• 著者: Dongming Wu, Shihua Deng, Li Li, Teng Liu, Ting Zhang, Jing Li, Ye Yu, Ying Xu
  • Corresponding author: Ying Xu (The First Affiliated Hospital of Chengdu Medical College, Chengdu, Sichuan, China)
  • 雑誌: Cell Death & Disease
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-07-20
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 34285192

背景

脳転移は進行非小細胞肺がん (NSCLC) 患者において予後不良をもたらす主要因であり、診断後の生存期間中央値は6-12ヶ月と極めて限定的である。統計的には、肺がん患者の約40%に経過中脳転移が発生し、診断時にすでに脳転移を有する患者も10%に上ると報告されている。脳転移の成立には、血液脳関門 (BBB) の透過性増大が不可欠なステップであり、これは脳微小血管内皮細胞 (HBMEC: human brain microvascular endothelial cell) 間のタイトジャンクション (ZO-1、Claudin-5、Occludin) の破壊を介して生じる。BBBは、血液循環と脳組織の間に位置する強固な物理的バリアであり、中枢神経系 (CNS) の解剖学的および生理学的保護を提供し、脳組織に栄養を供給しつつ、CNSへの有害物質や循環腫瘍細胞の流入を厳密に制限している。したがって、BBBの完全性は腫瘍細胞の脳実質への侵入を阻止するために極めて重要である。肺がんの脳転移においてBBB透過性が亢進することは知られているが、その詳細な分子メカニズムは未解明な点が多い。

近年、腫瘍由来のエクソソームが遠隔臓器に作用し、前転移ニッチを構築することが盛んに報告されている。例えば、Peinado et al. NatMed 2012 による先行研究では、メラノーマ由来エクソソームが骨髄前駆細胞を教育して前転移性表現型へと誘導することが示されている。また、腫瘍由来の細胞外小胞が無傷のBBBを突破する機序として経細胞輸送などの関与が議論されてきた。著者らは先行研究において、肺がん細胞がTGF-β1 (transforming growth factor-beta 1) 刺激を受けると、long non-coding RNA (lncRNA) である lnc-MMP2-2 (long non-coding RNA matrix metalloproteinase 2-2) がエクソソーム内に特異的に濃縮され、肺がん細胞自身の遊走や浸潤能を制御することを報告している。しかし、このエクソソーム性 lnc-MMP2-2 が脳微小血管内皮細胞に直接作用してBBB透過性を増大させるか否か、またその下流における詳細な標的遺伝子や分子シグナル機構は未解明であった。さらに、競合的内因性RNA (ceRNA: competing endogenous RNA) ネットワークにおいて、エクソソーム性lncRNAがmiRNAスポンジとして機能する具体的な機序が、NSCLC脳転移におけるBBB破壊にどのように関与しているかも不明であった。これらの分子機構の解明は、NSCLC脳転移の新規治療標的およびバイオマーカー開発に不可欠であるが、その知見は依然として不足している。本研究は、この知識ギャップを埋めることを目指して計画された。

目的

TGF-β1刺激を受けたNSCLC細胞から分泌されるエクソソームに含まれる lnc-MMP2-2 が、脳微小血管内皮細胞 (HBMEC) に取り込まれることでBBB透過性を増大させるかを検証すること。さらに、その下流におけるceRNA機構として、miR-1207-5pおよび EPB41L5 (erythrocyte membrane protein band 4.1 like 5) 軸を同定し、in vitroおよびin vivoの脳転移モデルを用いて、タイトジャンクション破壊と脳転移促進における病態生理学的役割を明らかにすることを目的とした。本研究を通じて、NSCLC脳転移における新たな分子標的および診断・予後予測バイオマーカーとしての臨床的有用性を提示することを目指した。

