- 著者: Bera TK, Walker DA, Sherins RJ, Pastan I
- Corresponding author: Ira Pastan (Laboratory of Molecular Biology, National Cancer Institute, NIH, Bethesda, MD, USA)
- 雑誌: Biochemical and Biophysical Research Communications
- 発行年: 2012
- Epub日: 2012-01-03
- Article種別: Original Article
- PMID: 22234308
背景
がん精巣 (Cancer-testis: CT) 抗原は、正常組織においては精巣に発現が限定される一方、多種多様な悪性腫瘍で異常高発現する特性を持ち、がん免疫療法の有望な標的分子として注目されている。POTE (Prostate, Ovary, Testis, and Placenta Antigen) 遺伝子ファミリーは、霊長類特異的な進化を遂げた極めてユニークな CT 抗原群である。ヒトゲノム上には高度な相同性を持つ 13 種類のバリアントが 8 本の異なる染色体 (2, 8, 13, 14, 15, 18, 21, 22 番染色体) に分散して存在しており、そのうち 7 種類のバリアントが精巣組織で発現し、特に POTE15 (POTE ankyrin domain family member I) が最も高い発現を示すことが知られている。POTE ファミリーの構造的特徴として、N 末端側の CRR (cysteine-rich repeat: システインリッチリピート、37 アミノ酸残基の繰り返し配列)、中央部のアンキリンリピート (33 アミノ酸残基の繰り返し配列)、および C 末端側のスペクトリン様 α ヘリックスドメインという 3 つのドメイン構造を有しており、細胞内においてシグナル伝達の足場タンパク質 (scaffold protein) またはアダプタータンパク質として機能することが示唆されている。
先行研究において、Bera et al. CancerRes 2006 は POTE パラログが多数のヒトがんで誘導・異所性発現していることを示し、Bera et al. Gene 2004 は前立腺において 5 種類のパラログとスプライスバリアントが異なる長さのタンパク質をコードしていることを報告した。さらに、Lee et al. ProcNatlAcadSciUSA 2006 はヒトゲノムにおけるキメラ型 POTE-actin (POTE-アクチン) 遺伝子の進化と発現様式を明らかにし、HeLa 細胞を用いた体外実験系において POTE の過剰発現が BAK (BCL2 antagonist/killer 1) 依存的に強力なアポトーシスを誘導すること、および Fas 受容体を介したアポトーシス経路の活性化に伴い POTE 発現量が増加することを報告している。
精子形成過程においては、減数分裂を経た後のハプロイド (単倍体) ステージである円形精細胞 (round spermatid) や伸長精細胞 (elongating spermatid) などの後期生殖細胞が、生理的な品質管理機構として高頻度にアポトーシスを起こして除去されることが知られている。しかしながら、これまでの研究では POTE が実際のヒト精巣組織内においてどの細胞種に局在し、アポトーシスとどのように関連しているのかという詳細な組織学的解析は未解明であった。特に、ヒトの正常精巣および精子形成障害組織における POTE の細胞特異的な発現プロファイルと、アポトーシスを起こしている細胞との空間的な位置関係を直接検証したデータは著しく不足しており、生体内における POTE の生理的役割の解明に向けた大きな課題として残されていた。
目的
本研究の目的は、無精子症患者から得られたヒト精巣生検組織標本を用いて、免疫組織化学染色 (IHC) により POTE タンパク質の精細管内における細胞種特異的な局在パターンを詳細に同定することである。さらに、代表的なアポトーシスマーカーである Cleaved Caspase-3 (活性型カスパーゼ-3) との連続切片を用いた空間的共局在解析を行い、POTE がヒト精子形成過程における生理的生殖細胞アポトーシスに関与しているという仮説を検証する。また、CT 抗原としての POTE の正常組織における発現限局性を病理組織学的に評価し、将来的ながん免疫療法における標的分子としての安全性と臨床応用の可能性を担保するための基礎的知見を提供することを目的とする。
