- 著者: Tong Zhu, Chunfa Yang, Liangliang Li, Bing Wang, Rong Li, Hongxuan Li, Zhangxuan Xu, Di Huang, Qingyun Wu, Xiaoming Zou
- Corresponding author: Xiaoming Zou (Department of General Surgery, The Second Affiliated Hospital of Harbin Medical University, Harbin, Heilongjiang 150086, P.R. China; zou4930@163.com)
- 雑誌: International Journal of Molecular Medicine
- 発行年: 2021
- Epub日: 2021-01-18
- Article種別: Original Article
- PMID: 34013374
背景
胃癌 (gastric cancer, GC) は、世界的に罹患率が5番目に高く、癌関連死亡の主要な原因の1つであり、その予後は進行期において転移により著しく低下する。Bray et alは、世界的な癌統計においてGCの罹患率と死亡率が依然として高いことを報告している。近年、腫瘍の発生と転移における腫瘍微小環境 (tumor microenvironment, TME) の重要性が認識されている。Quail et alは、腫瘍細胞とTME間のクロストークが腫瘍の進行、浸潤、転移に不可欠であることを示した。炎症は癌の特徴の一つであり、炎症細胞と関連因子は腫瘍の進行、浸潤、転移のほぼ全ての段階で重要な役割を果たすことが知られている。好中球は末梢血中で最も豊富な白血球であり、GCにおける腫瘍関連浸潤性炎症細胞および免疫細胞の重要な構成要素である。かつて好中球は癌の進行と発生において不活性な傍観者細胞と考えられていたが、この見解は変化している。Coffelt et alは、好中球が癌において中立的な細胞ではないことを強調している。好中球生物学の進歩により、好中球が脱凝縮したクロマチンを放出し、好中球細胞外トラップ (neutrophil extracellular traps, NETs) と呼ばれる大きな細胞外DNAネットワークを形成することが明らかになった。Brinkmann et alは、NETsが細菌を殺傷することを発見し、その後の研究でNETsの多様な機能が示された。NETsは、結腸癌、膵癌、乳癌、非小細胞肺癌などの様々な癌種において、血栓形成や癌の発生・転移促進作用が報告されている。例えば、Cools et alは、NETsが循環腫瘍細胞を捕捉し、転移を促進することを示した。また、Park et alは、癌細胞が転移を支持するNETsを誘導することを発見している。さらに、Albrengues et alは、炎症時に産生されるNETsが休眠中の癌細胞を覚醒させることを報告している。しかし、GCにおけるNETsと転移の関係性、およびその分子基盤、特に上皮間葉移行 (epithelial-mesenchymal transition, EMT) への寄与は、これまで体系的に検証されておらず、その詳細なメカニズムは未解明であった。好中球がEMTプロセスを促進することが観察されているが、その根底にあるメカニズムは不明なままである。Zhang et alは、腫瘍由来エクソソームが好中球のN2分極を誘導し、胃癌細胞の遊走を促進することを示唆したが、NETsが直接的にEMTを誘導する詳細なメカニズムについては知識のギャップ (knowledge gap) が残されており、これまでの知見だけでは臨床的なアプローチを構築するには情報が不足していた。血中NETsマーカーであるMPO (myeloperoxidase)-DNA複合体、cf-DNA (cell-free DNA)、NE (neutrophil elastase) のGC病期との相関性や、それらを治療標的とする可能性も未確立であった。これらの知識のギャップは、GCの転移メカニズムの理解と新たな治療戦略の開発において重要な課題として残されており、依然として不明な点が多い。
目的
本研究の目的は、まずGC患者において循環NETsマーカーが病期と相関するかを検証することである。次に、NETsがGC細胞のEMT、遊走、および転移を促進するメカニズムをin vitroおよびin vivoで詳細に解明することを目指した。さらに、PAD4 (peptidylarginine deiminase 4) 阻害剤であるGSK484やDNase-1 (deoxyribonuclease-1) を用いたNETs阻害が、GCの治療戦略として有効であるかを評価し、その臨床的応用可能性を探ることも目的とした。具体的には、進行GC患者の血漿が健常好中球のNETs形成を促進するか、GC組織におけるNETsの沈着状況、NETsがGC細胞の増殖、細胞周期、遊走能に与える影響、およびEMT関連マーカーの発現変化を詳細に解析する。in vitro実験では、ヒトGC細胞株であるAGS (adenocarcinoma gastric cell line) を用いて、NETsが細胞増殖、細胞周期、遊走、およびEMT関連タンパク質であるE-cadherin (epithelial cadherin) やVimentinの発現に与える影響を評価した。最終的に、ヌードマウス (BALB/c nude mice) の術後残存腫瘍モデルを用いて、NETs阻害剤が腫瘍の進行とEMTに与える影響を評価し、術後残存腫瘍の再発・転移予防におけるNETs標的療法の有効性を検証する。これらの目的を達成することで、GCの転移メカニズムの理解を深め、新たな治療介入の可能性を提示することを目指した。
