- 著者: Ning Sun, Jiangman Jiang, Binjie Chen, Huanhuan Zhang, Mengjie Zhou, Junrong Wu, Penghao Lv, Lin Zhang, Wenxing Chen, Yan Wang
- Corresponding author: Yan Wang; Wenxing Chen (Zhejiang Chinese Medical University, Hangzhou, Zhejiang, China)
- 雑誌: Heliyon
- 発行年: 2024
- Epub日: 2024-09-06
- Article種別: Original Article
- PMID: 39296112
背景
胃癌 (gastric cancer, GC) は世界的に罹患率第5位、死亡率第4位を占める重大な健康課題であり、進行期GC患者の予後は依然として不良であると認識されている Sung et al. CACancerJClin 2021。近年、免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) は、特にHER2陰性進行GCの治療において第一選択肢の一つとして確立されつつある。しかし、その奏効割合は15-25%に留まっており、治療効果を予測するためのバイオマーカーに基づいた患者選択が喫緊の課題となっている。
好中球細胞外トラップ (NET) は、炎症、免疫防御、自己免疫疾患などの生物学的プロセスに関与する、活性化好中球から放出されるDNA線維とタンパク質からなる網状のクロマチン構造である Papayannopoulos et al. NatRevImmunol 2018。NETは近年、がんの進行や転移における多岐にわたる役割から、腫瘍学研究のホットスポットとして浮上している。例えば、NETから放出されるDNAは、複数のマウスモデルにおいて腫瘍細胞の遊走と転移を促進することが観察されている。また、持続的な炎症によって誘導されるNETは、休眠状態のがん細胞を覚醒させ、再発や転移を促進することが報告されている。さらに、NETの蓄積は術後の腫瘍進行と再発を加速させることも示されている。
これまでの研究では、NETが腫瘍微小環境 (TME) においてT細胞の排除や転移促進に関与することが示唆されている。しかし、GCにおけるNET関連遺伝子の体系的なトランスクリプトーム解析と、そのICI治療反応予測への応用はこれまで未確立であった。特に、GCの分子異質性が高いため、ICI治療の恩恵を最大限に引き出し、副作用を最小限に抑えるためには、異なる反応性を持つ患者群を層別化するための新規分子バイオマーカーの開発が不可欠である。従来のバイオマーカーであるPD-L1、EBV感染、MSIなどは、その予測能力と堅牢性が臨床実践において十分ではなかった。この知識ギャップを埋めるため、GCにおけるNETの役割を包括的に解明し、ICI治療効果を予測する新規NET関連モデルを開発することが求められていた。
目的
本研究の目的は、胃癌 (GC) における好中球細胞外トラップ (NET) 関連遺伝子の発現パターンを包括的に特徴付け、それらの遺伝子がGCの臨床病理学的特徴、予後、腫瘍微小環境 (TME) の特性、および免疫療法 (ICI) の有効性とどのように関連しているかを明らかにすることである。具体的には、TCGA-STADコホートと複数のICI治療コホート(GCおよび他の固形癌)を用いて、NET関連遺伝子発現プロファイルを解析し、ICI治療反応を予測するための堅牢なNET関連シグネチャを構築する。
さらに、単一細胞RNAシーケンス (scRNA-seq) データを用いて、TME内におけるNET関連細胞集団の分布と相互作用を詳細に解析し、GC患者の層別化に資する新規バイオマーカーを提示することを目指す。これにより、GC患者の個別化された免疫療法戦略の決定に貢献し、臨床現場での治療判断を支援する新たなツールを提供することを意図する。本研究は、NET関連遺伝子がGCの免疫療法における予測バイオマーカーとして機能する可能性を探ることを主眼とする。
結果
NET関連遺伝子の遺伝的・転写特性: TCGA-STADコホートの415例中、257例 (62.2%) でNET関連遺伝子に変異が認められ、その大半はミスセンス変異であった。最も頻繁に変異していたのはPIK3CA (15%) であり、他の遺伝子(VWF, MTOR, C3, HDAC4, TLR4, CR1, PLCG1, CLCN3, ITGAL)は10%未満の変異率を示した。転写レベルでは、ほとんどのNET関連遺伝子が正常組織と比較して腫瘍組織で高発現していた。163個のNET関連遺伝子のうち、67個 (41.1%) が上方制御され、8個 (4.9%) が下方制御されたDEGとして同定された。PPIネットワーク解析により7つの分子複合体検出 (MCODE) が特定され、MCODE1-3はNET形成に、MCODE4-7はVEGFA-VEGFR2シグナル伝達、TNF関連アポトーシス誘導因子シグナル伝達経路、粒子状外来抗原のクロスプレゼンテーション、内耳有毛細胞による音の感覚処理にそれぞれ濃縮されていた。
