- 著者: Roeltje R. Maas, Klara Soukup, Nadine Fournier, et al.
- Corresponding author: Johanna A. Joyce (University of Lausanne)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2023
- Epub日: 2023-09-21
- Article種別: Original Article
- PMID: 37769657
背景
脳腫瘍の微小環境 (TME) は多様な免疫細胞を含み、腫瘍関連マクロファージ (TAM) の豊富な存在が知られている。しかし、好中球 (腫瘍関連好中球: TAN) の役割はこれまで未解明な点が多かった。脳という特殊な組織環境が好中球の表現型や機能をどのように変化させるかについては不明であり、特にヒト患者での体系的な解析は皆無に等しかった。先行研究では、マウスモデルにおいて脳腫瘍におけるTANの腫瘍促進的役割が報告されているものの (Liu et al. 2013, Zhang et al. 2020)、マウスとヒトの好中球生物学には差異があることが指摘されており (Eruslanov et al. 2017)、ヒト脳腫瘍における包括的な解析が不足していた。また、がんの種類 (膠腫 vs. 脳転移) や突然変異状態 (IDH変異型 vs. IDH野生型) がTANに与える影響も不明であった。脳腫瘍TANの生存延長が免疫抑制や血管新生に関与するとすれば、その誘導因子の同定は治療標的として重要である。本研究は、これらの知識ギャップを埋めることを目的としている。特に、Quail et al. CancerCell 2017が提唱した脳腫瘍微小環境の概念を、好中球の視点から深く掘り下げることが重要である。さらに、Coffelt et al. Nature 2015は乳癌転移における好中球の役割を示したが、脳転移における詳細なメカニズムは未解明であった。このような知識の不足が、脳腫瘍における効果的な免疫療法の開発を妨げていた。
目的
本研究の目的は、ヒト脳腫瘍 (グリオーマおよび脳転移) における腫瘍関連好中球 (TAN) の表現型、機能、および転写プロファイルを系統的に解析することである。これにより、脳TMEが好中球を再プログラムする細胞・分子機序を解明し、特に腫瘍の種類(原発性対転移性)が好中球の挙動に与える影響を明らかにすることを目指した。具体的には、(1) ヒト脳腫瘍における好中球の豊富さを決定する要因、(2) TANが脳TME内でどこに局在し、どの細胞型と相互作用するか、(3) 特定の組織型や腫瘍型が好中球の表現型と機能をどのように規定するか、という問いに答えることを目指した。最終的に、脳腫瘍における好中球の役割を包括的に理解し、新たな治療標的を同定することを目的とした。
結果
脳腫瘍型別のTAN豊富度と活性化表現型: TANはIDH野生型グリオーマと脳転移 (BrM) で最も豊富であり、IDH変異型グリオーマでは少なかった (p<0.001)。末梢血好中球 (PBN) と比較して、TANはCD11B、CD15、CD66B、S100A9、PD-L1が高発現し、CD62L、CXCR1、CXCR2は低下した (p<0.0001)。MMP9とArginase 1はタンパク質レベルで低下し、細胞外への分泌を示唆した。これらの表現型変化はBrMとグリオーマ間に大きな差はなく、脳という組織環境そのものによる共通の変化と解釈された (Figure 1G)。PD-L1の発現増加は、T細胞の抑制だけでなく、好中球のアポトーシス遅延にも寄与する可能性が示唆された。
転写プロファイルの組織特異性と腫瘍特異性の階層構造: RNA-seqによる主成分分析でTANはPBNと明確に分離し (腫瘍治療歴、グレード、変異状態に非依存的)、脳組織環境の影響を受けた転写変化が主体であった (Figure 2A)。非腫瘍脳好中球は代謝遺伝子 (OLR1、ALOX15B、CH25H) と神経栄養因子関連遺伝子 (NR4A1-3、RAB3IL1) が高発現し、脳微小環境への適応を示した。BrM TANはグリオーマTANと比較して炎症シグナリング (特にTNF-αシグナル) および免疫応答経路が著明に亢進しており (247遺伝子がBrM特異的に高発現、30遺伝子のみグリオーマ特異的)、乳癌BrMでは細胞周期関連、肺癌BrMでは炎症シグナリング経路の優位性が認められた (Figure 2G)。TP53/KRAS変異BrMのTANはWTより炎症シグナルが更に亢進し、腫瘍遺伝子変異がTAN転写プロファイルに影響することが示された (Figure S2L)。これは、腫瘍細胞の遺伝子変異がTANの転写プロファイルを直接的または間接的に変化させる可能性を示唆している。