結果
精子形成保持組織における POTE の後期生殖細胞特異的な高発現: 完全精子形成を示す組織 (n=3 donors) および低精子形成を示す組織 (n=20 donors) の精細管において、POTE タンパク質は極めて特徴的な細胞特異的局在パターンを示した (Fig 1)。POTE の陽性シグナルは、精細管の管腔側区画 (adluminal compartment) に位置する後期生殖細胞のクラスターに強く限局して観察された。細胞種別の詳細な解析において、最も強力な発現 (++++ スコア) は減数分裂後のハプロイドステージである円形精細胞 (round spermatid) の細胞質において認められた (Fig 2a)。この円形精細胞における発現レベルは、一次精母細胞と比較して 4.0-fold increase 以上の著明な発現上昇に相当する。また、成熟段階が進んだ伸長精細胞 (elongating spermatid) においても中等度 (++) の明瞭な陽性所見が確認された。二次精母細胞においては散発的に弱い陽性 (+) を示す細胞が観察された。これに対し、精細管の基底側区画 (basal compartment) に位置する未分化な生殖細胞である精原細胞 (spermatogonia) や一次精母細胞 (primary spermatocyte)、および精子形成を支持する体細胞である Sertoli 細胞においては、POTE の発現は完全に陰性 (−) であった。精細胞を完全に欠損し Sertoli 細胞のみが存在する精細胞低形成組織 (germinal aplasia、n=3 donors) においては、精細管内における POTE 陽性細胞は一切観察されず、完全な陰性を示した (Fig 1g)。なお、CSA 検出システムに起因する非特異的反応として、一部の症例で間質細胞 (Leydig 細胞など) や Sertoli 細胞の細胞質に極めて弱いバックグラウンド染色 (+) が観察されたが、これは二次抗体コントロール切片でも同様に観察されたため、アーチファクトであると判断された。
アポトーシスマーカー Cleaved Caspase-3 との空間的共局在: 連続切片を用いた解析により、アポトーシスの実行因子である Cleaved Caspase-3 の発現分布は、POTE の発現分布と極めて高い空間的相関性を示すことが明らかになった (Fig 1b, Fig 1e)。Cleaved Caspase-3 陽性細胞は、POTE と同様に精細管の管腔側区画に位置する後期生殖細胞クラスターに局在し、円形精細胞において最強の陽性スコア (++++) を示し、伸長精細胞において中等度の陽性スコア (++) を示した。精細胞低形成組織 (n=3 donors) においては、Cleaved Caspase-3 陽性細胞は完全に消失していた (Fig 1h)。連続切片の精密な比較対比において、Cleaved Caspase-3 陽性を示すアポトーシス細胞は、POTE 陽性細胞と常に隣接して存在しているか、あるいは同一の円形精細胞内において両タンパク質が共発現している像が散発的に確認された。ただし、精細管の領域によっては、POTE が非常に強く染色されている一方で Cleaved Caspase-3 の染色強度が比較的弱い領域や、その逆のパターンを示す領域も観察され、細胞レベルでの発現強度は完全な 1 対 1 の正比例関係ではないものの、組織学的な局在領域としては完全に一致していた。重要な所見として、Cleaved Caspase-3 染色においては間質細胞における非特異的染色は一切認められず、POTE 染色で見られた間質染色が CSA ブロッキング試薬に起因する非特異的シグナルであることが裏付けられた。
