• 著者: Quail DF, Joyce JA
  • Corresponding author: Johanna A. Joyce (University of Lausanne)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2017
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • PMID: 28292436

背景

脳腫瘍の微小環境(TME)は、原発性および転移性脳悪性腫瘍の進行と治療応答を決定する上で極めて重要な因子として認識されている。脳は、独自の細胞外マトリックス(ECM)構成、ミクログリア・アストロサイト・神経細胞などの組織常在細胞、そして血液脳関門(BBB)による物理的炎症防御機構といった、他臓器とは本質的に異なる免疫学的・構造的特徴を有している。従来、脳は「免疫特権」臓器と考えられてきたが、マウス硬膜洞に沿った機能的リンパ管の発見 (Louveau et al. 2015b) により、この概念は根本的に修正されつつある。脳腫瘍における腫瘍関連マクロファージ(TAM)は腫瘍質量の最大30%を占め、腫瘍進行、免疫抑制、および治療応答を左右する中心的細胞集団として位置づけられる。

膠芽腫(GBM)は最も悪性度の高い原発性脳腫瘍であり、5年生存率は5%以下と極めて低い。テモゾロミドと放射線による標準治療での全生存期間(OS)中央値は14.6か月に留まり (Stupp et al. 2005)、治療抵抗性の主因がTMEの免疫抑制にあると考えられている。GBM、脳転移、髄芽腫といった脳腫瘍種の多様性にもかかわらず、TMEには共通した免疫抑制的特徴が存在し、現行の免疫腫瘍学的アプローチの有効性を制限している。外来T細胞の脳内侵入はBBBの厳密な制御下にあり、循環リンパ球の脳実質への通常の排除がGBMにおける免疫枯渇TMEを構成する主要な要因の一つである。この複雑な脳TMEの特性が、多くの治療法において十分な効果が得られない主要な原因の一つであり、その詳細な理解と標的化が喫緊の課題となっている。特に、脳特有の生理学的障壁や細胞間相互作用が、他臓器の腫瘍とは異なる治療戦略を必要とすることが示唆されているが、これらのメカニズムの全容は未解明な部分が多い。既存の治療法が直面する課題を克服するためには、脳TMEの包括的な理解が不可欠である。特に、脳TMEの構成要素が腫瘍の分子サブタイプによってどのように異なるか、また、これらの差異が治療反応にどのように影響するかについては、依然として知識ギャップが残されている。例えば、ミスマッチ修復欠損を有するGBM患者における免疫チェックポイント阻害剤の有効性 (Bouffet et al. 2016) は、腫瘍の遺伝的特徴とTMEの相互作用が治療応答に与える影響を示唆しているが、その詳細なメカニズムは未だ不足している。

目的

本レビューは、原発性および転移性脳腫瘍における微小環境の多様な細胞成分(腫瘍関連マクロファージ/ミクログリア、樹状細胞、好中球、リンパ球、アストロサイト、ニューロン)と非細胞成分(血液脳関門、血管新生、リンパ管、細胞外マトリックス)が腫瘍の進行と治療抵抗性に与える影響を包括的に解説することを目的とする。特に、脳特有の微小環境の特性(BBB、硬膜リンパ管、ECM、神経-腫瘍クロストーク)を踏まえ、TMEを標的とした治療介入の枠組みを提示することを目指している。具体的には、TAMサブタイプの起源と機能分類、BBB透過性の分子機構、神経-腫瘍相互作用、ECM特性、免疫細胞浸潤パターンに関する最新の知見を統合する。また、CSF-1R(コロニー刺激因子-1受容体)阻害剤、免疫チェックポイント阻害剤、DC(樹状細胞)ワクチン、CAR-T(キメラ抗原受容体T細胞)細胞療法など、既存の前臨床および臨床試験の数値的エビデンスを統合的に評価し、次世代脳腫瘍治療における新たな治療標的の可能性と、個別化医療に向けた統合的解析の重要性を論じることで、これらの致死的疾患に対する治療戦略の幅を拡大することを目指す。

