• 著者: Naser Jafari, Manohar Kolla, Tova Meshulam, Jordan S. Shafran, Yuhan Qiu, Allison N. Casey, Isabella R. Pompa, Christina S. Ennis, Carla S. Mazzeo, Nabil Rabhi, Stephen R. Farmer, Gerald V. Denis
  • Corresponding author: Gerald V. Denis (gdenis@bu.edu, Boston University-Boston Medical Center Cancer Center, Boston, MA)
  • 雑誌: Science Signaling
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-11-23
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 34813359

背景

肥満、インスリン抵抗性 (IR)、および2型糖尿病 (T2D) は、閉経後女性における乳癌のリスク上昇、疾患進展、および死亡率の増加と密接に関連していることが、過去20年間の疫学研究により一貫して示されている (Vona-Davis and Rose 2012; Calle and Kaaks 2004)。乳癌の腫瘍微小環境 (TME) において、特にエストロゲン受容体 (ER) 陽性乳癌では、肥満に関連するエストロゲン産生、炎症性マクロファージの浸潤、および遊離脂肪酸が腫瘍促進に寄与することが示唆されてきた (Iyengar et al. 2016; Brown et al. 2017)。しかし、ER陰性乳癌に対する代謝性疾患の影響機序については、これまで十分に解明されていなかった (Palmer et al. 2017; Charlot et al. 2017)。

脂肪組織は、その質量において乳癌TME内で最も優勢な非悪性細胞型であり、活性な内分泌組織として、インターロイキン-6、腫瘍壊死因子-α (TNF-α)、レプチン、アディポネクチンなどのアディポカインを放出し、腫瘍細胞の増殖に重要な役割を果たす (Fantuzzi 2005)。また、マトリックスメタロプロテイナーゼ (MMP) も放出し、腫瘍の浸潤能に寄与する (Chavey et al. 2003)。さらに、脂肪細胞は脂質を放出し、近傍の乳癌細胞がこれを燃料として脂肪酸酸化を介した代謝再プログラミングを行い、より悪性度を高めることが報告されている (Wang et al. 2017)。

近年、細胞間コミュニケーションの重要な担い手として細胞外小胞 (EV) およびそのサブタイプであるエクソソームが注目されている (Kalluri 2016)。脂肪細胞はEVおよびエクソソームを分泌し、乳腺TMEに作用する可能性が想定されていた (Quan and Kuang 2020)。しかし、代謝的に異常な脂肪細胞、特にインスリン抵抗性 (IR) 状態やT2D患者由来の脂肪細胞がどのようなエクソソームカーゴを分泌し、乳癌細胞の悪性度を変化させるかについては、その詳細なメカニズムが未解明であった。特に、肥満と関連するT2DがER陰性乳癌の進展リスク上昇と関連するにもかかわらず、その分子経路は不明であり、この領域には知識のギャップが残されている。本研究は、この不足しているメカニズム的詳細を解明することを目的とした。

目的

本研究の目的は、2型糖尿病 (T2D) 患者由来および人工的にインスリン抵抗性 (IR) を誘発した脂肪細胞から精製したエクソソームが、乳癌細胞株において上皮間葉転換 (EMT) 関連遺伝子発現、がん幹細胞様 (CSC) 形質、および細胞遊走を惹起するかを検証することである。さらに、エクソソームカーゴとして同定された血小板反応性タンパク質5 (TSP5、COMP遺伝子産物) の機能的役割を詳細に解析し、その腫瘍促進作用を明らかにすることを目指した。受容細胞側において、エクソソームシグナリングに必要なエピジェネティック読み取り因子であるBET (bromodomain and extraterminal domain) タンパク質ファミリー、特にBRD2およびBRD4の役割を解明することも重要な目的とした。最終的に、The Cancer Genome Atlas (TCGA) 患者コホートのデータを用いて、COMPとBRD2/BRD3/BRD4の共発現が乳癌患者の遠隔転移フリー生存率 (DMFS) との関連性を確認し、in vitroでの知見の臨床的妥当性を評価することを目指した。これらの解析を通じて、代謝異常を伴う脂肪細胞と乳癌細胞間のエクソソームを介したクロストークの新規メカニズムを解明し、肥満関連乳癌の進展における新たな治療標的の可能性を探る。

