- 著者: Gongjun Wang, Weiwei Qi, Liwei Shen, Shasha Wang, Ruoxi Xiao, Wenqian Li, Yuqi Zhang, Xiaoqian Bian, Libin Sun, Wensheng Qiu
- Corresponding author: Libin Sun; Wensheng Qiu (Department of Oncology, The Affiliated Hospital of Qingdao University, Qingdao, Shandong, China)
- 雑誌: BMC Pulmonary Medicine
- 発行年: 2021
- Epub日: 2021-12-06
- Article種別: Original Article
- PMID: 34872548
背景
肺腺癌 (LUAD) は、非小細胞肺癌 (NSCLC) の約85%を占める最も一般的な組織型であり、世界的に癌関連死の主要な原因である。その5年生存率は14%と低く、早期診断マーカーや特異的治療薬の不足が予後不良の主な要因となっている Torre et al. CA Cancer J Clin 2015。近年、選択的スプライシング (AS) が全ヒト遺伝子の95%以上に関与する重要な転写後調節機構であることが明らかになり、LUADを含む多くの癌種において、異常なASイベントが腫瘍形成や進行に深く関与することが報告されている Bonnal et al. NatRevClinOncol 2020。例えば、スプライシング因子 (SF) であるSRSF1はPTPMT1のASを調節し、肺癌細胞の放射線抵抗性を制御することが示されている。また、ASイベントの全ゲノム解析により、LUADの治療標的候補となるスプライシング因子や、予後予測のための遺伝子シグネチャーの構築が可能であることが示唆されている。
腫瘍微小環境 (TME) は、腫瘍細胞、腫瘍関連線維芽細胞、免疫/炎症細胞、微小血管、間質組織、および多数のサイトカインやケモカインから構成される複雑な生態系である Hanahan et al. Cell 2011。TMEにおける免疫細胞の浸潤は、癌患者の予後と直接的に関連することが広く認識されており、有用な予後マーカーとして機能する可能性がある Bruni et al. NatRevCancer 2020。しかし、LUADにおけるASイベントとTMEの免疫学的関連性に関する包括的な統合解析は、これまで不足していた。一部の先行研究ではLUAD関連のASイベントや免疫微小環境に関する予備的な知見が報告されているものの、両者の相互作用を詳細に解析し、予後予測や治療標的としての可能性を探る研究は未解明な点が多かった。特に、ASイベントが免疫応答やTMEの形成にどのように影響し、それがLUAD患者の臨床転帰にどのように結びつくのかという知識ギャップが残されていた。本研究は、この知識ギャップを埋めることを目的としている。
目的
本研究の目的は、TCGA (The Cancer Genome Atlas) データベースから得られたLUAD患者の包括的なAS (Alternative Splicing) プロファイルと、ESTIMATEアルゴリズムによって算出された免疫スコアおよびストローマスコアを統合的に解析することである。具体的には、免疫微小環境に関連するDEAS (Differentially Expressed AS) イベントを同定し、それらを用いてLUAD患者の全生存期間 (OS) および無増悪生存期間 (PFS) を予測する新規予後予測モデルとノモグラムを構築することを目指した。さらに、構築されたモデルに含まれる主要なDEASイベント、特にSOD2|78,301|ATに焦点を当て、その発現がLUADの免疫細胞浸潤とどのように関連しているかを詳細に解析し、潜在的な予後バイオマーカーおよび治療標的としての可能性を明らかにすることを目的とした。本研究は、ASイベントがLUADの腫瘍形成メカニズムと免疫微小環境にどのように寄与しているかを解明し、患者の予後改善に資する新たな知見を提供することを目指す。
結果
免疫・ストローマスコアと予後との関連: TCGAデータベースから得られた490例のLUAD患者のトランスクリプトームデータに対し、ESTIMATEアルゴリズムを用いて免疫スコアとストローマスコアを算出した。Kaplan-Meier (K-M) 曲線解析の結果、免疫スコアおよびストローマスコアが低い患者群は、LUADにおける全生存期間 (OS) が有意に短いことが示された (免疫スコア: p=0.0002、ストローマスコア: p=0.022) (Figure 1A, B)。一方、無増悪生存期間 (PFS) と免疫・ストローマスコアの間には有意な関連は認められなかった (Additional file 2: Figure 2A, 2B)。TNM病期分類との比較では、T病期およびM病期は高・低免疫スコア群間で統計的に有意な差を示し (Figure 1C, D)、M病期は高・低ストローマスコア群間で統計的に有意な差を示した (Figure 1E)。
