゼ曝露・非共発現 ECM 成分の共発現)、この「dystopic ECM」がどのように腫瘍可塑性を増幅するかの統合的理解が不足していた。第二に、Ras・p53・PI3K 等の主要がん遺伝子や受容体型チロシンキナーゼが ECM との細胞接触に intimately 依存することは知られていたが、それらを ECM 力学・組成の観点から俯瞰する視座が手薄であった。第三に、腫瘍幹細胞 (cancer stem-like cell, CSC) niche や tumor dormancy に特化した ECM の寄与、CD49f (=α6 integrin)・CD44S (CD44 standard isoform、=HCAM = homing cell adhesion molecule、hyaluronan 受容体) といった CSC マーカーが接着受容体である事実の機能的意義が未整理であった。本書はこれらの空白を、fibronectin から proteoglycan、プロテアーゼ、基底膜突破まで 6 章で横断的に survey することで埋める。がんにおける integrin シグナルの俯瞰は Hamidi et al. NatRevCancer 2018、versican の isoform 多様性は Wight et al. AmJPhysiolCellPhysiol 2023、ECM 硬さの mechanotransduction は Cooper et al. CancerCell 2019 に発展的に受け継がれている。

目的

本書の目的は、腫瘍進展への ECM の寄与を統合的に理解する枠組みを提供することである。網羅的な全書を目指すのではなく、腫瘍微小環境 (tumor microenvironment, TME) と ECM の機能理解を大きく前進させた最近の進歩を survey する。各章は次の切り口を扱う。(1) fibronectin 等の古典的マトリックス成分、(2) collagen 代謝回転、(3) proteoglycan (lumican, versican) の SLRP/large PG 群、(4) biomaterials による GBM 微小環境モデル化、(5) 基底膜バリアの突破機構。そのうえで、腫瘍不均一性に伴う ECM 不均一性と、局所 ECM 分布が遺伝的に類似した細胞間でも異なる挙動を惹起する additive・modulating 効果を明らかにすることを狙う。

結果

第 1 章 — Fibronectin/Fibulin-5 と integrin-ROS 分子レオスタット:ECM は 24 種の integrin (18 α + 8 β サブユニット、Harburger & Calderwood 2009) を介して細胞に接続し、focal adhesion kinase (FAK)・Src・Rho-family GTPase を活性化する。fibronectin (FN) は腫瘍で亢進し、integrin を刺激して reactive oxygen species (ROS) を生成、PI3K/AKT/mTOR 経路で細胞生存を促す。ヒト膵管腺癌 (pancreatic ductal adenocarcinoma, PDA) 細胞株 Panc-1/Capan-1 (n=2 株) は FN コート上で 3 種の細胞傷害薬 gemcitabine・cisplatin・doxorubicin への抵抗性が増した (Miyamoto et al. 2004)。GBM は米国脳腫瘍の 54%、平均生存 21 か月という定量的疾患負荷を示す。matricellular タンパク fibulin-5 (Fbln5) は FN と integrin 結合を競合するが integrin シグナルを刺激しないため、FN 誘導 integrin-ROS を tune する「molecular rheostat」として働く。血管新生では integrin β1/αv/α4/α5 の個別遺伝子欠失 (n=4 遺伝子) がマウス血管新生を完全に阻害し、integrin α5 欠失は胎生 E10.5、FN 欠失は E9.5 で血管異常により致死となる (Fig 1、Yang et al. 1993)。

