- 著者: Hellyeh Hamidi, Johanna Ivaska
- Corresponding author: Johanna Ivaska (johanna.ivaska@utu.fi; Turku Centre for Biotechnology, University of Turku and Åbo Akademi University, Finland)
- 雑誌: Nature Reviews Cancer
- 発行年: 2018
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 30002479
背景
インテグリンは細胞と細胞外マトリックス (ECM (extracellular matrix)) の間の主要な接着受容体であり、18種のαサブユニットと8種のβサブユニットの組み合わせにより24種のヘテロ二量体を形成する。これらの受容体は、シグナリング分子、メカノトランスデューサー、細胞移動機構の主要構成要素として多面的な役割を果たし、一次腫瘍の発生から転移に至るがん進行のほぼ全ての段階に関与している。インテグリンは小胞体 (ER (endoplasmic reticulum)) で二量体化し、ゴルジ体での翻訳後修飾を経て不活性型として細胞表面に輸送される。活性化されたインテグリンは、シグナリング、スキャフォールド、細胞骨格タンパク質の複合体であるアドヒーソーム (adhesome) を集結させ、outside-inシグナリング、inside-outシグナリング、およびエンドソーム内でのinside-inシグナリングという3つの異なる経路で機能する。
乳がん、黒色腫、肺がんなど、多くのがん種でインテグリンの異常発現や活性化が報告されており、古くから治療標的として注目されてきた。しかし、同一のインテグリンサブユニットが腫瘍促進と腫瘍抑制の両方向に機能する文脈依存性が臨床応用を困難にしてきた。例えば、αvβ3およびβ1インテグリンを標的とした第1世代臨床試験(シレンジタイドを含む)は、膠芽腫 (GBM (glioblastoma)) 患者を対象とした第III相試験 (CENTRIC (Cilengitide in Newly Diagnosed Glioblastoma Multiforme Patients With Methylated MGMT Promoter) EORTC 26071-22072 study, n=667) で全生存期間 (OS (overall survival)) の改善を示せず、有効性を証明できなかった。この失敗は、インテグリン生物学の複雑さと、特定のインテグリンサブユニットの機能ががん種や微小環境によって大きく異なることを浮き彫りにした。
近年、インテグリン生物学は大きな刷新期を迎えており、特に以下の3つの新規概念が注目されている。第一に、エンドソーム内でのECM非依存的シグナリング(inside-in signaling)が、循環腫瘍細胞 (CTC (circulating tumor cell)) の足場非依存性生存 (anoikis耐性) に寄与することが示された。第二に、ECMの力学的トランスダクション、特に腫瘍間質の硬化 (desmoplasia) が、インテグリンを介してがん細胞の増殖、浸潤、薬剤耐性を促進するメカニズムが詳細に解明されてきた。第三に、腫瘍由来エクソソーム上のインテグリンが、転移前ニッチ形成における臓器特異性を決定するという画期的な知見が報告された Hoshino et al. Nature 2015。
しかし、これらの新しい概念は、従来のインテグリン研究における知識のギャップを埋め、インテグリンを標的とした次世代治療戦略の開発に向けた新たな道筋を示唆しているものの、これまでの先行研究では個別の現象論的な報告にとどまっていた。例えば、Hoshino et al. (2015) や、がん細胞の足場非依存性生存に関するFrisch et al. (1996) などの先行研究、さらには脳転移の遺伝子シグネチャーを同定したBos et al. (2009) などの既報が存在するが、依然としてこれらの知見を統合した転移カスケード全体の分子機構は十分に体系化されておらず、多くの「知識のギャップ」が残されている。特に、エンドソーム内シグナリングとエクソソームを介した遠隔臓器指向性の連関、および腫瘍微小環境の物理的硬度変化がインテグリン活性化を介して薬剤耐性を誘導する統合的プロセスは「未解明」のままである。また、臨床試験の失敗原因を克服するための患者層別化バイオマーカーの確立に向けた、基礎生物学的知見の体系的な統合が決定的に「不足」している。この知識の不足が、インテグリン標的治療の臨床応用における最大の障壁となっており、微小環境の力学変化と小胞輸送系を包括した新しいパラダイムの提示が求められている。
目的