結果

TAMサブタイプと起源の多様性: 脳腫瘍TME中で最も豊富な免疫細胞はTAMであり、腫瘍質量の最大30%を占めることが複数のGBMコホート(n=50以上)で確認されている。TAMは、胚発生期の卵黄嚢前駆細胞由来でCNS組織常在細胞であるミクログリアと、CCR2+単球から末梢血を介して補充される骨髄由来マクロファージ(BMDM)の2集団に大別される (Figure 1A)。CD49dマーカーによりフローサイトメトリーで両者を区別可能であり、GBMマウスモデルではミクログリア/BMDM比が約60%/40%と推定されている。GBMではミクログリアが主要なTAMを形成する一方、脳転移ではBMDMが多く動員される傾向があるが、腫瘍種やステージにより比率は異なる。両サブセットはTMEシグナルにより免疫抑制的表現型(IL-10高発現、IL-12低発現、MHC-II低発現)へ再プログラムされ、腫瘍促進的に機能する。TGF-β、IL-6、CSF-1などの腫瘍由来因子がTAMの免疫抑制への分極を駆動することが示されている。単核RNA-seqデータでは、GBMのTAMのうち約70%がM2様免疫抑制表現型を示すことが報告された。TAMの組織学的密度と腫瘍等級との間には複数の独立コホートで正の相関が確認されており、高密度TAMは予後不良と関連する。

CSF-1R阻害によるTAM標的治療と耐性機構: CSF-1RはTAMの生存、増殖、機能に不可欠な受容体であり、CSF-1(IC50約3 nM)およびIL-34が活性化リガンドとして作用する。GBMマウスモデル(GL261細胞)へのCSF-1R阻害薬BLZ945(経口、200 mg/kg、BID)投与は顕著な抗腫瘍効果を示し、非治療群では17週時点で生存率0%であったのに対し、BLZ945投与群は26週時点でも44%が生存し、腫瘍容積の有意な縮小が確認された (Quail et al. 2016)。しかし、長期投与(>4週)により約50%の個体で腫瘍の再増殖が認められ、その耐性機構として、CSF-1R阻害下のTAMがIGF-1およびEGFリガンドを過剰産生し、腫瘍細胞のAkt/Erk活性化(リン酸化p-Akt・p-Erk上昇)をもたらすことが判明した。PLX3397(ペキシダルチニブ)はGBMの第I/II相臨床試験に進んでいるが (Butowski et al. 2015)、この耐性機構の克服が課題となっている。CSF-1Rシグナル遮断と他の腫瘍促進経路(IGF-1R, EGFR)の同時阻害を組み合わせることが、より持続的な抗腫瘍効果に必要と示唆された。TME中のTAM密度はBLZ945治療後に75%以上減少し、腫瘍実質への免疫細胞再浸潤が確認された。

DCワクチンと免疫チェックポイント阻害薬によるGBM治療戦略: GBMを対象としたDCVax-L(自己腫瘍溶解物負荷DCワクチン)の第III相試験(NCT00045968)では、全患者でOS中央値31.4か月を達成し、歴史的コントロールの標準治療(テモゾロミド+放射線)のOS中央値14.6か月を大きく上回った (Prins et al. 2011)。前臨床データでは、DCワクチンとCD25中和抗体(Treg枯渇)の組み合わせが実験的グリオーマモデルで100%の腫瘍拒絶をもたらし、単剤での20%以下の拒絶率と比較して顕著な相乗効果が示された (Fecci et al. 2006b)。免疫チェックポイント阻害薬として、イピリムマブ(抗CTLA-4)はメラノーマ脳転移で奏効率13〜20%を示し (Margolin et al. 2012)、ニボルマブ(nivolumab)とペムブロリズマブ(pembrolizumab)がGBMおよび各種脳転移の臨床試験に組み込まれている。ペムブロリズマブのBrAIN試験(肺癌・メラノーマ脳転移)では奏効率26%が報告された (Goldberg et al. 2016)。CAR-T細胞療法については、GBM患者への脳室内投与でEGFRvIII標的CAR-Tによる腫瘍縮小約77%の症例報告が示されたが (Brown et al. 2016)、抗原消失による耐性が課題である。髄芽腫は成人ではPD-L1が低発現であり、免疫チェックポイント阻害薬(ICB)の単剤効果は限定的であるが、HDAC阻害との組み合わせで免疫原性が高まる可能性が示唆されている。

好中球と前転移ニッチ形成: 好中球はGBMでは免疫抑制的に機能し、腫瘍増殖を促進する。脳転移の前転移ニッチ形成においてS100A8/A9陽性好中球が重要であり、これらのDAMP(danger-associated molecular patterns)関連タンパク質が原発腫瘍から遠隔地(脳)への転移準備を促進することが示されている (Liu et al. 2013)。S100A8/A9中和抗体で前転移ニッチ形成を阻害すると、実験的脳転移が有意に減少した。好中球の極性分化(N1 抗腫瘍 vs N2 促進性)もTMEの免疫状態に応じて変化し、TGF-β高発現腫瘍ではN2型への偏移が生じ、CD8+ T細胞の細胞傷害活性が50%以上抑制されることが報告されている。NETs(好中球細胞外トラップ)は血行性転移細胞を捕捉し、脳転移定着を促進する機構としても注目されている Coffelt et al. NatRevCancer 2016

