- 著者: Lingyun Wu, Sugandha Saxena, Paran Goel, Dipakkumar R. Prajapati, Cheng Wang, Rakesh K. Singh
- Corresponding author: Rakesh K. Singh (University of Nebraska Medical Center, Omaha, NE, USA)
- 雑誌: Cancers
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-10-08
- Article種別: Original Article
- PMID: 33049964
背景
乳がんは、2020年の米国における女性の癌関連死亡原因の第2位を占める主要な疾患である Siegel et al. CA Cancer J Clin 2020。現在の治療法には手術やドキソルビシン、パクリタキセルなどの化学療法が含まれるが、化学療法耐性を示す患者では予後が著しく不良となることが報告されている Miller et al. CA Cancer J Clin 2016。この化学療法耐性の根底にあるメカニズムを解明し、最適な治療戦略を確立することが喫緊の課題である。癌細胞は、炎症性ケモカインやサイトカインの産生を亢進させるなど、複数のメカニズムを介して化学療法耐性を獲得することが知られている Edwardson et al. PLoS ONE 2017。これらのケモカインやサイトカインは、癌細胞に直接作用するだけでなく、腫瘍微小環境 (TME) を間接的に調節する役割も果たす。
CXCR2とそのリガンド (CXCL1-3, CXCL5-8) は、様々な癌種において腫瘍促進因子として機能する炎症性ケモカイン群である Ha et al. Theranostics 2017。先行研究では、CXCR2とそのリガンドが腫瘍部位への好中球動員の主要経路であることが示されている Wu et al. Cancers 2019。本研究グループの以前の研究では、ドキソルビシンやパクリタキセルなどの化学療法処置後に乳がん細胞でCXCR2リガンドの発現が上昇し、好中球の動員と転移が増加することが報告された Sharma et al. Cancer Lett 2016。また、CXCR2を標的とすることで化学療法応答が改善されることも示されている Sharma et al. Mol Cancer Ther 2013。
好中球は、MMP9やIL-1β、CCファミリーリガンドの産生、さらにはNETs (Neutrophil Extracellular Traps) の形成を介して、腫瘍促進的な役割を果たすことが近年注目されている Coffelt et al. NatRevCancer 2016、Papayannopoulos et al. NatRevImmunol 2018。例えば、Gentles et al. NatMed 2015 は、腫瘍における好中球浸潤が高いほど、全生存期間が短いことを示した。しかし、乳がん細胞が好中球をどのようにpro-tumorigenicな表現型へと「教育」するのか、特に化学療法耐性を示す微小環境において、その具体的な機序は未解明な点が多かった。好中球の生存を制御するメカニズムや、化学療法耐性乳がん細胞が好中球の機能に与える影響については、知識のギャップが残されている。本研究は、この知識の不足を埋めることを目的としている。
目的
本研究の目的は、乳がん細胞(親株および化学療法耐性株)と好中球の相互作用が、好中球の生存、pro-tumorigenicな偏極、炎症性サイトカイン発現、NETs形成、およびMMP9分泌に与える影響を詳細に解析することである。特に、化学療法耐性微小環境における好中球の機能変化に焦点を当て、その臨床的意義を明らかにすることを目的とした。具体的には、以下の点を検証する。
- ヒト乳がん患者における好中球浸潤と病勢進行および化学療法耐性との関連性を評価する。
- 乳がん細胞由来因子が好中球の生存を延長させるメカニズム、特に細胞質PCNA (proliferating cell nuclear antigen) の役割を解明する。
- 乳がん細胞由来因子が好中球のIL-1β、CCL2-4、iNOS、MMP9などのpro-tumorigenic因子発現およびNETs形成を誘導するメカニズムを解析する。
- 化学療法耐性乳がん細胞が、親株と比較して好中球のpro-tumorigenic機能をさらに増強する可能性を評価し、特にMMP9分泌亢進の背景にあるCXCR2リガンドの役割を特定する。
結果
ヒト乳がん組織およびデータセットにおける好中球浸潤と化学療法耐性の臨床的関連: ヒト乳がん組織アレイ (n=80コア) のMPO免疫染色解析の結果、腫瘍組織は正常組織と比較して有意に高いMPO陽性好中球浸潤を示した (p≤0.0001)。さらに、進行期 (T2, T3, T4ステージ) の患者は、早期 (T1ステージ) の患者と比較して、腫瘍部位への好中球浸潤が有意に高かった (p<0.05)。この結果は、好中球浸潤が乳がんの病勢進行と正の相関を示すことを示唆する (Figure 1A,B)。
