• 著者: Daqiang Song, Xiaofang Li, Qian Xiao, Hongtao Tie, Qianxue Wu, Yu Shi, Guomin Ye, Jiazheng Sun, Jiazhou Liu, Mingjing Chen, Zhu Qiu, Weiyan Peng, Long Meng, Guosheng Ren, Jing Huang, and Hongzhong Li
  • Corresponding author: Long Meng, Guosheng Ren, Jing Huang, and Hongzhong Li (First Affiliated Hospital of Chongqing Medical University)
  • 雑誌: Science Advances
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-07-17
  • Article種別: Original Article
  • DOI: 10.1126/sciadv.aee5738

背景

肺がんの腫瘍微小環境 (TME) は、がん細胞と間質成分との動的な相互作用によって抗腫瘍免疫応答と治療転帰が決定される複雑なエコシステムである。特にがん関連線維芽細胞 (CAF) は、腫瘍内で支配的な間質細胞集団であり、高度な機能的不均一性を示すことが知られている (Flynn et al. 2025)。これまでの報告では、myCAF (myofibroblastic CAF) が細胞外マトリックスの再構築を通じて CD8+ T 細胞の浸潤を物理的に阻害することや、炎症性 CAF が IL6 や CCL2 などのプロ腫瘍性サイトカインを分泌して骨髄由来抑制細胞 (MDSC) や制御性 T 細胞 (Treg) をリクルートし、細胞傷害性 T リンパ球 (CTL) の活性を減弱させることが示されてきた (Jenkins et al. 2022, Yuan et al. 2023)。また、抗原提示能を持つ apCAF (antigen-presenting CAF) は MHC-II を発現するが、CD80/CD86 などの共刺激分子を欠くため、T 細胞を完全には活性化できず、むしろアネルギーを誘導する可能性が指摘されている (Tsoumakidou et al. 2023)。

一方で、MHC-I (major histocompatibility complex class I) は、腫瘍由来ペプチドを CD8+ T 細胞に提示することで抗腫瘍免疫を成立させるために不可欠な分子である。がん細胞はしばしば MHC-I の発現を低下させることで免疫監視から逃避するが、非腫瘍性間質細胞(マクロファージや血管内皮細胞など)における MHC-I 提示は、CD8+ T 細胞を活性化し、隣接する腫瘍細胞の直接的な殺傷を促進することが報告されている (Gao et al. 2025, Turley et al. 2010)。しかしながら、肺がんにおける CAF の MHC-I 提示能が CD8+ T 細胞の機能不全にどのように寄与しているか、またそれを制御する分子メカニズムについては、これまでほとんど未解明であった。

インスリン様成長因子 2 (IGF2; insulin-like growth factor 2) は、細胞の増殖や生存を制御する分泌タンパク質であり、多くの癌種で高発現し腫瘍の悪性度と相関することが知られている (Selenou et al. 2022)。しかし、肺がんにおいて CAF 由来の IGF2 がどのように免疫抑制を誘導し、CD8+ T 細胞の機能不全を惹起するかという点については、知識の欠如 (knowledge gap) が著しく、十分な知見が不足していた。したがって、CAF における IGF2 の役割と、それが MHC-I 提示能を介して T 細胞監視を阻害する機序を明らかにすることは、免疫チェックポイント阻害剤 (ICB) の抵抗性を克服するための新たな治療戦略を構築する上で極めて重要な課題である。

目的

本研究の目的は、肺がん関連線維芽細胞 (CAF) における IGF2 の発現が CD8+ T 細胞の機能不全にどのように寄与しているかを解明し、その分子メカニズムを特定することである。具体的には、単一細胞 RNA シーケンシング (scRNA-seq) を用いて IGF2 発現 CAF と CD8+ T 細胞の相関を分析し、CAF 特異的な IGF2 欠損マウスモデルおよび薬理学的阻害剤を用いて、IGF2 が MHC-I 提示能および CD8+ T 細胞の抗腫瘍活性に与える影響を検証する。さらに、IGF2-MYC-DNMT1 軸を介したエピジェネティックな制御機構を明らかにし、IGF2 阻害が抗 PD-1 抗体などの免疫チェックポイント阻害療法と相乗的に作用して治療効果を高めるか、および臨床的なバイオマーカーとして利用可能かを検討することを目的とした。

結果

IGF2 発現 CAF と CD8+ T 細胞機能不全の相関: 84 例の非小細胞肺がん (NSCLC) サンプルの scRNA-seq 解析により、CAF を 5 つのサブセット (CAF_C1-C5) に分類した。CD8+ T 細胞の活性化スコアで層別化したところ、機能不全群 (CD8+ T dys) では CAF_C1 の割合が有意に増加し、CD8+ T 細胞の機能マーカー (IFNG, GZMB, PRF1) の発現が低下していた (Fig. 1B, C)。CAF_C1 で特異的に高発現し、かつ予後不良と相関する因子として IGF2 を同定した。TCGA-LUAD データセットにおいて、IGF2 高発現は CD8A や NKG7 などの T 細胞エフェクター分子と負の相関を示し、IGF2+ CAF の浸潤が多い患者では生存期間が有意に短かった (Fig. 1H, I)。また、腫瘍由来の TGFβ が CAF における IGF2 発現を誘導することを in vitro 共培養系で示した (Fig. 1O, P)。