ROS産生能の組織依存的変化: BrM患者の末梢血PBNは健常ドナー (HD) およびグリオーマ患者より有意にROS産生が高かった (n=51 patients、p<0.05)。一方、脳内TANはmatched PBNよりROS産生が著明に低下していた (グリオーマ・BrM共通、p<0.001) (Figure 3F)。この抑制は可逆的な成分を含み、TANをTMEから分離すると即座にROS回復が認められた (TME由来可溶性因子の関与示唆)。RNA-seqでNADPH酸化酵素サブユニット (NCF1/2/4) が低下し、グルタチオン系 (GCLC/GCLM/GPX3/8) およびペルオキシレドキシン (PRDX1/2/4) 、SOD (SOD1/2/3) が誘導されており、転写レベルでもROS抑制機構の活性化が確認された (Figure 3G)。これは、脳TMEが好中球の細胞傷害性を抑制する防御機構として機能している可能性を示唆する。
PD-L1+TANとPD-1+CD8+ T細胞の空間的近接および血管新生促進機能: Sequential IFによる空間解析で、CD4+ T細胞、Treg、CD8+ T細胞はTANに有意に近接していた (p<0.0001) (Figure 4C)。PD-L1+ TANはPD-1+ CD8+ T細胞に最も近接しており、PD-1+ CD8+ T細胞ニッチ内で最も豊富なPD-L1+細胞はTANであった (免疫抑制機能の示唆) (Figure 4E)。TANは血管周囲ニッチ (PVN、CD31+血管から20μm以内) に優先的に局在し、特に大型・増殖中の内皮細胞に近接していた (p<0.0001) (Figure 4G)。IDH野生型グリオーマおよびBrMでPVN内TANを含む血管はform factor (円形度) が低く (変形・拡張した機能不全血管)、vessel deformityはTAN pro-angiogenic遺伝子発現と有意に相関 (Pearson r=0.65) した (VEGFA、THBD、ICAM1高発現) (Figure 4J)。これは、TANが血管新生を促進し、腫瘍血管の異常形成に寄与していることを示唆する。
脳TMEによるTAN寿命延長と表現型誘導の分子機序: マウスモデル (n=10 mice) でBrM TANはPBNより生存延長を示した (24時間後最大80%が生存、PBNは24時間後大半が死亡) (Figure 5A)。iLy6GtdTomマウスのin vivo半減期追跡で、BrM・GBM内TANは非腫瘍脳好中球より平均寿命が延長し、延長した最大寿命を持つサブセットの存在が確認された (Figure 5B, 5C)。PBNをMEC (CD66B-細胞) と共培養するとTAN様表現型が誘導され (CD11B/CD66B増加、CD62L低下)、MEC-CM (n=25 HD PBNs) のみでも生存延長、ROS抑制、TAN様表現型が再現された (Figure 5I, 5J, 5K)。腫瘍細胞CM (TCM) では効果なし (骨髄系細胞が主要誘導源)。1,000タンパク質アレイで51種のMEC特異的タンパク質を同定し、インタラクションネットワーク解析でTNF-α、Ceruloplasmin (CP) が中心ノードとして同定された (Figure 6D)。TNF-αはCD11B/CD66B発現増加とTAN様表現型の部分誘導、CP単独でもCD11B/CD66B増加、ROS抑制、生存延長を誘導し、二者の組み合わせでCXCR2減少も追加されTAN表現型が更に増強された (Figure 6F)。RNA-seq解析でこれら炎症性因子の主要産生細胞はTAM (MDM/MG) であり、好中球自身もCXCR2、IL-9、CP等を産生することが示された (Figure 7C)。
考察/結論
本研究は、190例超の多様なヒト脳腫瘍における最初の体系的なTAN解析であり、ヒト脳組織での好中球組織特異性を初めて実証した。脳組織環境それ自体が好中球転写プロファイルに最初の変化をもたらし、腫瘍TMEがその上にさらなる腫瘍特異的変化 (特にBrMで顕著な炎症シグナル亢進) を加える二層構造が解明された。この発見は、TAM、MG、T細胞などの他の脳TME細胞集団でも報告されている「組織+疾患環境による転写二重刻印」と一致する (Klemm et al. 2020, Friebel et al. 2020)。
