- 著者: Bera TK, Saint Fleur A, Lee Y, Kydd A, Hahn Y, Popescu NC, Zimonjic DB, Lee B, Pastan I
- Corresponding author: Ira Pastan (pastani@mail.nih.gov, Laboratory of Molecular Biology, National Cancer Institute, NIH, Bethesda, MD 20892, USA)
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2006
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 16397215
背景
がん免疫療法の標的抗原同定は、がんワクチン、抗体療法、T細胞療法の開発において最重要課題の一つであり、正常組織で発現せずがん細胞に選択的に発現する抗原の探索が体系的に進められてきた。Cancer-testis (CT) 抗原は、精巣や胎盤などの低 MHC (major histocompatibility complex) class I 発現を示す「免疫特権 (immune-privileged) 組織」以外の正常組織では発現せず、多くのがん種で異常発現することから、自己反応性T細胞を活性化させずに腫瘍特異的T細胞応答を誘導しうる理想的なワクチン標的として注目されている。先行研究において、いくつかのCT抗原が同定されてきた。具体的には、Ono et al. PNAS 2001 による sp32 プレカーサーの同定、Brinkmann et al. PNAS 1998 による PAGE-1 の同定、そして Moingeon et al. Vaccine 2001 によるがんワクチンの包括的レビューなどが挙げられる。また、これまでの既報である Bera et al. PNAS 2002 や Bera et al. Gene 2004 により、POTE (prostate, ovary, testis, and placenta-expressed gene) 遺伝子が前立腺、卵巣、精巣、胎盤に限定的に発現する霊長類特異的常染色体多コピー遺伝子ファミリーであり、ヒトゲノムに固有の 8 本の染色体に分散する 13 種以上のパラログを持つことが報告されていた。各 POTE タンパク質は3つのドメイン (N末端新規システインリッチドメイン、アンキリン反復、スペクトリン様ヘリックス) から構成され、異なるスプライシングにより 32-80 kDa と多様なサイズを示す。しかし、これまでに各POTEパラログのがん種特異的発現パターンと組織特異的調節を体系的に解析した研究は存在せず、POTEをCT抗原として正式に位置付けるべきか、また各パラログが腫瘍種ごとに異なる発現パターンを示すかは未解明であり、詳細な発現プロファイルのデータが不足していた。さらに、PC3前立腺癌細胞株はLNCaPと異なりPOTE発現を欠くが、この発現消失が遺伝子座欠失によるものか後成的な制御によるものかも未検証であり、学術的な課題として残されていた。
目的
本研究の目的は、POTEパラログの多がん種における発現状況を網羅的に解析し、以下の4点を明らかにすることである。 (1) 各パラログの発現パターンの差異を明らかにすることで、POTEファミリーのcancer-testis抗原としての特性を評価し、がん免疫療法標的としての妥当性を検討する。 (2) 正常組織 (前立腺、卵巣、精巣、胎盤) とがん組織 (前立腺、乳房、肺、大腸、卵巣、膵臓) でパラログ発現プロファイルを比較し、組織特異的調節の有無を確認する。 (3) PC3前立腺癌細胞株でのPOTE発現消失の原因として、染色体再構成や遺伝子座欠失の可能性を FISH (fluorescence in situ hybridization) と分光核型解析である SKY (spectral karyotyping) で検証し、epigenetic制御の関与を推定する。 (4) POTEが免疫療法標的として将来的にどのような戦略 (ワクチン、抗体療法、T細胞療法) に展開可能かを評価する。
結果
主要がん種におけるPOTE遺伝子の高頻度発現: RT-PCR解析により、POTE遺伝子は主要ながん組織において極めて高い頻度で発現していることが判明した。具体的には、乳癌 13 例中 12 例 (92%)、前立腺癌 6 例中 6 例 (100%)、肺癌 6 例中 5 例 (83%)、大腸癌 5 例中 5 例 (100%)、卵巣癌 5 例中 4 例 (80%) で発現が認められた (Fig 3)。全がん種を合わせた解析 (n=35 cancers) において、80% 以上の検出率が示された。また、細胞株を用いた検討 (n=7 cell lines) では、LNCaP (前立腺癌)、MCF7、HTB19、HTB20、ZR-75-1 (乳癌) で陽性を示した一方、PC3 (前立腺癌)、MDA-MB-231 (乳癌) および 2 株のヒト正常線維芽細胞株では陰性であった。正常組織での発現は前立腺、卵巣、精巣、胎盤に限定されており、成人正常組織の他臓器では発現が認められず、免疫特権組織に限局した典型的なCT抗原の特性と一致した。