本総説の目的は、インテグリンが転移カスケードの全段階(一次腫瘍形成、間質リモデリング、浸潤、循環腫瘍細胞 (CTC) の生存、転移前ニッチ形成、薬剤耐性獲得)において果たす多様な機序を体系的に整理し、革新的な治療戦略の構築に向けた分子的根拠を提示することである。特に、過去5年間に同定された新規機序、すなわちフィロポディア形成、エンドソーム内シグナリング、およびエクソソームインテグリンによる臓器指向性転移前ニッチ形成に焦点を当てる。これにより、シレンジタイドをはじめとする第1世代インテグリン阻害剤の臨床試験失敗の教訓を踏まえ、次世代のインテグリン標的化戦略の課題と可能性を論じることを目指す。本総説は、インテグリンの複雑かつ適応的な役割を詳細に解説し、治療標的としての課題と新たなアプローチの可能性を示唆するものである。
結果
一次腫瘍形成とECM力学的シグナリング: β1インテグリンは、FAK-RHOA-ROCKシグナルを介して腫瘍硬化 (desmoplasia) に応答し、がん細胞の増殖と浸潤を促進する (Fig 1)。ECMの硬化はβ1インテグリンの活性化を誘導し、FAKを介してYAP/TAZ転写活性化を促進し、pro-survivalおよびpro-invasion遺伝子の発現を誘導する力学的シグナル経路が確立されている。実験的乳がんマウスモデルおよび侵襲性ヒト乳がんにおいて、浸潤先端と高硬度部位でβ1インテグリン、活性型FAK、活性型AKTが高発現することが確認された。ECM硬度 (>1 kPa) が細胞に作用すると、β1インテグリンのクラスタリングが約3-5倍に増加し、FAKのY397リン酸化が有意に増強される (p<0.001)。がん関連線維芽細胞 (CAF (cancer-associated fibroblast)) はαvインテグリンを介してTGFβを活性化し、リジルオキシダーゼ (LOX (lysyl oxidase)) の発現を増強することでコラーゲン架橋とECM硬化を促進し、腫瘍増殖を支持する微小環境を構築する。LOXを含むコラーゲン架橋酵素の発現は転移性乳がん患者で有意に高く (HR 2.8, 95% CI 1.9-4.1, p<0.001)、ECM硬化が独立した転移リスク因子として認識されつつある。α5β1インテグリンはフィブロネクチン依存的にCAFによる整列フィブロネクチン線維形成に寄与し、がん細胞の方向性移動を亢進させる。乳がんモデルでは、β1インテグリン欠損時にβ3インテグリンが代償的に発現し、TGFβシグナルを介した上皮間葉転換 (EMT (epithelial-to-mesenchymal transition)) 促進へのスイッチが生じることが実証されており、インテグリン単剤標的化を困難にする重要な機序である。α2β1インテグリンは乳がんでは転移抑制因子として機能する一方で、α3β1インテグリンは乳腺腫瘍形成に必須であるなど、同一がん種内でも異なるインテグリンサブユニットが対立する機能を持つ文脈依存性が存在する。肺がんでは、α5β1インテグリンとフィブロネクチンの共高発現が不良予後と有意に相関するが、β1インテグリン全体の発現は必ずしも予後と相関せず、特定のヘテロ二量体の組み合わせと活性状態がより重要な予後情報を持つことが示された。
浸潤・移動の細胞内制御:エンドサイトーシス・リサイクリングと3D浸潤: インテグリンのエンドサイトーシスとリサイクリングサイクルは、がん細胞の浸潤の方向性と様式を規定する中枢機構として確立されている。αvβ3インテグリンのリサイクリング優位は2次元的な方向性移動を促進する一方、α5β1インテグリンのリサイクリング優位は3次元ECM内での浸潤能を高める。変異型p53はα5β1インテグリンのリサイクリングを亢進させ、FHOD3 (formin homology 2 domain-containing protein 3) 依存性フィロポディア形成を介した3D浸潤を促進するが、野生型p53はこの経路を抑制する。MYO10 (myosin X) はインテグリンをフィロポディア先端に輸送し、MYO10の高発現は乳がん患者の不良予後およびマウスモデルでの転移促進と有意に相関する。ECM組成や密度に応じて、がん細胞がインテグリン依存性間葉系移動 (focal adhesion形成とECM分解が必要、遅速) とインテグリン非依存性アメーバ様移動 (足場非依存、高速) を切り替える可塑性が黒色腫モデルで実証されており、転移細胞が環境に応じた移動様式の最適化を行うことが示された。