結果

IR/T2D脂肪細胞エクソソームによるEMTおよびCSC遺伝子発現誘導: MCF7細胞をインスリン感受性 (IS) 脂肪細胞と共培養すると、SNAI1、SNAI2、VIM、CDH2、TWIST1、MMP3、MMP9などの上皮間葉転換 (EMT) 関連遺伝子の発現が上昇した (p<0.005)。IR脂肪細胞との共培養では、これらのEMT遺伝子の誘導がさらに顕著であった (Fig. 1A)。精製したエクソソームのみでも同様の誘導が確認され、未分化前駆脂肪細胞由来エクソソームでは誘導されなかった (Fig. 1D)。T2D患者由来脂肪細胞エクソソームは、対応する非糖尿病 (ND) ドナー由来エクソソームと比較して、MCF7細胞において浸潤、遊走、血管新生経路のIngenuity Pathway Analysis (IPA) zスコアを有意に上昇させ、細胞死経路は低下させた (Fig. 2A)。免疫蛍光染色では、T2D由来エクソソーム処置MCF7細胞でビメンチン発現の増加とE-カドヘリン発現の低下が確認された (Fig. 2B, F)。また、自己複製、活性化、細胞周期進行経路に関連するがん幹細胞様 (CSC) 関連遺伝子も、T2D由来エクソソームによって有意に高誘導された (Fig. 2C)。MDA-MB-231細胞を用いたtranswell遊走アッセイでは、T2D由来エクソソーム処置群で有意な遊走増加が認められた (p<0.05) (Fig. 3C, D)。これらの結果は、T2DまたはIR状態の脂肪細胞が、乳癌細胞の悪性化を促進するエクソソームを分泌することを示唆している。各実験はN=3 independent culturesで実施された。

エクソソームカーゴTSP5/COMPの機能的役割: LC-MS/MSプロテオミクス解析により、IR脂肪細胞エクソソームにはISエクソソームと比較して、浸潤、遊走、血管新生関連タンパク質が豊富に含まれていることが示された (Fig. 3E)。最も差異が大きかったタンパク質は、COMP遺伝子によってコードされる血小板反応性タンパク質5 (TSP5) であった。TSP5を過剰発現させた脂肪細胞由来エクソソームは、MCF7細胞においてZEB1およびSNAI2の転写を著明に増加させた (p<0.001) (Fig. 4B)。合成カチオン性脂質小胞に封入した組換えヒトTSP5 (蛍光標識オバルブミンを共搭載) がMCF7細胞に送達され、ビメンチン発現の増加を誘導することが免疫蛍光により確認された (Fig. 4C)。さらに、TSP5 shRNAノックダウン (KD) を行った3T3-L1細胞由来エクソソームでは、IRエクソソームによるSNAI1、NOTCH1、JAG1、ZEB1、MMP3などのEMT遺伝子誘導能が消失した (fig. S7, S8A, B)。これらの実験はN=3 independent experimentsで実施された。ただし、SERPINE1やMAP1Bなどの一部の遺伝子はTSP5非依存的に誘導され、エクソソーム内の複数のカーゴが協調して作用している可能性が示唆された。TSP5は、非悪性乳腺上皮細胞MCF10Aにおいて、CD44hi/CD24loの幹細胞様表現型へのシフトを誘導することもフローサイトメトリーにより示された (fig. S6, A and B)。

BRD2/BRD4依存的なエクソソームシグナリング: siRNAによるBRD2およびBRD4のノックダウン (BRD3 KDは効果なし) により、ND/T2D由来エクソソームのSNAI1およびSNAI2誘導能が消失した (Fig. 3F)。これは、エクソソームシグナリングがこれらのEMT標的遺伝子に対してBRD2およびBRD4を必須のエフェクターとして要求することを示している。この実験はN=3 independent experimentsで実施された。4T1細胞を用いた実験では、BRD4選択的PROTAC阻害剤であるMZ-1が、IR由来エクソソームによる4T1細胞の遊走増強を完全に阻害した (fig. S4D)。この結果は、BRD4が肥満関連乳癌におけるエクソソーム駆動型進展を阻害する潜在的な標的であることを示唆する。

