• 著者: Arie J. Hoogendijk, Farzin Pourfarzad, Cathelijn E.M. Aarts, Anton T.J. Tool, Ida H. Hiemstra, Luigi Grassi, Mattia Frontini, Alexander B. Meijer, Maartje van den Biggelaar, Taco W. Kuijpers
  • Corresponding author: Taco W. Kuijpers (Amsterdam UMC, University of Amsterdam, Amsterdam, the Netherlands)
  • 雑誌: Cell Reports
  • 発行年: 2019
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 31747616

背景

好中球はヒト末梢血白血球の50〜70%を占める自然免疫系の主力細胞であり、貪食、活性酸素種 (ROS) 産生、脱顆粒、好中球細胞外トラップ (NETs) 形成といった強力な殺菌機能を持つ。骨髄では前骨髄球 ([P]M) から成熟分葉核好中球 (PMN) への段階的分化が起きるが、この過程でのRNA発現とタンパク質量の動態的相関は十分に解明されていなかった。好中球は、骨髄内でミエロペルオキシダーゼ (MPO)、エラスターゼ (ELANE)、カテプシンG (CTSG) などの毒性の高い顆粒タンパク質を大量に蓄積しながらも、骨髄ニッチへの傷害を回避するバランスの取れた機序を持つことが知られている。しかし、この顆粒タンパク質の合成と貯蔵の分子メカニズム、特にRNA発現とタンパク質レベルの間に見られる不一致 (RNA-protein discordance) の全容は未解明であり、重要な研究課題として残されていた。多くのRNAがタンパク質量の代理指標として不十分である可能性は、依然として知識ギャップとして認識されている。

近年、質量分析ベースのプロテオミクス技術の発展により、大規模かつ定量的なタンパク質解析が可能となり、マルチオミクス統合による好中球成熟の包括的理解が現実的になった。先行研究では、Rieckmann et al. (2017) がより多くのタンパク質を定量したが、多様な細胞型の混在による非好中球タンパク質の混入があった。これに対し、本研究はフローサイトメトリー (FACS) で精製した発生段階別サブセットを使用することで、より信頼性の高いデータを提供することを目指した。好中球分化におけるRNAとタンパク質の動態的ネットワークの解明は、好中球の機能獲得と、その代謝・生合成能の喪失という逆説的な現象の理解に不可欠である。この知識ギャップを埋めることは、好中球関連疾患の病態解明や新規治療戦略の開発に繋がる可能性がある。特に、好中球の「使い捨て」細胞としての特性を分子レベルで理解することは、免疫応答におけるリソース配分の効率性を考察する上で重要である。本研究は、Rørvig et al. (2013) による顆粒タンパク質のアノテーションに関する先行研究の知見をさらに深めることを目指した。

目的

本研究の目的は、ヒト骨髄および末梢血から分離した5段階の好中球分化サブセット(前骨髄球/骨髄球 ([P]M)、後骨髄球 (MM)、桿状核球 (BN)、分葉核骨髄球 (SN)、末梢血好中球 (PMN))について、質量分析ベースの定量プロテオミクスとトランスクリプトミクスを統合解析することである。これにより、骨髄系分化と好中球特異的プログラミングにおけるRNAとタンパク質の動態パターンを網羅的に明らかにし、特にRNAとタンパク質の動態の不一致が顆粒タンパク質の機能的アノテーションにどのように寄与するか、また、成熟好中球における代謝・生合成能の低下(「同化能の崩壊 (anabolic collapse)」)が、走化性、接着、細胞傷害性タンパク質産生、活性酸素種 (ROS) 生成といった好中球機能の獲得とどのように同期するのかを解明することを目指した。最終的に、好中球分化の分子メカニズムに関する包括的なリファレンスデータセットを提供することを目的とする。

結果

プロテオームプロファイルと分化段階の定量的分離: 主成分分析 (PCA) (LFQ値ベース) により、5つの発生段階が明確に分離され、特に[P]Mが他の4段階と最も異なる位置を占めた (Figure 2A)。SNとPMNは隣接しており、骨髄貯留プールと血中好中球のタンパク質レベルでの違いは小さいことが示された。Pearson相関係数解析では、分化段階間のプロテオーム相関は高く保たれたが、最初と最後の分化段階間でやや低下した (Figure 2B)。全発生段階で7桁以上のタンパク質コピー数の幅があり、成熟PMNでは上位3タンパク質 (S100A8: 3.0×10^8 copies/cell、S100A9: 3.1×10^8 copies/cell、HIST1H4A: 1.9×10^8 copies/cell) が全タンパク質コピー数の約25%を占めた。S100A8/9複合体はサイトゾルタンパク質の約40%に相当し、好中球の極端なタンパク質組成の偏りが定量的に実証された。ELANEの絶対コピー数は5.3×10^7 (IQR 4.6×10^7〜5.6×10^7) copies/cellであり、これはELISAによる従来推定値1.6 pg/cellとほぼ一致した (実測値換算で約2.5 (2.2〜2.6) pg/cell)。

