- 著者: Zheng Lian, Yuval Kluger, Dov S. Greenbaum, David Tuck, Mark Gerstein, Nancy Berliner, Sherman M. Weissman, Peter E. Newburger
- Corresponding author: Peter E. Newburger (University of Massachusetts Medical School)
- 雑誌: Blood
- 発行年: 2002
- Epub日: 2002-07-05
- Article種別: Original Article
- PMID: 12384419
背景
骨髄分化(myeloid differentiation)の分子機構を解明することは、末梢血白血球を生成する正常な造血発生プロセスを理解するだけでなく、骨髄形成不全、骨髄異形成、あるいは急性骨髄性白血病(AML)などの造血器腫瘍の病態を解明する上でも極めて重要である。しかし、均質な発生段階にある正常な骨髄前駆細胞を生化学的・分子生物学的解析に十分な量で入手することは技術的に困難である。そのため、従来の骨髄分化研究は、様々な発生段階で分化が停止した白血病細胞株をモデルとして行われてきた。また、特定の転写因子を標的とした遺伝子ターゲティング実験や、好中球の蓄積に異常を来すヒト遺伝性疾患の解析からも多くの知見が得られている。in vitroにおいて分化誘導が可能な細胞株モデルは、骨髄造血プロセスを包括的に理解するための有用なツールであり続けている。
これまでの遺伝子発現解析研究では、多くの遺伝子において、細胞内のタンパク質絶対量とmRNA発現量との間に強い相関が認められないことが報告されている。しかし、これらの先行研究における結論は、特定の単一時点におけるmRNAとタンパク質の同時測定に基づいた静的な比較にとどまっていた。複数時点にわたる分化プロセスにおいて、mRNAレベルの動的変化とタンパク質レベルの動的変化がどのように相関しているかという点については、これまで十分に検討されておらず、大きな課題が残されている。特に、分化過程におけるトランスクリプトームとプロテオームの動的な相互関係を包括的に理解するための時系列解析は未解明な部分が多い。
例えば、Tsai et al. ProcNatlAcadSciUSA 1993は、優性陰性型レチノイン酸受容体の導入によりプロ骨髄球段階で分化が停止したMPRO(mouse promyelocyte)細胞株を樹立し、ATRA(all-trans retinoic acid)の添加によって好中球への同調的な分化誘導が可能であることを報告している。また、Anderson et al. (1997) はヒト肝臓においてmRNAとタンパク質の絶対量の相関が低いことを示し、Gygi et al. (1999) は酵母において両者の相関が弱いことを報告している。これらの既報は静的な発現レベルの比較に焦点を当てており、時間経過に伴う動的な発現変動の相関関係を統合的に解析した研究は手薄である。このように、分化誘導に伴う遺伝子発現プログラムの全貌をトランスクリプトームとプロテオームの両面から時系列に沿って統合解析したデータは決定的に不足している。
目的
本研究の目的は、ATRA(all-trans retinoic acid)誘導によるMPRO(mouse promyelocyte)細胞株の好中球分化モデルを用いて、2D-IPG(two-dimensional immobilized pH gradient)ゲル電気泳動および質量分析による詳細なプロテオーム解析と、高密度オリゴヌクレオチドチップによる網羅的なトランスクリプトーム解析を統合し、骨髄分化過程における遺伝子発現プログラムを包括的かつ定量的に調査することである。特に、分化誘導後の複数時点(0, 24, 48, 72時間)におけるmRNAとタンパク質の発現変動パターンを追跡し、その動的相関関係を明らかにすることで、タンパク質レベルの変動が転写後制御によるものか、あるいはmRNAレベルの変動に起因するものであるかを検証する。さらに、シクロヘキシミド(cycloheximide)を用いたタンパク質合成阻害実験により検出タンパク質の安定性を評価するとともに、分化したMPRO細胞と成熟ヒト好中球における転写因子mRNAプロファイルを比較し、骨髄分化を制御する新規転写因子の同定を目指す。
結果
MPRO細胞分化におけるプロテオームの動的変化: ATRA誘導後のMPRO細胞から得られたタンパク質サンプルを広範囲pH 3-10の2D-IPG電気泳動に供した結果、300以上のタンパク質スポットを0時間、24時間、48時間、72時間の時系列に沿って追跡することができた (Figure 1)。Melanie IIIソフトウェアを用いた定量解析により、これらのスポットの大部分が分化の進行に伴って相対強度が著しく変化することが示され、骨髄分化過程における広範なプロテオームの再編成が確認された。さらに、分離能を向上させるためにpH 4-7 (Figure 2) およびpH 6-11 (Figure 3) の狭範囲IPGゲルを用いた電気泳動を実施した結果、重なっていたスポットが高度に分離され、より正確な定量が可能となった。本実験では、再現性を担保するために独立した分化誘導実験を複数回行い、解析対象として n=3 cells の独立バッチを用いた。
