• 著者: Shuang Xie, Ben Niu, Ruijia Deng, Liu Feng, Zuowei Xie, Shuang Zhao, Hongzhao Yang, Meilin Gong, Jing Sheng, Ligai Zhang, Yan Pi, Ningtao Cheng, Ming Chen, Kai Chang
  • Corresponding author: Yan Pi (Department of Rehabilitation Medicine, The First Affiliated Hospital of Chongqing Medical University); Ningtao Cheng (School of Public Health, Zhejiang University School of Medicine); Ming Chen (Department of Clinical Laboratory Medicine, Southwest Hospital, Third Military Medical University); Kai Chang (Department of Clinical Laboratory Medicine, Southwest Hospital, Third Military Medical University)
  • 雑誌: Journal of Extracellular Vesicles
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-03-30
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 41979055

背景

glycoRNA (glycosylated RNA: 糖鎖修飾RNA) は、小型非翻訳RNAにシアル酸やフコースを含むN-結合型糖鎖が結合した新規の生体分子クラスであり、近年細胞表面に提示されていることが報告された。この分子は、免疫細胞上の Siglec (sialic acid-binding immunoglobulin-like lectin: シアル酸結合イムノグロブリン様レクチン) 受容体との結合を介して、免疫制御や炎症反応の調節に関与することが明らかになりつつある。例えば、細胞表面のRNAが好中球の動員を制御するという報告 (Zhang et al. Cell 2024) など、その機能的意義が注目されている。一方、sEV (small extracellular vesicle: 小型細胞外小胞) は、癌の進行、転移、微小環境の再編成における重要なメディエーターおよびバイオマーカーとして広く研究されている (Kalluri et al. Cell 2023)。sEVの膜表面に提示される糖結合体は、小胞の安定性、体内分布、および標的細胞による特異的認識を規定する重要な因子である (Moller et al. NatRevCancer 2020)。近年、sEVの表面にもglycoRNAが存在し、細胞間コミュニケーションに関与している可能性が示唆されている。しかし、sEV表面のglycoRNAは極めて低コピー数であり、かつsEV膜上に大量に存在する通常の糖タンパク質や糖脂質由来のバックグラウンドノイズに埋もれてしまうため、その正確な検出や定量は極めて困難であった。既存の検出技術である ARPLA (amplification-assisted relation proximity ligation assay: 増幅支援近接ライゲーションアッセイ) は酵素依存的な近接結紮と RCA (rolling circle amplification: ローリングサークル増幅) に依存しており、操作が複雑で酵素活性のばらつきに影響されやすい。また、FRET (fluorescence resonance energy transfer: 蛍光共鳴エネルギー移動) ベースの手法や、DNA回路を用いる HieCo2 (hierarchical DNA-coding hybridization chain reaction circuit: 階層的DNAコード化ハイブリダイゼーション連鎖反応回路) などの手法も開発されているが、感度、操作の簡便性、および非特異的シグナルの抑制の観点において依然として大きな課題が残されていた。このように、無傷の (intact) sEV表面における低発現なglycoRNAを、酵素フリーかつ高感度・高選択的に in situ で可視化・定量する技術は未確立であり、sEV表面glycoRNAの生物学的機能や病態における役割の解明を阻む大きな gap が残されている。特に、乳癌の悪性化プロセスにおいてsEV表面のglycoRNAがどのように動的に変化し、それが小胞の物理的特性や免疫細胞との相互作用にどう影響するかという点については、詳細な解析手法が不足しているため、これまでほとんど未解明のままであった。この検出技術の不足と生物学的知見の欠落という二重の課題を解決することが、本分野における急務となっている。

目的

本研究の目的は、sEV表面のglycoRNAを酵素フリーで高感度かつ高選択的に in situ 可視化および定量できる、プログラム可能なDNAナノテクノロジーに基づく新しいシグナル増幅ツール「PREDICTOR」(proximity-encoded non-linear hybridization chain reaction circuit: 近接コード化非線形ハイブリダイゼーション連鎖反応回路) を開発することである。さらに、このPREDICTORを用いて、乳癌の悪性化進行モデル (非悪性から低悪性度、高悪性度への段階的モデル) におけるsEV表面glycoRNAの動態を明らかにし、表面glycoRNAの減少がsEV自体の力学的性質 (膜剛性やYoung’s modulus: ヤング率) や、マクロファージによる認識・取り込み、およびそれに伴う炎症性活性化に与える機能的意義を解明することを目的とする。これにより、sEV表面glycoRNAを新たな疾患バイオマーカーおよび治療標的として再定義するための基盤技術を確立する。