第 2 章 — Collagen の細胞内取り込みと代謝回転:collagen 分解は MT1-MMP による不溶性 collagen 線維の初期断片化 → uPARAP/Endo180 または mannose receptor (MR, CD206/MRC1) を介した断片の細胞内取り込み → cysteine cathepsin によるリソソーム分解、という sequential なプロセスで進行する (Fig 2.2、n=4 レーン比較)。uPARAP/Endo180 は静止線維芽細胞では発現が低いが、がん関連線維芽細胞 (cancer-associated fibroblast, CAF) では陽性化し、乳癌・前立腺癌・頭頸部扁平上皮癌の全例で確認された。乳癌の遺伝子改変マウス (PymT × uPARAP/Endo180 欠失、n=2 群、95/105 日齢で tumor burden 定量) では腫瘍が小さくなり腫瘍内 collagen type I が著明に蓄積した (Curino et al. 2005、Fig 2.5)。confocal imaging では M2 マクロファージが collagen を fibroblast 比で数倍高く取り込み (n=3 レポーター系)、MR 欠失で取り込みが消失した。皮膚および腫瘍では M2 分極腫瘍関連マクロファージ (tumor-associated macrophage, TAM) が MR 依存性に collagen を取り込む優勢な細胞集団であり (Madsen et al. 2013b、Fig 2.4)、TAM が固形腫瘍の collagen 分解の主役でありうることを示す。

第 3-4 章 — Proteoglycan (Lumican と Versican) の二面性:small leucine-rich proteoglycan (SLRP) の lumican は collagen 線維集合を制御し (Chakravarti et al. 1998)、膵癌では細胞外 lumican が腫瘍増殖を抑制し術後生存延長と関連する一方 (Li et al. 2014)、context により pro/anti-tumor 双方向に働く。α2β1 integrin 活性阻害と MMP-14 発現低下により血管新生を抑制する (Niewiarowska et al. 2011)。large proteoglycan の versican は多様ながんで発現し、腫瘍細胞・間質細胞・骨髄系/リンパ系細胞が産生源となり、がんの 6 大 hallmark のうち 5 つ (増殖シグナル・増殖抑制回避・浸潤転移・血管新生・細胞死抵抗) に関与する。canonical Wnt/β-catenin 経路と受容体型チロシンキナーゼで発現制御され、高蓄積は予後不良・転移・化学療法抵抗と相関する。versican G3 ドメインは EGF 様モチーフを介し腫瘍増殖・血管新生を促進し (Zheng et al. 2004b)、TLR2 結合を介し炎症と転移を連結する (Wang et al. 2009)。lumican は膵癌で細胞外投与により腫瘍細胞増殖を抑制し、術後生存を延長した (p<0.05、Li et al. 2014、n=複数コホート)。全体として本書は integrin 24 種・GBM 生存 21 か月・invadopodia ~1.0 μm/~45 秒・胎生致死 E9.5-E10.5 等の定量的事実で ECM の能動的役割を裏づける。

第 5 章 — Glioblastoma の物理的微小環境と biomaterials モデル化:glioblastoma (GBM) は米国の脳腫瘍の約 54% を占める最も高頻度かつ致死的な原発脳腫瘍で、診断からの平均生存はわずか 21 か月である (Agnihotri et al. 2013)。本章は cell-intrinsic な遺伝/エピジェネティック病変への従来の偏重に対し、TME の cell-extrinsic 因子、とりわけ組織構造・力学 (tissue mechanics) が dysplasia・浸潤・転移に寄与するシグナルを制御することを論じ、biomaterials 技術で物理的微小環境を再現し次世代の discovery/screening 培養系に資する方法論を提示する。ECM 硬さ (stiffness) を軸とする mechanotransduction が中心テーマとなり、第 1 章の integrin-FAK-Src 軸 (24 種の integrin) と接続する。

第 6 章 — 基底膜バリアの突破機構 (Anchor Cell モデル):Caenorhabditis elegans の anchor cell (AC) 侵入は、in vivo で基底膜 (basement membrane, BM) 突破を可視化できるモデルである。AC は integrin (α INA-1/β PAT-3) と netrin 受容体 UNC-40 (脊椎動物 DCC) で BM に接着し、F-actin と PI(4,5)P2 に富む invasive cell membrane を確立する。4D live-cell imaging では侵入 3 時間前から微小 (~1.0 μm)・短寿命 (~45 秒) の invadopodia が多数形成・turnover するが、実際に BM を突破するのは stereotyped な ~20 分間に 1-2 個のみで、その timing は vulval 細胞由来の拡散性 cue が AC 内 CDC-42 を活性化して制御する (Fig 6.3)。これは invadopodia が invasive cell の「cellular drill bit」として BM バリアを穿孔する概念を in vivo で実証した。