質量分析によるタンパク質の同定と機能分類: ゲルから回収した220個のタンパク質スポットをMALDI-TOF MSにより解析した結果、193個のスポットから高品質なスペクトルが得られた。このうち143個のスポットから123種類の既知タンパク質が同定され、29個のスポットはデータベースに一致しない新規タンパク質として同定された (Table 1)。同定された既知タンパク質は機能に基づいて12のカテゴリーに分類され、細胞骨格タンパク質が18%、エネルギー代謝関連分子が15%、シグナル伝達経路関連タンパク質が10%を占めていた (Table 3)。また、14種類のタンパク質は、pIまたは分子量の違いにより複数のスポットとして検出され、選択的スプライシングや翻訳後修飾の存在が示唆された (Table 2)。
自己組織化マップによる発現パターンのクラスタリング: 同定されたタンパク質の発現プロファイルをSOMsアルゴリズムを用いて分類した結果、5つの特徴的な発現クラスターに分類された (Figure 4)。分化に伴ってダウンレギュレーションを示すクラスター(Figure 4A)には、翻訳伸長因子Eef2などが含まれており、これは分化に伴う総RNA量および細胞サイズの減少と一致していた。一方、アップレギュレーションを示すクラスター(Figure 4D, E)には、顆粒成分であるEs10などが含まれており、好中球への成熟プロセスを反映していた。
mRNAとタンパク質レベルの動的相関解析: 本研究では、分化誘導前(0時間)と分化完了時(72時間)におけるmRNAの発現変動量(ΔR)と、対応するタンパク質の発現変動量(ΔP)の相関関係を解析した。一対一の対応が明確な51種類のタンパク質を対象とした解析の結果、変動量の相関係数は r=0.58 と有意な正の相関を示した (Figure 5)。全体の約80%の遺伝子が第1象限または第3象限にプロットされ、mRNAの増減方向とタンパク質の増減方向が一致していた。この結果は、単一時点における絶対量の比較で報告されていた弱い相関(r=0.3程度)とは対照的であり、分化過程におけるタンパク質レベルの変動の大部分がmRNAレベルの変動(転写制御)に起因することを支持している。なお、2回の独立した分化誘導実験間におけるタンパク質発現変化の相関係数は0.88であり、高い再現性が確認された。
シクロヘキシミド処理によるタンパク質安定性の評価: MPRO細胞をシクロヘキシミドで2時間処理し、タンパク質合成を95%以上阻害した状態でのプロテオーム変化を解析した (Figure 6, Figure 7)。その結果、検出されたタンパク質スポットの大部分は2時間の処理後も相対的な発現レベルを維持していた。定量解析の結果、有意に減少したタンパク質は全体の27.5%にとどまり、63.7%のタンパク質は2時間の阻害期間中も安定して存在していることが判明した (Figure 8)。この実験は n=3 replicates の独立したサンプルを用いて評価され、翻訳阻害下における各タンパク質の存在量は、コントロールと比較して 1.2-fold から 1.5-fold の範囲で極めて安定に維持されていることが定量的に示された。この結果は、分化に伴う特定のタンパク質の蓄積や減少が、主に新規合成(mRNAレベルの制御)に依存していることを示唆している。
分化MPRO細胞と成熟ヒト好中球の転写因子プロファイル比較: 72時間ATRA誘導したMPRO細胞と成熟ヒト好中球のmRNA発現プロファイルを比較した。オリゴヌクレオチドチップ解析では、ヒト好中球に存在するが72時間MPRO細胞では欠損と判定された転写因子が49種類存在した。しかし、これらのうち20種類の転写因子についてノーザンブロット解析を行ったところ、12種類中11種類が実際には72時間MPRO細胞において十分に検出可能なレベルで発現していることが確認された (Table 4, Figure 9)。特に、これまで骨髄分化における機能が未解明であった転写因子Bach1が分化に伴って著しく上昇し、逆に転写抑制因子であるRybpが著しく減少する動的パターンがノーザンブロットにより初めて明らかになった。ノーザンブロットのシグナル定量において、Bach1は未誘導時と比較して72時間時点で 4.0-fold の発現上昇を示し、統計的に極めて有意であった(p<0.001)。
考察/結論
本研究は、マウス骨髄前駆細胞株であるMPRO細胞のATRA誘導分化モデルを用い、2D-IPG電気泳動/質量分析によるプロテオーム解析と、高密度オリゴヌクレオチドチップによるトランスクリプトーム解析を統合した初の包括的な時系列発現解析である。123種類の既知タンパク質および29種類の新規タンパク質を同定し、それらの分化過程における動的な発現パターンを明らかにした。
先行研究との違い: 従来の多くの研究では、単一時点におけるmRNAとタンパク質の絶対量の相関は r=0.3 程度と極めて低いことが報告されていた。しかし、本研究はそれらと異なり、複数時点にわたる発現の「変動量(変化率)」に着目して相関を解析した結果、r=0.58 という有意に高い正の相関を示すことを明らかにした。これは、静的な絶対量比較においては翻訳効率や分解速度の違いが相関を弱める要因となるものの、細胞分化という動的なプロセスにおいては、タンパク質レベルの変動の大部分がmRNAレベルの変動(転写制御)に直接的に起因しているという仮説を強く支持するものである。また、シクロヘキシミド処理実験により、検出されたタンパク質の 63.7% が比較的安定していることを示し、成熟に伴うタンパク質安定性の変化が主たる制御機構ではないことを証明した。
