- 著者: Meixi Hao, Siyuan Hou, Weishuo Li, Kaiming Li, Lingjing Xue, Qifan Hu, Lulu Zhu, Yue Chen, Hongbin Sun, Caoyun Ju, Can Zhang
- Corresponding author: Can Zhang (zhangcan@cpu.edu.cn); Caoyun Ju (jucaoyun@cpu.edu.cn) (State Key Laboratory of Natural Medicines, China Pharmaceutical University, Nanjing, P.R. China)
- 雑誌: Science Translational Medicine
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-11-25
- Article種別: Original Article
- PMID: 33239389
背景
固形腫瘍に対するT細胞療法は、造血器腫瘍と比較して限定的な治療効果しか得られていない。この治療効果の低さは、腫瘍微小環境における酸素および栄養欠乏がT細胞の代謝疲弊を引き起こし、T細胞の浸潤、生存、およびエフェクター機能を阻害することが主要な要因の一つと考えられている。これまでの研究では、炎症性サイトカインや免疫チェックポイント阻害剤とT細胞療法を併用することで、一部の固形腫瘍において前臨床および臨床での成功が示されているが、不十分な結果や重篤な毒性が報告されており、より効果的かつ安全な併用療法の開発が喫緊の課題である。例えば、CAR-T細胞療法は血液がんにおいて目覚ましい成果を上げているが、固形腫瘍ではその効果が限定的であると報告されている (Moon et al. ClinCancerRes 2014)。また、免疫チェックポイント阻害剤との併用療法も注目されているが、依然として全身性の副作用が課題として残されている (Ribas et al. Science 2018)。
T細胞の機能、特に活性化とエフェクター機能は、TCR(T細胞受容体)クラスタリングと免疫シナプス形成に依存しており、これらは細胞膜コレステロール量によって厳密に制御されていることが知られている。ACAT1(acyl-CoA acetyltransferase 1)はコレステロールのエステル化を触媒する酵素であり、その阻害薬であるアバシミブ(Ava)は、細胞膜コレステロール濃度を上昇させ、in vitroでTCRクラスタリングを促進し、T細胞機能を向上させることがYang et al. Nature 2016によって報告されていた。しかし、AvaとT細胞の体内動態および生体内分布が異なるため、両者を最適に組み合わせるための投与技術が未確立であり、これが臨床応用における大きな課題となっていた。
遺伝子改変T細胞は、設計されたタンパク質薬剤を産生する「生きた工場」として機能する可能性を秘めているが、改変タンパク質の異種発現や潜在的な毒性により、その有効性が低下する可能性がある。また、低分子薬剤は遺伝子的な方法で操作することができない。ナノ粒子化された薬剤をT細胞表面に化学的結合やリガンド-受容体生体認識を介して「バックパッキング」する代替戦略も提案されているが、この方法ではT細胞の生理機能を損なう可能性があり、例えば、T細胞膜上の機能性生体分子の長期的な占有や糖代謝の変化などが挙げられる。したがって、T細胞の生理機能を損なうことなく、ナノ粒子化された薬剤をT細胞表面にバックパッキングする技術の改善が不足していた。本研究は、この知識ギャップを埋めることを目指した。
目的
本研究の目的は、固形腫瘍に対するT細胞療法の効果を向上させるため、生体直交クリック化学(テトラジン/BCN)を利用してACAT1阻害薬アバシミブ(Ava)を搭載した脂質ナノ粒子をT細胞表面に固定する「T細胞表面アンカーエンジニアリング(T-Tre/BCN-Lipo-Ava)」技術を開発することである。具体的には、この技術がT細胞の生理機能に与える影響を詳細に評価し、さらにB16F10メラノーマおよびLN-229膠芽腫のマウスモデルにおいて、その抗腫瘍効果と安全性を検証することを目的とした。これにより、T細胞の代謝状態を局所的かつ持続的に改変し、TCRクラスタリングと免疫シナプス形成を促進することで、固形腫瘍に対するT細胞療法の有効性を最大限に引き出す新規戦略を確立することを目指した。
結果
