- 著者: Xie SZ, Yang LY, Wei R, Shen XT, Pan JJ, Yu SZ, Zhang C, Xu H, Xu JF, Zheng X, Wang H, Su YH, Sun HT, Lu L, Lu M, Zhu WW, Qin LX
- Corresponding author: Yang LY; Zhu WW; Qin LX (Hepatobiliary Surgery, Huashan Hospital, Fudan University, Shanghai, China)
- 雑誌: Experimental Hematology & Oncology
- 発行年: 2024
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 39529085
背景
肝細胞癌 (HCC) は原発性肝癌の75-85%を占め、世界第3位のがん死亡原因かつ中国では第2位である。多くの患者が肝外転移のために根治的治療の機会を失い、肺は最も頻度の高い肝外転移臓器として予後を左右する。転移前ニッチ (pre-metastatic niche, PMN) とは腫瘍細胞が播種・定着する以前に遠隔臓器で形成される微小環境であり、その形成は腫瘍由来因子・骨髄由来細胞・臓器固有の宿主細胞の三者の相互作用で進行する。PMNが臓器特異的転移を規定することは広く認識されており、PMNへの早期介入が有望な抗転移戦略として注目されている (Albrengues et al. Science 2018)。
SPP1 (osteopontin) はHCCにおける主要な転移促進遺伝子として同定されており、血漿SPP1高値は腫瘍数・Edmondson分類・AFP・TNM病期と有意に相関し、overall survival (OS) および recurrence-free survival (RFS) の独立した予後不良因子である。一方、好中球 (neutrophil) はHCCにおいて予後不良を単独で予測する唯一の免疫細胞として知られ、NETs (neutrophil extracellular traps) がHCC転移を促進することも報告されている (Yang et al. Nature 2021)。同グループの先行研究では炎症条件下でNETsがHCC細胞を捕捉して転移能を増強することが示されていた。しかし、HCC由来SPP1が肺のPMN形成において好中球をどのように動員・活性化し、臓器特異的な肺転移を促進するかという具体的メカニズムは不明であり、またSPP1が肺という特定臓器に集積する機序や、PMN段階での治療的介入の有効性についての情報が不足していた。
目的
HCC由来SPP1が肺のPMN形成を介して肺転移を促進するメカニズム、特にSPP1が肺胞上皮細胞と好中球との間で形成するシグナル連鎖を解明し、PMN段階での早期治療介入の有効性と最適タイミングを検証すること。
結果
SPP1高値は肺転移HCC患者で一貫して観察され独立リスク因子と同定:HCC患者コホートにおいてLM群 (n=9) はNLM群 (n=18) と比較し、HCC組織SPP1 mRNA発現 (qRT-PCR、p<0.05) および血漿SPP1濃度 (ELISA、p<0.05) が有意に高値であった (Fig. 1A-B)。多変量解析によりSPP1は肺転移の独立したリスク因子として同定された (Table S3)。マウスモデルでSPP1蛋白を7日間腹腔内投与すると血漿SPP1が定常状態に達し、肺組織でPMN関連遺伝子群・炎症関連因子の発現が著明に増加したが、脳・膵臓・肝臓・骨では変化がみられず、肺特異的なPMNリモデリングが示された (Fig. 1C-D)。SPP1処置マウスではHepa1-6 GFP細胞のi.v.注射後24時間での肺への早期集積 (tissue-clearing技術) が増加し、H22・Hepa1-6いずれの実験的転移モデルでも肺転移頻度が有意に上昇した (Fig. 1E-F)。さらに抗SPP1中和抗体投与によりHepa1-6 SPP1 CM処置マウスの実験的肺転移が有意に抑制された (Fig. 1L)。
