- 著者: Marina Baretti, Mark Yarchoan
- Corresponding author: Mark Yarchoan; Marina Baretti (The Sidney Kimmel Comprehensive Cancer Center at Johns Hopkins, Baltimore, Maryland, USA)
- 雑誌: Journal of Clinical Investigation
- 発行年: 2021
- Epub日: 2021-08-16
- Article種別: Commentary
- PMID: 34396984
背景
免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) は、CTLA-4やPD-1/PD-L1を標的とする薬剤を含め、複数のがん種において全生存期間を延長し、がん治療の重要な柱として確立されている Pardoll et al. NatRevCancer 2012。しかし、現在これらの治療法から恩恵を受けるがん患者は少数に留まり、奏効を増強できる治療的併用療法の開発が喫緊の課題となっている。FDA承認薬で応答する患者は、eligible患者の約13%に過ぎず、多くは原発性または後天性の抵抗性を示すことが推定されている。尿路上皮がんは、比較的に免疫応答性が高く、高腫瘍変異負荷 (TMB) の代表例であるが、抗PD-1/PD-L1単独療法での客観的奏効率 (ORR) は約20%に留まる。さらに、加速承認経路で米国で最初に承認された複数の抗PD-1/PD-L1療法(例:アテゾリズマブ、デュルバルマブ、ペムブロリズマブ)の確認試験が主要評価項目を達成できなかったことから、合理的な併用戦略の必要性が強調されている。
近年、ヒストンデアセチラーゼ (HDAC) が免疫調節の潜在的標的として浮上している。HDAC阻害薬 (HDACi) は、ヒストンのアセチル化を促進し、非ヒストンタンパク質基質の作用を促進することで、腫瘍形成および進行を阻害できる。HDACiは、皮膚T細胞リンパ腫 (CTCL) の治療薬として単剤でFDA承認されているが、幅広い腫瘍における単独療法としての活性は限定的である。これまでの前臨床研究では、HDACiがMHCクラスI/IIの発現増強、エフェクターT細胞と制御性T細胞 (Treg) および骨髄由来抑制細胞 (MDSC) の比率改善、腫瘍関連抗原の発現誘導などを介して免疫調節的に作用することが示されてきた。しかし、その正確な作用機序とICIとの相乗効果の根拠は十分に理解されておらず、この領域には依然として大きな知識のギャップが残されている。特に、HDACiが腫瘍微小環境 (TME) をどのように再構築し、抗腫瘍免疫を促進するかの詳細なメカニズムは未解明であった。本研究は、この知識の不足を埋めることを目指している。
目的
本解説は、Truong et al. (J Clin Invest 2021;131(16):e138560) が発表した、HDAC阻害薬entinostatと抗PD-1抗体療法の膀胱がんモデルにおける併用研究の知見を紹介し、その意義を論じることを目的とする。具体的には、HDACiがネオ抗原発現の編集を介して免疫療法を増強する新規メカニズムを解明し、その臨床応用可能性について考察する。Truongらの研究は、entinostatがT細胞炎症性微小環境を促進し、抗PD-1療法との併用により実質的な抗腫瘍効果を示すことを明らかにした。さらに、HDAC阻害が腫瘍ネオ抗原提示を増強し、腫瘍抗原の免疫編集をもたらすという、エピジェネティック修飾剤が免疫チェックポイント阻害と相乗効果を発揮する新たなメカニズムを強調している。本解説は、この重要な発見が、ICIに対する抵抗性を克服し、より持続的な抗腫瘍活性を達成するための新たな治療戦略をどのように示唆するかを検討する。
結果
Entinostat単独の免疫調節活性と抗腫瘍効果: Truong et al.は、膀胱がんの2つの前臨床モデルにおいて、HDAC阻害薬entinostat単独での抗腫瘍活性を明確に実証した。この効果は、免疫不全マウスモデル、およびCRISPR/Cas9を用いてβ2-ミクログロブリン (MHCクラスI欠損) をノックアウトした腫瘍細胞を用いた実験系において大部分が消失したことから、その抗腫瘍効果がCD8+ T細胞依存性およびMHCクラスI依存性であることが確認された。フローサイトメトリーによる腫瘍浸潤免疫細胞の解析では、entinostat治療によりFoxP3+ Tregの存在が減少し、MDSCの表現型が単球性MDSC優位から顆粒球性MDSCへとシフトすることが観察された。さらに、CD8+エフェクターメモリーT細胞の腫瘍微小環境への浸潤が増加した。これらの所見は、entinostatが腫瘍細胞に直接的な細胞毒性を示すのではなく、免疫調節活性を介して抗腫瘍効果を発揮することを示唆している (Fig 1)。