T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞の表面安定性とT細胞生理機能の完全保存: BCN-Lipo-AvaはT-Tre細胞表面に安定して保持され、in vitroで4日後には初期の約30%、48時間後には約50%が残存した (Fig. 1G)。また、48時間のFBS培養後も搭載されたAvaの約50%がT細胞表面に保持された (Fig. 1H, I)。プロテオミクス解析では、7226種類のタンパク質のうち、1.5倍以上の発現変化を示したのはわずか7種類のタンパク質のみであり、TCRシグナル伝達、T細胞活性化、増殖、エフェクター機能に関連するほとんどのタンパク質の発現は不変であった (Fig. S9)。T細胞の生存率(10日間で80%以上)、増殖能、trans内皮移動能、走化性、CD69発現、IFN-γ/TNF-α/IL-2産生、OCR/ECARは全て非修飾T細胞と同等であり、本エンジニアリング技術がT細胞の生理機能を損なわないことが確認された (Fig. 2A-I, Fig. S8)。これらの結果は、T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞が、T細胞の基本的な生理機能を維持しつつ、薬剤を安定して供給できることを示唆している。
T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞のin vitro細胞傷害性向上と機序解明: B16F10腫瘍細胞との48時間共培養(エフェクター:ターゲット=10:1)において、T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞の細胞傷害性は約80%に達し、非修飾T細胞の約50%と比較して有意に高かった(p<0.001) (Fig. 3A)。B16F10細胞はACAT1の発現が低く、10 μM以下のAvaでは直接的な細胞傷害性を示さなかったことから、T細胞による細胞傷害性の増強が主因であることが確認された (Fig. S10C, D)。STORM超解像顕微鏡を用いた解析では、T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞のTCRマイクロクラスター径が有意に大きく(Ripley’s K関数定量)、TIRF顕微鏡では免疫シナプス形成がより速く、小面積で成熟することが示された (Fig. 3E-H)。コンディション培地を用いた実験では、T細胞膜コレステロールが約2倍に増加することが確認され、コレステロール除去剤(メチル-β-シクロデキストリン)によってAvaの効果が消失したことから、Avaによる膜コレステロール増加がTCRクラスタリング促進を介して細胞傷害性を向上させる機序が強く示唆された (Fig. 3I, J, Fig. S13D-F)。
B16F10皮内メラノーマモデルにおける優れた抗腫瘍効果と安全性: サイクロフォスファミドとフルダラビンによるリンパ球除去前処置後、pmel-1 CD8+ T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞を2回静脈内投与した結果、腫瘍増殖が全治療群中で最も遅延した(p<0.001) (Fig. 4B)。腫瘍組織のKi67免疫組織化学染色では、T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞治療群でKi67陽性腫瘍細胞がT細胞単独群の約1/2、遊離Ava単独群の約1/3に減少した (Fig. 4C, D)。50%生存期間はT-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞群で63日以上であり、生理食塩水群の28日と比較して有意な延長が認められた (Fig. 4E)。T細胞とBCN-Lipo-Avaの併用群では中程度の効果(53日以下)であった。前処置Ava T細胞群および遊離Ava群も中程度の効果を示した。体重、全身性サイトカイン(IL-6、IL-10、TNF-α)、肝腎機能マーカー(ALT/AST/ALP/BUN)、および組織病理学的検査はいずれの群でも正常範囲内であり、優れた安全性プロファイルが確認された (Fig. 4F, Fig. S21)。B16F10-OVA/OT-I T細胞系を用いたモデルでも同様の結果が再現された (Fig. S22B-E)。これらの結果は、T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞がin vivoで強力な抗腫瘍効果を発揮し、全身毒性が低いことを示している。