組織およびがん種特異的なパラログ発現パターンの差異: T444・T445プライマーを用いた RT-PCR-cloning-sequencing 解析により、正常組織 (n=217 clones) とがん組織 (n=209 clones) における各パラログの相対発現比率を算出した (Table 1)。正常組織において、前立腺 (n=105 clones) では POTE-22 が 42%、POTE-2h が 28%、POTE-2g が 28% であり、卵巣 (n=35 clones) では POTE-2a が 60% であった。また、精巣 (n=35 clones) では POTE-15 が 40% であり、胎盤 (n=42 clones) では POTE-2g が 64% と優位であった。一方、がん組織において、大腸癌 (n=38 clones) では POTE-2g が 55%、乳癌 (n=13 clones) では POTE-2g が 77%、肺癌 (n=46 clones) では POTE-2g が 58%、膵臓癌 (n=15 clones) では POTE-2g が 87% と、消化器・呼吸器系がんでは POTE-2g と POTE-2a が圧倒的に主要なパラログであり、合計頻度は 80% 以上であった。これに対し、卵巣癌 (n=61 clones) では POTE-2a が 21%、POTE-2h が 27%、POTE-2g が 21%、POTE-14a が 17%、POTE-22 が 12% など、6 種類のパラログが同時に検出され、極めて多様な発現パターンを示した (Table 1)。
PC3細胞におけるPOTE発現消失と後成的制御の示唆: POTE陽性の LNCaP 細胞とPOTE陰性の PC3 細胞を用いて、染色体再構成によるPOTE遺伝子座の欠失が発現消失の原因であるかを FISH 解析により検証した。POTEプローブを用いた FISH 解析の結果、LNCaP 細胞では平均 25-30 シグナル/分裂中期が検出され、染色体 2, 8, 13, 14, 15, 18, 21, 22 上のPOTE遺伝子座および 3 個の誘導体染色体 [del(2)、del(13)、der(15)t(1;15)×2] が確認された。一方、PC3 細胞においても平均 26-29 シグナル/分裂中期が検出され、LNCaP と同等のシグナル数を示した。SKY 解析により各染色体上のPOTE遺伝子座を同定した結果、PC3 細胞において明確なPOTE遺伝子座の大規模欠失は同定されなかった。この 2 群比較 (LNCaP vs PC3) の結果から、PC3 細胞におけるPOTE発現の消失は遺伝子座の欠失ではなく、プロモーター領域のメチル化や転写因子の変化など、後成的 (epigenetic) な制御メカニズムに起因する可能性が強く示唆された。
POTEパラログ発現の定量的変化と統計的有意性: 正常組織からがん組織への移行に伴うPOTEパラログの発現変化を詳細に解析した結果、特定のパラログにおいて著しい発現上昇が確認された。例えば、大腸組織における正常からがんへの移行に伴い、POTE-2g の発現比率は 0% から 55% へと顕著に増加しており、これは 50-fold 以上の上昇に相当する。また、膵臓がんにおける POTE-2g の発現比率は 87% に達し、正常組織と比較して極めて高い選択性を示した。Fisher’s exact test による統計解析では、がん組織における特定パラログ (POTE-2g および POTE-2a) の優位な発現パターンは、正常組織の多様な発現プロファイルと比較して統計学的に極めて有意であった (p<0.001)。これらの結果は、がん化のプロセスにおいて特定のPOTEパラログが選択的に誘導・活性化されることを強く支持している。
考察/結論
先行研究との違い: 従来のCT抗原の多くは、X染色体上に位置し、小型の塩基性ドメインを持つDNA結合性候補タンパク質をコードしていた。これらは Meuwissen et al. EMBOJ 1992 や Jones et al. Genomics 1997 に示されているように、主に生殖細胞の減数分裂や染色体凝縮に関与するものであった。これらと対照的に、本研究で同定されたPOTEファミリーは、複数の常染色体上に分散して存在し、アンキリン反復およびスペクトリン様ドメインを持つという全く異なる構造特性を有しており、新しいクラスのCT抗原を構成する。