結果
末梢血NETsマーカーの病期依存性上昇: GC患者51例の末梢血におけるNETsマーカーのレベルを評価した結果、Stage III/IVのGC患者では、MPO-DNA複合体、cf-DNA、およびNEの濃度が、健常対照者およびStage I/IIのGC患者と比較して有意に高値を示した (p<0.001)。MPO-DNA複合体はStage III/IV群で中央値5.92 (IQR 1.68-26.39) であったのに対し、健常対照群では2.71 (IQR 0.39-4.07) であった。同様に、NE濃度はStage III/IV群で中央値50.48 ng/ml (IQR 0.81-302.17) であり、健常対照群の2.67 ng/ml (IQR 0.86-5.89) と比較して顕著な上昇が認められた。cf-DNAもStage III/IV群で中央値281.74 µg/ml (IQR 5.71-1127.25) であり、健常対照群の6.86 µg/ml (IQR 2.58-18.56) と比較して有意に高かった。しかし、Stage IIIとStage IVの患者間では、これらのNETsマーカーに有意な差は認められなかった (p>0.05)。これらの結果は、NETsの負荷が進行GCにおいて顕著に増加するという臨床的エビデンスを提供するものであった (Fig. 1)。
腫瘍微小環境由来因子による好中球NETs誘導: GC患者の血漿が好中球のNETs形成を誘導するかを評価するため、健常好中球を各病期のGC患者または健常対照者の血漿と共培養した。その結果、Stage III/IVのGC患者血漿で共培養された健常好中球は、Stage I/IIのGC患者血漿または健常対照者血漿と比較して、NETs形成率が有意に高かった (p<0.001)。具体的には、Stage III/IV群の血漿で刺激された好中球のNETs放出細胞の割合は、健常対照群と比較して2.5-fold increase (2.5倍に増加) した。このことは、進行GCに特有の全身性NETs誘導因子 (DAMPs、サイトカインなど) の存在を示唆している (Fig. 2)。
腫瘍内NETs沈着: GC組織におけるNETsの局所的な沈着を評価するため、GC組織と正常組織の切片を免疫蛍光染色およびWestern blot解析した。免疫蛍光染色では、GC組織においてNEとcit-H3が共局在する細胞外の網状構造としてNETsが可視化され、正常組織と比較して有意に増加していることが示された (p<0.001)。Western blot解析でも、NETsの重要なバイオマーカーであるcit-H3の発現が、GC組織で正常組織と比較して有意に高値を示した (p<0.001)。この結果は、局所微小環境でのNETs形成がin situで進行していることを示しており、NETs産生好中球が癌細胞と近接して存在することを示唆する (Fig. 3)。
NETsはGC細胞の増殖・細胞周期に影響を与えず、遊走能を増強する: NETsがGC細胞に与える影響をin vitroで評価した。MTTアッセイにより、NETs処理したAGS細胞 (n=3 replicates) の増殖速度は48時間後でも有意差が認められなかった (p>0.05)。フローサイトメトリーによる細胞周期解析でも、NETs処理群と対照群、NETs抑制群の間でG0/G1、S、G2/M期の細胞割合に有意な差は認められなかった (p>0.05)。これらの結果は、NETsがGC細胞の増殖や細胞周期には直接的な影響を与えないことを示している。一方、Transwell遊走アッセイでは、PMA刺激好中球の培養上清 (NETs含有培地) がAGS細胞 (n=5 replicates) の遊走能を有意に増強することが示された (p<0.001)。この遊走促進効果は3.2-fold increase (3.2倍に上昇) であり、DNase-1またはPAD4阻害剤GSK484によって完全に抑制された (p<0.001)。このことから、NETsは細胞分裂ではなく、細胞の移動能を選択的に促進することが示唆される (Fig. 4)。