播種性メラノーマモデルにおける転移抑制効果: ルシフェラーゼ発現B16F10-OVA細胞を静脈内投与した播種性メラノーマモデルにおいて、OT-I T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞の投与は、肺および骨転移を全群中で最大限に抑制した (Fig. 6A)。H&E染色による肺組織の評価では、肺腫瘍数および腫瘍面積が最小であった(p<0.01) (Fig. 6B, C)。OT-I T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞投与群では、n=5 mice中3匹のマウスが60日以上生存した。これに対し、単独療法群およびT細胞+遊離Ava群では60日以上生存したマウスは0匹であり、T細胞+BCN-Lipo-Ava群ではn=5 mice中1匹のみであった (Fig. 6D)。腫瘍浸潤CD8+ T細胞のIFN-γ+、TNF-α+、GzmB+割合はT-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞群で最も高かった(p<0.001) (Fig. S29)。
GD-2 CAR T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞による頭蓋内LN-229膠芽腫の根絶: GD-2発現LN-229ヒト膠芽腫の頭蓋内モデルにおいて、CAR T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞を6日目と12日目に頭蓋内投与した結果、生物発光イメージングでn=5 mice中3匹のマウスで腫瘍が検出不能となり、これらのマウスは100日後も生存した (Fig. 7B, C)。T細胞+BCN-Lipo-Ava群では腫瘍増殖の遅延は認められたものの、腫瘍の根絶には至らなかった。CAR T単独療法および遊離Ava単独療法の効果は限定的であり、T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞群を除く全群のマウスは70日以内に死亡した。IL-6、IL-10、TNF-αの全身性サイトカイン濃度はいずれの群でも正常範囲内であった (Fig. 7E-G)。これらの結果は、本技術が難治性固形腫瘍である膠芽腫に対しても強力な治療効果を発揮することを示している。
考察/結論
本研究は、T細胞表面へのリポソーマル薬剤アンカーという新規の非遺伝的T細胞エンジニアリング戦略を確立し、代謝的介入(ACAT1阻害による膜コレステロール増加を介したTCRクラスタリング促進)と養子細胞療法(ACT)を一体化することで、固形腫瘍治療におけるT細胞の腫瘍内代謝疲弊という課題に対する革新的な解決策を提示した。
新規性: 本研究で初めて、テトラジン/BCN生体直交クリック化学を用いてACAT1(acetyl-CoA acetyltransferase 1)阻害薬アバシミブ(Ava)を搭載した脂質ナノ粒子をT細胞表面に固定する「T-Tre/BCN-Lipo-Ava」技術を開発した。この技術は、T細胞の生理機能を損なうことなく、T細胞膜コレステロールを増加させ、TCRクラスタリングと免疫シナプス形成を促進し、固形腫瘍に対するT細胞療法の抗腫瘍効果を大幅に向上させることを示した。特に、GD-2 CAR T細胞との組み合わせで、極めて難治性の腫瘍である膠芽腫の根絶に成功したことは、これまで報告されていない画期的な成果である。
先行研究との違い: これまでの代謝介入戦略は、T細胞のin vitro前処置や全身投与、または腫瘍微小環境へのナノ粒子送達に焦点が当てられていた。しかし、in vitroで再プログラムされたT細胞代謝は腫瘍微小環境で逆転する可能性があり、全身投与は非特異的な分布と薬物動態の課題を抱えていた。本研究のアプローチは、リポソームがT細胞の腫瘍浸潤に追随して局所放出されるという動態設計が、遊離Ava投与や単純な前処置と比較して優れている点で、これまでの戦略と対照的である。これにより、移入T細胞と内因性腫瘍浸潤リンパ球(TIL)の両方をオートクリンおよびパラクリンの両機序により活性化できるという点で、従来の治療法とは異なる優位性を持つ。
臨床応用: 本技術は、遺伝子改変を伴わないため免疫原性が低く、プロテオーム変化も最小限であることから、臨床応用への高い可能性を秘めている。特に、メラノーマや膠芽腫といった難治性固形腫瘍に対する治療選択肢を拡大し、患者の予後を改善する臨床的意義を持つと考えられる。その簡便な生成プロセスと良好な安全性プロファイルは、bench-to-bedsideへの移行を加速させる可能性がある。
残された課題: 今後の検討課題として、リポソームの物理的安定性のさらなる向上、脂質組成の最適化、および長期的な毒性プロファイルの検証が残されている。また、本技術をNK細胞や好中球などの他の細胞療法に応用する可能性も今後の研究方向性として挙げられる。これらのlimitationを克服することで、本細胞表面アンカーエンジニアリング技術の治療ウィンドウをさらに拡大し、より広範な固形腫瘍に対する効果的な治療法として確立することが期待される。
方法