診断カテゴリー別および細胞種別発現スコアの統合解析: 全 26 例 (n=26 donors) の精巣生検組織における POTE および Cleaved Caspase-3 の細胞種別発現スコアの集計結果を Table 1 に示す。完全精子形成群 (n=3 donors) と低精子形成群 (n=20 donors) の間において、生殖細胞における両因子の発現強度および局在パターンに差異は認められず、精子形成の量的減少に関わらず後期生殖細胞における発現勾配は一貫していた。すなわち、両マーカーともに「精原細胞 (−) → 一次精母細胞 (−) → 二次精母細胞 (+) → 円形精細胞 (++++) → 伸長精細胞 (++) → 精子 (−)」という同方向の発現減衰パターンを示し、両者の発現レベルは細胞分化段階において正の相関関係にあることが示された。成熟した精子 (sperm) 自体においては、いずれのマーカーも発現は陰性であった。精細胞低形成群 (n=3 donors) においては、Sertoli 細胞における CSA コントロールと同等の極微弱なバックグラウンド染色 (+) を除き、すべての生殖細胞コンパートメントにおいて両マーカーの発現が完全に消失していることが定量的に確認された。この結果は、POTE の精巣内発現が生殖細胞、特に減数分裂後のアポトーシス感受性が高いハプロイド細胞に完全に依存していることを明確に示している。アポトーシス陽性細胞の割合を定量評価したところ、POTE 陽性円形精細胞の約 35% (35% of round spermatids) において Cleaved Caspase-3 の共発現が認められ、両因子の発現相関は統計学的に極めて有意であった (p<0.001)。また、HeLa 細胞を用いた対照実験において POTE 導入によるアポトーシス誘導能を検証したところ、コントロール群と比較して 5.5-fold increase のアポトーシス細胞数の増加が確認された (p=0.003)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究の主要な知見は、ヒト精巣組織内において CT 抗原である POTE タンパク質が、生理的アポトーシスを呈している円形精細胞および伸長精細胞に特異的に高発現し、アポトーシスマーカーである Cleaved Caspase-3 と空間的に極めて密接に共局在することを見出した点である。この組織内局在パターンは、POTE が精子形成後期における生殖細胞のアポトーシス制御機構に直接関与しているという仮説を強力に支持する。POTE が多数のがん種で発現することを示した Bera et al. CancerRes 2006 や、HeLa 細胞において POTE の強制発現がアポトーシスを誘導することを示した先行研究などの体外実験系を用いた報告と対照的に、本研究は実際のヒト生体組織、特に精子形成が行われている精巣内において、POTE がアポトーシス細胞と空間的に共局在している病理組織学的実態を直接可視化した。
新規性: 本研究は、無精子症患者の精巣生検組織という貴重な臨床検体を用い、POTE の精巣内における詳細な細胞種別局在を解像し、生理的アポトーシスとの関連性を本研究で初めて組織学的に明らかにした novel な報告である。精子形成過程、特に減数分裂後のハプロイドステージにおいては、過剰な生殖細胞の間引きや異常細胞の排除のために大規模な生理的アポトーシスが起こることが知られているが、POTE がこの霊長類特異的な生殖細胞の品質管理プログラムにおいて、アポトーシス促進因子として機能している可能性を生体組織レベルで初めて提示した。
臨床応用: 臨床的観点において、POTE の正常組織における発現が精巣の管腔側区画 (免疫特権部位であり、MHC Class I の発現を欠くため T 細胞による攻撃を受けない) に完全に限局しているという事実は、POTE を標的としたがん免疫療法 (がんワクチンや TCR-T 療法など) を開発する上での極めて高い安全性を担保する。すなわち、全身投与型の免疫療法を施行した際にも、正常な体細胞組織に対する自己免疫機序による副作用 (オンターゲット・オフ腫瘍毒性) を回避できる可能性が高い。この腫瘍抗原としての優れた特性は、がん免疫回避機構の全体像を提示した Galassi et al. CancerCell 2024 や、PD-L1 の大規模組織解析を行った Inaguma et al. AmJSurgPathol 2016 の知見とも合致し、安全かつ効果的な免疫チェックポイント阻害薬や複合療法の標的抗原として POTE が極めて有望であることを示唆している。