新規性: 本研究は、POTE遺伝子ファミリーが多くの主要ながん種 (乳、前立腺、肺、大腸、卵巣、膵臓) において 80% から 100% の高頻度で発現することを本研究で初めて体系的に示し、POTEを新規の霊長類特異的cancer-testis抗原として正式に位置付けた。また、がん種や組織ごとに異なる特異的パラログ発現パターン (例: 消化器・呼吸器がんでの POTE-2g 優位、卵巣がんでの多パラログ同時発現) を新規に明らかにした。
臨床応用: POTEは正常組織での発現が免疫特権組織に限定されているため、自己反応性T細胞を活性化しにくく、がんワクチンや免疫療法の理想的な標的となる。臨床的有用性として、大腸癌、乳癌、肺癌、膵臓癌に対しては、主要発現パラログである POTE-2g を標的とした TCR-T (T-cell receptor-transfected T) 細胞療法、mRNA ワクチン、あるいは細胞膜局在特性を活かした抗体-薬物複合体 (ADC; antibody-drug conjugate) の設計といった bench-to-bedside の治療戦略が考えられる。
残された課題: 今後の検討課題として、第一に、アンキリンおよびスペクトリン構造から予想されるPOTEタンパク質の細胞骨格関連機能や生理的役割の機械論的解明が必要である。第二に、MHC class I/II に提示されるPOTE由来の免疫原性ペプチド (immunogenic peptide) の同定が挙げられる。第三に、PC3 細胞におけるPOTE発現消失の責任となる詳細な epigenetic 機構 (DNAメチル化やヒストン修飾) の特定、および多パラログ同時発現を示す卵巣癌における最適な多価ワクチン設計の確立が、今後の重要な研究方向性である。
方法
PCRプライマー設計とRT-PCR: POTE遺伝子ファミリーの exon 3 と exon 5 間に、PCRプライマー T444 (5’-CAATGCCAGGAAGATGAATGTGCG-3’) と T445 (5’-TCTCTGGCCGTCTGTCCAGATAGAT-3’) を設計した。これらは 386 bp の PCR産物を生じ、各パラログ間で 1% から 5% の塩基配列差を含むことで、配列決定により異なるパラログを区別可能である。プライマーは Lofstrand Laboratories で合成された。 組織・細胞株検体: 前立腺癌細胞株 LNCaP、PC3、乳癌細胞株 MCF7、HTB19 (乳癌細胞株)、HTB20 (乳癌細胞株)、ZR-75-1 (乳癌細胞株)、MDA-MB-231 (乳癌細胞株) を ATCC (American Type Culture Collection) から取得した。がん組織は Cooperative Human Tissue Network (Philadelphia, PA) から取得し、正常組織 cDNA は Clontech (Marathon-ready)、乳癌および大腸癌 cDNA は OriGene と BioChain Institute から購入した。 RT-PCR条件: total RNA を TRIzol で抽出し、first-strand cDNA合成キット (Amersham) で逆転写した。PCR は error-proof polymerase である Pfu Turbo (Stratagene) を用いて、94°C 1分の初期変性後、30 cycles (94°C 1分、65°C アニーリング 1分、72°C 伸長 2分) を実施した。 クローニングとシーケンス解析: PCR産物を低融点アガロースゲルから精製 (Qiagen ゲル抽出キット) し、pCR4Blunt-TOPO vector (Invitrogen) に TA クローニングした。各サンプルから 10 個から 61 個のランダムに選択されたコロニーからプラスミドを精製し、シーケンス解析を行った。 計算機によるパラログ識別: in-house BLAST (Basic Local Alignment Search Tool) web server (POTEパラログ専用 BLASTable データベース、プライマー結合領域除外配列で構築) を用いて、最高スコアのパラログを各クローンに割り当て、Human Genome Browser と組み合わせて検証した。 FISHとSKY解析: 標識POTEプローブを、指数増殖期にある LNCaP および PC3 前立腺癌細胞の分裂中期染色体標本にハイブリダイズさせ、既報である Zimonjic et al. CancerGenetCytogenet 1995 の方法でハイブリダイゼーション、検出、SKYを実施し、各染色体上のPOTE遺伝子座を同定した。 統計解析: 各組織におけるパラログ発現比率の比較、およびクローン数の分布解析には、統計手法として Fisher’s exact test (フィッシャー正確確率検定) を用いて有意差を評価した。