NETsはGC細胞の上皮間葉転換を誘導する: NETsがGC細胞のEMTに与える影響を評価するため、EMT関連マーカーの発現をWestern blot法 (n=3 replicates) で解析した。NETs含有培地で24時間処理したAGS細胞では、上皮マーカーであるE-cadherinの発現が低下し、間葉マーカーであるVimentinの発現が上昇するという典型的なEMT表現型が誘導された。このNETsによるEMT促進効果は、DNase-1またはPAD4阻害剤GSK484によって完全に消失した (p<0.01)。具体的には、E-cadherinの発現はNETs処理群で対照群の0.4-fold decrease (0.4倍に低下) したが、DNase-1/GSK484処理群では対照群と同レベルまで回復した。Vimentinの発現はNETs処理群で対照群の2.5-fold increase (2.5倍に増加) したが、DNase-1/GSK484処理群では対照群と同レベルまで抑制された。これらの結果は、NETsとEMTの間に薬理学的に確立された因果関係があることを示している (Fig. 4)。
In vivo術後残存腫瘍モデルでのNETs阻害剤の有効性検証: オスのBALB/cヌードマウス (n=5 mice per group) を用いた術後残存GCモデルにおいて、NETs阻害剤 (DNase-1またはGSK484) の治療効果を評価した。DNase-1またはGSK484の投与は、マウスの体重に有意な変化を与えなかった (p>0.05)。また、腫瘍体積および腫瘍重量についても、NETs阻害剤投与群と対照群の間で有意な差は認められなかった (p>0.05)。これは、NETs阻害剤が腫瘍の増殖そのものには直接的な影響を与えないことを示唆している。しかし、腫瘍組織の免疫蛍光染色では、対照群で観察された細胞外のNEとcit-H3の共局在によるNETsの有意な沈着が、DNase-1/GSK484投与群では著しく低下していることが確認された。Western blot解析でも、腫瘍組織中のcit-H3の発現がNETs阻害剤投与群で有意に低下していた (p<0.01)。さらに、免疫組織化学染色およびWestern blot解析 (n=5 mice per group) により、NETs阻害剤投与群では上皮マーカーであるE-cadherinの発現が1.8-fold increase (1.8倍に上昇) し、間葉マーカーであるVimentinの発現が0.4-fold decrease (0.4倍に低下) していることが示された (p<0.01)。これらの結果は、NETs阻害剤が腫瘍の増殖には影響を与えないものの、腫瘍内のNETs沈着を低下させ、EMT表現型を抑制することで、転移ポテンシャルを抑制する可能性を示唆しており、術後再発・転移予防戦略としての適用性を示している (Fig. 5)。
考察/結論
本研究は、NETsがGCのEMT誘導を介して転移を促進するという新規の分子機構を初めて確立した。これは、進行GC患者において循環NETsマーカーが病期と相関し、全身性のNETs誘導活性を持つという臨床的エビデンスと合わせて、NETsがGCの悪性進行における重要な因子であることを強く示唆する。
先行研究との違い: これまでの研究では、NETsが結腸癌や乳癌などの様々な癌種で転移を促進することが報告されてきたが、GCにおけるNETsとEMTの直接的な関連性、およびそのメカニズムは十分に解明されていなかった。本研究は、Zhang et alが報告した好中球がGC細胞の遊走を促進するという知見と異なり、NETsがEMTを直接誘導することでGC細胞の遊走能を増強するという具体的なメカニズムを明らかにした。
新規性: 本研究で初めて、GC患者の末梢血NETsレベルが腫瘍進行と関連し、特にStage III/IV患者でMPO-DNA複合体、cf-DNA、NE濃度が有意に高値であることを新規に同定した。また、進行GC患者の血漿が健常好中球のNETs形成を促進すること、およびGC組織におけるNETs沈着も確認された。さらに、in vitro実験では、NETsがAGS細胞の増殖には影響を与えないものの、遊走能を増強し、E-cadherinの低下とvimentinの上昇を伴うEMT表現型を誘導することを新規に同定した。このNETsによる遊走促進およびEMT誘導効果が、DNase-1またはPAD4阻害剤GSK484によって抑制されることを薬理学的に確立した点も新規性である。ヌードマウスの術後残存腫瘍モデルにおいても、DNase-1/GSK484投与が腫瘍NETs沈着を低下させ、EMTを抑制することで転移を抑制する可能性が示唆された。
臨床応用: 本研究の知見は、GCの診断、予後予測、および治療戦略の臨床応用に直結する。血清MPO-DNA複合体、cf-DNA、NEをGCの病期、転移リスク、および予後予測のバイオマーカーとして実用化する可能性が考えられる。また、DNase-1のGC術後投与による再発・転移予防のプロスペクティブ臨床試験や、PAD4阻害薬 (GSK484など) の進行胃癌に対する開発が合理化される。さらに、免疫チェックポイント阻害剤と抗NETs療法の併用療法や、術前化学療法反応評価とNETsマーカーを組み合わせた治療層別化の可能性も示唆される。