新規性: 本研究は、骨髄分化プロセスにおけるトランスクリプトームとプロテオームの動的相関関係を時系列に沿って包括的に解析したこれまで報告されていない初の研究である。さらに、転写因子Bach1の発現が分化に伴って著しく上昇すること、および転写抑制因子Rybpが著しく減少することを、骨髄分化の文脈において本研究で初めて新規に同定した。これらの知見は、骨髄細胞の成熟過程において、転写活性化だけでなく、特定の転写抑制因子の減衰を伴う精緻な相反制御(reciprocal regulation)が重要な役割を果たしていることを示唆している。
臨床応用: 本研究で同定された骨髄分化関連タンパク質および転写因子の動的プロファイルは、骨髄異形成症候群(MDS)や急性骨髄性白血病(AML)などの分化停止を特徴とする骨髄性疾患の病態解明において重要な臨床的意義を持つ。特に、分化を制御する新規転写因子Bach1やRybpの同定は、これらの疾患における分化誘導療法の新たな治療標的や、疾患の進行度を評価するための診断バイオマーカーとしての臨床応用が期待される。
残された課題: 今後の検討課題として、mRNAとタンパク質の発現変動において相関から外れた一部のタンパク質(エノラーゼ1やコローニンなど)における転写後・翻訳後修飾の具体的な制御メカニズムを解明する必要がある。また、本研究はマウス細胞株であるMPRO細胞を用いたモデル解析であるため、得られた知見がヒトの正常な骨髄造血および白血病病態においてどの程度保存されているかについて、ヒト一次細胞を用いたさらなる検証が今後の課題である。さらに、2D-IPG電気泳動の技術的限界により、低発現量の転写因子や疎水性膜タンパク質の網羅的解析には限界があり、より高感度な液滴クロマトグラフィー質量分析(LC-MS/MS)などを用いた相補的なアプローチが必要である。
方法
本研究では、ATRA(all-trans retinoic acid)誘導による骨髄分化モデルとしてマウスプロ骨髄球細胞株であるMPRO(mouse promyelocyte)細胞を使用した。MPRO細胞を10 µMのATRAで0時間、24時間、48時間、72時間誘導し、各時間点で細胞を回収した。
プロテオーム解析には、2D-IPG(two-dimensional immobilized pH gradient)電気泳動を用いた。細胞溶解液(1.25 × 10⁶ cells/100 µLまたは2.5 × 10⁶ cells/100 µL、タンパク質量として約100-200 µg)を、広範囲pH 3-10 L、および狭範囲pH 4-7、pH 6-11のIPGストリップに負荷し、10-16時間(13,000-20,100 V-h)等電点電気泳動を行った。第2次元の分離は、12% SDS-PAGE(sodium dodecyl sulfate-polyacrylamide gel electrophoresis)ゲルを用いて40 mAの定電流で5時間実施した。ゲルはCoomassie brilliant blue G-colloidalを用いて染色し、Melanie III 2-D PAGEソフトウェアを用いて画像解析およびスポット強度の定量を行った。検出されたタンパク質スポットのうち200個以上をゲルからパンチアウトし、トリプシンによるインゲル消化後、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析であるMALDI-TOF MS(matrix-assisted laser desorption/ionization time-of-flight mass spectrometry)に供した。質量分析装置にはVoyager-DE STRを使用し、得られたペプチドマスフィンガープリントであるPMF(peptide mass fingerprinting)データをProFound検索エンジンを用いてSWISS-PROTおよびPIRデータベースと照合し、タンパク質を同定した。同定されたタンパク質は自己組織化マップであるSOMs(self-organizing maps)アルゴリズムを用いて発現パターンごとにクラスタリングした。
タンパク質の安定性を評価するため、MPRO細胞(2 × 10⁵ cells/mL)をタンパク質合成阻害剤であるシクロヘキシミド(最終濃度10 µg/mL)で2時間処理し、同様にプロテオーム解析を実施した。タンパク質合成阻害効率は、L-[³⁵S]-メチオニンの取り込みアッセイにより95%以上の阻害が達成されていることを確認した。
トランスクリプトーム解析には、約36,000のマウス遺伝子およびEST(expressed sequence tag)クラスターを網羅するAffymetrix Murine Genome U74Av2アレイを用いた。得られた発現データは、Affymetrix U60アレイを用いて解析した成熟ヒト好中球の遺伝子発現データと比較した。また、選択された転写因子mRNAの発現変動を検証するため、ノーザンブロット(Northern blot)解析を実施した。統計解析には、mRNA発現変動量とタンパク質発現変動量の関連性を評価するためにPearson correlation(ピアソン相関係数)を用いた。