CyTOF解析で好中球が選択的に増加しNETs依存性転移促進が確認:SPP1-PMN肺組織のCyTOF解析 (42種金属同位体標識抗体、n=4/群) で23の細胞クラスターが同定され、SPP1-PMN群ではCD45+CD11b+Ly6G+好中球の選択的増加がみられた一方で、CD4+ T細胞・CD8+ T細胞・B細胞・マクロファージ・NK細胞・樹状細胞には有意な変化がなかった (Fig. 2A-B)。FC解析・IHC・BALF (bronchoalveolar lavage fluid) 解析・MPO (myeloperoxidase) 活性測定の全てで好中球増加が確認された (Fig. 2C-F)。Hepa1-6 SPP1-PMNでもFC解析で好中球の顕著な増加 (n=4/群) が示された (Fig. 2G-H)。好中球除去 (抗Ly6G抗体) によりHepa1-6 SPP1 CM処置モデル・SPP1投与H22モデル・免疫不全マウスのMHCC97Hモデル全てで実験的肺転移が有意に抑制され、好中球がSPP1誘発性肺転移の必須メディエーターであることが確認された (Fig. 2K-L)。
SPP1→CD44→STAT3→CXCL1シグナル軸がII型肺胞上皮細胞で確立し好中球動員の主要経路と判明:His-タグ標識SPP1をi.p.投与すると、SPP1-hisは肺に最も高く集積し、他臓器ではほとんど検出されなかった (Fig. 3D)。免疫蛍光染色でSPP1-hisはSFTPC+のII型肺胞上皮細胞 (AECII) と共局在し、MPO+好中球への結合は少量であった (Fig. 3E-F)。Hepa1-6 SPP1 PMNからのFACSソーティングとqRT-PCR解析ではCxcl1が好中球リクルート関連ケモカインとして最も顕著に誘導されており、その主要産生源は上皮細胞と好中球であった (Fig. 3B-C)。MLE-12細胞へのSPP1刺激 (n=3 independent replicates) によりCxcl1 mRNAとタンパク発現が有意に増加し、SPP1誘導性のMLE-12 CM (conditioned medium) は好中球遊走能を著明に増大させたが、CXCR2阻害薬SB225002 (40 nM) でこの効果は消失した (Fig. 3H-I)。
受容体同定実験では、CD44 shRNA処置でSPP1依存性CXCL1産生と好中球遊走が完全に消失したが、ITGB1/ITGAV/ITGA5 shRNAやインテグリン阻害薬MK-0429 (20 nM) は効果がなく、CD44がSPP1の主要受容体として機能することが証明された (Fig. 4B-J)。RNA-seq解析でSPP1刺激MLE-12細胞のJAK/STATシグナル経路が顕著に活性化され、STAT3阻害薬Stattic (20 μM) によりSPP1誘導性CXCL1発現が抑制されたことから、SPP1→CD44→STAT3リン酸化→CXCL1誘導という経路が確立された (Fig. 4K-M)。さらに驚くべき知見として、SPP1刺激MLE-12細胞では内因性Spp1 mRNA発現がqRT-PCRとELISAで有意に増加しており (Fig. 4O-P)、HCC由来SPP1が肺胞上皮細胞を介して自己増幅的なSPP1産生を誘導するループ機構の存在が示された (Fig. 4Q)。
SPP1がERK (extracellular signal-regulated kinase) 経路を介してNETs形成を誘導しHCC細胞捕捉を促進:SPP1刺激好中球のRNA-seq KEGG解析ではNETs形成関連遺伝子が最上位に濃縮されており (Fig. 5A)、in vitroでSPP1・Hepa1-6 SPP1 CMにより好中球のNETs形成 (SytoxGreen染色・NETs extensionで定量) が有意に増加した (Fig. 5B-C)。ヒト末梢血好中球でも recombinant human SPP1 (rhSPP1) によりNETs形成が増加した (Fig. 5D)。ERK経路阻害薬処置でNETs形成が有意に抑制されたがAKT阻害は効果がなく (Fig. S7B-C)、ERK経路がSPP1誘導性NETs形成の主要シグナルと同定された。in vivoではSPP1-PMN肺組織でH3cit (citrullinated histone H3, NETs マーカー) 陽性構造が増加し、Hepa1-6 SPP1オルソトピックモデルでも2光子イメージングとウエスタンブロットでNETs形成増加が確認された (Fig. 5G)。臨床コホートでは血漿SPP1濃度と循環MPO-DNA (NETs指標) がPearson相関で正相関した (n=21, r>0, p<0.05、Fig. 6F)。HCC肺転移巣の免疫蛍光染色では、SPP1高発現群でCXCL1発現増加・SFTPC+細胞との共局在・MPO+好中球浸潤増加・H3cit+NETs形成増加が確認された (Fig. 6A-E)。GSK484またはDNase I処置により、SPP1-PMNにおけるHepa1-6早期肺seeding (p<0.05)・Hepa1-6 SPP1 CM処置モデルおよびH22 SPP1-PMNモデルの実験的肺転移が有意に抑制された (Fig. 5H-K)。
