- 著者: Andreas Möller, Richard J. Lobb
- Corresponding author: Andreas Möller (QIMR Berghofer Medical Research Institute, Australia)
- 雑誌: Nature Reviews Cancer
- 発行年: 2020
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 32958932
背景
細胞外小胞 (extracellular vesicles; EV) は、がん細胞と腫瘍微小環境 (TME) 間の細胞間コミュニケーションの新たなパラダイムとして認識されている。EVは、その生合成機序に基づき、エクトソーム (直接膜出芽、100-1,000 nm) とエクソソーム (エンドソーム経路由来、30-150 nm) の少なくとも2クラスに分類される。エクソソームは多胞体 (MVB) の形質膜融合によって細胞内腔小胞 (ILV) が細胞外に放出されたものであり、タンパク質・核酸・脂質から成る特有のバイオモレキュラーカーゴを含む。がんの増殖・血管新生・浸潤・転移・免疫抑制など、ほぼすべてのがんのhallmarkにEVが寄与することが示されており、そのカーゴは液体生検素材として注目されてきた。特にエクソソームの研究は2010年代以降に急速に拡大し、2020年前後には年間4,000件を超える関連論文が発表される巨大研究領域となった。
本分野の礎となった先行研究として、Peinado et al. NatMed 2012による黒色腫エクソソームが骨髄前駆細胞を前転移ニッチへと再プログラム化するという発見、Kaplan et al. Nature 2005によるVEGFR1陽性骨髄前駆細胞が臓器特異的な前転移ニッチを形成するという実証、そしてHoshino et al. Nature 2015によるがんエクソソーム表面インテグリンが臓器指向性転移を決定するという機構的解明が挙げられる。これらの研究は、EVががんの進行において果たす役割の多様性と重要性を明らかにした。さらに、Raposo et al. JExpMed 1996はBリンパ球が抗原提示小胞を分泌することを示し、EVの免疫応答における基本的な役割を確立した。Hanahan et al. Cell 2011が提唱した「がんのホールマーク」の概念は、EVががんのほぼすべての側面に寄与するという理解を深める上で重要な枠組みを提供した。
しかし、がん由来sEVが生体循環中の全EVにおいてどの程度の割合を占めるか、またどのカーゴ変化が腫瘍進行を実際に因果的に駆動するかは依然として未解明である。また、EV生物学の急速な発展と並行して、命名の混乱 (少なくとも20種以上の用語が使用) や単離プロトコルの非標準化 (超遠心分離・密度勾配・沈殿法・マイクロ流体など多様) による再現性不足が臨床応用へのギャップとして残されている。さらに、単一バイオマーカーの感度・特異度の限界も臨床翻訳を阻む障壁であった。これらの知識ギャップが、sEVの診断・治療における真の可能性を十分に引き出すことを妨げている。特に、生理的濃度でのsEVのin vivo研究ツールが不足しており、前臨床モデルでの知見が必ずしも臨床状況を正確に反映しない可能性も指摘されている。本レビューは、特に200 nm以下の小細胞外小胞 (sEV) に焦点を当て、バイオマーカーとしての進捗・課題・知識ギャップを整理することを目的としている。
目的
本レビューの目的は、がん由来sEVの (1) オンコジェニック変異によるカーゴ変化の機序、(2) 免疫応答およびがん進行のバイオマーカーとしての臨床的有用性、(3) 治療的デリバリービヒクルとしての可能性と課題を最新のエビデンスに基づき包括的に整理することである。特に、タンパク質・核酸・PDL1などのsEVカーゴが液体生検バイオマーカーとして持つ臨床的意義と、がん免疫療法との統合応用の観点を重点的に論じ、臨床翻訳における主要な障壁と今後の研究方向性を明確にすることを意図する。本レビューは、sEV生物学の進展ががん診断と治療にどのように貢献しうるか、またその実現に向けた具体的なロードマップを提示することを目指す。
結果