CAF 特異的 IGF2 欠損による抗腫瘍免疫の増強: S100a4-creERT (S100A4: fibroblast-associated marker) を用いた CAF 特異的 IGF2 欠損マウス (Igf2 cKO) を作製し、LLC (Lewis lung carcinoma) 腫瘍モデルで検証した。Igf2 cKO マウス (n=8 mice per group) では、腫瘍内の CD8+ T 細胞における IFNγ および TNFα の発現が有意に増加し、腫瘍重量が著しく抑制された (Fig. 2D-H)。この表現型は CD8 中和抗体による CD8+ T 細胞の除去 (depletion > 95%) によって完全に消失したため、IGF2 欠損による抗腫瘍効果は CD8+ T 細胞依存的であることが証明された (Fig. 2R-T)。また、TC-1 モデルや正位肺腫瘍モデルにおいても同様に、CAF 由来 IGF2 の消失が CD8+ T 細胞の機能を回復させ、腫瘍負荷を軽減することを確認した (Fig. 2I-P)。

CD8+ T 細胞の可塑性と細胞傷害性の回復: Igf2 cKO 腫瘍の scRNA-seq 解析により、M1様マクロファージ、CD8+ T 細胞、NK 細胞、B 細胞などの抗腫瘍性免疫細胞の割合が増加し、Treg や好中球などの抑制性細胞が減少することが判明した (Fig. 3C)。特に CD8+ T 細胞のサブクラスター解析では、エフェクター CD8+ T (CD8Teff) およびステム様 CD8+ T (CD8Tstem) の頻度が増加していた (Fig. 3D)。CytoTRACE 解析の結果、Igf2 cKO 群では T 細胞全体の分化状態が低く維持されており (Fig. 3G)、未分化な前駆細胞様の可塑性が保持されることで持続的な抗腫瘍活性が維持されることが示唆された。in vitro 共培養系においても、Igf2-/- CAF は WT CAF と比較して CD8+ T 細胞の増殖を促進し、疲弊マーカーを抑制した (Fig. 3Q-S)。

MHC-I 提示能の回復と抗原提示メカニズム: WT および Igf2-/- CAF のトランスクリプトーム解析により、IGF2 欠損が MHC-I 介在性抗原提示経路を著しく活性化することが明らかになった (Fig. 4A, B)。具体的に、B2M, HLA-A, HLA-B, TAP1, TAP2 などの抗原提示装置の mRNA 発現が上昇していた (fig. S5A, C)。フローサイトメトリーでは、Igf2-/- CAF において B2M および MHC-I の表面発現が有意に増加し、この効果は IFNγ 刺激によってさらに増強された (Fig. 4C, D)。また、薬理学的阻害剤 Chromceptin の投与により、用量依存的に B2M および MHC-I の発現が上昇した (Fig. 4E, F)。さらに、OVA 導入 CAF を用いた in vivo 実験において、Igf2-/- CAF は WT CAF よりも効率的に腫瘍抗原を提示し、OT-I T 細胞を強力に活性化して腫瘍成長を抑制した (Fig. 4L-N)。

IGF2-MYC-DNMT1 軸によるエピジェネティック制御: GSEA 解析により、IGF2 欠損は MYC 抑制経路の活性化と正の相関を示した (Fig. 5A)。c-Myc の発現および核内移行は IGF2 欠損または Chromceptin 処理により有意に低下した (Fig. 5C-F)。MYC の抑制は B2M および MHC-I の発現を上昇させ、この効果は IGF2 欠損と重複していた (Fig. 5K, L)。さらに、MYC は DNMT1 (DNA methyltransferase 1) のプロモーターに直接結合してその転写を促進していた (Fig. 6H-J)。DNMT1 は STAT1 のプロモーター領域に結合し、DNA メチル化を誘導することで STAT1 の発現を抑制していた (Fig. 6P-R)。したがって、IGF2-MYC-DNMT1 軸の遮断により STAT1 の脱メチル化が起こり、STAT1 依存的に MHC-I 提示能が回復するという機序が解明された (Fig. 6S, T)。

ICB 療法との相乗効果および臨床的意義: LUAD 患者の scRNA-seq 解析において、免疫チェックポイント阻害剤 (ICB) 非反応群の CAF では IGF2 発現が有意に高かった (Fig. 7B)。LLC モデルにおいて、Igf2 cKO または Chromceptin 投与と抗 PD-1 抗体の併用療法は、単剤療法と比較して腫瘍成長を最も強力に抑制し、生存期間を著しく延長させた (Fig. 7E-G)。また、80 例の LUAD 標本を用いた多重免疫染色により、IGF2+ CAF の浸潤が少ない腫瘍ほど GZMB+ CD8+ T 細胞の浸潤が多いことが示された (Fig. 8A, B)。TCGA-LUAD/LUSC コホートにおいて、IGF2 陽性線維芽細胞シグネチャー (IFS) スコアが高い患者は、ICB 治療後の生存率が低く、治療反応性が不良であることが示された (Fig. 8G-J)。