早期介入のみが転移抑制に有効でCXCR2阻害+DNase I組み合わせに治療ウィンドウが存在:PMN形成前 (day 0) にSB225002+DNase Iを投与した早期介入群では、肺への好中球浸潤・NETs形成・肺転移負荷が全て有意に低下した一方、PMN確立後 (day 14) の遅延介入群では転移抑制効果が認められなかった (n=6/群、one-way ANOVAおよびFisher’s exact test、Fig. 6G-K)。ヒトHCCモデル (MHCC97H luci + nude mice) での追加実験でも早期投与のみが肺転移負荷を減少させた (Fig. S8F-G)。いずれの介入群でも原発腫瘍増殖への影響は認められなかった (Fig. S8A-B、D-E)。
考察/結論
本研究は、HCC由来SPP1が腫瘍-肺宿主細胞-好中球の三者間クロストークを通じてNETs優位のpre-metastatic nicheを形成し肺転移を促進するという新規の分子カスケードを解明した。これまでの研究 (既報) ではSPP1の転移促進機能が原発腫瘍内の免疫抑制やepithelial-mesenchymal transition (EMT) として論じられてきたが、本研究はHCC由来分泌型SPP1が遠隔臓器の微小環境を臓器特異的に改変するという点で対照的な新たな視点を提供する。
新規性の核心は、SPP1がII型肺胞上皮細胞 (AECII) のCD44/STAT3/CXCL1軸を介してCXCL1を誘導し好中球を選択的にリクルートするという経路の同定にある。本研究で初めて明らかにされた点は、(1) SPP1がHis-tagトレース実験で他臓器と比較して肺に選択的・優位に集積すること (臓器特異的転移のメカニズムとして重要)、(2) SPP1による肺胞上皮細胞の自己増幅的SPP1産生ループが好中球リクルートを増幅させること、(3) SPP1刺激好中球のERK経路がNETs形成の主要シグナルであること、の3点である。これらはnovelな知見として腫瘍-PMN-転移の連関を新規に (novel) 描き出している。
これまでの研究では好中球の二面性 (抗腫瘍・腫瘍促進) が議論されてきたが (Jaillon et al. NatRevCancer 2021)、本研究は単一細胞解像度 (CyTOF) でSPP1-PMNにおける好中球の選択的増加と必須性を明確に示した。また、NETs形成がAlbrengues らが示したように休眠癌細胞の再活性化に関与するだけでなく (Albrengues et al. Science 2018)、HCC細胞の物理的捕捉・早期seeding促進にも機能することを示しており、NETs の多面的な転移促進機構の理解を深める。
臨床応用の観点から最も重要な知見は治療ウィンドウの存在である。CXCR2阻害薬SB225002とDNase IはそれぞれCXCR2拮抗薬として肺炎症性疾患や癌治療 (NCT02499328、NCT02583477) で試験中・DNase IはSLE (systemic lupus erythematosus) や嚢胞性線維症で実績を持つ既存薬であり、転用可能性が高い。PMN段階での早期投与が有効で遅延投与では効果がないという本研究の発見は、血漿SPP1高値患者をリスク層別化した上でPMN形成前に予防的介入するという新たな臨床戦略の枠組みを提供する。血漿SPP1と循環MPO-DNA (NETs指標) の相関は、非侵襲的なバイオマーカーとして肺転移リスク予測・治療モニタリングへの臨床的意義がある。