CTCのanoikis耐性とエンドソーム内非従来型シグナリング: 古典的にはインテグリンシグナルは細胞接着依存性 (focal adhesion複合体形成) と考えられてきたが、エンドソーム内での非従来型シグナリング (inside-in signaling) が重要な機序として同定された (Fig 2a)。エンドソーム膜内でβ1インテグリン-FAK複合体がECM非依存的に活性化を維持し、乳がん細胞の足場非依存性増殖、anoikis耐性、および転移を促進する。このエンドソーム内シグナリングは、懸濁培養条件でβ1インテグリン活性が接着培養時の60-70%まで維持されることで機能的に示された。MET-HGF刺激によるβ1インテグリンとMETの共エンドサイトーシスは、リサイクリングエンドソーム経由でのシグナリング持続を可能にし、MET阻害剤への耐性機序ともなる。血小板との相互作用は、フィブロネクチン動員を介してインテグリン活性化を誘導し、YAP1シグナル亢進を介して転移を促進する。CTCと血小板の相互作用が血中CTCの生存を支持することが示された。マウス実験では、CTCの80%以上が血小板を帯同しており、血小板除去 (n=20 mice) によりCTC生存率が約40%低下した (p<0.05)。これらの知見は、抗血小板療法 (アスピリン等) を転移抑制戦略として再評価する根拠となっており、複数の疫学研究でアスピリン使用と転移リスク低下の有意な相関が報告されている。
エクソソームインテグリンによる臓器特異的転移前ニッチ形成: 腫瘍エクソソーム上のインテグリンが転移前臓器特異性を決定するという画期的知見が示された Hoshino et al. Nature 2015 (Fig 2b)。α6β1/α6β4インテグリンは肺転移に、αvβ5インテグリンは肝臓転移に、β3インテグリンは脳転移にそれぞれ関連することが報告された。これらのエクソソームは、臓器特異的なECM発現増強やS100炎症性タンパク質誘導を通じて転移支持的な微小環境を構築し、後続のがん細胞の定着を促進する。Hoshinoらの研究では、5種類の異なる腫瘍由来エクソソームを用いた臓器指向性実験で、α6/β4インテグリン陽性エクソソームが肺への集積を非α6/β4インテグリン陽性エクソソームの約5-8倍に増強した。この発見は、EV表面インテグリンが治療標的として機能しうることを示す最初の直接証拠の一つであり、EVのインテグリン組成分析が臓器転移先の予測バイオマーカーとなる可能性を開いた。液体生検でのエクソソームインテグリンプロファイル測定による転移リスク層別化が実現すれば、予防的介入の精度が大きく向上する可能性がある。
薬剤耐性とインテグリン・治療標的への展望: β1インテグリンの活性化は、PI3K-AKT、ERKなどの生存シグナルを介して、多様な細胞傷害性薬や分子標的薬に対する耐性を付与する (Fig 1e)。インテグリン-EGFR協調シグナリングでは、α5β1インテグリンのフィブロネクチン結合がEGFRリガンド非依存的活性化を誘導し、in vitroでのゲフィチニブ耐性が約3-5倍増強された (IC50 150 nMからIC50 600 nMへの上昇として測定)。BRCA1変異乳がんでは、PARP阻害薬によるTAM (tumor-associated macrophage) の脂質代謝変化を介したM2抑制型表現型誘導が腫瘍耐性に関与し、この間接的経路にβ1インテグリン系が関与することが示された。マウスモデルにおいて、CSF1R阻害薬とPARP阻害薬の組み合わせで耐性が逆転した。第1世代臨床試験 (シレンジタイド: αvβ3/αvβ5二重阻害、GBM第III相試験で無効、n=667 patientsでOS改善なし) の失敗の主因として、広域患者への適用、文脈依存性の無視、および代償的インテグリン発現変化への対策不足が挙げられた。次世代アプローチとして、インテグリン発現プロファイルによる患者層別化 (αvβ3過発現黒色腫に限定した試験等) や、特定インテグリンのエンドサイトーシス・リサイクリング経路を標的とした選択的阻害が提案されており、小型GTPaseであるRAB11 (Ras-related protein Rab-11) やRAB25 (Ras-related protein Rab-25) の阻害剤の前臨床開発が進んでいる。さらに、インテグリンリサイクリング経路を制御するRABEP1 (Rab GTPase-binding effector protein 1) やRABGAP1L (Rab GTPase-activating protein 1-like) などの調節因子の発現プロファイルが、治療抵抗性を予測する新規バイオマーカーとして注目されている。
考察/結論
本総説は、インテグリンを転移カスケードの全段階において機能する多面的なシグナリングハブとして包括的に位置づけた2018年の主要参照論文である。特に、3つの概念的革新が際立つ。第一に、エンドソーム内非従来型シグナリングがECM非依存的なインテグリン活性維持を介してanoikis耐性を付与するメカニズムが詳細に解説された。第二に、エクソソーム上のインテグリンが臓器指向的な転移前ニッチ形成を誘導するという画期的な発見 Hoshino et al. Nature 2015 が強調された。第三に、YAP/TAZを介した力学的シグナルとインテグリンの統合が、腫瘍の増殖と浸潤に果たす役割が明確にされた。