NET関連クラスターの同定と臨床的意義: コンセンサスクラスター解析により、GC腫瘍はNET高発現群 (Cluster 1) とNET低発現群 (Cluster 2) の2つのNET関連クラスターに分類された。Cluster 1はCluster 2と比較して、より進行した病態(高悪性度G3: 80.3% vs 49.4%, p<0.001; びまん型: 51.1% vs 20.2%, p<0.001)と不良な予後 (HR 1.63, p=0.004) を示した。この結果はGSE62254およびGSE15459データセットでも検証された。多変量Cox回帰分析では、NET高発現クラスターがGC患者の独立したリスク因子であることが示された (HR 1.47, p=0.026)。
NET関連クラスター間のDEGと経路濃縮: NET関連クラスター間で4935個のDEGが同定され、3656個が上方制御、1279個が下方制御されていた。KEGG濃縮解析では、NET高発現クラスターがケモカインシグナル伝達経路とサイトカイン-サイトカイン受容体相互作用に有意にリンクしていることが示された。GO-BP解析では、DEGが細胞接着関連プロセス(細胞接着の正の制御、細胞間接着制御、分子白血球遊走)に関与していることが示唆された。GSEAでは、NET高発現クラスターが好中球脱顆粒、細胞接着分子、サイトカイン-サイトカイン相互作用と有意に関連していることが明らかになった。
TMEと免疫浸潤の特性評価: ESTIMATE法により、NET高発現クラスターではストロマスコア、免疫スコア、ESTIMATEスコアが有意に上昇していることが示された (すべてp<0.001)。CIBERSORTアルゴリズムを用いた解析では、NET高発現クラスターがCD8+ T細胞、M1マクロファージ、活性化NK細胞、好中球など、免疫炎症性の特徴を持つ免疫細胞の浸潤レベルが高いことを示した。対照的に、NET低発現クラスターでは休止NK細胞や活性化マスト細胞などの免疫抑制性細胞が多い傾向にあった。さらに、NET高発現クラスターでは、DC活性化、抗原提示、細胞傷害性CD8+ T細胞マーカー、IFNγシグナル伝達、NK細胞活性化、細胞溶解活性、免疫チェックポイント阻害剤など、多様な免疫分子マーカーが過剰発現していた。CYT、GEP、IFNγシグナル伝達などの免疫療法バイオマーカーの転写発現レベルもNET高発現クラスターで有意に増加していた。これらの結果は、NET高発現クラスターの患者が免疫炎症性のTME表現型を発現する傾向があり、免疫療法により感受性が高い可能性を示唆している。
単一細胞レベルでのNET関連モデルの探索: scRNA-seq解析では、26例のGCサンプルから41,135個の細胞が解析対象となった。UMAP解析により、T細胞、形質細胞、上皮細胞、マクロファージ、B細胞、DC、線維芽細胞、マスト細胞、内皮細胞、赤血球を含む10個の細胞クラスターが同定された。免疫細胞のみを再解析した結果、CD4+ T細胞、C1QC+マクロファージ、SPP1+マクロファージ、記憶CD8+ T細胞、形質細胞、B細胞、制御性T細胞、DC、エフェクターCD8+ T細胞、マスト細胞の10個の免疫細胞クラスターが特定された。NET関連遺伝子の経路活性をAUCellで定量化した結果、NET-AUCスコアが高い群では、エフェクターCD8+ T細胞、C1QC+マクロファージ、SPP1+マクロファージが低NET-AUC群よりも多いことが観察された。これらの知見は、GCにおけるNETシグナル伝達活性の上昇が免疫炎症性TME特性と関連していることを示唆している。
GC患者の免疫療法反応予測のためのNET関連モデルの確立: Kimコホート(GC患者45例、PD-1阻害薬治療)をトレーニングコホートとして、LASSO回帰分析により5つのNET関連遺伝子(ACTA2, AKT1, HIST2H2AC, ITGB3, PRKCG)からなるリスクスコアが選定された。このNET関連スコアは、免疫療法奏効予測において極めて高い精度 (AUC 0.939, 95% CI 0.870-1, p<0.001) を示した。応答群ではAKT1, HIST2H2AC, PRKCGの発現が有意に高く、ACTA2, ITGB3の発現が有意に低かった (すべてp<0.05)。NET関連スコアも応答群で有意に高かった (p<0.001)。LOOCV (AUC 0.785, 95% CI 0.630-0.941, p=0.004) およびブートストラップ法 (AUC 0.819, 95% CI 0.746-0.901, p<0.001) による交差検証でも、モデルの堅牢な予測性能が確認された。また、MSI/EBV (AUC 0.902)、GEP (AUC 0.836)、TMEスコア (AUC 0.891) などの既存のバイオマーカーと比較しても、NET関連モデルは同等かそれ以上の予測能力を示した。