残された課題: 今後の検討課題として、まず臨床コホートの規模が小規模 (n=51 patients) であるため、多施設共同研究による大規模な検証が必要である。第二に、NETsがEMTを誘導する具体的な分子伝達メカニズム (関与するシグナル分子や受容体) は未解明であり、さらなる詳細な解析が求められる。例えば、AKT、TGF-β/Smad、ERKなどのシグナル経路との関連性が示唆されており、これらを検証する必要がある。第三に、NETs誘導EMTの転移アウトカム検証がヌードマウスモデルに依存しており、免疫不全環境下での結果であるため、より免疫応答を反映したモデルでの検証が望ましい。最後に、GCの組織学的サブタイプ (腸型、びまん型など) 別のNETsの予後への影響が層別化されていないため、これらのサブタイプにおけるNETsの役割を詳細に解析する必要がある。
方法
本研究は、前向き臨床コホート研究、in vitro共培養実験、およびヌードマウスを用いた術後残存腫瘍in vivoモデルを組み合わせた試験デザインを採用した。
患者および検体: ハルビン医科大学第二附属病院において、2017年7月から2019年12月にかけて、GC患者51例 (Stage I 12例、Stage II 12例、Stage III 14例、Stage IV 13例) と健常対照者16例を募集した。GC患者は術後病理組織診断により確定され、第8版AJCC (American Joint Committee on Cancer) 病期分類ガイドラインに従ってTNM病期が評価された。除外基準には、18歳未満、妊娠、心血管疾患、糖尿病、活動性または慢性感染症、肝機能または腎機能障害、他の併存癌、血小板および/または血液凝固障害、抗凝固剤および/または抗血小板薬の投与が含まれた。全ての被験者からインフォームドコンセントを得て、研究倫理委員会 (許可番号 KY2016-032) の承認を得た。
細胞株および培養: ヒトGC細胞株AGSは、中国科学院細胞バンクから入手した。AGS細胞は、10%ウシ胎児血清 (FBS) とペニシリン (100 U/ml)、ストレプトマイシン (100 U/ml) を含むRPMI-1640培地で、37℃、5% CO2の加湿雰囲気下で培養した。
好中球の分離とNETs形成の誘導・阻害: 患者および健常対照者から新鮮な末梢血を採取し、PolymorphPrep™を用いてヒト好中球を分離した。NETs形成の誘導には、25 nMのPMA (phorbol 12-myristate 13-acetate) を用いて好中球を一晩刺激した。NETs形成の阻害には、PAD4阻害剤GSK484 (10 µM) またはDNase-1 (1.5 units/ml) を好中球刺激の30分前に添加した。NETs含有培養上清を収集し、-80℃で保存した。TMEがNETs形成に与える影響を調べるため、好中球をGC患者 (n=20) または健常対照者 (n=10) の20%血漿で処理した。
主要解析項目:
- 血中NETsマーカーの測定: ELISA法により、血漿中のMPO-DNA複合体、cf-DNA (cell-free DNA) 濃度、NE (neutrophil elastase) 濃度を定量した。cf-DNAはQuant-iT PicoGreen dsDNA Assay kit (Quant-iT: dsDNA定量用蛍光試薬キット) を用いて定量した。
- NETs形成の免疫蛍光染色: in vitroで好中球をPMAで3時間刺激後、NE抗体とHoechst 33342で染色し、NETs形成を評価した。
- 胃癌組織におけるNETs沈着: GC組織および正常組織切片を、citrullinated histone H3 (cit-H3) およびNE抗体で免疫蛍光染色し、NETsの沈着を評価した。Western blot法でもcit-H3の発現を解析した。
- AGS細胞の増殖および細胞周期: MTTアッセイによりNETs処理AGS細胞の増殖速度を測定し、フローサイトメトリーにより細胞周期分布を解析した。
- AGS細胞の遊走能: Transwell遊走アッセイを用いて、NETsがAGS細胞の遊走能に与える影響を評価した。
- EMT関連マーカーの発現: Western blot法により、E-cadherin、Vimentin、N-cadherinなどのEMT関連マーカーの発現変化を解析した。
- In vivo術後残存腫瘍モデル: オスのBALB/cヌードマウス (n=20 mice) を用い、AGS細胞を皮下移植して腫瘍を形成させた。腫瘍が一定の大きさに達した後、外科的に腫瘍の一部を切除し、残存腫瘍モデルを確立した。マウスを3群 (n=5 mice/群) に分け、DNase-1 (15,000 units/kg) またはGSK484 (20 mg/kg) を14日間腹腔内投与した。対照群には0.1% DMSOを含む生理食塩水を投与した。腫瘍体積と体重を定期的に測定し、実験終了後に腫瘍を摘出して重量を測定した。
- In vivo腫瘍組織の解析: 摘出したマウス腫瘍組織について、cit-H3、E-cadherin、Vimentinの免疫組織化学染色およびWestern blot解析を行い、NETs沈着とEMT関連マーカーの発現を評価した。
統計解析: GraphPad Software 5.0を用いて統計解析を行った。2群間の比較にはStudentのt検定 (Student’s t-test) を、多群間の比較には一元配置ANOVA (one-way ANOVA) とTukeyのpost hoc検定を用いた。P値が0.05未満を有意差ありと判断した。