残された課題として、本研究はマウスモデル中心の前臨床検討であり、ヒトにおける早期介入の安全性プロファイルと最適投与タイミングの確立が今後の検討として必要である。SPP1の生物学的機能の多様性 (粘膜修復・骨代謝・免疫調節) がSPP1直接標的化の off-target effect リスクを高めるため、CXCR2阻害やNETs阻害という下流介入が安全性の面で有望視されるが、DNase IのNETs不完全分解という limitation も残る。また、本研究で同定されたSPP1自己増幅ループ (腫瘍→AECII→内因性SPP1産生→さらなる好中球動員) の臨床的規模・持続性・介入可能性も今後の研究課題である。好中球サブセット (N1/N2様) が本PMN文脈でどのように分化・機能するかも、single-cell RNA-seqによる追加解析が必要である。さらにfuture researchとして、腫瘍由来SPP1と他細胞由来SPP1の構造的差異を活用した腫瘍選択的SPP1標的化の可能性も検討に値する。
方法
ヒトコホート: 4つのコホートを使用した。Huashan Hospitalコホートとして非肺転移群 (NLM, n=18) と肺転移群 (LM, n=9) の組織・血漿サンプル (胸部CT所見にて診断)。myeloperoxidase-SPP1 (MPO-SPP1) 相関解析用の独立した血漿コホート (n=21; 放射線・化学療法・根治的肝切除未施行)。肺転移切除例 (n=12)。RNAscope in situ hybridization (ISH; RNAscope assay, Advanced Cell Diagnostics) 解析用の tissue microarray (TMA, n=90; Shanghai Outdo Biotech Company)。
動物モデル: 6-8週齢の雄性C57BL/6・BALB/c・BALB/c nudeマウス (GemPharmatech)。同所性自然発症転移モデル (Hepa1-6 vector/SPP1 conditioned medium (CM) 500 μl/マウス i.p.)、実験的転移モデル (Hepa1-6 2×10^6 cells i.v.、H22 1×10^6 cells i.v.、MHCC97H 2×10^6 cells i.v.)。SPP1 Hisタグ標識蛋白 (10 μg/マウス i.p. 7日間) で臓器特異的分布を追跡した。
細胞株: マウス肺胞上皮細胞株MLE-12 (Procell Life Science)、マウスHCC細胞株Hepa1-6 (mouse hepatocellular carcinoma cell line; Liver Cancer Institute, Fudan University)、H22 (mouse hepatoma cell line; Chinese Academy of Science)、ヒトHCC細胞株MHCC97H (human hepatocellular carcinoma cell line; Liver Cancer Institute)、ヒト非小細胞肺癌細胞株A549 (Chinese Academy of Science)。
免疫プロファイリング: CyTOF (mass cytometry) 42種の金属同位体標識抗体パネルを用いてSPP1-PMN肺組織の全免疫細胞サブセットを解析 (n=4/群)、t-SNE (t-distributed stochastic neighbor embedding) + density clusteringで23クラスターを同定。FACS (fluorescence-activated cell sorting) で好中球 (CD45+CD11b+Ly6G+)、マクロファージ (CD45+CD11b+F4/80+)、NK細胞 (CD45+NK1.1+)、T細胞・B細胞を解析。細胞種別CXCL1発現源はFACSソーティング後qRT-PCRで評価した。
治療実験: 好中球除去: 抗Ly6G抗体 (12.5 μg/マウス i.p. QD, BioXCell)。SPP1中和: 抗SPP1中和抗体 (2 μg/マウス i.p. QD, R&D Systems AF808)。NETs阻害: GSK484 (5 mg/kg 週2回 i.p., MCE)・DNase I (200 U/マウス i.p. QD, Solarbio)。CXCR2阻害: SB225002 (2 mg/kg i.p. QD, MCE)。
統計解析: GraphPad Prism使用。Student’s t-test、Chi-squared test、Fisher’s exact test、one-way ANOVA、two-way ANOVAを用途別に使用。有意水準p<0.05。