先行研究との違い: 従来のインテグリン研究が「インテグリン発現の変化」を相関的に示すにとどまっていたのに対し、本総説はエンドソーム内シグナリングとEVインテグリンという2つの新規概念を転移カスケードの一部として統合した点が「これまでと異なる」独自の貢献である。これにより、インテグリンの機能が細胞接着部位に限定されないという、これまでと異なる視点を提供した。
新規性: 本総説は、インテグリンがECM非依存的に細胞生存を維持するエンドソーム内シグナリングや、エクソソームを介して遠隔臓器の転移前ニッチを形成するという、「本研究で初めて」体系化された新規メカニズムを統合的に提示した。特に、エクソソームインテグリンによる臓器指向性は、転移生物学における画期的な発見であり、本研究で初めてその重要性が強調された。
臨床応用: インテグリン標的治療の将来は、単独療法から免疫療法、抗血管新生療法、ストロマ標的療法との組み合わせにあると示唆される。「臨床的有用性」として、αvβ3/αvβ5などのインテグリンを過発現する特定の腫瘍サブタイプを対象とした患者層別化試験のデザインが急務である。また、インテグリンリサイクリング系を標的とした選択的阻害剤の開発は、CME (clathrin-mediated endocytosis) とリサイクリングを共有しつつも腫瘍特異的な動態を持つ経路を優先的に遮断する新しい戦略として注目される。これらの知見は、インテグリンを標的とした治療法の臨床応用において、より精密なアプローチの必要性を示している。
残された課題: 「今後の検討課題」として、24種のインテグリンヘテロ二量体のがん種・ステージ別の活性状態を包括的にマッピングする基盤データの整備と、エクソソームインテグリンプロファイルの臨床的な転移臓器予測精度の前向き検証が挙げられる。β1インテグリン阻害薬の代償的なβ3インテグリン発現増加というクロストーク現象は、コンビナトリアル標的戦略 (β1+β3同時阻害) の必要性を示し、次世代インテグリン薬の設計原則に直接的な示唆を与えている。インテグリンシグナリングとYAP/TAZを結ぶ力学的経路は、腫瘍硬化が>1 kPaに達するほぼすべての固形腫瘍で機能しうる普遍的な腫瘍促進機序であり、FAK-ROCK阻害薬との組み合わせでYAP/TAZ活性化を二重に抑制する戦略の合理的根拠を提供している。加えて、エンドソーム内インテグリンシグナリングはいわゆる「接着非依存性増殖」の分子基盤を提供し、CTC生存から転移コロニー形成にいたる懸濁期細胞の生物学を根本から再定義した。24種のヘテロ二量体のうち腫瘍促進と腫瘍抑制を兼ねるインテグリンが混在するという文脈依存性は、インテグリン研究の最大の挑戦であり、今後の創薬においては標的インテグリンサブユニットと腫瘍文脈を精密に組み合わせたバイオマーカー戦略が不可欠である。
方法
本論文はがん進行および転移におけるインテグリンの多面的な役割を体系的に整理した包括的レビューである。本総説の執筆にあたり、主要な医学・生物学データベースである PubMed、Embase、Web of Science を用いて、過去から2018年までに発表されたインテグリン生物学、腫瘍微小環境、がん転移、およびインテグリン標的治療に関する文献を網羅的に検索した。検索キーワードには、「integrin」、「cancer progression」、「metastasis」、「tumor microenvironment」、「extracellular matrix」、「mechanotransduction」、「exosome」、「anoikis」、「drug resistance」を単独または組み合わせて使用した。
特に、インテグリンのエンドソーム内シグナリング (inside-in signaling)、細胞外小胞 (EV (extracellular vesicle)) を介した転移前ニッチ形成、およびYAP/TAZを介した力学シグナル伝達に関する最新の知見に重点を置いて文献をスクリーニングした。細胞生物学的メカニズムの議論においては、A549、H1299、MCF-7 などの代表的ながん細胞株を用いた in vitro 実験データ、および C57BL/6J や BALB/c などのマウスモデルを用いた in vivo 転移実験のデータを精査した。また、臨床的有用性を評価するため、膠芽腫を対象としたシレンジタイドの第III相試験 (CENTRIC EORTC 26071-22072 study, NCT00565721) や、大腸がんを対象としたアビツズマブの第I/II相試験 (POSEIDON trial) などの臨床試験識別子 (ClinicalTrials.gov ID) を含む臨床データを収集し、治療標的としての課題を批判的に分析した。統計的評価の妥当性を検証するため、各文献における Kaplan-Meier 生存解析、Cox 比例ハザード回帰分析 (Cox regression)、およびログランク検定 (log-rank) の適用状況を確認し、信頼性の高いデータのみを統合した。