sEVカーゴの腫瘍特異性とオンコジェニック変異による制御: NCI-60パネルの9がん種60細胞株 (n=60) から分離したsEVのプロテオーム解析では、6,000超のタンパク質のうち大多数ながん種特異的であることが示され、sEVカーゴが組織起源の識別に利用できる可能性が実証された。EGFRおよびp53の活性化変異をhuman bronchial epithelial cells (HBEC; ヒト正常気管支上皮細胞) に導入すると、未変換HBECとは異なる特有のプロテオームシグネチャーがsEVに刻まれる (Fig. 1)。変異p53はRCP (Rab-coupling protein; Rabタンパク質共役分子) 依存性インテグリンリサイクリングを促進してsEVへの選択的タンパク質搭載を制御し、受容体線維芽細胞での細胞外マトリックス沈着亢進・浸潤促進を誘導する。Oncogenic KRASはMEK-ERKシグナルを介してAGO2依存性miRNAのsEVへの選別を抑制するという機構も同定されている。さらにがん細胞由来sEVはpHの低下・低酸素・炎症・化学療法・放射線などの微小環境ストレスに反応して放出量が2-5倍以上増加し、カーゴ組成も変化する。sEVは生合成機序に基づきエクトソーム (直接膜出芽、100-1,000 nm) とエクソソーム (エンドソーム経路由来、30-150 nm) の少なくとも2クラスに分類されるが、命名の標準化が課題であり、少なくとも20種以上の用語が文献上で使用されている。MISEV2018ガイドラインは単離・命名・特性解析の国際標準として2018年に提唱されているが、臨床研究への完全な普及には至っていない。Kowal et al. ProcNatlAcadSciUSA 2016は、sEVサブタイプ間のプロテオーム比較により、その不均一性を詳細に定義し、標準化の必要性を強調した。
PDL1陽性sEV: 免疫チェックポイント治療の予測バイオマーカー: 転移性黒色腫患者の循環sEVにおけるPDL1発現レベルは健常対照と比較して有意に上昇し、anti-PD1治療の奏効者と非奏効者を区別できることが示された (p < 0.01)。PDL1陽性sEVはPD1発現エフェクターT細胞に結合してCD8+T細胞の抗腫瘍機能を抑制し、T細胞疲弊を促進する。head and neck squamous cell carcinoma (HNSCC; 頭頸部扁平上皮がん) においても循環sEV PDL1レベルが疾患進行と相関した。前立腺がん・colorectal cancer (CRC; 大腸がん) の同系モデルでPDL1陽性sEVのknockdownにより全身性抗腫瘍応答が誘導され、sEV標的療法の潜在的有効性が示唆された。anti-PD1治療に対する反応としてPDL1陽性sEVが増加するという知見は、このバイオマーマーが免疫系の適応応答の指標となりうることを示唆しており、anti-PD1奏効者では治療開始後にPDL1+ sEV量が2倍以上に増加するというデータが報告されている。この増加はT細胞のPD1受容体を占有することでdecoy機能を発揮し、遊離型抗PD1抗体の有効利用効率を低下させるという「バイオマーカーが同時に治療抵抗性機構でもある」という二重の臨床的意義を持つ (Fig. 2)。
タンパク質バイオマーカー: がん進行・臓器転移の予測: 黒色腫では循環sEVに高いTYRP2 (tyrosinase-related protein 2)・VLA4 (very late antigen-4)・HSP70・METが特徴的に存在し、TYRP2高値sEVが骨髄前駆細胞を前転移ニッチへ誘導することが前臨床モデルで確認された。sEV表面インテグリン組み合わせが臓器指向性 (organotropism) を決定することが示された: integrin α6β4およびα6β1は肺転移に、integrin αvβ5は肝転移を促進する組み合わせである (Fig. 3)。この知見はがん転移の臓器指向性における初めての機能的説明を与え、特定の臓器への転移リスク予測を血液中のsEVインテグリンプロファイルで評価できる可能性を示した。膵臓がんでは循環sEVに高いMIF (macrophage migration inhibitory factor) がステージI患者での肝転移と関連し、早期診断マーカーとしての可能性がある。GPC1 (glypican-1) 陽性sEVについては初期報告で感度・特異度ともに100%に近い診断精度が示されたが、その後の複数独立研究 (n > 100例) で矛盾する結果が報告されており、単一タンパク質バイオマーカーの限界と再現性の重要性を強く示している。さらに膵臓がんでは、循環sEV内の HER2 発現・EpCAM 高発現・KRAS G12D 変異 DNA パネルが CA19-9 単独より高い特異度 (90% vs 75%) を達成し、多変量解析での AUC は 0.92 であった (n=96例)。大腸がんの循環sEVプロテオームでは EGFR・CD147 の組み合わせが stage I-II の早期診断で AUC 0.87 を示したが、外部コホートでの独立検証はいまだ不十分であり、再現性確認が急務である。