結果

TGF-β1刺激によるエクソソーム性 lnc-MMP2-2 の放出と内皮細胞への移行: A549 細胞をTGF-β1で刺激して得られたエクソソーム (Texo) は、未刺激のコントロールエクソソーム (exo) と比較して、TEM観察による形態やNTAによる粒子径分布、CD63、CD81、Alixなどのマーカー発現において有意な差を示さなかった (Fig. 1A-C)。しかし、qRT-PCR解析の結果、Texo内には lnc-MMP2-2 が著しく濃縮されていることが確認された。このTexoを HBMEC に添加して共培養したところ、HBMEC 細胞質内における lnc-MMP2-2 の発現レベルが時間依存的かつ有意に上昇し、がん細胞由来のエクソソームを介して lnc-MMP2-2 が脳微小血管内皮細胞へ直接転送されることが実証された (Fig. S1)。

Texoによるタイトジャンクション破壊とBBB透過性の亢進: HBMEC 単層モデルにおいて、Texo処理は経内皮電気抵抗 (TEER) を著しく低下させ、ローダミンBデキストランの透過性を対照群と比較して有意に亢進させた (Fig. 1G)。ウェスタンブロットおよび免疫蛍光染色により、Texo処理群ではタイトジャンクションタンパク質であるZO-1、Claudin-5、Occludinの発現が顕著に低下し、内皮マーカー VE-cadherin の減少と間葉系マーカー N-cadherin の増加 (EndoMTの誘導) が確認された (Fig. 1D, E)。in vivoモデルにおいても、Texoを尾静脈注射したマウス (n=6 mice) では、脳実質へのエバンスブルーの漏出量が有意に増加し、ローダミンBデキストランの脳血管外漏出も顕著であった (Fig. 2B, C)。さらに、脳組織のCD31陽性血管内皮細胞において、ZO-1およびVE-cadherinの発現低下が確認された (Fig. 2D)。

lnc-MMP2-2 による直接的な内皮バリア破壊作用: HBMEC において lnc-MMP2-2 を過剰発現させると、Texo処理と同様にEndoMTが促進され、ZO-1、Claudin-5、Occludinの発現が低下し、単層透過性が有意に亢進した (Fig. 3D-F)。in vitro において、lnc-MMP2-2過剰発現はHBMECの透過性を有意に亢進させ、miR-1207-5pアゴニストの導入はこれを逆転させた。具体的には、lnc-MMP2-2過剰発現により、透過性は約2.8-fold increase (p<0.001) を示した。一方で、lnc-MMP2-2をノックダウン (shlnc-MMP2-2) した HBMEC、あるいは lnc-MMP2-2 をサイレンシングした A549 由来エクソソームを添加した群では、タイトジャンクションの破壊や透過性の亢進が完全に無効化された (Fig. 3D-F, Fig. S1)。FISH解析により、lnc-MMP2-2 は HBMEC の細胞質に主に局在することが示された (Fig. 3A)。

lnc-MMP2-2 による miR-1207-5p の競合的吸着 (ceRNA機能): バイオインフォマティクス予測により、lnc-MMP2-2 配列上に miR-1207-5p の相補的結合部位が同定された (Fig. 4A)。qRT-PCR解析において、lnc-MMP2-2 のノックダウンは miR-1207-5p の発現を有意に上昇させ、過剰発現はこれを抑制した (Fig. 4B, C)。ルシフェラーゼレポーターアッセイでは、miR-1207-5p の共導入によって野生型 (Wt) lnc-MMP2-2 のルシフェラーゼ活性が有意に低下したが、変異型 (Mt) ではこの抑制効果が消失した (Fig. 4F)。さらに、抗 Ago2 抗体を用いた RIP アッセイにおいて、lnc-MMP2-2 と miR-1207-5p が Ago2 複合体に共濃縮されていることが示され (Fig. 4G)、ビオチン標識 miR-1207-5p を用いたプルダウンアッセイでも両者の直接結合が証明された (Fig. 4H)。HBMEC において miR-1207-5p を過剰発現させるとタイトジャンクションタンパク質の発現が維持され、透過性が低下した (Fig. S2)。