DEASイベントの網羅的同定と機能濃縮解析: RNA-Seqデータから43,948のASイベントが特定され、フィルタリング (標準偏差 ≥ 0.01、平均PSI値 ≥ 0.05) 後に30,569のASイベントが解析対象となった。LUAD患者におけるASイベントの主要なタイプは、ES (Exon Skip) が最も多く、次いでAT (Alternate Terminator)、AP (Alternate Promoter) であった。免疫スコア群とストローマスコア群の比較により、DEASイベントが同定された。免疫群では147件のDEASイベントが高発現し、131件が低発現した。ストローマ群では199件が高発現し、179件が低発現した。Venn図解析により、免疫スコア群とストローマスコア群に共通する上方制御DEASイベントが96件、下方制御DEASイベントが71件特定された (Figure 3A, B)。これらのDEASイベントの親遺伝子に対するGO (Gene Ontology) 解析では、生物学的プロセス (BP) カテゴリで「免疫応答活性化細胞表面受容体シグナル伝達カスケード」が最も濃縮され、細胞構成要素 (CC) カテゴリでは「接着結合」および「細胞リーディングエッジ」が、分子機能 (MF) カテゴリでは「細胞接着分子結合」および「Rasグアニルヌクレオチド結合」が主要な機能として同定された。KEGG (Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes) 経路解析では、「Axon guidance」および「T細胞受容体シグナル伝達経路」が主要な経路として濃縮された (Figure 3C, D)。これらの結果は、ASイベントの親遺伝子が免疫応答と密接に関連していることを示唆している。
ASベースのクラスターと予後・免疫特性の関連: 教師なしコンセンサスクラスター解析により、LUAD患者は3つの異なるASベースの分子クラスター (C1: n=128 patients、C2: n=174 patients、C3: n=185 patients) に分類された (Figure 4A)。これらのクラスターと臨床病理学的特徴との相関を解析した結果、C3クラスターは最高の免疫スコアおよびストローマスコアと関連し、有意に良好なOSを示した (K-M解析、p<0.05) (Figure 4C)。一方、C1およびC2クラスターは比較的低い免疫スコアおよびストローマスコアと関連し、不良なOSと関連した。ssGSEAを用いた23種類の免疫浸潤細胞サブポピュレーションの相対的豊富さの解析では、C3クラスターで全ての免疫細胞サブポピュレーションが最も高い頻度で浸潤していることが示された (Figure 4F)。GSVA解析では、C2およびC3クラスターにおいて、B細胞受容体シグナル伝達経路、サイトカイン-サイトカイン受容体相互作用、ナチュラルキラー細胞媒介性細胞傷害、白血球経内皮遊走、T細胞受容体シグナル伝達経路、Toll様受容体シグナル伝達経路などの免疫関連経路が濃縮されていることが明らかになった (Figure 4G, H)。これらの知見は、LUAD患者において免疫学的およびストローマスコアが高いほど予後が良好であることを示している。
OSおよびPFS予後シグネチャーの構築と評価: 単変量Cox回帰分析により、OSと強く関連する39件のASイベントと、PFSと強く関連する12件のASイベントが同定された (Figure 5A, 6A)。LASSO回帰分析と多変量Cox回帰分析を経て、5つのDEASイベント (MKL1|62,349|AP、ICAM3|47,503|RI、SOD2|78,301|AT、CLASP2|63,869|AP、EXOC6|12,541|AP) からなるOS予後シグネチャーと、6つのDEASイベント (DNMT3A|52,857|AT、NCK1|66,941|AP、SOD2|78,301|AT、IFRD1|81,447|AP、SH3KBP1|88,642|AP、ABI1|11,048|ES) からなるPFS予後シグネチャーが構築された。OSシグネチャーのROC曲線下面積 (AUC) は、1年で0.709、2年で0.656、3年で0.669を示した (Figure 5D)。PFSシグネチャーのAUCは、1年で0.723、2年で0.688、3年で0.702であった (Figure 6D)。K-M曲線解析では、高リスク群 (HRG) の患者は低リスク群 (LRG) の患者と比較して、OSおよびPFSが有意に短いことが示された (Figure 5E, 6E)。これらの結果は、両シグネチャーがLUAD患者の生存率を正確に予測できることを示している。
ノモグラムの構築と独立予後因子の特定: 構築されたDEASベースの予後シグネチャーの臨床的有用性を高めるため、独立した臨床変数と統合したノモグラムを作成した。単変量および多変量Cox回帰分析の結果、リスクスコア、T病期、N病期がOSおよびPFSの独立した予後因子であることが明らかになった (Additional file 8: File 6, Additional file 9: File 7)。これらの独立予後因子に基づいて、OS (Figure 7A) およびPFS (Figure 7E) を予測する2つのノモグラムが作成された。OSノモグラムのC-indexは0.704 (95% CI 0.661–0.747) であり、PFSノモグラムのC-indexは0.69 (95% CI 0.647–0.733) であった。キャリブレーション曲線は、ノモグラムによる予測結果が実際の観測データと高い一致度を示すことを確認した (Figure 7B-D, F-H)。