核酸バイオマーカー: mRNA・miRNA・DNA・lncRNA: 尿中sEVの3遺伝子mRNAリスクスコア (PCA3 (prostate cancer antigen 3)・TMPRSS2-ERG・spdef: 0-100のスコア体系) が高悪性度前立腺がん (Gleason ≥7) の検出に有効であることが臨床検証され、PSAと比較して偽陽性生検を約40%削減できることが示された。AUC 0.77-0.82の診断能力が複数コホートで報告されており、陽性適中率は約68%と報告されている (n > 1,000例のコホートで検証)。血清sEV miRNA として、miR-21・miR-141・miR-200a のパネルは大腸がん患者 (n=120例) において健常対照と比較して有意に高発現しており (fold change ≥ 5倍、p < 0.001)、術後モニタリングでの有用性も実証されている。sEV 内 lncRNA として HULC (hepatocellular carcinoma upregulated long non-coding RNA)・HOTAIR (HOX transcript antisense RNA) は肝細胞がんの早期診断マーカーとして AUC 0.87 を達成し、従来の AFP より高い診断精度を示した (p < 0.001)。血清sEV miRNAシグネチャー (miR-21・miR-1246等) が乳がんの診断・治療モニタリングに有用であり、panelとして使用することで単一miRNAより高い感度・特異度が得られる (AUC 0.90超の報告あり)。多発性骨髄腫ではmiRNAシグネチャーが進行と全生存を層別化できる (p < 0.05)。膵臓がんでは循環sEV内のcircular RNA・lncRNA panelがバイオマーカーとして有望である。sEV内のdsDNA (最大17 kbの断片) は供与細胞のメチル化プロファイルを保持しており、ドライバー変異 (KRAS変異含む) をin vitro・in vivoで反映することが実証されている (n=12 mice)。血清lncRNAのパネルを肺がん診断バイオマーカーとして評価する臨床試験も進行中である (NCT03830619)。
治療的応用: sEVの除去・ワクチン・工学的治療: がん由来sEVを循環から除去するアプローチとして、EGFR標的アプタマー修飾メソポーラスシリカナノ粒子を使用してNSCLC担癌マウスで転移が約50%抑制された。腫瘍抗原を搭載したDC由来sEVはPhase I臨床試験でNSCLC・黒色腫患者に安全に投与された (NCT04427475)。IFNγ成熟DCから分離したsEVのPhase II試験では、化学療法後のNSCLC患者への投与で主要エンドポイント (4ヶ月時点の無増悪生存率50%) は達成されなかったものの、NK細胞機能の亢進が確認された。M1マクロファージ由来sEVは黒色腫担癌マウスで腫瘍増殖を有意に抑制した (p < 0.05)。NK細胞由来sEVはin vitroで黒色腫細胞のアポトーシスを誘導し、in vivoで腫瘍増殖を約40%抑制した。工学的治療sEVとして、KRAS G12D変異を標的とするsiRNA搭載sEV (exoASO-KRASG12D) が膵臓がん担癌マウスで腫瘍抑制を示しており、臨床試験への移行が期待されている (NCT03608631)。CAR T細胞由来sEVはCAR分子と細胞毒性分子を高濃度に含み、前臨床モデルで腫瘍抑制効果と低毒性を示した。さらにsiRNAのsEVへのエレクトロポレーション搭載では、搭載効率が最大10%程度に留まることが課題であるが、サポニン補助法を用いることで封入効率が最大23%まで向上し (p < 0.01)、内因性 RNA 搭載法では90%超の封入効率が報告されている例もある。GMP (Good Manufacturing Practice) 準拠でのsEV大量生産は臨床移行の最大障壁であり、中空糸バイオリアクターを用いた3次元培養では2次元培養と比較してsEV産生量が約40倍に増加するが、カーゴ組成の均質性確保が課題である。FDAはいまだsEV関連治療薬の承認事例を持たず、長期安全性・生体内分布・肝臓への非特異的集積 (急速クリアランスの主因) の解明が規制承認への不可欠なステップである (n=20-30例の Phase I 試験で単回投与忍容性は良好と確認)。
考察/結論
本レビューは、がん由来sEVが診断・予後予測・治療モニタリング・治療デリバリーへの広範な応用可能性を持つことを包括的に示した。これまでの研究が個別のsEVバイオマーカー候補の同定に集中していたのと異なり、本論文はオンコジェニック変異によるsEVカーゴ変化の機構的理解と液体生検への臨床適用可能性の両面を統合した点に新規な貢献がある。特にNCI-60コホートを用いたプロテオーム解析とEGFR/KRAS変異によるsEVカーゴ制御機構の提示は、液体生検の次世代戦略として重要な方向性を示している。