結果

sEV表面におけるシアリル化N結合型glycoRNAの提示実証: まず、Ac4ManNAz代謝標識を施した乳腺細胞由来のsEVから抽出したRNAに対し、DBCO (dibenzocyclooctyne)-PEG (polyethylene glycol)4-biotinを用いたクリック化学反応を行い、ストレプトアビジンブロットによりglycoRNAの存在を検証した (Figure 1d)。その結果、RNase A/T1処理によってシグナルは完全に消失したが、proteinase KやDNase I処理では影響を受けなかった (Figure 1e)。さらに、このシグナルはPNGase Fおよびneuraminidase処理で消失したが、O-glycosidase処理では変化せず、sEVにシアリル化N結合型glycoRNAが結合していることが示された (Figure 1f)。無傷の非透過性sEVに対して直接クリック標識を行った実験 (n=3 replicates) でも強いシグナルが検出され、これがRNase A/T1処理によって有意に減弱したことから、glycoRNAがsEVの最外殻表面にアクセス可能な状態で提示されていることが実証された (Figure 1g)。

PREDICTOR回路の構築と等温シグナル増幅能の検証: 次に、設計したPREDICTOR回路の動作特性を無細胞系で評価した。Native PAGE解析において、すべての構成要素 (GP、RP、S1、S2、A1、A2) および標的トリガーが存在する場合にのみ、高分子量の樹状DNA集合体の形成が確認された (Figure 2b)。AFMによる形状観察では、反応開始後0分、30分、60分と経時的に樹状の分岐DNA構造が成長していく様子が直接可視化された (Figure 2e)。蛍光スペクトル測定においては、トリガーの濃度依存的 (n=3 replicates) にFAMの蛍光強度が著しく上昇し、酵素を一切使用しない toehold 介在性ストランド置換反応による非線形シグナル増幅が良好に機能することが確認された (Figure 2f)。

sEV表面glycoRNAに対するPREDICTORの特異性と脂質ラフト共局在: アルデヒド/硫酸ラテックスビーズに吸着させたsEVを用いて、PREDICTORの標的特異性を検証した (Figure 3a)。CLSM観察において、完全なPREDICTORシステムを適用したビーズからは強い緑色蛍光が検出されたが、GPやRPなどの必須構成要素を欠いたコントロール群では背景ノイズレベルの極微弱な蛍光しか示さなかった (Figure 3c)。さらに、sEVをRNase A/T1、PNGase F、またはneuraminidaseで前処理すると、蛍光強度は著しく低下した (p<0.001) (Figure 3f)。また、糖鎖修飾阻害剤であるkifunensine処理によっても蛍光が有意に減弱した (Figure 3g)。HeLa細胞由来sEVを用いた脂質ラフト染色 (CT-B (cholera toxin subunit B)-Alexa Fluor 555) との共局在解析では、Pearson相関係数 0.653 ± 0.145 という高い共局在性を示し、フローサイトメトリー分析でも二重陽性小胞が全体の 37.2% を占めることが確認された (Figure S5)。

既存技術との性能比較による優れたシグナル増幅効率の証明: PREDICTORの定量感度を検証するため、5 × 10³ から 5 × 10⁹ particles/mL の希釈系列sEVを用いて、既存のARPLAおよびHieCo2との比較を行った。バルク蛍光測定において、sEV濃度の対数値に対する回帰直線の傾き (感度の指標) は、PREDICTORが 0.372 (R²=0.9846) であったのに対し、ARPLAは 0.301 (R²=0.9748)、HieCo2は 0.230 (R²=0.9663) であり、PREDICTORが最も高い傾きを示した (Figure S3)。ビーズベースのCLSM画像解析においても、PREDICTORは 4.105 (R²=0.9816) の傾きを示し、ARPLAの 3.495、HieCo2 of 2.711 を大きく上回る優れたシグナル増幅効率と検出感度を実証した (Figure S4)。

乳癌悪性化に伴うsEV表面glycoRNAの減少と膜剛性の低下: 乳癌の悪性化進行モデル (MCF-10A → MCF-7 → MDA-MB-231) から回収したsEVに対し、代表的なglycoRNA候補 (U1 snRNA、SNORD2、U8) を標的としてPREDICTORによる定量を行った (Figure 4a)。その結果、悪性度が高くなるにつれて、これらすべての表面glycoRNAシグナルが段階的かつ有意に低下することが判明した (p<0.001) (Figure 4b)。さらに、AFMナノインデンテーション測定によりsEVの機械的特性を評価したところ、RNase A/T1処理による表面glycoRNAの枯渇に伴い、sEVのYoung’s modulus (ヤング率) が低下した (Figure 5e)。非処理sEVの比較において、MCF-10A由来sEVと比較して、MCF-7由来sEVでは 25.08%、MDA-MB-231由来sEVでは 54.72% の剛性低下 (軟化) が認められ、表面glycoRNAの減少がsEV膜の物理的安定性低下に直接寄与していることが示唆された (Figure 5e)。