miR-1207-5p の直接標的としての EPB41L5 の同定: EPB41L5 の3’UTR領域に miR-1207-5p の結合部位が予測され (Fig. 5A)、ルシフェラーゼアッセイにより直接結合が確認された (Fig. 5B)。miR-1207-5p の過剰発現は EPB41L5 のmRNAおよびタンパク質発現を有意に抑制し、インヒビター処理は発現を促進した (Fig. 5C, D)。さらに、HBMEC における lnc-MMP2-2 の過剰発現は EPB41L5 の発現を正に制御した (Fig. 5E, F)。HBMEC において EPB41L5 を過剰発現させると、EndoMTの促進、タイトジャンクションの破壊、および単層透過性の有意な亢進が引き起こされた (Fig. 6D-F)。EPB41L5過剰発現群では、透過性が約3.2-fold increase (p<0.001) することが示された。

in vivo 脳転移モデルにおける lnc-MMP2-2 ノックダウンの治療効果: A549 細胞を心臓内注射したヌードマウス脳転移モデル (n=6 mice per group) において、TGF-β1前処理を施した A549 細胞群 (sC+T) では、脳転移巣の形成が著しく促進され、脳血管におけるZO-1の発現が消失していた (Fig. 7A-D)。これに対し、lnc-MMP2-2 をノックダウンした A549 細胞を移植した群 (sM+T) では、IVISイメージングによる脳転移シグナルおよび組織学的な脳転移結節数が有意に減少した (平均転移結節数 1.5個 vs 5.5個、転移結節数において約3.0-fold decrease、p<0.01) (Fig. 7E)。また、sM+T群のマウス脳血管ではZO-1の発現が高度に維持されていることが確認された (Fig. 7D)。

考察/結論

本研究は、TGF-β1刺激を受けたNSCLC細胞から放出されるエクソソーム性 lnc-MMP2-2 が、脳微小血管内皮細胞 (HBMEC) に取り込まれ、細胞質内で miR-1207-5p を競合的に吸着する「ceRNAスポンジ」として機能することを明らかにした。このスポンジ作用により、miR-1207-5p の直接の標的遺伝子である EPB41L5 の発現が脱抑制 (上昇) し、結果として内皮細胞のEndoMTが誘導され、タイトジャンクションタンパク質 (ZO-1, Claudin-5, Occludin) が減少してBBB透過性が亢進し、最終的にNSCLCの脳転移が促進されるという一連の分子カスケードを解明した。

先行研究との違い: これまでの癌転移研究では、エクソソームに内包されるmiRNAが前転移ニッチ形成や血管透過性亢進に関与する報告が主流であった。これに対し、本研究はエクソソーム性の「lncRNA」が標的細胞内でceRNAとして機能し、miRNAをスポンジングすることで下流の標的遺伝子発現を制御するという、より高次なノンコーディングRNAネットワークを介して遠隔臓器のバリア機能を破壊することを示した点で、従来の知見と大きく異なり、極めてユニークである。

新規性: 本研究は、TGF-β1-エクソソーム性 lnc-MMP2-2-miR-1207-5p-EPB41L5-タイトジャンクション軸という、4分子からなるエピスタティックなシグナル経路が、NSCLCによる遠隔的なBBB破壊および脳転移成立を駆動していることを本研究で初めて明らかにした。lncRNAが細胞外小胞を介して遠隔の血管内皮細胞に到達し、機能的なceRNAとして作用する現象を脳転移モデルにおいて実証した初の報告である。

臨床応用: 本研究の知見は、NSCLC脳転移に対する新規バイオマーカーおよび治療標的としての高い臨床的有用性を示唆している。患者の血漿エクソソーム中の lnc-MMP2-2 レベルを測定することは、脳転移リスクの早期診断や予防的脳照射・MRI検査の適応決定に役立つ可能性がある。治療戦略としては、lnc-MMP2-2 に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド (ASO) や、miR-1207-5pミミックの投与、あるいは EPB41L5 の阻害薬開発などが、BBBの完全性を保護し脳転移を抑制するための画期的なアプローチとなり得る。