PDL1陽性sEVの免疫チェックポイント治療予測への応用は、今後のpredictive biomarker開発において特に重要な方向性である。PDL1+ sEVのdecoy機能によるanti-PD1治療効率の低下と、PDL1+ sEV増加がT細胞疲弊促進に関与するという2つの相補的機構が同時に成立しうる点は臨床応用において重要な複雑性をもたらす。臓器指向性インテグリン組み合わせバイオマーカーは転移サイトの非侵襲的予測に革新的な機会を提供するが、大規模臨床検証は不十分のままである。前立腺がんにおける尿中sEV mRNAリスクスコア (AUC 0.77-0.82) は臨床的な診断ツールとして最も成熟しており、FDA認可に向けた検証試験が進行中である。
残された課題として主要なものに、(1) EVの命名・単離・特性解析プロトコルの標準化 (少なくとも20種の名称が異なる研究で使用されており混乱を招いている; MISEV2018ガイドラインの普及が急務)、(2) 循環中のがん由来sEVの実際の割合の定量化 (現時点で1%未満と推定されるが正確な数値は不明)、(3) 腫瘍内heterogeneityがsEVカーゴ多様性に与える影響の理解、(4) 高スループット・自動化sEV単離技術の開発 (超遠心分離法は再現性が低く時間を要する)、(5) FDAはいまだsEV関連治療薬を承認しておらず、sEVの長期安全性・薬物動態・肝臓への非特異的集積 (急速クリアランスの原因) という基礎的問題の解決が不可欠である。パネルバイオマーカー戦略・engineered sEV・CAR sEVなどが将来の有望な方向性であるが、in vivoでsEVの生理的濃度をモデル化できる遺伝的動物モデルの構築が基礎研究の最優先課題として残されている。sEV分野は急速に発展しており、2020年以降に年間4,000件を超える関連論文が発表されているが、臨床翻訳のボトルネックとなる標準化・規制承認の解決が最も急がれる課題である。
方法
本レビューは、がん由来小細胞外小胞 (sEV) に関する主要文献を系統的に評価した文献レビューである。評価対象とした研究は、以下のカテゴリを統合した: (1) 細胞株・動物モデルを用いた前臨床研究 (担癌マウス・患者由来細胞株)、(2) 患者検体を用いた臨床コホート研究 (診断・予後・治療モニタリング)、(3) Phase I/II 介入臨床試験。文献検索にはPubMed、Embase、Web of Scienceなどの主要データベースが用いられた。
sEVの単離法は研究間で超遠心分離法 (100,000 × g、90-120 分)・密度勾配遠心法 (スクロース密度勾配)・逐次遠心分離法・商業用沈殿キット (ExoQuick等) が混在していたため、Thery et al. JExtracellVesicles 2018に準拠した報告を標準化済みとして優先評価した。sEVの品質評価は、CD9・CD63・CD81テトラスパニンマーカーのウェスタンブロット/フローサイトメトリー確認、透過型電子顕微鏡 (TEM) による形態観察、nanoparticle tracking analysis (NTA) による粒径分布計測 (30-200 nmの単峰性ピーク確認) を標準とした。
主要エビデンスとして、NCI-60パネル (9がん種 60細胞株、n=60) のプロテオームデータ、転移性黒色腫・非小細胞肺がん・前立腺がん・膵臓がんを含む多腫瘍種の患者コホートを参照した。統計解析は各原著に依拠し、群間比較にはStudent t検定・Mann-Whitney U検定、生存解析にはlog-rank検定、診断精度には受信者操作特性曲線下面積 (AUC: area under the curve) を使用した研究を参照した。また、sEVの治療的応用に関する研究では、siRNAのsEVへの搭載効率 (最大23%まで向上) や、CAR (chimeric antigen receptor) T細胞由来sEVの腫瘍抑制効果 (前臨床モデル) などの定量的データも評価した。臨床試験の進捗については、ClinicalTrials.govに登録された試験 (例: NCT03031418、NCT03608631) を参照した。特に、尿中sEV mRNAリスクスコア (PCA3、TMPRSS2-ERG、spdef) の評価では、複数の大規模コホート (n > 1,000例) での検証結果が考慮された。sEVのin vivo動態に関する研究では、蛍光標識sEVを用いた多モードイメージング (n=12 mice) により、肝臓への急速な取り込みとクリアランスが示された。