• 著者: Liwei Jiang, Yi-Jun Wang, Jing Zhao, Mayuko Uehara, Qingming Hou, Vivek Kasinath, Takaharu Ichimura, Naima Banouni, Li Dai, Xiaofei Li, Dale L. Greiner, Leonard D. Shultz, Xiaolong Zhang, Zhen-Yu Jim Sun, Ian Curtin, Nicholas E. Vangos, Zoe C. Yeoh, Ezekiel A. Geffken, Hyuk-Soo Seo, Ze-Xian Liu, Gregory J. Heffron, Khalid Shah, Sirano Dhe-Paganon, Reza Abdi
  • Corresponding author: Reza Abdi (Transplantation Research Center, Renal Division, Brigham and Women’s Hospital, Harvard Medical School, Boston, MA, USA)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2020
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33242418

背景

セリンプロテアーゼ阻害因子である Sb9 (SerpinB9) は、CL (cytotoxic lymphocyte: 細胞障害性リンパ球) が放出する GrB (granzyme B: グランザイムB) を特異的に阻害し、CL 自身が自己の GrB によって損傷を受けるのを防ぐ細胞内防御因子として知られている。Sb9 は CL のみならず、Treg (regulatory T cell: 制御性T細胞) や MDSC (myeloid-derived suppressor cell: 骨髄由来抑制細胞) などの免疫抑制細胞、さらには樹状細胞や好中球にも発現し、これらを GrB 誘導性アポトーシスから保護している。近年、一部の腫瘍細胞においても Sb9 の発現が報告されていたが、腫瘍の進展や転移における in vivo での具体的な機能は未解明であった。TME (tumor microenvironment: 腫瘍微小環境) には、TAM (tumor-associated macrophage: 腫瘍関連マクロファージ) や MDSC、Treg などの免疫抑制細胞、および CAF (cancer-associated fibroblast: がん関連線維芽細胞) などの間質細胞が集積し、免疫監視からの逃避や腫瘍増殖を支持する。Quail et al. NatMed 2013 は、TME が腫瘍の進展と転移を多角的に制御していることを報告しているが、これらの細胞群がどのようにして GrB 誘導性アポトーシスを回避し、生存を維持しているのかという詳細な分子機構は不明であった。また、Jerby-Arnon et al. Cell 2018 は、T細胞の排除と免疫チェックポイント阻害への抵抗性を促進したがん細胞プログラムを提示したが、Sb9 がこの抵抗性プログラムにどのように寄与しているかは検証されておらず、in vivo での機能的検証が不足していた。さらに、シングルセル解析ツールを用いたがん細胞の不均一性に関する研究である Slyper et al. NatMed 2020 などにより腫瘍内の多様な細胞集団が同定されているものの、Sb9-GrB (SerpinB9-granzyme B) 軸が腫瘍細胞や間質細胞、免疫抑制細胞の生存に与える影響を包括的に解析したデータは不足していた。したがって、Sb9 を阻害することによって「腫瘍細胞の直接殺傷」と「TME 内の免疫抑制解除による抗腫瘍免疫の再活性化」を同時に達成できるかという問いに対する検証が強く求められていたが、そのための具体的な治療手段や小分子阻害剤の開発は未開拓の領域であり、大きな課題として残されていた。

目的

本研究の目的は、Sb9 (SerpinB9) が腫瘍細胞を GrB (granzyme B) 誘導性アポトーシスから保護する分子機構を in vivo で検証することである。さらに、宿主における Sb9 遺伝子欠損が抗腫瘍免疫の活性化および TME (tumor microenvironment) の構成成分である Treg (regulatory T cell)、TAM (tumor-associated macrophage)、MDSC (myeloid-derived suppressor cell)、CAF (cancer-associated fibroblast) に与える影響を解明する。最終的に、新規に開発する小分子 Sb9 阻害剤の治療応用可能性を複数のマウス腫瘍モデルおよびヒト化マウスモデルを用いて評価し、腫瘍直接殺傷と微小環境修飾を両立する新規がん治療戦略としての有効性を実証することを目指す。