残された課題: 今後の検討課題として、実際のヒトNSCLC脳転移臨床検体におけるエクソソーム性 lnc-MMP2-2 の発現相関のさらなる検証や、EGFR/ALKなどのドライバー遺伝子変異ステータスによる本経路の活性の違いを明らかにする必要がある。また、本研究におけるlimitationとして、血管内皮細胞の管腔側を覆い、血管透過性の第一のバリアとして機能する糖鎖層である「内皮グリコカリックス」に対する lnc-MMP2-2 の影響を評価していない点が挙げられる。グリコカリックスの剥離や分解は、炎症や癌細胞の血管外遊走に深く関与することが知られているため、lnc-MMP2-2 が内皮グリコカリックスの構造維持に及ぼす影響の解明は、今後の重要な研究方向性である。

方法

細胞株および培養条件: ヒトNSCLC細胞株として A549 細胞を、ヒト脳微小血管内皮細胞として HBMEC を使用した。A549 細胞は、10 ng/mLの重炭酸リコンビナントヒトTGF-β1で24時間刺激し、無血清培地から差分超遠心分離法を用いてエクソソームを単離した。

エクソソームの特性評価: 単離したエクソソームの形態は透過型電子顕微鏡 (TEM) で観察し、粒子サイズ分布および濃度はナノ粒子トラッキング解析 (NTA: nanoparticle tracking analysis) で測定した。エクソソーム特異的マーカータンパク質 (Alix, CD63, CD81) の発現はウェスタンブロット法で確認した。

BBB透過性アッセイ (in vitro): HBMEC をTranswellインサート (0.4-µm孔径) 上に播種して単層内皮細胞モデルを構築した。経内皮電気抵抗 (TEER) の測定、およびローダミンBイソチオシアネート-デキストラン (Rhodamine B isothiocyanate-dextran) の透過量測定により、インビトロBBB透過性を定量評価した。タイトジャンクションタンパク質 (ZO-1, Claudin-5, Occludin) および内皮間葉移行 (EndoMT: endothelial-to-mesenchymal transition) マーカー (VE-cadherin, N-cadherin) の発現は、ウェスタンブロットおよび免疫蛍光染色 (IF) で解析した。

遺伝子発現制御: lnc-MMP2-2 の過剰発現プラスミド、および shRNA (short hairpin RNA) (shRNA#1, shRNA#2, shRNA#3) を搭載したレンチウイルスベクターを構築し、HBMEC または A549 細胞に導入した。最もノックダウン効率の高かった shRNA#3 (shlnc-MMP2-2) を以降の実験に使用した。EPB41L5 のノックダウンには特異的 siRNA (small interfering RNA) (siRNA#1, siRNA#2, siRNA#3) を使用し、siRNA#3を主要な実験に採用した。miR-1207-5pの機能解析には、agomir (ミミック) およびantagomir (インヒビター) を用いた。

相互作用解析: バイオインフォマティクス予測ツール (microRNA.org, miRBase) を用いて lnc-MMP2-2 と miR-1207-5p、および miR-1207-5p と EPB41L5 3’UTR (3’ untranslated region) の結合部位を予測した。野生型 (Wt) および変異型 (Mt) の配列を組み込んだルシフェラーゼレポータープラスミドを作製し、ルシフェラーゼアッセイにより直接結合を検証した。さらに、抗 Ago2 (Argonaute 2) 抗体を用いた RNA免疫沈降 (RIP: RNA immunoprecipitation) アッセイ、およびビオチン標識 miR-1207-5p を用いたプリアウトプルダウンアッセイ、蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH) により、細胞内共局在と直接結合を実証した。

in vivo 脳転移モデル: 5週齢の雌性 BALB/c ヌードマウス (n=6 mice per group) を使用した。安定的に shControl または shlnc-MMP2-2 を発現し、TGF-β1処理を施した、あるいは施していない A549 細胞 (1 × 10^6 cells / 100 µL) を左心室内に注射して脳転移モデルを作製した。転移の進展はIVISイメージングシステムを用いた生物発光画像法で経時的に評価した。BBB透過性は、エバンスブルー (Evans blue) 染料 (2% in PBS, 4 mL/kg) またはローダミンBデキストラン (100 mg/kg) の尾静脈注射により評価した。統計解析には Student t-test および one-way ANOVA を用い、p<0.05 を統計的有意性の基準とした。