TCGAデータを用いた予後解析: The Cancer Genome Atlas (TCGA) の乳癌患者コホートのKaplan-Meier解析では、COMP高発現とBRD2高発現の共発現コホート (n=903 patients/群) において、低発現コホートと比較して25年間の遠隔転移フリー生存率 (DMFS) が有意に低下し、遠隔転移リスクが35%増加した (HR=1.35, p有意) (Fig. 5)。COMPとBRD3の高共発現でもDMFSの低下が認められ、遠隔転移リスクが19%増加した (HR=1.19, p有意)。COMPとBRD4の高共発現ではDMFS低下の傾向が見られたものの、統計的有意差は認められなかった (HR=1.22, p=0.23, n=332 patients/群)。これらの結果は、in vitroでの知見が臨床的な乳癌患者の予後と関連することを示しており、特にBRD2とBRD3が肥満関連乳癌の進展において重要な役割を果たす可能性を強調している。

考察/結論

本研究は、2型糖尿病 (T2D) またはインスリン抵抗性 (IR) 状態の脂肪細胞が、通常脂肪細胞と比較して「より危険な」エクソソームを分泌し、ER陽性およびER陰性乳癌細胞の両方において転移性形質を促進するという新規メカニズムを明らかにした。この発見は、肥満と癌進展を結びつける分子的リンクを初めて提供するものであり、特にエクソソームを介した細胞間クロストークが腫瘍微小環境 (TME) における癌の悪性度を決定する上で重要な役割を果たすことを示唆している。

先行研究との違い: これまでの研究では、肥満関連乳癌の進展における脂肪細胞の役割が、アディポカインや炎症性メディエーター、エストロゲン産生などを介して議論されてきたが (Iyengar et al. 2016)、本研究は、エクソソームという細胞外小胞を介した情報伝達が、代謝異常を伴う脂肪細胞から乳癌細胞へと直接的に転移促進シグナルを伝達するという点で、これまでとは異なるメカニズムを提示した。特に、血小板反応性タンパク質5 (TSP5、COMP遺伝子産物) という具体的な腫瘍促進性エクソソームカーゴの同定は、肥満とがん進展を結ぶ分子的リンクを初めて提供するものである。

新規性: 本研究で初めて、T2D/IR脂肪細胞由来エクソソームが、TSP5を豊富に含み、これが乳癌細胞の上皮間葉転換 (EMT) およびがん幹細胞様 (CSC) 形質を誘導する主要な因子の一つであることを新規に同定した。さらに、このエクソソームシグナリングが受容細胞側のエピジェネティック読み取り因子であるBRD2およびBRD4に依存するという知見は、エクソソームを介した遺伝子発現制御の新たなメカニズムを明らかにした点で新規性が高い。TSP5がJagged1/Notch3経路を活性化してがん幹細胞形質を誘導するという報告 (Papadakos et al. 2019) は、T2D乳癌コンテキストにおける本研究の知見と整合する。

臨床応用: 本知見は、肥満関連乳癌の診断、予後予測、および治療戦略の開発に大きな臨床的意義を持つ。循環脂肪細胞由来エクソソームを液体生検バイオマーカーとして活用することで、代謝疾患合併乳癌患者のリスク層別化や治療選択に応用できる可能性が開かれた。特に、BRD2/BRD4がエクソソームシグナリングの必須エフェクターとして機能するという発見は、BET阻害剤が肥満関連乳癌のエクソソーム駆動型進展を阻害できる可能性を示唆しており、新たな治療標的としての開発が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、T2D/IR脂肪細胞エクソソームに含まれるTSP5以外のカーゴの同定と、それらの複合的な作用メカニズムの解明が残されている。また、in vivoモデルや前向き臨床研究において、循環エクソソームのTSP5レベルと乳癌患者の予後との関連性を検証する必要がある。さらに、BRD2/BRD4阻害剤が肥満関連乳癌の進展を実際に抑制できるかどうかの臨床試験的検証も今後の重要な方向性である。Limitationとしては、本研究が主にin vitroおよびex vivoモデルに依存している点が挙げられる。

