- 著者: Jing Li, Weichao Wang, Yajia Zhang, Marcin Cieślik, Jipeng Guo, Mengyao Tan, Michael D. Green, Weimin Wang, Heng Lin, Wei Li, Shuang Wei, Jiajia Zhou, Gaopeng Li, Xiaojun Jing, Linda Vatan, Lili Zhao, Benjamin Bitler, Rugang Zhang, Kathleen R. Cho, Yali Dou, Ilona Kryczek, Timothy A. Chan, David Huntsman, Arul M. Chinnaiyan, Weiping Zou
- Corresponding author: Weiping Zou (Department of Surgery, University of Michigan School of Medicine, Ann Arbor, Michigan, USA)
- 雑誌: The Journal of Clinical Investigation
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-04-20
- Article種別: Original Article
- PMID: 32027624
背景
腫瘍浸潤T細胞は多くのがん種において患者の生存期間と正の相関を示すことが知られている (Galon et al. Science 2006)。また、I型およびII型インターフェロン (IFN) 遺伝子シグナチャは、がん免疫療法や化学療法、放射線療法の臨床応答を予測する重要なバイオマーカーとして報告されている (Hugo et al. Cell 2016、Rizvi et al. Science 2015)。MYC、APC、TP53、KRASなどの主要な遺伝的ドライバー変異が、がんの免疫表現型や免疫寛容を形成する可能性がマウスモデル等で示唆されてきた。しかし、これらのがんドライバー遺伝子変異、T細胞免疫、および免疫療法応答の間の直接的な因果関係を示す患者由来のエビデンスは未確立であり、臨床における直接的な関連性は長らく不明であった。このように、がんの遺伝的背景がどのように腫瘍微小環境の免疫抑制を駆動するかという分子メカニズムの包括的な理解は著しく不足していた。
ARID1A (AT-rich interaction domain 1A) は、ATP依存性クロマチンリモデリング複合体であるSWI/SNF (SWItch/Sucrose Non-Fermentable) 複合体のコアメンバーであり、全がん種の約20%で変異が見られ、特にOCCC (ovarian clear cell carcinoma; 卵巣明細胞癌) では約50%という極めて高い変異率を示す。SWI/SNF複合体とPRC2 (polycomb repressive complex 2) は遺伝的拮抗関係にあることが従来から示唆されてきたが、このエピジェネティックな拮抗関係が腫瘍免疫やT細胞浸潤にどのように影響するかは未解明であった。EZH2 (enhancer of zeste homolog 2) はPRC2のH3K27 (histone H3 lysine 27) メチル化触媒サブユニットであり、遺伝子抑制を介して発がんを促進する。先行研究では、EZH2がTh1型ケモカイン (CXCL9, CXCL10) の発現をエピジェネティックに抑制し、エフェクターT細胞の腫瘍トラフィッキングを調節することが報告されている。しかし、ARID1Aの異常が腫瘍免疫に与える分子レベルでの直接的な影響、特にIFNシグナル伝達経路のクロマチンアクセシビリティへの影響、およびEZH2との相互作用による免疫回避機構の形成については、依然として大きな知識ギャップ (knowledge gap) が残されており、解明のための研究が不足していた。
目的