ICI治療患者におけるNET関連モデルの反応および予後予測の検証: Gide、Liu、Mariathasanの3つの独立したICI治療コホートでNET関連モデルの予測性能が検証された。これらのコホートにおいても、応答群は非応答群よりも一貫して高いNET関連スコアを示した (すべてp<0.001)。ROC解析では、Gideコホート (AUC 0.767, 95% CI 0.657-0.876, p<0.001)、Liuコホート (AUC 0.704, 95% CI 0.609-0.799, p<0.001)、Mariathasanコホート (AUC 0.682, 95% CI 0.612-0.752, p<0.001) で堅牢かつ効率的な予測性能が示された。カプラン・マイヤー解析では、NET関連スコアが高い患者群は、Gideコホート (HR 0.77, p=0.002)、Liuコホート (HR 0.44, p=0.001)、Mariathasanコホート (HR 0.74, p=0.043) のいずれにおいても、低い患者群と比較して有意に良好な全生存期間 (OS) を示した。無増悪生存期間 (PFS) についても、Gideコホート (HR 0.33, p<0.001) およびLiuコホート (HR 0.40, p<0.001) で同様の良好な結果が観察された。これらの結果は、NET関連モデルがGCにおける免疫療法効果を予測するための有望なバイオマーカーであることを強く支持する。
考察/結論
本研究は、胃癌 (GC) における好中球細胞外トラップ (NET) 関連遺伝子の発現パターンを包括的に解析し、免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) 治療の奏効を予測するための堅牢なNET関連シグネチャを開発した。これは、これまで腫瘍変異負荷 (TMB)、PD-L1 CPS、マイクロサテライト不安定性 (MSI) 以外の予測バイオマーカーが不足していたGC分野に、新規かつ高精度なツールを提供するものである。
先行研究との違い: これまでの研究では、NETがTMEにおける免疫抑制や腫瘍の攻撃性に関与することが示唆されてきたが、本研究は、NET関連遺伝子発現プロファイルがICI治療反応を予測するバイオマーカーとして機能することを、複数の独立したコホートで検証した点で、これまでの報告と異なる。特に、NET高発現クラスターが免疫炎症性のTMEを有し、ICI治療に感受性が高い可能性を示唆した点は、NETが免疫抑制に寄与するという従来の直感的な理解とは対照的である。これは、NETが好中球媒介性炎症のマーカーとして免疫活性なTMEを反映する可能性を示唆する。
新規性: 本研究で初めて、5つのNET関連遺伝子(ACTA2, AKT1, HIST2H2AC, ITGB3, PRKCG)から構成されるNET関連スコアが、GC患者のICI治療反応予測において極めて高い精度 (AUC 0.939) を持つことを示した。さらに、単一細胞RNAシーケンス解析により、腫瘍内の好中球サブセット(TAN)がMPO/ELANE/PADI4を高発現し、NET関連シグナル伝達経路が活性化していることを同定し、NET+ TANが腫瘍細胞とCD8+ T細胞の両方と相互作用するTME相互作用ハブとして機能することを明らかにした。これは、NETがTMEの免疫抑制と腫瘍の攻撃性の両軸で機能するという新規の知見である。
臨床応用: 本研究で確立されたNET関連シグネチャは、GC患者のICI治療の第一選択薬投与判断を補助する新規バイオマーカーとして臨床応用される可能性がある。NET関連スコアが高い患者群はICI治療からより大きな恩恵を受ける可能性があり、これにより患者の層別化と個別化された治療戦略の決定に貢献できる。また、NET高リスク群に対しては、DNase I (ドルナーゼアルファ) やPAD4阻害薬 (GSK484, BMS-P5) とICIの併用療法、あるいはTANを標的とするCXCR2アンタゴニスト (AZD5069) のGCへの応用といった、NETを標的とした併用療法の臨床試験の根拠を提供する。
残された課題: 本研究にはいくつかの限界が残されている。第一に、解析は主にレトロスペクティブなバルクRNA-seqデータに依存しており、GCにおけるICI治療コホートでの前向き検証が未完了である。第二に、NETシグネチャ遺伝子の発現が腫瘍細胞由来か好中球由来かという寄与が完全に分離されていない。第三に、scRNA-seq解析ではNETの実体(細胞外DNA/ヒストン)をRNA発現で間接的に評価しているに過ぎず、NETosisの動態は直接観察されていない。第四に、GCの分子サブタイプ(MSI-H, EBV+, GS, CIN)別のシグネチャ性能が詳細に検証されていない。最後に、NET高クラスターがICIに良好に反応するというシグナルの生物学的解釈(免疫ホットTMEのマーカーとしての役割か、あるいは直感に反する抵抗性メカニズムか)については、さらなる追加検証が必要である。今後の研究では、これらの限界を克服し、NET関連モデルの安定性と一般化可能性をさらに確認するために、in vitroおよびin vivo実験による分子メカニズムの解明と、より大規模なGC ICIコホートでの前向き検証が求められる。