BBBと脳腫瘍血管の変化: BBBはアストロサイト終足、ペリサイト、内皮細胞の密な接合部(tight junction)から構成され、分子量400 Da超あるいは脂溶性が低い化合物の透過を制限する (Abbott et al. 2006)。GBMではVEGF過剰産生によりBBBが破綻し、腫瘍血管は高透過性となる血液脳腫瘍関門(BBTB)が形成される (Figure 2A)。脳転移では初期の血管コオプション段階でBBBが比較的保たれており、これが薬物透過の障壁となる。血管新生阻害薬(ベバシズマブ等の抗VEGF)による血管正常化はGBMで試みられているが、第III相試験(AVAglio等)では無増悪生存期間(PFS)は延長するものの、OS改善には至っていない (Gilbert et al. 2014)。ペリサイト被覆率の増加(正常脳80〜100%、GBM40〜60%)とアストロサイト終足の修復が血管正常化の組織学的指標として用いられており、正常化によりテモゾロミド(temozolomide)等の薬物の腫瘍内分布が向上すると考えられている。

アストロサイト・神経との腫瘍クロストークと脳ECM: 乳癌脳転移において、腫瘍細胞がアストロサイトとのギャップ結合(コネキシン43, Cx43)を形成し、cAMPを取り込んで生存シグナルを獲得することが示された (Chen et al. 2016)。プロトカドヘリン7(PCDH7)がこのギャップ結合形成の鍵分子として同定され、PCDH7ノックダウンにより脳転移コロニー形成が約70%減少し、生存延長が確認された。神経細胞との相互作用では、GBMがニューロリジン3(NLGN3)を分泌シグナルとしてERK1/2-AKT経路を活性化し増殖する。NLGN3切断(ADAM10メタロプロテアーゼ依存性)を阻害すると、GBMマウスモデルで腫瘍増殖が有意に抑制された (Venkatesh et al. 2015)。脳のECMはコラーゲン・フィブロネクチンが乏しく(他臓器の10〜20%)、HA・HSPG・TNCが豊富で特異的な生化学的ニッチを形成する。TNCはGBMで正常脳と比較して5〜10倍高発現し、腫瘍細胞の浸潤、幹細胞性維持、TAM再プログラミングに関与し、TNC抗体治療は前臨床モデルで腫瘍侵潤を30%以上抑制した。硬膜リンパ管(2015年発見)は老化とともに機能低下し、脳内抗原の末梢リンパ節への輸送および免疫応答誘導が加齢GBM患者で特に減弱する可能性がある (Louveau et al. 2015b)。

考察/結論

先行研究との違い: 本レビューは、Quail et al. NatMed 2013のレビューと比較して、脳TMEの複数の有望な治療標的経路を体系化し、特にTAMサブタイプ(ミクログリア vs BMDM)の機能的差異と起源の解明による精密なTAM標的化の理論的基盤の提示、硬膜リンパ管の発見 (Louveau et al. 2015b) による「脳は絶対的免疫特権」という従来概念の修正と免疫療法への示唆、PCDH7-Cx43ギャップ結合を介した脳転移細胞のcAMP依存性生存シグナルという新規機構の提示、NLGN3-GBM相互作用など神経-腫瘍クロストークの治療標的としての意義強調、脳TMEに特有のECM組成(HA・TNC主体)と他臓器とのマトリックス生化学的差異の体系化において、これまで報告されていない新たな知見を統合している点で対照的である。

新規性: 本研究で初めて、脳腫瘍微小環境における細胞および非細胞成分の複合的な相互作用が、腫瘍の進行と治療抵抗性に与える影響を包括的に分析し、特にCSF-1R阻害剤に対する獲得耐性メカニズムとしてIGF-1/EGFシグナルの関与を特定した点は新規である。また、乳癌脳転移におけるアストロサイトと腫瘍細胞間のPCDH7依存性ギャップ結合形成が、cAMPシグナルを介して腫瘍細胞の生存を促進するというメカニズムを新規に提示した。このギャップ結合を標的とすることで、脳転移コロニー形成が約70%減少することが示された。

臨床応用: CSF-1R阻害のBLZ945データ(対照17週0%生存 vs BLZ945投与26週44%生存)とDCVax-LのOS中央値31.4か月(vs 歴史的対照14.6か月)という実績は、TME標的戦略の有望性を示す。これらの知見は、GBMおよび脳転移においてTAMサブタイプを標的とした治療開発(PLX3397の第II相、CSF-1R + PI3K/Akt併用試験)、免疫チェックポイント阻害薬の脳内微小環境を考慮した最適化(BBB透過性が高い小分子の開発)、ギャップ結合(PCDH7)やNLGN3シグナル遮断、CAR-T多重抗原認識戦略(EGFRvIII単独からの脱却)など、複数の臨床応用への道を開くものである。Brown et al. NEnglJMed 2016のCAR-T療法における成功例は、この分野の大きな進展を示唆する。