本研究の目的は、ARID1Aの変異、発現レベル、およびコピー数が、卵巣明細胞癌 (OCCC)、皮膚メラノーマ、大腸腺癌、およびその他のヒトがん種において、腫瘍免疫表現型 (特にIFN遺伝子シグナチャとCD8陽性T細胞浸潤) に与える影響を包括的に評価することである。さらに、ARID1AとEZH2の間の相互作用が、がん細胞のIFN応答性、免疫回避機構、および免疫療法応答にどのように関連するかを分子レベルで解明することを目指した。具体的には、ARID1AがIFN応答遺伝子のクロマチンアクセシビリティを制御するメカニズム、ARID1AとEZH2の直接的な生化学的相互作用、およびその相互作用がH3K27メチル化とIFN応答性遺伝子発現に与える機能的影響を明らかにすることを目的とした。最終的に、ARID1Aの遺伝的状態が、in vivoでの自発的腫瘍免疫および免疫チェックポイント阻害療法に対する応答にどのように影響するかを、動物モデルおよび患者コホートデータを用いて検証し、ARID1Aが免疫療法のバイオマーカー候補となり得るか、またEZH2阻害剤との併用療法の可能性を探ることを目的とした。
結果
ARID1A野生型腫瘍におけるIFNおよびT細胞シグナチャの活性化: OCCC患者18例のRNA-Seqデータセットを用いたGSEAにより、ARID1A野生型 (WT) 腫瘍ではTh1型免疫応答 (NES=2.176, p=0.0) および細胞傷害性T細胞応答 (NES=2.144, p=0.0) がARID1A変異型腫瘍と比較して有意に濃縮されていることが示された (Figure 1A-C)。具体的には、ARID1A WT OCCCではCXCL9、CXCL10、CXCL11といったII型IFNシグナチャ遺伝子が高発現していた (Figure 1D-F)。また、ARID1A WT腫瘍ではT細胞受容体 (TCR) CDR3リード数およびCD8発現レベルが高く、FOXP3 (Tregマーカー) には差がないことから、選択的なT細胞浸潤の増加が示唆された。TCGA pan-cancerデータセット (n=7677) においても、ARID1A高発現群 (n=3838) は低発現群 (n=3839) と比較して、CXCL9、CXCL10、CXCL11、CD8Aの発現が有意に高かった (p<0.001) (Figure 1Q-T)。
ARID1A欠損による腫瘍細胞のIFNγ/IFNβ応答障害: CRISPR-Cas9を用いて作製したARID1Aノックアウト (KO) OCCCクローン (AC17, AC25, n=3 replicates) では、IFNγ刺激後のSTAT1リン酸化およびIRF1活性化は親株OVCA429と同程度であったが、CXCL9およびCXCL10のmRNAおよびタンパク質発現が著しく低下した (Figure 2A-D)。具体的には、IFNγ刺激下でのCXCL9/10発現が対照群比で約10分の1 (log2FC -3.3, p<0.001) に低下した。この現象は、初代漿液性卵巣がん細胞 OC8 (n=3 replicates) および DLD-1 大腸がん細胞株 (siRNAノックダウン, n=3 replicates) でも同様に観察され、IFNγ刺激後のケモカイン分泌量が有意に低下した (p<0.05) (Figure 2E, F)。RNA-Seqデータは、ARID1A KO細胞においてI型およびII型IFN遺伝子シグナチャが全体的に低下していることを示した (Figure 2H, I)。
ARID1AによるIFN応答遺伝子座のクロマチンアクセシビリティ維持: ATAC-seq解析により、IFNγ処理後、ARID1A WT細胞ではARID1A KO細胞と比較して、より多くのゲノム領域でアクセシビリティが増加した (Figure 3A)。特に、CXCL9、CXCL10、CXCL11などのTh1型ケモカイン遺伝子のプロモーター/エンハンサー領域では、ARID1A KO細胞においてクロマチンアクセシビリティが顕著に低下した (Figure 3E)。RNA-Seqデータとの統合解析により、ARID1Aによって制御されるIFNγ応答遺伝子の51%が、ARID1A欠損後にプロモーター近傍 (転写開始点から5kb以内) でアクセシビリティの低下を示すことが明らかになった (Figure 3F)。