マクロファージによるsEV取り込みおよび炎症活性化の抑制: 最後に、sEV表面glycoRNAが免疫細胞との相互作用に及ぼす影響を、THP-1由来M0マクロファージを用いて評価した (Figure 6a)。PKH26で蛍光標識したMCF-7由来sEVをマクロファージと共培養したところ、RNase A/T1、PNGase F、またはneuraminidaseで前処理して表面のglycoRNAやシアル酸糖鎖を枯渇させたsEVでは、未処理コントロールsEVと比較して、細胞内への取り込み量が著しく減少した (Figure 6c)。この取り込み抑制に伴い、マクロファージにおけるプロ炎症性マーカーであるiNOSの発現レベルも、ウェスタンブロット解析において 2.5-fold 以上の有意な減弱を示した (Figure 6e)。また、組み換えSiglec-11を用いた結合アッセイにおいて、マクロファージ表面のRNA依存的な結合シグナルがRNase A/T1感受性を示し、結合が 2.0-fold 減少したことから、表面glycoRNAがSiglec受容体を介してマクロファージに認識され、その活性化を誘導していることが示された (Figure S8)。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究で開発したPREDICTORは、従来のARPLAやHieCo2などの先行技術と異なり、酵素反応ステップを完全に排除したオール・イン・ワンのDNA回路システムである。ARPLAはphi29 DNAポリメラーゼによるローリングサークル増幅 (RCA) に依存するため、酵素活性のばらつきや反応温度の厳密な制御が必要であった。これに対し、PREDICTORは熱力学的にプログラムされた toehold 介在性ストランド置換反応と非線形 HCR を組み合わせることで、室温かつ等温条件下で極めてロバストに動作する。また、シアル酸アプタマーと標的RNA配列の二重認識 (proximity gating) を採用しているため、sEV膜上の豊富な糖タンパク質や糖脂質に由来する非特異的なバックグラウンドシグナルを効果的に抑制できる点でも、従来の単純なレクチン染色や単一認識プロトコルと対照的である。

新規性: 本研究は、酵素フリーの近接依存的DNA増幅技術を用いて、無傷のsEV表面における低コピー数なglycoRNAを in situ で可視化・定量することに本研究で初めて成功した。さらに、生物学的な新規知見として、乳癌の悪性化進行 (MCF-10A → MCF-7 → MDA-MB-231) に伴ってsEV表面のglycoRNA提示量が段階的に減少すること、および表面glycoRNAの枯渇がsEVの膜硬度 (Young’s modulus) を最大 54.72% 低下させるという物理的連関を新規に明らかにした。表面glycoRNAがsEVの機械的剛性を維持する構造的コンポーネントとして機能しているという知見は、これまでに報告されていない極めて独創的な発見である。

臨床応用: 本技術および得られた知見は、癌の診断や治療における広範な臨床応用が期待される。臨床的意義として、sEV表面のglycoRNAプロファイル (U1、SNORD2、U8など) は、乳癌の悪性度や転移能を評価するための非侵襲的なリキッドバイオプシーの新規バイオマーカーとなり得る。また、悪性化に伴う表面glycoRNAの減少がマクロファージによる取り込みや炎症性活性化 (iNOS発現) を減衰させ、結果として腫瘍細胞が免疫監視から逃れる「ステルス化」に寄与している可能性が示された。この機構を標的とすることで、sEVの免疫認識を人為的に制御する新たな癌免疫療法の開発や、sEVをドラッグデリバリーシステム (DDS) として用いる際の表面修飾技術への応用など、translational な展開が可能である。

残された課題: しかしながら、実用化に向けてはいくつかの残された課題 (limitation) が存在する。第一に、本研究におけるPREDICTORの検証は主に細胞培養上清から単離されたsEVを対象としており、血漿や腹水などの複雑な臨床検体における検証は未実施である。臨床現場での実用化には、夾雑成分の多い生体試料中での非特異的吸着を防ぐためのブロッキング技術や、簡便な前処理プロトコルの最適化が今後の検討課題である。第二に、本システムは非透過性sEVの表面に露出したglycoRNAのみを検出対象としており、小胞内部 (ルーメン) に存在するglycoRNAを同時に評価するためには、膜透過処理を組み合わせたバリエーションの開発が必要である。第三に、現在の糖鎖認識モジュールはシアル酸 (Neu5Ac) アプタマーに限定されているため、フコースなど他の糖鎖エピトープに対応するアプタマーの開発と、それらを組み合わせた多重検出 (マルチプレックス解析) の実現が望まれる。最後に、マクロファージによるsEV取り込みにおけるSiglec-11以外の受容体や、詳細なエンドサイトーシス経路の分子機構の同定については、今後の詳細な機能解析が必要である。