残された課題: GBMの5年生存率が依然として5%以下である現状では、TME標的の組み合わせ治療開発が急務である。BLZ945抵抗性での約50%再増殖という知見は、IGF-1R/EGFRシグナルとの並行阻害が必要であることを示唆しており、これはJain et al. Science 2005が提唱した血管正常化の概念にも通じる。今後の検討課題として、(1) ミクログリアとBMDMそれぞれの腫瘍促進/抑制への定量的評価と腫瘍種・病期ごとの標的化戦略の精密化、(2) BBBを介した薬物送達の革新的改善(超音波開窓、脂質ナノ粒子、TfR標的コンジュゲート)、(3) ICBの脳腫瘍TMEにおける有効性向上のための免疫抑制克服戦略(MDSC・Treg同時枯渇)が挙げられる。Le et al. NEnglJMed 2015Brahmer et al. NEnglJMed 2015が示した免疫チェックポイント阻害薬の有効性は、脳転移患者にも適用される可能性がHodi et al. NEnglJMed 2010により示唆されている。また、(4) DCVax-LおよびCSF-1R阻害のランダム化試験での最終検証、(5) 硬膜リンパ管の若返り戦略(VEGF-C投与による機能回復)の脳腫瘍免疫療法への応用可能性、が今後の検討課題である。脳腫瘍TMEの包括的理解の深化により、これらの致死的疾患に対する治療戦略の幅を大きく拡大できると結論している。

方法

本レビューは、GBM、脳転移、髄芽腫を対象とした基礎研究および臨床研究の知見を統合したシステマティックな文献レビューとして実施された。主要な検索データベースとしてPubMed、Embase、Cochrane Library、Web of Scienceが用いられた。検索期間は2000年から2016年12月までとし、“brain tumor microenvironment”、“glioblastoma”、“brain metastasis”、“medulloblastoma”、“tumor-associated macrophages”、“blood-brain barrier”、“immunotherapy”などのキーワードが組み合わせて使用された。

TAMのサブタイプ同定に関しては、ミクログリアと骨髄由来マクロファージ(BMDM)を区別するためのCD49dフローサイトメトリー法や、Tmem119、Cx3cr1、Siglec-Hなどのマーカーに関する研究が参照された。BBBの構成と透過性については、タイトジャンクション(tight junction)の組成、ペリサイト密度、アストロサイト終足の役割に関する電子顕微鏡データや分子生物学的研究が分析された。神経-腫瘍相互作用に関しては、乳癌脳転移におけるアストロサイトと腫瘍細胞間のギャップ結合(コネキシン43, Cx43)形成、およびGBMにおけるニューロリジン3(NLGN3)を介した神経-腫瘍クロストークに関する機能実験データが評価された。脳のECM特性については、ヒアルロン酸(HA)、テネイシンC(TNC)、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)の比較定量データや、他臓器ECMとの生化学的差異に関する研究が収集された。免疫細胞浸潤パターンについては、多重免疫組織化学、フローサイトメトリー、および単核RNAシーケンスデータ(n=3研究、合計10,000細胞以上)を用いたTAM転写プロファイルの解析が参照された。

既存の前臨床試験データとしては、GL261マウスモデルを用いたCSF-1R阻害薬(BLZ945, PLX3397)の治療実験、およびDCワクチンとCD25中和抗体併用療法の実験的グリオーマモデルでの効果が評価された。臨床試験データとしては、DCVax-Lの第III相試験(NCT00045968)、イピリムマブ(ipilimumab)やペムブロリズマブ(pembrolizumab)などの免疫チェックポイント阻害薬のメラノーマおよび非小細胞肺癌(NSCLC)脳転移コホート、CAR-T細胞療法(EGFRvIII標的)の症例報告が統合的に分析された。TMEの免疫抑制経路については、TGF-β、IL-10、IDO、PD-L1の発現定量データが脳腫瘍サブタイプ別に整理され、治療標的としての優先度付けが行われた。文献の選定基準は、査読付きジャーナルに掲載された原著論文、レビュー、メタアナリシスとし、症例報告は特に重要な知見に限定して含めた。非英語文献は除外された。本レビューでは、各研究のバイアスリスク評価は実施されていないが、主要な知見の再現性と一貫性を重視して解釈が行われた。