SOD2|78,301|ATの独立した予後因子としての役割と免疫相関: SOD2|78,301|ATは、OSおよびPFSの両方の予後シグネチャーに共通して含まれる唯一のDEASイベントであった。K-M生存曲線解析の結果、SOD2|78,301|ATの低発現は、有意に良好なOS (p=0.0036) およびPFS (p=0.0003) と関連することが示された (Figure 9A, B)。SOD2|78,301|ATとその唯一のスプライシング因子 (SF) であるESRP2との間には、負の調節相互作用 (Pearson r=−0.22, p=1.5×10⁻⁶) が確認された (Figure 9C)。さらに、TIMER解析により、SOD2の親遺伝子であるSOD2の発現が、LUADにおけるCD4+T細胞、B細胞、マクロファージ、CD8+T細胞、好中球、樹状細胞を含む全ての免疫細胞浸潤レベルと統計的に有意な相関 (p<0.05) を示すことが明らかになった (Figure 9D)。これは、SOD2|78,301|ATがLUADの予後と免疫微小環境の両方において重要な役割を果たすことを強く示唆している。
SFとASイベント間の潜在的調節ネットワーク: SpliceAid2データベースから71のSFを抽出し、SFとASイベント間の調節ネットワークを解析した。OSシグネチャーでは、42のSFが39の生存関連ASイベント (9つの良好なASイベントと30の不良なASイベント) と有意に結合していることが同定された (Figure 8A)。PFSシグネチャーでは、35のSFが11の生存関連ASイベント (5つの良好なASイベントと6つの不良なASイベント) と有意に結合していることが示された (Figure 8B)。複数のSFが複数のASイベントを調節し、異なるASイベントに対して相反する役割を果たす場合があることも確認された。また、特定のASイベントが複数の異なるSFによって調節される可能性も示唆され、LUADにおけるスプライシング調節の複雑なネットワーク構造が明らかになった。
考察/結論
本研究は、LUADにおけるAS (Alternative Splicing) プロファイルと免疫微小環境を統合的に解析した初めての包括的な研究である。AS関連免疫スコアがLUAD患者の予後を予測する独立した因子となること、および免疫・ストローマスコアとASクラスターの整合性から、免疫浸潤レベルが予後推定に活用できる可能性が示された。
先行研究との違い: これまでの研究では、ASイベントと腫瘍形成や免疫微小環境の関連が個別に報告されてきたが、本研究はLUADにおけるASイベントとTMEの免疫学的関連性を統合的に解析した点で、これまでの研究とは異なるアプローチをとっている。特に、免疫スコアとストローマスコアに基づいてDEAS (Differentially Expressed AS) イベントを同定し、それらを予後予測モデルに組み込んだ点は、先行研究には見られない独自の知見である。
新規性: 本研究で初めて、OS (全生存期間) およびPFS (無増悪生存期間) の両方の予後シグネチャーに共通して含まれる唯一の重複DEASイベントとしてSOD2|78,301|ATを新規に同定した。SOD2は活性酸素スカベンジャーとして細胞のホメオスタシス維持に不可欠な酵素であるが、その特定のAS型がLUADの予後と免疫細胞浸潤に有意に相関することはこれまで報告されていない。SOD2|78,301|ATの低発現が良好なOS (p=0.0036) およびPFS (p=0.0003) と関連するという発見は、このASイベントがLUADにおける免疫回避の分子スイッチとして機能する可能性を示唆する新規な知見である。
臨床応用: 本研究で構築された5つのDEASからなるOS予後シグネチャーと6つのDEASからなるPFS予後シグネチャー、およびこれらを臨床変数と統合したノモグラムは、LUAD患者の個別化された予後予測に高い臨床的有用性を持つ。リスクスコアがTNM病期と並んで独立した予後因子として確認されたことは、これらのASベースのシグネチャーが臨床現場での意思決定を支援する新たなバイオマーカーとなる可能性を示唆する。特に、SOD2|78,301|ATのような特定のASイベントは、将来的にLUADの新規治療標的や免疫療法応答予測マーカーとして臨床応用される可能性がある。
残された課題: 本研究にはいくつかの限界が残されている。第一に、TCGAデータセットのみを用いた解析であり、外部の独立した検証コホートによるDEASベースの予測リスクスコアシグネチャーの検証が不足している点である。第二に、同定されたASイベントやSF-AS調節ネットワークの機能的役割に関する実験的検証が未実施である。これらの限界を克服するため、今後の研究では、より大規模なコホートでの検証と、in vitroおよびin vivoでの分子生物学的・細胞生物学的実験によるメカニズム解明が必要である。これらの今後の検討課題を通じて、本研究の知見の確実性を高め、臨床応用への道を拓くことが期待される。
方法