ネオ抗原の免疫編集機構: entinostat治療を受けた腫瘍では、抗原提示経路、サイトカイン/ケモカイン経路を含む免疫応答関連経路が有意に濃縮され、T細胞炎症性表現型が形成された。RNAシーケンスを用いた比較解析により、entinostat治療マウスの腫瘍では最大745個の発現ネオ抗原の消失が認められた。これは、対照群であるビヒクル治療群で観察されたわずか15個のネオ抗原消失と比較して、約50倍近い顕著な差であった。この遺伝的変化は免疫不全マウスでは観察されず、T細胞が介在する免疫編集 (immunoediting) が実際に腫瘍内で発生し、その後の抗腫瘍活性につながっていることを強く裏付けた。さらに、T細胞のクロノタイプ共有性が増加し、予測されたネオ抗原サブセットに対するin vitroでのT細胞反応性が強力であったことから、これらの腫瘍において抗原駆動性の免疫応答が存在することが示された。
腫瘍細胞自律的効果の重要性: entinostatがネオ抗原特異的T細胞応答に与える影響が、腫瘍細胞の変化によるものか、またはT細胞自体への直接的な作用によるものかを区別するため、共培養アッセイが実施された。entinostatで前処理したT細胞またはビヒクルで前処理したT細胞と、entinostatで処理した腫瘍または未処理の腫瘍を混合する実験が行われた。これらの実験は、entinostatがT細胞ではなく腫瘍細胞に作用することでT細胞の殺傷能が増強されることを明確に示し、HDACiがTregやMDSCへの直接作用よりも、腫瘍細胞のネオ抗原提示を増強する「細胞自律的」機構の重要性を強調している。
抗PD-1療法との併用効果と持続的な免疫記憶: Truong et al.は、entinostatと抗PD-1抗体の併用療法が、単独療法と比較して腫瘍量の減少と生存期間の延長を有意に改善することを示した。特に注目すべきは、併用療法により完全奏効を達成したマウスにおいて、その後の腫瘍細胞再接種 (rechallenge) 実験で腫瘍形成が認められなかった点である。これは、単に免疫編集された腫瘍クローンが排除されただけでなく、持続的な免疫記憶が確立されたことを示唆している。この結果は、エピジェネティック療法とICIの相乗効果が単なる加算的ではなく、真に相乗的であることを示している。
TMB依存性とバイオマーカーの課題: entinostatは、研究で使用された3番目の低TMB膀胱がんモデルでは抗腫瘍免疫増強効果を示さなかった。この結果は、HDACiが「免疫応答性腫瘍をさらに免疫応答性に変える」能力を持つ一方で、「免疫抵抗性(コールド)腫瘍を免疫応答性(ホット)腫瘍に変える」能力は限定的である可能性を示唆している。臨床経験においても、ENCORE 601試験(entinostatとペムブロリズマブの併用、抗PD-1療法失敗後の悪性黒色腫患者対象)では、19%の客観的奏効率 (9例の部分奏効、1例の完全奏効) が達成されており、ICI抵抗性症例における有用性が示されている Hellmann et al. ClinCancerRes 2021。非小細胞肺がん (NSCLC) や悪性黒色腫のような高TMB腫瘍では効果が見られたが、比較的低TMBの卵巣がんでは効果が認められなかったことから、ネオ抗原負荷がバイオマーカー候補となる可能性が考えられる。
先行臨床例との一致: George et al.の報告では、抗PD-1療法後に耐性を示した子宮平滑筋肉腫患者の転移巣において、2つのネオ抗原の発現低下が同定されたが、これらのネオ抗原に対するT細胞反応性はin vitroで保持されていた。本解説で議論されるHDACi併用戦略は、このようなネオ抗原のサイレンシングによる抵抗機構に対抗する有効な戦略として位置づけられる。
考察/結論
本Commentaryは、Truong et al.の研究に基づき、HDAC阻害薬entinostatが腫瘍細胞のネオ抗原景観をエピジェネティックに修飾し、T細胞が認識可能な抗原を再提示することで、免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) と相乗的に作用するという新規パラダイムを強調している。これは、従来のHDACiの免疫調節的機序(MHC発現増強、Treg減少、MDSCシフトなど)を補完する「ネオ抗原編集」という第3の重要な機構である。本研究で初めて、HDACiが腫瘍細胞自律的にネオ抗原提示を増強し、T細胞介在性の免疫編集を誘導することで、持続的な抗腫瘍効果と免疫記憶を確立できることを示した点は新規性が高い。
先行研究との違い: これまでの研究ではHDACiの免疫調節作用が主に免疫細胞への直接的な影響に焦点が当てられていたのに対し、Truong et al.の研究は、HDACiが腫瘍細胞のネオ抗原提示を直接的に増強するという細胞自律的なメカニズムを明確に示した点で、これまでの報告とは対照的である。この発見は、エピジェネティック修飾薬が免疫療法に与える影響の理解を深める上で重要な進展である。