先行研究との違い: これまでの研究では、主にマウスモデルでのTANの役割が報告されていたが、本研究はヒト患者サンプルを用いた大規模な解析により、脳TMEにおけるTANの多様な表現型と機能、特に脳転移における炎症シグナルの顕著な亢進を明らかにした点で、先行研究と異なる。また、Quail et al. CancerCell 2017が提唱した脳腫瘍微小環境の概念を、好中球の視点から深く掘り下げた。
新規性: 本研究で初めて、脳TMEが好中球の寿命を延長し、免疫抑制的かつ血管新生促進的な表現型を誘導するメカニズムを、可溶性因子であるTNF-αとCeruloplasmin (CP) が中心的な役割を果たすことを新規に同定した。また、Coffelt et al. Nature 2015が乳癌転移で示した好中球の役割を、脳転移の文脈で詳細に解析した。さらに、iLy6GtdTomマウスを用いたin vivoでの好中球動態解析を、がんモデルに初めて適用した点も新規性がある。
臨床応用: 本知見は、TANが脳TMEで取得する免疫抑制的 (PD-L1高発現、ROS抑制) および血管新生促進的機能が腫瘍保護的であると解釈され、TNF-α、CP、IL-8/G-CSFなど骨髄系ニッチ由来の可溶性因子を標的とすることでTAN再プログラミングを阻止できる可能性を示唆する。特にTNF-α阻害 (TMEでの選択的阻害) はTAN表現型の部分的な正常化に有効であることがex vivoで示された。これらの知見は、脳腫瘍に対する新規免疫療法の開発に繋がる臨床的意義を持つ。
残された課題: 今後の検討課題として、in vivoでの骨髄系ニッチ標的介入の評価、早期脳腫瘍でのTAN動態、およびCAR-好中球 (ROS産生強化) との比較研究が挙げられる。また、本研究で同定された可溶性因子以外にも、脂質や代謝物など、TANの表現型を完全に誘導するために必要な追加因子の特定が残されている。これらのlimitationを克服し、より包括的な理解を深めることが今後の研究の方向性となる。
方法
本研究では、192例超の患者サンプル(非腫瘍脳、IDH変異型グリオーマ、IDH野生型グリオーマ、乳癌/肺癌/その他由来脳転移)から腫瘍微小環境細胞 (MEC) を酵素消化法で単離した。単離した細胞に対して、フローサイトメトリー (39マーカーパネル) および蛍光免疫組織化学 (sequential IF) を用いて表現型解析を行った。好中球の転写プロファイルを解析するため、FACS分取した好中球および対応する末梢血好中球 (PBN) を用いてバルクRNA-seqを実施した。RNA-seqデータは、STAR (Dobin et al. Bioinformatics 2013) を用いてアライメントし、RSEM (Li et al. BMCBioinformatics 2011) で定量化した。差次的発現解析にはedgeR (Robinson et al. Bioinformatics 2010) およびlimma (Ritchie et al. NucleicAcidsRes 2015) パッケージを用いた。
機能実験として、ROS産生能アッセイ、アポトーシスアッセイ、およびT細胞共培養サイトカイン測定を実施した。TANの調節因子を同定するため、MEC-conditioned media (MEC-CM) を用いた1,000タンパク質アレイ解析を行った。空間解析では、sequential IFとQuPath (Bankhead et al. SciRep 2017) を用いて、TANの局在と他の細胞型との近接性を20μm半径内で定量的に評価した。
マウスモデルとして、乳癌脳転移モデルおよびGBMモデルを確立し、iLy6GtdTomマウスを用いてin vivoでのTAN動態と寿命を検証した。これらのマウスモデルはC57BL/6J系統をベースとしている。PBNをMEC (CD66B-細胞) と共培養し、TAN様表現型の誘導、生存延長、ROS産生抑制を評価した。統計解析にはWilcoxon rank-sum test、Wilcoxon signed-rank test、混合効果モデル、Pearson相関分析を用いた。特に、ROS産生能の評価にはDPI (diphenyleneiodonium) や PMA (phorbol 12-myristate 13-acetate) などの薬剤を用いた。