方法

細胞培養とインスリン抵抗性誘導: ヒト一次前駆脂肪細胞は、ボストン大学のAdipose Tissue Biology and Nutrient Metabolism Coreから提供された非糖尿病ドナー (ND) およびT2Dドナーの外科的切除組織から分離され、ex vivoで成熟脂肪細胞に分化させた。インスリン抵抗性 (IR) は、成熟脂肪細胞を低用量TNF-α (ヒト細胞には250 pM、マウス3T3-L1細胞には1 nM) で24時間処理することにより誘発した。MCF7、MDA-MB-231、T47D、4T1などの乳癌細胞株を実験に使用した。

エクソソームの精製と特性評価: 脂肪細胞の培養上清からエクソソームを精製した。まず、300 gで10分間遠心分離して細胞とデブリを除去し、次に16,000 gで30分間遠心分離してさらなるデブリを除去した。その後、100 kDa限外ろ過膜 (Amicon Ultra-15) を用いて濃縮し、Exo-spinサイズ排除クロマトグラフィーによって高純度のエクソソームを分離した。エクソソームの粒子数とサイズ分布は、NanoSight NS300システムを用いてナノ粒子トラッキング解析 (NTA) により確認した。

乳癌細胞へのエクソソーム処理と機能解析: 精製したND、IS (インスリン感受性)、IR、T2D由来エクソソームをMCF7、MDA-MB-231、T47D、4T1細胞に5日間処置した。EMTおよびCSC関連遺伝子の発現は、商業用PCRアレイ (QIAGEN RT2 Profiler PCR Array) およびTaqManプローブを用いたリアルタイムPCRにより解析した。Ingenuity Pathway Analysis (IPA) を用いて、差次的に発現する遺伝子の経路解析を行った。細胞形態の変化はImageJソフトウェアを用いて解析し、免疫蛍光染色によりビメンチン (Vimentin) とE-カドヘリン (E-cadherin) の発現を評価した。細胞遊走能は、MDA-MB-231および4T1細胞を用いたtranswell遊走アッセイにより測定した。

エクソソームプロテオミクスとTSP5の機能解析: IR脂肪細胞エクソソームのプロテオミクス解析は、LC-MS/MS (Orbitrap Exploris 240) を用いてPoochon Scientific LLCに依頼した。同定されたタンパク質の中で、IRエクソソームで最も豊富に存在した血小板反応性タンパク質5 (TSP5) に着目した。TSP5の機能検証のため、ヒト一次前駆脂肪細胞にpLX_317-COMPレンチウイルスを導入してTSP5を過剰発現させ、そのエクソソームを乳癌細胞に処置した。また、3T3-L1細胞においてshRNAを用いてTsp5をノックダウンし、IRエクソソームによるEMT遺伝子誘導能への影響を評価した。組換えTSP5を合成カチオン性脂質小胞に封入し、MCF7細胞への送達とビメンチン発現誘導を評価した。

BRD2/BRD4の役割解析: BRD2、BRD3、BRD4の役割を評価するため、siRNA (Dharmacon SMARTpool) を用いてMCF7細胞でこれらの遺伝子をノックダウンし、エクソソームによるEMT遺伝子誘導への影響を調べた。BRD4選択的PROTAC阻害剤であるMZ-1を用いて、4T1細胞におけるIR由来エクソソームによる遊走増強の阻害効果を評価した。

TCGAデータを用いた予後解析: TCGA (The Cancer Genome Atlas) のデータリポジトリ (www.kmplot.com) から、乳癌患者コホート (BRD2/BRD3でn=1803例、BRD4でn=664例) の遺伝子発現データと遠隔転移フリー生存率 (DMFS) の情報を取得した。COMPとBRD2、BRD3、BRD4の各遺伝子の高共発現がDMFSに与える影響をKaplan-Meier曲線とハザード比 (HR) を用いて解析した。統計解析には、PCR実験およびin vitro細胞培養アッセイでは、通常、対応のない両側Studentのt検定を用いた。生物学的および生化学的レプリケートは少なくとも3回実施し、データは平均値±SEMで示した。