新規性: 本研究で初めて、HDACiが腫瘍細胞のネオ抗原景観をエピジェネティックに編集し、T細胞が認識可能な抗原を再提示することで、ICIと相乗的に作用するというメカニズムが新規に同定された。特に、entinostatが免疫編集を介して腫瘍ネオ抗原の消失を誘導し、持続的な免疫記憶を確立する能力はこれまで十分に報告されていなかった。
臨床応用: 本知見は、ICIに対する抵抗性を克服し、より多くの患者に免疫療法の恩恵をもたらすための臨床応用可能性を秘めている。具体的には、(1) 抗PD-1療法に失敗した患者への再投与戦略として、entinostatとペムブロリズマブの併用療法(ENCORE 601試験で根拠が提示されている)が有望である。(2) 高腫瘍変異負荷 (TMB) 腫瘍(非小細胞肺がん、悪性黒色腫、尿路上皮がんなど)での併用療法が優先されるべきである。(3) エピジェネティックリードインフェーズを設け、その後にICIを逐次投与する戦略も考慮される。(4) ネオ抗原の質や提示の動態を反映する複合的なバイオマーカーの開発が、患者選択と治療効果予測のために重要となる。これらの戦略は、臨床現場におけるがん免疫療法の有効性を向上させる可能性を秘めている。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) エピジェネティック薬剤の最適な用量と投与順序の確立(低用量のHDACiでも免疫調節効果が得られる可能性)、(2) 薬力学的バイオマーカー(例:H3K9アセチル化、MHC発現変化)の同定と臨床応用、(3) 低TMBの「コールド」腫瘍における有効性戦略の探索(ネオ抗原に依存しない代替機構の探索)、(4) HDACiの種類(クラスI選択的かパンHDACiか)による効果の違い、(5) 免疫ナイーブ患者と免疫抵抗性患者における作用機序の違い、(6) 他のエピジェネティック修飾薬(DNMTi、EZH2i、BETiなど)との比較検討と最適なシーケンスの決定などが残されている。これらの課題を解決するための今後の研究は、エピジェネティクスとがん免疫学の接点の理解を深め、臨床的に大きな意義を持つ。
方法
本稿は、Truong et al. (J Clin Invest 2021;131(16):e138560) の研究成果を解説するCommentaryであるため、著者ら自身による実験方法は含まれない。以下に、Truong et al.が実施した主要な実験方法の概要を記述する。
Truong et al.は、マウス膀胱がんの2つの高腫瘍変異負荷 (TMB) モデルと、1つの低TMBモデルを用いて、entinostat単独、抗PD-1抗体単独、および両者の併用治療の効果を比較した。抗腫瘍効果の免疫依存性を検証するため、CRISPR/Cas9システムを用いてβ2-ミクログロブリン (β2m) をノックアウト (KO) した腫瘍細胞株を作成し、MHCクラスI提示の欠損が抗腫瘍効果に与える影響を評価した。
免疫細胞浸潤の解析には、フローサイトメトリー (flow cytometry) が用いられ、腫瘍微小環境におけるT細胞、制御性T細胞 (Treg)、骨髄由来抑制細胞 (MDSC) などの免疫細胞集団の表現型と浸潤レベルが定量的に評価された。T細胞受容体 (TCR) レパトア解析により、T細胞クローン多様性と特異的クローンの増殖が評価された。
ネオ抗原の同定と免疫編集の評価には、全エクソームシーケンス (whole-exome sequencing; WES) とRNAシーケンス (RNA-seq) が組み合わせて用いられた。これにより、腫瘍細胞における変異関連ネオ抗原の発現プロファイルが解析され、entinostat治療によるネオ抗原景観の変化、特に発現ネオ抗原の消失が評価された。
entinostatの作用が腫瘍細胞に直接作用する「細胞自律的 (cell-autonomous)」効果であるか、またはT細胞に直接作用する間接的な効果であるかを区別するため、共培養 (coculture) 実験が実施された。entinostatで前処理したT細胞と腫瘍細胞を様々な組み合わせで共培養し、T細胞による腫瘍細胞殺傷能の変化を評価した。
治療後の長期的な免疫記憶の評価には、腫瘍再接種 (rechallenge) 実験が用いられた。完全奏効を達成したマウスに再度腫瘍細胞を接種し、腫瘍の再発が抑制されるかどうかを観察することで、持続的な抗腫瘍免疫応答の確立が評価された。
これらの実験は、統計解析として、群間の比較にはMann-Whitney U検定やFisher’s exact testなどが用いられ、生存曲線にはKaplan-Meier法とログランク検定が適用されたと考えられる。