ARID1AとEZH2の直接相互作用とPRC2活性の拮抗阻害: 共免疫沈降実験により、OC8細胞およびHCT116大腸がん細胞においてARID1AとEZH2の直接結合が確認された (Figure 4A)。マッピング実験により、ARID1AのC末端領域にあるDUF3518 (domain of unknown function 3518) ドメイン (アミノ酸1976-2231) がEZH2との直接相互作用に必須であることが示された (Figure 4B-D)。臨床的ホットスポット変異であるR1989*変異型ARID1Aは、EZH2との相互作用が著しく損なわれていた (Figure 4F)。ARID1A KO OC8細胞をEZH2阻害剤GSK126で処理すると、IFNγ刺激後のCXCL9およびCXCL10発現が部分的に回復した (Figure 5A, B)。ARID1A KO細胞では、IFNγ処理後のCXCL9およびCXCL10プロモーターにおけるH3K27me3レベルが3.5-foldに増加しており (Figure 5C, D)、ARID1A欠損がEZH2による非制御的なH3K27me3蓄積を招くことが実証された。
ARID1A欠損によるin vivo自発的腫瘍免疫の抑制と免疫療法抵抗性: ARID1AノックダウンMC38大腸がん細胞 (shARID1A-1, shARID1A-2) をC57BL/6Jマウス (n=8 mice) に接種すると、対照群と比較して腫瘍増殖が有意に促進され (p<0.01) (Figure 6A)、生存期間が短縮した (Figure 6B)。ARID1Aノックダウン腫瘍では、腫瘍浸潤T細胞におけるグランザイムB、IL-2、IFNγなどのエフェクター分子の発現が減少した (Figure 6D-F)。さらに、ARID1AノックダウンMC38およびID8腫瘍を保有するマウス (n=8 mice) において、抗PD-L1抗体療法の治療効果が完全に消失した (p=0.015) (Figure 7A)。患者コホート解析では、ARID1AのC末端変異を有するメラノーマ患者 (n=14) は、変異のない患者 (n=268) と比較して、PD-L1/PD-1阻害療法に対する臨床応答率が約3分の1に低下していた (p=0.0326) (Figure 7E)。
考察/結論
本研究は、がんのエピジェネティックドライバー変異であるARID1Aが、腫瘍免疫表現型、T細胞免疫、および免疫療法応答を直接的に制御することを包括的に実証した。
先行研究との違い: これまでの研究では、MYCやKRASなどの遺伝的ドライバー変異が免疫に与える影響は、主に間接的なサイトカイン分泌を介したものであった。これと異なり、本研究はARID1AがIFN応答遺伝子座のクロマチンアクセシビリティを直接的に制御するという、質的に新しいエピジェネティックな制御メカニズムを提示した。また、SWI/SNF複合体とPRC2の遺伝的拮抗関係は以前から示唆されていたが、本研究はこれを免疫腫瘍学の文脈に拡張し、両者の直接的な生化学的相互作用ががん免疫を形成する上で決定的な役割を果たすことを示した。
新規性: 本研究で初めて、ARID1AがそのC末端のDUF3518ドメインを介してEZH2と直接相互作用し、EZH2が媒介するIFN応答遺伝子の抑制を拮抗することを発見した。特に、臨床的ホットスポット変異であるR1989*変異が、この生化学的相互作用を破綻させ、H3K27me3の蓄積とIFNシグナル伝達の障害を引き起こすことを明らかにした点は、これまで報告されていない極めて新規性の高い知見である。
臨床応用: 本研究の知見は、ARID1Aの遺伝的状態 (変異、発現レベル、コピー数) が、既存の免疫療法バイオマーカーを補完し、患者の免疫療法応答を予測しうることを示唆する。臨床的意義として、ARID1A変異を有するがん患者において、EZH2阻害剤 (タゼメトスタットなど) と免疫チェックポイント阻害剤との併用療法が、腫瘍を「cold」から「hot」な状態に転換し、治療効果を劇的に高める有望な治療戦略となり得ることが示された。
残された課題: 今後の検討課題として、ARID1A以外のSWI/SNF複合体コンポーネント (PBRM1やSMARCA4など) の変異が腫瘍免疫に与える影響を系統的に解析する必要がある。また、ARID1A-EZH2相互作用のより詳細な構造基盤を解明すること、および実際の臨床試験においてEZH2阻害剤と免疫チェックポイント阻害剤の併用療法の有効性と安全性を検証することが今後の重要な研究方向性である。