定量的な効果のまとめ: 本研究における主要な定量的変化として、Igf2 cKO マウスでは WT と比較して腫瘍重量が著しく減少した (p<0.001, Fig. 2G)。また、Chromceptin による IGF2 阻害は、B2M および MHC-I の発現を用量依存的に上昇させ、その発現レベルは対照群と比較して有意な fold-change を示した (Fig. 4E, F)。さらに、S100a4-creERT による IGF2 欠損は、CD8+ T 細胞の IFNγ+ 頻度を顕著に増加させ、この効果は CD8 中和抗体による除去 (depletion > 95%) によって完全に消失した (Fig. 2R-T)。

考察/結論

先行研究との違い: 従来の CAF 研究では、CXCL12 や TGFβ による T 細胞の浸潤阻害や、PD-L1 による直接的な TCR シグナルの減弱が主眼に置かれていた。また、CAF の抗原提示能については MHC-II 介在性の機序が中心に議論されていた。これらと異なり、本研究では CAF における MHC-I 提示能の欠如が CD8+ T 細胞の機能不全を誘導することを明らかにした。特に、乳がんや大腸がんにおける IGF2 の役割が PD-L1 制御や免疫排除であった報告とは対照的に、肺がんにおいては MHC-I 提示装置の抑制という異なる機序が支配的であることを示した。

新規性: 本研究で初めて、CAF における IGF2-MYC-DNMT1-STAT1 という一連のシグナル軸を同定し、これがエピジェネティックな DNA メチル化を介して MHC-I 提示能を抑制していることを新規に証明した。間質細胞である CAF が、単なる物理的障壁やサイトカイン供給源としてではなく、MHC-I を介した抗原提示という能動的な免疫監視プロセスを通じて CD8+ T 細胞の運命を決定していることを示した点は極めて独創的である。

臨床応用: 本知見は、IGF2 を標的とした治療が肺がんにおける免疫抑制環境を打破し、ICB 療法の感受性を向上させるための有望な戦略となることを示唆している。特に、本研究で構築した IGF2 陽性線維芽細胞シグネチャー (IFS) は、ICB 治療の反応性を予測するバイオマーカーとして臨床現場で活用できる可能性がある。また、Chromceptin のような IGF2 阻害剤を抗 PD-1 抗体と併用する bench-to-bedside のアプローチは、治療抵抗性 NSCLC 患者に対する新たな選択肢となり得る。

残された課題: 今後の検討課題として、CAF がどのようにして腫瘍抗原を取り込み、MHC-I へとロードさせるかという詳細な細胞内プロセス(ファゴサイトーシスやマクロピノサイトーシスなどの関与)を解明する必要がある。また、S100a4-CreERT による欠損が完全な CAF 特異的ではない可能性という limitation があり、Col1a2-Cre などの他の系を用いた検証が求められる。さらに、ヒトでの臨床試験を通じて、IFS スコアに基づいた層別化が実際に治療成績を改善するかを検証することが今後の重要な方向性である。

方法

動物モデルおよび細胞株: C57BL/6J 背景の マウスを用いて CAF 特異的な IGF2 欠損モデルを作製した。タモキシフェン (60 mg/kg, 5 日連続) により Cre 組み換えを誘導した。腫瘍モデルには LLC (Lewis lung carcinoma) および TC-1 細胞株を用い、皮下接種または尾静脈注射による正位肺腫瘍モデルを構築した。CD8+ T 細胞の除去には anti-CD8 抗体 (clone 53-6.7, 10 mg/kg) を使用した。

単一細胞解析およびバイオインフォマティクス: 84 例の NSCLC サンプルおよび LLC 腫瘍から単離した細胞を用いて 10X Genomics Chromium Next GEM Single Cell 3’ v3.1 キットで scRNA-seq を実施した。データ解析には Seurat v5.0.1 を用い、Harmony によるバッチ補正、Leiden アルゴリズムによるクラスタリングを行った。細胞間相互作用の解析には CellChat を、分化状態の推定には CytoTRACE を使用した。TCGA-LUAD および TCGA-LUSC データセットを用いて、CIBERSORT による免疫細胞デコンボリューションおよび GSVA によるパスウェイ解析を実施した。

in vitro 実験および分子生物学的解析: ヒト LUAD 組織およびマウス腫瘍から primary CAF を単離し、Advanced DMEM/F-12 培地で培養した。IGF2 のノックダウンには shRNA を、MYC や STAT1 の抑制には siRNA を用いた。B2M および MHC-I の発現はフローサイトメトリーおよび RT-qPCR で定量した。MYC の DNMT1 プロモーターへの結合は ChIP-qPCR で、STAT1 プロモーターのメチル化状態は methylated DNA immunoprecipitation (MeDIP) アッセイで評価した。

統計解析: データは mean SEM で表記し、2 群間比較には unpaired two-tailed t-test、3 群以上の比較には one-way ANOVA または two-way ANOVA を用いた。生存解析には Kaplan-Meier 法および log-rank test を使用した。すべての統計的有意性は と定義した。