化学療法耐性乳がん患者における好中球関連遺伝子の高発現: ネオアジュバントdocetaxel治療を受けた乳がん患者のGSE6434データセット (n=24例) の解析では、docetaxel耐性患者は感受性患者と比較して、CXCR2 (MEAN(R)=208.089±69.761 vs MEAN(S)=136.445±19.809, p=0.00625)、CXCR1 (p=0.02477)、CXCL5 (p=0.03437)、およびMPO (p=0.01692) の発現が有意に高かった (Table 1)。CXCL1-3, CXCL7-8, IL17, NE (ELANE), CGも耐性患者で高い傾向を示したが、統計的有意差には達しなかった。ヒートマップ解析では、耐性患者群がCXCR2/CXCL5高発現クラスターを形成し、感受性患者群と明確に分離された (Figure 1C)。このことは、好中球動員シグナルが化学療法耐性の分子特徴として全体的に亢進していることを示唆する。
乳がん細胞由来因子による好中球生存延長とPCNAおよびCXCR2の関与:
Cl66 (親株)、Cl66-Dox (ドキソルビシン耐性株)、Cl66-Pac (パクリタキセル耐性株) の培養上清で処理された分化型および未分化型MPRO細胞 (n=3 replicates) は、無血清培地対照と比較してアポトーシスが有意に抑制され、生存が延長した (p<0.05p<0.0001)。特に、化学療法耐性株 (Cl66-Dox, Cl66-Pac) の培養上清は、Cl66親株と比較してさらに高い好中球生存延長効果を示した (p<0.05p<0.01) (Figure 2A,B)。メカニズム解析の結果、乳がん細胞培養上清処理好中球では細胞質PCNA (proliferating cell nuclear antigen) の発現が増加しており、PCNA依存的なアポトーシス耐性機序の活性化が示唆された (Figure 3A,B)。さらに、CXCR2阻害薬の処理によりこの生存延長が部分的に抑制されたことから、乳がん由来のCXCR2リガンドが好中球のアポトーシス抑制に重要な役割を果たすことが示された。
乳がん細胞による好中球のpro-tumorigenic機能活性化: Cl66培養上清で処理された好中球は、IL-1β、CCL2、CCL3、CCL4、iNOS、MMP9のmRNA発現を有意に増加させた (Figure 4A,B)。ゼラチンザイモグラフィーによりMMP9タンパク質活性の有意な増加が確認され (p<0.05)、SYTOX green染色ではNETs形成が培養上清処理により有意に増加した (p<0.01~p≤0.0001) (Figure 5A,B)。これらのpro-tumorigenicな変化はCXCR2シグナルに部分的に依存しており、CXCR2が好中球のpro-tumorigenic偏極全般の上流制御因子であることが示唆された。また、処理好中球の条件培地は乳がん細胞の遊走を促進し、この効果はMMP9阻害により部分的に抑制されたことから、好中球-MMP9-ECM分解-腫瘍遊走という腫瘍進展促進経路の存在が実証された。
化学療法耐性による好中球機能のさらなる増強とMMP9分泌亢進: 化学療法耐性Cl66-DoxおよびCl66-Pac培養上清は、親株Cl66と比較して好中球のMMP9分泌を有意に増強した (p<0.05)。ゼラチンザイモグラフィーでは、耐性株処理好中球のMMP9タンパク質活性は親株処理群と比較して明確に増大しており、特にCl66-Pac上清処理群ではCl66上清処理群と比較して約7倍のMMP9活性増加が観察された (Figure 6A)。NETs形成も耐性株上清でさらに増強する傾向を示した。このMMP9分泌亢進効果は、Cl66-DoxおよびCl66-Pac株でCXCL5発現がCl66親株より有意に高かった (p<0.05) ことと関連しており、CXCR2リガンド、特にCXCL5の高発現に依存していることが示唆された。これらの結果は、化学療法耐性獲得がCXCL5増加を介して好中球のMMP9およびNETs形成を増強し、これがECM分解と腫瘍遊走を促進することで、さらなる耐性化を誘導するというフィードフォワードループの存在を示唆する。
考察/結論
本研究は、乳がん細胞が分泌するCXCR2リガンドを主要なシグナルとして好中球を「教育」し、生存延長、pro-tumorigenicな偏極、MMP9およびNETs産生増強という腫瘍促進表現型へ変換することを示した。特に、好中球の生存延長には細胞質PCNA (proliferating cell nuclear antigen) 依存的なアポトーシス抑制メカニズムが関与しているという新規の知見が得られた。
先行研究との違い: これまでの研究では、好中球の腫瘍促進的役割が示唆されてきたが、本研究は乳がん細胞と好中球の相互作用が好中球の生存とpro-tumorigenicな機能に与える具体的な影響を、化学療法耐性という文脈で詳細に解析した点で、先行研究と異なる。特に、化学療法耐性乳がん細胞が親株と比較して好中球のMMP9分泌を最大7倍も増強するという事実は、これまで報告されていない重要な知見である。