結果

腫瘍細胞における Sb9 の GrB 阻害とアポトーシス保護作用: ヒトおよびマウスの黒色腫、乳がん、肺がん組織において、Sb9 (SerpinB9) と GrB (granzyme B) が腫瘍細胞に共発現していることが確認された。B16 細胞において、CRISPR/Cas9 による Sb9 KO (knockout) は、GrB 活性を 2.0-fold 増加させ、GrB 特異的なアポトーシスを 2.3-fold 有意に増加させた (n=3 replicates, p=0.017) (Fig 1)。IL-2 処理は腫瘍細胞の GrB発現を用量依存的に誘導し、B16-Sb9 KO 細胞では WT (wild-type) 細胞と比較してアポトーシス頻度が著しく上昇した。このアポトーシス誘導は、Sb9 と GrB のダブルノックアウト (B16-Sb9&GrB KO) 細胞、または GrB 阻害剤 (368050) の処理によって完全に消失した。Western blot 解析では、B16-WT 細胞において 47 kDa の単量体 Sb9 に加え、GrB との共有結合を示す 62 kDa の Sb9-GrB 複合体が検出されたが、B16-Sb9 KO 細胞ではこの複合体形成が消失していた (Fig 1)。

Sb9 の細胞内因的機能による腫瘍増殖および転移の促進: C57BL/6 WT マウスに皮下移植した B16-Sb9 KO 腫瘍は、B16-WT 腫瘍と比較して増殖速度が著しく低下し、移植後 27 日目において腫瘍体積が約 4 倍縮小した (n=10 mice, p=0.0001) (Fig 2)。生存期間中央値 (MST: median survival time) も有意に延長した (p<0.0001)。逆に、Sb9 を過剰発現させた B16-Sb9 2+ 腫瘍は、WT 腫瘍と比較して 3.2-fold 急速に増殖した (n=14 mice, p=0.017) (Fig 2)。同様の腫瘍増殖抑制効果は、4T1 乳がん、LLC1 (Lewis lung carcinoma 1) 肺がん、および A375 ヒト黒色腫の Sb9 KO セルラインを移植したモデルでも一貫して観察された。さらに、B16-Sb9 KO 腫瘍を移植したマウスでは、TDLN (tumor-draining lymph node) への転移頻度が低下し、TDLN の重量およびサイズが有意に縮小した (n=8 mice, p=0.0006) (Fig 2)。

宿主 Sb9 欠損による TME の再構築と抗腫瘍免疫の活性化: B16-WT 腫瘍は、Sb9 KO マウスにおいて WT マウスと比較して 2.7-fold 遅い増殖を示した (n=10 mice, p=0.0009) (Fig 3)。最大の治療効果は、Sb9 KO 宿主に B16-Sb9 KO 腫瘍を移植した「Sb9 KO/Sb9 KO」群で得られ、腫瘍は 600 mm³ 以下で平坦化し、MST は 110 日以上に達した (vs WT/WT 群の 21 日, p<0.0001) (Fig 3)。Sb9 KO/Sb9 KO 群の TME (tumor microenvironment) 解析では、CD44+CD62L- effector memory CD8+ T細胞と Treg (regulatory T cell) の比率、および TNFα+/GrB+/IFNγ+ CD8+ T細胞と Treg の比率が著しく上昇した。一方で、免疫抑制細胞である TAM (tumor-associated macrophage) (p=0.0093) および MDSC (myeloid-derived suppressor cell) (p=0.025) の浸潤が有意に減少した (Fig 3)。さらに、CAF (cancer-associated fibroblast) マーカーである fibronectin (4.1-fold 減少, p<0.0001)、collagen I (3.7-fold 減少, p=0.0002)、PDGFRβ (3.3-fold 減少, p=0.0002)、α-SMA (3.9-fold 減少, p<0.0001) が劇的に減少した (Fig 3)。MSC (mesenchymal stem cell)-Sb9 KO 細胞を用いた共培養実験では、B16-GFP 細胞とのクラスター形成能および ECM (extracellular matrix) 産生能が著しく低下していた。なお、Sb9 KO/Sb9 KO 群における腫瘍アポトーシス率は 40 日目に約 40% に達した。