差次発現タンパク質874個の動態パターン: ANOVA (FDR=5%、S0=0.4) により、874タンパク質が分化段階依存的に有意変動した (Figure 2E)。このうち減少クラスター (cluster 1) が562個、増加クラスター (cluster 2) が312個であり、好中球分化はタンパク質機能の獲得よりも喪失が主体であることが示された。変動は単調増加または単調減少パターンのみで、中間段階のみでピークまたはトラフを示すタンパク質は観察されなかった。ラクトフェリン (LTF)、MMP8、MMP9、NCF1は成熟に伴い増加したのに対し、ELANEは[P]M段階で既に最大発現に達していた。PMNのトップ50タンパク質には、主要顆粒タンパク質 (LTF、CTSG、LYZ、CAMP、ELANE、MPO、AZU1、MMP9、BPI) の他、ヒストン、S100タンパク質、アネキシンが上位を占めた (Table 1)。

RNA-タンパク質動態の不一致 (discordant dynamics): WGCNA解析の12モジュール (ME1〜ME12) のうち、転写-タンパク質が協調的に増減する一致パターン (concordant) が70%超 (ME1〜ME4) であったのに対し、約30% (ME5〜ME12) は不一致 (discordant) パターンを示した (Figure 3C)。最も顕著なdiscordantパターンは、RNA発現が分化中に低下しながらタンパク質量は高いまま維持される「タンパク質貯蔵・隔離型」で、一次顆粒タンパク質 (MPO・ELANE等のアズール顆粒成分) に典型的であった (ME6、ME7、ME10)。逆に、RNA発現が増加しながらタンパク質量が減少するパターン (ME5、ME8) や安定するパターン (ME11、ME12) も認められた。ME6は特異的顆粒 (SG) タンパク質を特異的に濃縮し、その中の121転写-タンパク質ペアのうち76は顆粒タンパク質、22は他機能、23は未アノテーションで潜在的な新規SGタンパク質候補とされた (Figure 6D, E)。成熟PMNでは、有意割合のタンパク質がFPKM<1 (検出限界以下の低RNA量) であり (p<0.001; Figure S1E)、RNA量では到底説明できないタンパク質の存在が実証された。

「Anabolic collapse」の逆説的同期と機能獲得: MitoCarta 2.0由来338タンパク質、RECON1由来369タンパク質、RNA結合タンパク質 (RBP) 由来460タンパク質が分化中に有意変動し、いずれも主に発現減少 (ME1) を示した (Figure 4A, B)。ミトコンドリア形態は丸型から管状への変化が観察され (Figure 4C)、酸化的リン酸化タンパク質 (複合体I〜V)、TCAサイクル酵素 (OGDH、SDHA、SUCLG2、IDH2、ACO2)、リボソームタンパク質、DNA複製関連タンパク質 (MCM複合体6タンパク質全て) が急激に減少した。同時に、Gタンパク質共役型受容体 (GPCR) (CXCR1、CXCR2、C5AR1が[P]M→PMNで漸増、全てp<0.001) (Figure 5A, B)、細胞骨格成分 (Arp2/3複合体: ARPC1B、ARPC2が増加)、接着分子 (CD44) は逆に発現増加し、走化性 (C5aまたはPAF刺激で3µmフィルターを通過する細胞数の増加; n=3 biological replicates) (Figure 5C)、接着能 (G-CSF、LPS、PAF、fMLP、PMA等10刺激条件でn=3 biological replicates) (Figure 5D) も成熟に伴い向上した。この「同化能の完全崩壊 (anabolic collapse) と機能獲得の逆説的同期」が定量的に明示された。

顆粒タンパク質のtargeting-by-timingとRNA-protein discordanceの機能的利用: 一次顆粒 (アズール顆粒: AG、MPO・ELANE等) は[P]M段階以前に合成が開始されるが、タンパク質量は成熟後も高位を維持しRNAとdiscordantである (Figure S5)。特異的顆粒 (SG) は後骨髄球段階で最大RNA発現を示し (ME6)、好中球の発達段階が顆粒の組成を決める「targeting by timing」の原理をRNA/タンパク質両方のデータで直接支持した。顆粒サブタイプ (AG、SG、GG/FG、SV) は異なるWGCNAモジュールに濃縮され (Figure 6A, B)、それぞれ独自のRNA-タンパク質動態パターンを持つことが示された。このdiscordantダイナミクスの解析が、新規顆粒タンパク質の機能的アノテーション手段として有用であることが実証された。例えば、ME6には顆粒タンパク質としてアノテーションされていないものの、顆粒タンパク質と同様の動態を示すCEACAM1やORM1などが含まれており、これらは潜在的な新規SGタンパク質候補である。

考察/結論

本研究は、ヒト好中球の5段階分化を定量プロテオームとトランスクリプトームの統合解析により網羅的に解析した点で、先行研究を凌駕する。3,471タンパク質の定量、7桁以上のコピー数ダイナミックレンジ、5段階の純化サブセットという解析規模は、好中球分化研究のリファレンスデータセットを提供するものである。