新規性: 本研究で初めて、化学療法耐性乳がん細胞がCXCR2リガンド(特にCXCL5)の産生を増加させることで、好中球のMMP9分泌をさらに増強し、治療耐性とTMEのpro-tumorigenic化が相互に強化される悪循環が存在することを実証した。また、好中球の生存延長に細胞質PCNAが重要な役割を果たすというメカニズムを新規に同定した点も、本研究の重要な貢献である。
臨床応用: 本知見は、好中球浸潤と化学療法耐性の相関が、CXCR2阻害剤(例: SX-682)や抗Ly6G抗体などの好中球標的治療の乳がんへの適用根拠を強化する。化学療法中の血中好中球動態やCXCL5/CXCR2発現のモニタリングが、治療耐性予測バイオマーカーとして有用である可能性があり、CXCR2阻害と化学療法の最適な組み合わせの臨床試験での検証が、今後の重要な臨床応用への方向性となる。
残された課題: 本研究の主なin vitro実験系はマウスCl66細胞株を用いたものであり、ヒト乳がんへの直接的な一般化にはさらなる検証が必要である。GSE6434データセット (n=24) での発現解析はサンプル数が限られており、より大規模なコホートでの再現確認が求められる。また、好中球-乳がん細胞相互作用を特異的に遮断する戦略のin vivoでの有効性、ならびに腫瘍サブタイプ (ER+, HER2+, TNBC) 別の好中球応答の差異は未解明であり、今後の検討課題である。これらのlimitationを克服することで、より包括的な理解と治療戦略の開発が可能となるだろう。
方法
本研究では、ヒト臨床検体解析とin vitro機能解析を組み合わせた多層的なアプローチを採用した。
ヒト乳がん組織アレイ解析: ヒト乳がん組織アレイ (BR8015, US Biomax社製、80コア) を用いて、ミエロペルオキシダーゼ (MPO) 免疫染色を実施し、腫瘍微小環境における好中球浸潤の程度を評価した。MPO陽性細胞数を各コアでカウントし、腫瘍組織と正常組織、ならびに異なるTNMステージ間での好中球浸潤を比較した。
バイオインフォマティクス解析: GSE6434データベース (n=24例、ネオアジュバントdocetaxel治療を受けた局所進行乳がん患者) を利用し、化学療法耐性患者と感受性患者における好中球関連遺伝子 (MPO, ELANE, CXCR1, CXCR2, CXCL1-3, CXCL5, CXCL7-8, IL-17, iNOS, CG) の発現パターンを解析した。Heatmapperを用いてヒートマップを生成し、遺伝子発現プロファイルの差異を可視化した。
細胞培養と上清調製: マウス乳がん細胞株Cl66 (親株)、Cl66-Dox (ドキソルビシン耐性株)、Cl66-Pac (パクリタキセル耐性株) を培養し、無血清培地で24時間培養後に細胞フリー上清を回収した。これらの耐性株の樹立プロトコルは先行研究で詳細に記述されている Sharma et al. Cancer Lett 2016。マウス好中球細胞株MPRO (分化型および未分化型) およびヒト健常ドナー末梢血から分離した好中球を、これらの乳がん細胞上清または無血清培地 (SF) で処理した。MPRO細胞の分化はall-trans retinoic acid (ATRA) 10 µMで誘導した。
好中球生存アッセイ: MPRO細胞およびヒト好中球を乳がん細胞上清で処理後、アポトーシスおよび生存率をAnnexin V/PI染色とフローサイトメトリーにより評価した。WST試薬を用いた細胞生存率アッセイも実施した。
好中球機能解析:
- 遺伝子発現解析: 好中球を乳がん細胞上清で処理後、IL-1β、CCL2、CCL3、CCL4、IL-23、iNOS、MMP9のmRNA発現レベルをRT-qPCRにより測定した。Gapdhを内部標準として用いた。
- MMP9活性解析: 好中球培養上清中のMMP9およびMMP2タンパク質活性をゼラチンザイモグラフィーにより評価した。
- NETs形成アッセイ: SYTOX green染色および抗ヒストンH3抗体を用いた免疫蛍光染色により、NETs形成を評価した。
- PCNA発現解析: 好中球の細胞質PCNA発現をウェスタンブロットおよび免疫蛍光染色により評価し、好中球生存におけるPCNAの役割を検討した。
- CXCR2阻害実験: CXCR2阻害薬 (例えば、SB225002) を用いて、乳がん細胞上清による好中球の生存延長やpro-tumorigenic因子発現誘導におけるCXCR2シグナルの関与を検証した。
統計解析: データはGraphPad Prism 8.0ソフトウェアを用いて解析し、平均±SEMで示した。群間比較にはKruskal-Wallis一元配置分散分析(Tukeyの多重比較検定付き)またはMann-Whitney U検定、あるいは二標本t検定を用いた。p値が0.05未満を有意差ありと判断した。