方法

細胞培養および代謝標識として、ヒト正常乳腺上皮細胞株である MCF-10A (Michigan Cancer Foundation-10A)、ヒト乳癌細胞株である MCF-7 (低悪性度) および MDA-MB-231 (高悪性度)、ならびにヒト単球細胞株である THP-1 (Tohoku Hospital Pediatrics-1) を使用した。sEV表面の糖鎖を標識するため、細胞を非天然型糖代謝前駆体である Ac4ManNAz (peracetylated N-azidoacetylmannosamine: テトラアセチル化N-アジドアセチルマンノサミン) (100 µM) で36時間代謝標識し、シアリル化糖鎖にアジド基を導入した。sEVの単離は、無血清培地から段階的超遠心分離法を用いて行い、最終的に 100,000 × g の超遠心によりペレットを回収した。単離したsEVの品質管理として、NTA (nanoparticle tracking analysis: ナノ粒子トラッキング解析) による粒径分布測定、TEM (transmission electron microscopy: 透過型電子顕微鏡) による形態観察、およびウェスタンブロット法によるsEVマーカー (TSG101、CD63) および陰性コントロール (Calnexin) の検出を実施した。

PREDICTORの設計では、(1)シアル酸の一種である Neu5Ac (N-acetylneuraminic acid: N-アセチルノイラミン酸) を認識するアプタマーとスプリット・トリガー配列を結合させた糖鎖プローブである GP (glycan probe: 糖鎖プローブ) と、(2)標的RNA (U1 snRNA、SNORD2、U8) の特異的配列を認識するRNAプローブである RP (RNA probe: RNAプローブ) の二重認識システムを構築した。両プローブが同一のglycoRNA上で近接結合したときのみ、スプリット・トリガーが再構成されてイニシエーターとして機能し、蛍光修飾 (FAM) および消光修飾 (BHQ1) を施したヘアピン状DNA基質 (S1、S2) と補助鎖 (A1、A2) の間で、酵素フリーの toehold 介在性ストランド置換反応による樹状 (dendritic) DNA自己組み立ておよび非線形 HCR (hybridization chain reaction: ハイブリダイゼーション連鎖反応) を誘起する設計とした。この回路動作は、12% native PAGE (polyacrylamide gel electrophoresis: ポリアクリルアミドゲル電気泳動) および AFM (atomic force microscopy: 原子間力顕微鏡) による流体モードでの形状観察、ならびに蛍光スペクトル測定により検証した。

特異性の検証として、RNase A/T1 混合物によるRNA分解、PNGase FによるN-結合型糖鎖切断、neuraminidaseによるシアル酸切断、O-glycosidaseによるO-結合型糖鎖切断、および糖鎖合成阻害剤 (kifunensine、NGI-1) 処理を行い、CLSM (confocal laser scanning microscopy: 共焦点レーザー走査顕微鏡) およびフローサイトメトリーを用いて蛍光シグナルの変化を評価した。sEVはアルデヒド/硫酸ラテックスビーズに吸着させてビーズベースのアッセイに供した。既存技術であるARPLAおよびHieCo2との性能比較は、5 × 10³ から 5 × 10⁹ particles/mL の濃度範囲で実施した。

機能解析として、AFMナノインデンテーション法を用いてsEVのYoung’s modulus (ヤング率) を測定し、膜剛性を算出した。また、THP-1を PMA (phorbol 12-myristate 13-acetate: フォルボール 12-ミリスタート 13-アセタート) (100 nM、72時間) で分化させたM0マクロファージへの、PKH26で蛍光標識したsEVの取り込み能をCLSMおよびフローサイトメトリーで定量し、iNOS (inducible nitric oxide synthase: 誘導型一酸化窒素合成酵素) の発現レベルをウェスタンブロットで評価した。統計解析には GraphPad Prism 8.0 を使用し、2群間比較には two-tailed unpaired Student’s t-test (t検定)、多群間比較には one-way ANOVA (一元配置分散分析) および Tukey’s multiple-comparison test (多重比較検定) を用いた。