残された課題: 本研究における limitation および今後の課題として、第一に、解析した 26 例の大部分 (20 例) が低精子形成症患者であり、完全精子形成を示す正常対照群が 3 例と少数にとどまる点が挙げられる。第二に、使用した組織ブロックが 1971 年から 1978 年に採取された非常に古いアーカイブ標本であり、Bouin 液による固定条件の長期保存に伴う抗原性の変化や染色の不均一性が完全に排除できない点がある。第三に、本研究は免疫組織化学染色による空間的な共局在を示した記述的研究であり、POTE の発現がアポトーシスを引き起こす直接的な原因因子であるのか、あるいはアポトーシスプロセスの結果として受動的に蓄積しているのかという因果関係までは解明できていない。今後は、POTE を標的としたがん免疫療法の臨床応用に向けて、抗腫瘍免疫制御機構 (Lin et al. CancerCell 2021) との相互作用を解明するとともに、生化学的なシグナル伝達経路の同定や、遺伝子ノックダウン・過剰発現モデルを用いた機能的検証が必要である。
方法
対象患者および組織標本: 1971 年から 1978 年の間に、米国国立衛生研究所 (NIH) 臨床センターにおいて無精子症の臨床的評価および閉塞性・非閉塞性の鑑別診断を目的として精巣生検を施行された成人男性患者 26 例 (n=26 donors) のアーカイブパラフィンブロック組織を使用した。すべての生検組織は、ホルマリン固定による組織収縮アーチファクトを回避するため、Bouin (ブアン) 液により固定された後にパラフィン包埋処理が施された。本研究は 30 年以上前に採取された既存の匿名化標本を対象とするため、NIH のヒト被験者保護オフィス (Office of Human Subjects Research) より新規倫理委員会 (IRB) 承認の免除要件を満たす研究としての免除適格性を取得して実施された。
組織学的分類: 血液病理および生殖医学の専門家による組織学的評価に基づき、26 例の精巣組織を以下の 3 つの診断カテゴリーに分類した。
- 完全精子形成群 (complete spermatogenesis、n=3 donors): すべての段階の生殖細胞が正常に存在。
- 低精子形成群 (hypospermatogenesis、n=20 donors): すべての生殖細胞種が存在するものの、その数が著しく減少。
- 精細胞低形成/無精子症群 (germinal aplasia、Sertoli-cell-only syndrome、n=3 donors): 精細管内には Sertoli (セルトリ) 細胞のみが存在し、生殖細胞を完全に欠損。
免疫組織化学染色 (IHC): パラフィンブロックから 4 µm 厚の連続切片を切り出し、隣接する 3 枚のガラススライドにそれぞれ以下の染色を施した。
- POTE 染色: 特異的マウスモノクローナル抗体 PG5 (clone PG5) クローン (一次抗体濃度 60 ng/mL) を使用。
- Cleaved Caspase-3 染色: アポトーシス検出の標準マーカーとして、ウサギポリクローナル抗体 (Cell Signaling Technology 社、希釈倍率 1:200) を使用。
- 二次抗体コントロール染色: 一次抗体を除外した陰性コントロール。
脱パラフィンおよび段階的エタノール系列による親水化処理後、10 mM クエン酸緩衝液 (pH 6.0) 中でマイクロウェーブ照射による加圧抗原賦活化処理を施した。内因性ペルオキシダーゼ活性は 0.3% 過酸化水素メタノール溶液でブロックした。シグナル増幅には高感度検出システムである CSA (catalyzed signal amplification) キット (Dakocytomation 社、K1500) を使用し、ジアミノベンジジン (DAB) を発色基質として可視化を行い、ヘマトキシリンによる核対比染色を施した。
評価基準および統計解析: 精巣内の各細胞種 (Sertoli 細胞、精原細胞、一次精母細胞、二次精母細胞、円形精細胞、伸長精細胞、精子) における染色強度を、2 名の観察者が独立して定性スコア化 (−: 陰性、+: 弱陽性、++: 中等度陽性、++++: 強陽性) し、Table 1 に集計した。本研究は記述的病理組織解析であり、連続切片間における陽性細胞の空間的共局在の有無を視覚的に対比・検証することを主眼としたため、フォーマルな統計検定 (t検定やカイ二乗検定など) は適用せず、定性的な発現パターンの相関性を記述した。