先行研究との違い: 先行のRieckmann et al. (2017) のデータセットはより多くのタンパク質を定量したが、match-between-run法による多種細胞型混在でCD8、CD4などの非好中球タンパク質が混入していた。本研究はFACSで精製した発生段階別サブセットを用いた点で質的に優位である。また、RNA-protein discordanceが顆粒タンパク質プログラミングの原理的特徴であり、RNAだけでは好中球タンパク質量を予測できないことを5,200超のタンパク質規模で明確化した貢献は大きい。ELANEコピー数の絶対定量値がELISA実測値と一致したことは、proteomic ruler法の信頼性を独立に検証するものであり、これまで報告されていない知見である。

新規性: 本研究で初めて、好中球分化におけるRNAとタンパク質の動態が高度に動的かつ異なっており、特にRNA発現が低下してもタンパク質レベルが維持される「不一致な動態」が顆粒タンパク質の機能的アノテーションに利用できることを示した。さらに、成熟好中球では代謝・生合成能が著しく低下する「同化能の崩壊 (anabolic collapse)」が、走化性、接着、細胞傷害性タンパク質産生、活性酸素種 (ROS) 生成といった好中球機能の獲得と逆説的に同期することを発見した。これは、好中球が分裂を停止し最終分化する際に代謝・生合成能力をほぼ完全に喪失する一方で殺菌機能を獲得するという「使い捨てkamikaze細胞」としての設計が、免疫系の効率的なリソース配分戦略を示すことを分子レベルで新規に明らかにしたものである。

臨床応用: 本研究の定量プロテオームデータは、骨髄異形成症候群、先天性好中球減少症、薬剤誘発性好中球機能異常などの診断・評価に応用可能な参照データセットを提供する。特に、ME6の潜在的新規SG候補タンパク質(23遺伝子)は、好中球顆粒疾患の新規バイオマーカーや治療標的の探索起点となる臨床的有用性を持つ。

残された課題: RNA-protein discordanceの分子機序(翻訳制御、タンパク質安定性、mRNA貯蔵による翻訳遅延のどの段階で調節されるか)の詳細解明が残された課題である。また、疾患状態(感染、好中球減少症、がん)での分化動態変容の解析、および単一細胞プロテオミクス技術の応用によるさらなる分化段階の高解像度化が今後の研究方向性として挙げられる。本研究のlimitationとして、RNA-seqとプロテオミクス解析のサンプルが同一ドナー由来ではないため、ドナー間の差異が影響を与えている可能性が挙げられる。また、プロテオミクス解析の生物学的複製数が限られている点も今後の改善点である。

方法

ヒト骨髄および末梢血から、フローサイトメトリー (FACS) を用いて5つの発生段階の細胞([P]M、MM、BN、SN、PMN)を純化分取した。各サブセットから得られた細胞は、高分解能LC-MS/MSプロテオミクスにより解析され、MaxQuantプラットフォームを用いてデータ処理を行った。65,000超のペプチドから5,200以上のタンパク質を同定し、そのうち3,471タンパク質を少なくとも3サンプルで定量した (Figure 1B)。プロテオミクスデータは、既報のRNA-seqデータ(同一サブセット由来、Grassi et al. (2018))と統合され、RNA-タンパク質の動態相関が解析された。タンパク質コピー数の絶対定量化には、proteomic ruler法が適用された。差次発現タンパク質の同定には、ANOVA(FDR=5%、S0=0.4)が実施された。

RNAとタンパク質の動態パターンを分類するため、K-meansクラスタリング(cluster 1: 減少タンパク質、cluster 2: 増加タンパク質)が用いられた。さらに、2,429の転写-タンパク質ペアについて、Weighted Gene Co-expression Network Analysis (WGCNA) を実施し、12のモジュール(ME1〜ME12)に分類した。機能的アノテーションのため、MitoCarta 2.0(1,158ミトコンドリアタンパク質)、RNA結合タンパク質 (RBP) データベース(1,542個)、RECON1(1,496代謝タンパク質)、リボソームタンパク質、および顆粒タンパク質データベースを統合して解析した。

好中球の機能的成熟を評価するため、フローサイトメトリーによりCXCR1、CXCR2、C5AR1、CXCR4の表面発現を6名の生物学的複製 (n=6 biological replicates) で検証した。走化性アッセイ(3µmポアサイズフィルター、C5aまたはPAF刺激)、接着アッセイ(n=3 biological replicates)、および顆粒分離フラクショナル化によるタンパク質アノテーションも実施された。これらの実験は、好中球の分化に伴う形態学的および機能的変化を多角的に捉えることを可能にした。統計解析はR/Bioconductor (versions 3.5.2/3.6) を用いて行われた。本研究では、ヒト骨髄由来の細胞が用いられ、[P]M細胞は2個体から、MM細胞は3個体から、BN細胞は3個体から、SN細胞は2個体から、PMN細胞は4個体から得られた。各サブタイプにつき4サンプルが解析された。