方法
データソース: 本研究では、複数の公開データセットが利用された。TCGA-STADコホートからは415例のGC患者のRNAシーケンス(RNA-seq)プロファイルと臨床情報がcBioportalデータベースから取得された。RPKMマップされたリードはTPMマップされたリードに変換された。さらに、GEOデータベースから大規模なGCトランスクリプトームデータセット(GSE62254, n=300; GSE15459, n=192)および単一細胞RNAシーケンス(scRNA-seq)データセット(GSE183904, n=26)が取得された。ICI治療コホートとしては、Kim et al. (GC患者45例、ペムブロリズマブ治療) Kim et al. NatMed 2018、Gide et al. (メラノーマ患者73例、ニボルマブまたはペムブロリズマブ治療) Gide et al. CancerCell 2019、Liu et al. (メラノーマ患者121例、ニボルマブまたはペムブロリズマブ治療) Liu et al. NatMed 2019、Mariathasan et al. (尿路上皮癌患者298例、アテゾリズマブ治療) Mariathasan et al. Nature 2018の4つのコホートが組み込まれた。
NET遺伝子セットのキュレーションと解析: 先行研究からキュレーションされた170個のNET関連遺伝子セットが使用され、TCGA-STADコホートにマッチングされた結果、163個の遺伝子が最終的に解析対象となった。これらの遺伝子の体細胞変異ランドスケープはRパッケージ「maftools」を用いて解析された。タンパク質-タンパク質相互作用 (PPI) ネットワークと経路濃縮解析はMetascapeデータベースを用いて実施された。
クラスター解析と機能アノテーション: 163個のNET関連遺伝子の発現行列に基づき、Rパッケージ「Wilkerson et al. Bioinformatics 2010」を用いて、非教師ありコンセンサスクラスター解析が実施された。最適なクラスター数 (k=2) は、累積分布関数 (CDF) およびDelta areaプロットの傾きに基づいて決定された。クラスター間の差次的発現遺伝子 (DEG) はRパッケージ「Ritchie et al. NucleicAcidsRes 2015」を用いて同定され、GO、KEGG、GSEAによる機能濃縮解析がRパッケージ「clusterProfiler」を用いて行われた。
TME解析: TCGA-STADコホートのバルクRNA-seqデータに基づき、Rパッケージ「Yoshihara et al. NatCommun 2013」を用いて、ストロマスコア、免疫スコア、ESTIMATEスコアが算出された。さらに、Rパッケージ「CIBERSORT」アルゴリズムを用いて、22種類の免疫細胞サブセットの浸潤レベルが推定された。免疫分子マーカーおよび免疫療法バイオマーカー(CYT、IFNγシグネチャ、T細胞炎症性GEP)の比較も行われた。
scRNA-seq解析: GSE183904データセットのscRNA-seqデータは、Rパッケージ「Stuart et al. Cell 2019」を用いて品質管理、正規化、次元削減(PCA、UMAP)が実施された。細胞クラスターの同定とアノテーションは「FindAllMarkers」機能とCellMarkerオンラインデータベースを用いて行われた。NET関連遺伝子の経路活性はRパッケージ「AUCell」を用いて各細胞で定量化された。
モデル構築: Kimコホート(GC患者45例)をトレーニングコホートとして、LASSO Cox回帰分析がRパッケージ「glmnet」を用いて実施され、ICI治療反応を予測するための5遺伝子NETシグネチャが構築された。NET関連スコアは、遺伝子発現レベルと係数を乗算して算出された。モデルの予測能力は、ROC曲線解析により評価され、Gide、Liu、Mariathasanの各コホートで外部検証された。LOOCVおよびブートストラップ法による交差検証も実施された。
統計解析: R 4.2.1、GraphPad Prism 9.0、SPSS 26.0が統計解析に用いられた。生存分析にはカプラン・マイヤー解析とログランク検定が、群間比較にはMann-Whitney検定が用いられた。多変量Cox回帰分析により、NET関連クラスターの独立した予後因子としての意義が評価された。P値 < 0.05が統計的に有意であるとされた。