クリックモジュールの合成とリポソームの調製: T細胞膜脂質二重層に疎水的に挿入されるテトラジン基含有リン脂質(DSPE-PEG5k-Tre)と、BCN(bicyclo[6.1.0]nonyne)含有リポソーマルAva(BCN-Lipo-Ava)を設計・合成した。BCN-Lipo-Avaは、平均粒径91.5 nm、Ava搭載量2.3%、封入効率89.1%であった。これらのモジュールの反応性および細胞適合性を評価し、最適なアンカーおよびクリック条件(DSPE-PEG5k-Tre 80 μg/mlで10分、BCN-Lipo-Ava 100 μg/mlで30分)を設定した。これにより、100万個のT細胞あたり約275個のリポソームが固定され、約4 μgのAvaが搭載された。
T細胞の表面安定性と生理機能評価: T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞の表面安定性は、蛍光標識リポソームを用いた共焦点顕微鏡およびフローサイトメトリーで評価した。in vitro培養下でのAvaの保持率も測定した。T細胞の生理機能への影響は、10日間の細胞生存率(トリパンブルー染色)、増殖能(CFSE希釈法)、trans内皮移動能、走化性(MCP-1に対する応答)、早期活性化マーカーCD69の発現、IFN-γ、TNF-α、IL-2などのサイトカイン産生(ELISA)、ミトコンドリア酸素消費率(OCR)および細胞外酸性化率(ECAR)(Seahorse XFアナライザー)、およびプロテオミクス解析(TMT定量)を用いて詳細に評価した。
TCRクラスタリングと免疫シナプス形成の評価: T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞におけるTCRクラスタリングは、STORM超解像顕微鏡およびRipley’s K関数を用いてマイクロクラスター径を定量した。免疫シナプス形成は、TIRF(全反射蛍光)顕微鏡を用いてその形成速度と面積を評価した。細胞膜コレステロール量は、Filipin III染色および酸化ベースのアッセイで定量し、Avaによるコレステロール増加がTCRクラスタリングに与える影響を検証した。
in vitro細胞傷害性評価: pmel-1 TCRトランスジェニックマウス由来CD8+ T細胞とB16F10メラノーマ細胞を共培養し、乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)放出アッセイによりT-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞の細胞傷害性を評価した。ACAT1発現レベルとAvaの直接的な腫瘍細胞傷害性も確認した。
in vivo抗腫瘍効果と安全性評価:
- B16F10皮内メラノーマモデル: C57BL/6JマウスにB16F10細胞を皮内接種し、リンパ球除去前処置(シクロホスファミド2 mg/kg、フルダラビン2 mg/kg)後、pmel-1 CD8+ T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞を静脈内投与した(n=6 mice/群)。腫瘍増殖、Ki67陽性細胞数(免疫組織化学)、およびマウスの生存期間を評価した。
- B16F10-OVA播種性メラノーマモデル: ルシフェラーゼ発現B16F10-OVA細胞を静脈内投与し、OT-I T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞を投与した(n=5 mice/群)。生物発光イメージングにより腫瘍転移をモニタリングし、肺のH&E染色により腫瘍数と面積を評価した。
- LN-229頭蓋内膠芽腫モデル: NSGマウスの頭蓋内にGD-2発現LN-229ヒト膠芽腫細胞を接種し、GD-2 CAR T-Tre/BCN-Lipo-Ava細胞を頭蓋内投与した(n=5 mice/群)。生物発光イメージングにより腫瘍増殖をモニタリングし、マウスの生存期間を評価した。
安全性評価: 全てのin vivoモデルにおいて、体重変化、全身性炎症サイトカイン(IL-6、IL-10、TNF-α)濃度(ELISA)、肝腎機能マーカー(ALT、AST、ALP、BUN)濃度、および主要臓器(心臓、肝臓、脾臓、肺、腎臓)の組織病理学的変化を評価した。統計解析には一元配置分散分析(one-way ANOVA)とTukeyの補正を用いた。生存期間の比較にはログランク(Mantel-Cox)検定を用いた。
腫瘍浸潤T細胞の解析: 腫瘍から分離したT細胞について、IFN-γ、TNF-α、グランザイムB(GzmB)産生能、Ki67発現、Filipin III染色による膜コレステロール量、および疲弊マーカー(PD-1、TIM-3、LAG-3、TIGIT)の発現をフローサイトメトリーで解析した。