方法
本研究では、ヒトがんコホート解析、がん細胞株を用いたin vitro実験、およびマウス腫瘍モデルを用いたin vivo実験を組み合わせ、ARID1Aの免疫学的役割を多角的に検証した。
ヒトコホート解析: 卵巣明細胞癌 (OCCC) 患者18例の公開RNA-Seqデータセットを用いて、ARID1A変異と免疫シグナチャ (Th1型免疫応答、細胞傷害性T細胞応答、NK細胞活性化) の関連をGene Set Enrichment Analysis (GSEA) により評価した。また、メラノーマ患者47例のTCGA (The Cancer Genome Atlas) データセットおよびpan-cancer TCGAデータセット (ARID1A高発現群3838例、低発現群3839例) を用いて、ARID1A発現レベルとCXCL9、CXCL10、CXCL11、CD8A、IRF1などのIFNシグナチャ遺伝子の相関関係を解析した。
細胞株実験: CRISPR-Cas9 (clustered regularly interspaced short palindromic repeats/CRISPR-associated protein 9) ゲノム編集技術を用いて、親株であるヒト卵巣がん細胞株 OVCA429 からARID1Aノックアウト (KO) クローンである AC17 (ARID1A-knockout clone 17) および AC25 (ARID1A-knockout clone 25) を樹立した。また、ヒト初代漿液性卵巣がん細胞株である OC8 (ovarian cancer cell line 8) および大腸がん細胞株 DLD-1 においてsiRNA (small interfering RNA) によるARID1Aノックダウンを行った。これらの細胞株に対し、IFNγまたはIFNβ刺激を行い、STAT1リン酸化、IRF1活性化 (Western blot)、CXCL9/CXCL10 mRNA発現 (リアルタイムPCR)、およびタンパク質発現 (ELISA) を評価した。さらに、生化学的結合解析のために HEK293T 細胞株を用いた。
クロマチンアクセシビリティ解析: ARID1A WT (wild-type) およびKO細胞において、IFNγ処理の有無によるクロマチンアクセシビリティの変化をATAC-seq (Assay for Transposase-Accessible Chromatin using sequencing) により評価した。また、H3K27me3 (histone H3 lysine 27 trimethylation) ChIP-seq (Chromatin Immunoprecipitation sequencing) を実施し、ARID1A KO細胞におけるH3K27me3マークの蓄積を評価した。
ARID1A-EZH2相互作用の解析: 共免疫沈降 (co-immunoprecipitation; co-IP) 実験により、内因性ARID1AとEZH2の直接結合をOC8細胞および大腸がん細胞株 HCT116 で確認した。ARID1AのC末端ドメインがEZH2結合に必須であることをマッピング実験により同定した。また、ARID1Aのホットスポット変異であるR1989*変異がEZH2との相互作用に与える影響を評価した。
マウスモデル実験: マウス大腸がん細胞株 MC38 においてshRNA (short hairpin RNA) によるARID1Aノックダウンを行い、免疫能を有する C57BL/6J マウス (n=8 mice) に接種した。腫瘍増殖、マウス生存率、腫瘍内CXCL9/CXCL10発現、および腫瘍浸潤T細胞の機能 (グランザイムB、IL-2、IFNγ産生) を評価した。また、ARID1AノックダウンMC38腫瘍に対する抗PD-L1抗体療法への応答性を評価した。ID8マウス卵巣がん同系モデルでも同様の実験を行った。
統計解析: データの統計的有意差は、Student t-test、Mann-Whitney U test、Log-rank test、およびχ2検定を用いて評価した。p値が0.05未満の場合を有意とした。