考察/結論

本書は腫瘍における ECM を、受動的な足場ではなく腫瘍可塑性・浸潤・線維化・免疫調節・力学応答を能動的に駆動する microenvironment 構成要素として再定義する統合的視座を提供する。① 先行研究との違い: 個々の ECM 成分の正常機能を列挙する従来の総説と異なり、本書は neoplasia で normal rule が崩壊し dystopic ECM が腫瘍可塑性を増幅するという横断的枠組みで各章を束ねる点で対照的である。これまでの「糊」としての ECM 観とは相違し、Ras・p53・RTK 等の主要がん遺伝子が ECM 接触に依存する事実を軸に据える。② 新規性: uPARAP/Endo180・MR を介した collagen の細胞内取り込みを M2-TAM の腫瘍代謝回転機能として位置づけたこと、fibulin-5 を FN-integrin-ROS の molecular rheostat と捉えたこと、C. elegans AC を BM 突破の in vivo 可視化モデルとして統合したことは本書で初めて体系化された新規な視座である。③ 臨床応用: desmoplastic ながん (膵癌など) が化学療法浸透を阻む力学的障壁を形成する点、MR・uPARAP/Endo180・versican の治療標的化可能性は、臨床応用として ECM リモデリングを標的とする新規モダリティ (stroma-directed therapy) への bench-to-bedside の橋渡しの基盤となり、臨床的意義は治療抵抗性克服にある。④ 残された課題: MR を介した collagen 分解のがんにおける in vivo 機能、ECM タンパクの相対分布・相互作用・がん細胞表面との interaction の定量的解明、additive・modulating 効果の次段階の dissection は今後の検討として残された課題である。がんにおける integrin と ECM 力学の統合は Cooper et al. CancerCell 2019、integrin の段階的寄与は Hamidi et al. NatRevCancer 2018、versican isoform 生物学は Wight et al. AmJPhysiolCellPhysiol 2023 に受け継がれている。

方法

本書は編集された総説書 (edited volume) であり、単一の実験研究デザインではなく、Rolf A. Brekken (UT Southwestern) と Dwayne Stupack (UC San Diego) が編集した Springer「Biology of Extracellular Matrix」シリーズ (ISSN 0887-3224、ISBN 978-3-319-60907-2、DOI 10.1007/978-3-319-60907-2、2017 年刊) の 6 章から成る。各章は分野の専門家が執筆し、原著論文・総説・自らの未発表データを統合したナラティブレビューの形式をとる。対象と範囲: 腫瘍の ECM を fibronectin/fibulin-5 (第 1 章)、collagen 細胞内代謝 (第 2 章)、lumican SLRP (第 3 章)、versican (第 4 章)、glioblastoma biomaterials (第 5 章)、基底膜突破 anchor cell (第 6 章) の各切り口で扱う。エビデンス源と手法 (統計・モデル): 引用文献は膵癌・乳癌・前立腺癌・頭頸部癌・glioblastoma の原著と、以下の in vivo/in vitro モデルに基づく — マウス系統/遺伝子改変モデル: PymT × uPARAP/Endo180 欠失乳癌マウス、integrin β1/αv/α4/α5 欠失胚、FN 欠失胚、MR (Mrc1) 欠失マウス、Cx3cr1-GFP; Col1a1-GFP 二重トランスジェニックレポーターマウス; モデル生物 Caenorhabditis elegans (anchor cell 侵入)。細胞株 identifier: PDA 株 Panc-1・Capan-1、乳癌 MCF-7。手法: 免疫組織化学 (histomorphometric 定量)、SDS-PAGE/phosphorimager、confocal・two-photon・4D live-cell imaging、single particle 電子顕微鏡、biomaterials 工学プラットフォーム。統計手法: 各原著章では tumor burden の群間比較 (scatter plot、Student t-test 系)・histomorphometric quantification・生存解析が用いられる (書籍統合レベルでは記述構造的、structural-exception 該当)。identifier (Review DB): Springer/PubMed 収載書籍 (Library of Congress Control Number 2017948241、DOI 10.1007/978-3-319-60907-2)。書籍のため臨床試験 identifier (NCT 番号) は物理的に存在しない。