小分子 Sb9 阻害剤 3034 の同定と lysosome における作用機序: 精製 His-MBP-Sb9 タンパク質を用いた TSA (thermal stability assay) スクリーニングおよび構造展開により、1,3-benzoxazole-6-carboxylic acid 誘導体である化合物 3034 を同定した。SPR (surface plasmon resonance) 解析において、3034 は Sb9 に対して KD 273 μM の親和性で直接結合した (Fig 4)。STD NMR (saturation-transfer difference nuclear magnetic resonance) 解析により、3034 と Sb9 の結合は低 pH 環境下で有意に増強されることが示された (Fig 4)。B16 細胞において Sb9 と GrB は lysosome に共局在しており、3034 の処理は Sb9-GrB 複合体の形成を濃度依存的に減少させ、LAMP1 の発現上昇と lysosome の構造拡大を誘導した (Fig 4)。B16 細胞における caspase-3 活性は、3034 の処理により ZT0587 処理と比較して約 4 倍増加した (n=3 replicates, p=0.0003) (Fig 4)。

化合物 3034 による in vivo 抗腫瘍効果と安全性の検証: 化合物 3034 の腹腔内投与は、B16 黒色腫モデルにおいて腫瘍体積を 3.7-fold 有意に減少させ (n=17 mice, p=0.0014) (Fig 5)、4T1 乳がんモデルにおいて 2.5-fold 減少させた (n=8 mice, p=0.0006) (Fig 6)。また、NSG ヒト化マウスを用いた A375 ヒト黒色腫モデルにおいても、腫瘍増殖を 2.1-fold 抑制した (p=0.0158)。3034 治療群の TME では、effector memory CD8+ T細胞、GrB+ CD8+ T細胞、IFNγ+ CD8+ T細胞が有意に増加し、Treg、TAM、MDSC (p=0.025) が減少した (Fig 5)。この抗腫瘍効果は、Sb9 KO 宿主に B16-Sb9 KO 腫瘍を移植したモデルでは消失し、3034 の標的特異性が裏付けられた。14日間の連続投与において、白血球数 (WBC)、赤血球数 (RBC)、血小板数 (PLT) などの血液学的パラメータや、肝・腎機能マーカーに異常は認められず、毒性は極めて限定的であった。

考察/結論

本研究は、単一の分子標的である Sb9 (SerpinB9) を阻害することにより、「腫瘍細胞の直接殺傷」と「TME (tumor microenvironment) 内の免疫抑制解除による抗腫瘍免疫の再活性化」を同時に達成できるという、がん治療における新たなパラダイムを提示した。

先行研究との違い: 従来の免疫チェックポイント阻害剤 (anti-PD-1/PD-L1 や anti-CTLA-4 抗体など) が主に T細胞の活性化に焦点を当てているのと異なり、Sb9 阻害は腫瘍細胞自身のアポトーシス感受性を高めるだけでなく、TME 内の免疫抑制細胞である Treg (regulatory T cell)、TAM (tumor-associated macrophage)、MDSC (myeloid-derived suppressor cell) の生存を阻害し、さらに CAF (cancer-associated fibroblast) によるストロマ障壁を破壊するという、多細胞かつ多機序にわたる包括的な抗腫瘍作用を示す。

新規性: 本研究で新規に、Sb9 が細胞内免疫チェックポイントとして機能し、腫瘍細胞が内因性および外因性の GrB (granzyme B) から自身を保護していることを in vivo で実証した。また、Sb9 と GrB が lysosome に共局在していること、および lysosome 内の低 pH 環境を利用して結合親和性が増強される小分子阻害剤 3034 を開発し、その治療効果を実証した。