本研究では、TCGAデータベースからLUAD患者535例の腫瘍組織と59例の正常肺組織の臨床データ、およびTCGAスプライスseqデータベースからASイベントとそのPSI (Percent-Spliced-In) 値を抽出した。ASイベントのPSI値は0から1の範囲で定量化され、PSI値が75%を超えるサンプル率を持つASイベントのみを解析対象とすることで、データの一貫性を確保した。最終的に、490例のLUAD患者が解析に組み込まれた。
腫瘍微小環境の評価のため、RプログラムのESTIMATEアルゴリズム Yoshihara et al. NatCommun 2013 を用いて、各サンプルの免疫スコアとストローマスコアを算出した。これらのスコアはssGSEA (single sample Gene Set Enrichment Analysis) に基づいており、各サンプルにおける遺伝子発現パターンを順位付けし正規化することで、経験的累積分布関数の差分を統合して算出された。患者は、免疫スコアおよびストローマスコアの中央値に基づいて、高スコア群 (各245例) と低スコア群 (各245例) に分類された。
DEASイベントの同定には、高スコア群と低スコア群間でのPSI値の差分解析を行った。DEASの閾値は、|logFC| > 0かつFDR (False Discovery Rate) < 0.05と設定された。同定されたDEASイベントは、Venn図を用いて免疫スコア群とストローマスコア群に共通するイベントを絞り込んだ。さらに、標準偏差 (SD) ≥ 0.01かつ平均PSI値 ≥ 0.05のフィルタリングを適用し、最終的に30,569のASイベントが評価対象となった。
ASイベントの異質性を評価するため、ConsensusClusterPlusプログラム Wilkerson et al. Bioinformatics 2010 を用いて、LUAD患者を教師なしコンセンサスクラスター解析により分類した。最適なクラスター数は、ElbowアプローチとGap統計を用いて決定された。各クラスターにおける免疫細胞浸潤の相対的豊富さは、ssGSEAを用いて23種類の免疫浸潤細胞サブポピュレーションについて評価された。また、GSVA (Gene Set Variation Analysis) Hanzelmann et al. BMCBioinformatics 2013 を用いて、異なるASクラスター間の生物学的カスケード活性化の変動を評価した。
予後予測モデルの構築には、まず単変量Cox回帰分析を行い、生存期間と関連するDEASイベントを特定した。次に、モデルの過学習を防ぎ、最も簡潔なモデルを得るために、LASSO (Least Absolute Shrinkage and Selection Operator) 回帰分析を実施した。その後、Akaike Information Criterion (AIC) を最小化する基準で多変量Cox回帰分析を行い、最終的な予後シグネチャーを構成するDEASイベントを決定した。リスクスコアは、多変量Cox分析で得られた各DEASの係数 (βi) とPSI値 (Gi) を用いて、Σ(βi × Gi) の式で算出した。患者はリスクスコアの中央値に基づいて高リスク群 (HRG) と低リスク群 (LRG) に分類され、Kaplan-Meier (K-M) 曲線を用いて生存率の差を評価した。予測モデルの感度と特異度は、1年、2年、3年時点のROC (Receiver Operating Characteristic) 曲線を用いて評価された。
ノモグラムの作成には、cBioPortalデータベース Gao et al. SciSignal 2013 から年齢、性別、TNM病期、AJCC (American Joint Committee on Cancer) 病期などの臨床変数を取得した。リスクスコアと臨床変数を組み合わせた単変量および多変量Cox回帰分析により、独立した予後因子を特定した (p < 0.05)。その後、Rの’rms’パッケージを用いて、OSおよびPFSを予測するノモグラムを作成した。ノモグラムの識別能はC-indexで評価され、予測結果と実際の転帰との一致度はキャリブレーション曲線で評価された。
スプライシング因子 (SF) とASイベント間の調節ネットワークを解析するため、SpliceAid2データベースからSFデータを取得した。SFの発現値とASイベントのPSI値間のPearson相関分析を実施し、相関係数の絶対値が0.5超かつp値が0.001未満の場合に有意な関連があると判断した。このネットワークはCytoscape (version 3.8.2) を用いて可視化された。
SOD2遺伝子発現とLUADにおける免疫細胞浸潤の関連を調査するため、TIMER (Tumor IMmune Estimation Resource) ツール (http://cistrome.org/TIMER) を利用した。TIMERのSCNA (Somatic Copy Number Alteration) モジュールを用いて、SOD2遺伝子の体細胞コピー数変異が異なる腫瘍における免疫浸潤レベルを比較した。この解析では、LUAD細胞株のデータも利用された。
統計解析はRコンピュータプログラム (ver. 4.1.0) を用いて実施され、両側p値が0.05未満の場合を統計的に有意と判断した。