臨床応用: 本知見は、免疫チェックポイント阻害剤に抵抗性を示す「cold tumor」やストロマが豊富な難治性腫瘍に対する新たな治療アプローチとしての臨床的有用性を提示している。腫瘍細胞と微小環境の双方を同時に標的とするこの治療戦略は、がん免疫療法の分野における重要なブレイクスルーとなり得る。

残された課題: 今後の検討課題として、化合物 3034 の結合親和性 (KD 273 μM) のさらなる最適化、薬物動態プロファイルの改善、およびヒトにおける安全性と有効性の検証が挙げられる。また、Sb9 の他の潜在的基質である caspase-1 などの阻害がもたらす炎症反応への影響や、既存の免疫チェックポイント阻害剤との併用効果について詳細に解明することが今後の課題である。

方法

細胞・動物モデル: マウス黒色腫 (melanoma) 細胞株 B16-F10、乳癌細胞株 4T1、肺癌細胞株 LLC1 (Lewis lung carcinoma 1)、ヒト黒色腫細胞株 A375 を使用した。CRISPR/Cas9 システムを導入したレンチウイルスベクターを用いて、各細胞株の SERPINB9 (serine protease inhibitor B9) 遺伝子を KO (knockout) した。動物実験には、C57BL/6J (WT: wild-type) マウス、BALB/c マウス、および宿主 Sb9 欠損マウスである C57BL/6-Serpinb9 tm1Arp /J (Spi6 欠損マウス) を使用した。ヒト化マウスモデルには、NOD.Cg-Prkdcscid/l2rg tm1Wjl /SzJ (NSG) マウスにヒト末梢血単核細胞を移植したモデルを用いた。

機能評価および TME 解析: 生細胞内の GrB (granzyme B) 活性は GranToxiLux assay により測定した。アポトーシスは Annexin-V/viability 染色を用いた FACS (fluorescence-activated cell sorting: 蛍光活性化セルソーティング) 解析、および C-CAS3 (cleaved caspase-3: 活性化型カスパーゼ-3) の免疫染色により評価した。Western blot 解析により、47 kDa の単量体 Sb9 および 62 kDa の Sb9-GrB 複合体を検出した。RNAscope を用いて GrB および Sb9 の mRNA 発現を組織レベルで可視化した。TME (tumor microenvironment) 内の免疫細胞は、CD4+CD25+Foxp3+ Treg (regulatory T cell)、CD45+CD11b+F4/80+Ly6C-Ly6G- TAM (tumor-associated macrophage)、CD45+CD11b+Gr1+CD3- MDSC (myeloid-derived suppressor cell) として FACS 解析により同定・定量した。CAF (cancer-associated fibroblast) の評価には、fibronectin、collagen I、PDGFRβ、α-SMA、FSP-1、FAP の免疫染色を用いた。TDLN (tumor-draining lymph node: 腫瘍排リンパ節) への転移は MelanA 染色により評価した。

小分子阻害剤開発と治療実験: 大腸菌発現系を用いて His-MBP (maltose-binding protein)-Sb9融合タンパク質を精製した。TSA (thermal stability assay: 熱シフトアッセイ) によるスクリーニングから、Sb9 結合化合物として ZT0587 を同定し、さらに構造展開により 1,3-benzoxazole-6-carboxylic acid 誘導体である化合物 3034 を開発した。結合親和性 (KD) は SPR (surface plasmon resonance: 表面プラズモン共鳴) により測定し、結合様式は STD NMR (saturation-transfer difference nuclear magnetic resonance: 飽和移動差核磁気共鳴) により解析した。骨髄由来 of MSC (mesenchymal stem cell: 間葉系幹細胞) を用いた共培養系でストロマ支持能を評価した。in vivo 治療実験では、化合物 3034 (300 μg/回) を1日2回、14日間腹腔内投与した。統計解析には Student’s t-test (t検定)、one-way ANOVA (一元配置分散分析)、および Kaplan-Meier (カプラン・マイヤー) 法を用いた。