• 著者: Yiqun Zhang, Patrick Kwok-Shing Ng, Gordon B. Mills, Chad J. Creighton, et al.
  • Corresponding author: Gordon B. Mills (MD Anderson Cancer Center); David J. Kwiatkowski (Brigham and Women’s Hospital); Chad J. Creighton (Baylor College of Medicine)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-05-18
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 28528867

背景

PI3K/AKT/mTOR経路は、ヒト癌において最も頻繁に変異が認められる発癌シグナル経路の一つであり、PIK3CA変異、PTEN欠失、AKT増幅などの遺伝的変化が多様な癌種で報告されている。しかし、ゲノム解析単独では経路の実際の活性化状態を必ずしも反映しないことが知られており、タンパク質レベルでの経路活性を直接測定するプロテオミクスデータとの統合が不可欠であると考えられていた。これまで、TCGA (The Cancer Genome Atlas) による多癌種ゲノムデータの蓄積は進んでいたものの、RPPA (Reverse Phase Protein Array) によるタンパク質レベルの経路活性測定を組み合わせた、真に包括的な「proteogenomic atlas」は未解明な点が残されていた。特に、遺伝子変異とタンパク質レベルの経路活性化との乖離や、稀な遺伝子変異の機能的意義については、さらなる詳細な解析が不足していた。Hanahan et al. Cell 2000は癌の特性を定義し、シグナル伝達経路の異常がその根幹にあることを示唆したが、PI3K/AKT/mTOR経路の多角的な異常と臨床的意義の全貌は不明であった。また、Lawrence et al. Nature 2014は21種類の腫瘍における癌遺伝子の変異ランドスケープを明らかにしたが、PI3K/AKT/mTOR経路の活性化メカニズムをプロテオミクスレベルで詳細に解析した研究は不足していた。さらに、Network et al. Nature 2012は乳癌の包括的分子プロファイルを提示したが、PI3K/AKT/mTOR経路の活性化に対するプロテオミクスとゲノムの統合的視点からの解析は不足しており、依然として多くの課題が残されている。

目的

本研究は、32癌種にわたる11,219例の腫瘍サンプルを対象に、ゲノム (全エクソームシーケンス (WES)、コピー数、RNAシーケンス (RNA-seq)) とプロテオミクス (RPPA) データを統合解析し、PI3K/AKT/mTOR経路の包括的な活性化地図 (アトラス) を作成することを目的とした。これにより、既知の遺伝子変異に加え、これまで見過ごされてきた経路活性化メカニズムや、稀な変異の機能的意義、および予後との関連を明らかにすることを目指した。

結果

PI3K/AKT/mTOR経路変異の頻度と癌種間分布: PIK3CA変異は全癌種の14%に認められ、そのうち73%がホットスポット (E542、E545、H1047) に集中していた。PTEN変異は9%、PTENの部分的または高レベルコピー欠失は7%に認められた。癌種間で著明な頻度差があり、子宮内膜癌 (63%)、乳癌 (42%)、頭頸部癌 (35%) で特に高頻度であった。肺腺癌 (LUAD) ではPIK3CA変異が6%、PTEN欠失が9%と中程度の頻度であり、EGFR-TKI耐性との関連が示唆された。PIK3R1 (p85α) 変異も4%に認められ、PI3K経路変異の多様な形式が示された (Figure 2A, 2B)。

ゲノム変異なしAKT活性化の発見 (9%の隠れた経路活性化): 重要な新規知見として、PIK3CA変異、PTEN欠失、AKT変異などの典型的遺伝子変化を持たないにも関わらず、高いpAKT活性を示す腫瘍が764例 (解析対象の9%) 存在することが判明した。この群にはIDH1変異が有意に濃縮し (低悪性度神経膠腫:p<1E-10)、VHL変異 (腎細胞癌:p<0.01) も関与していた。IDH1変異はDNA高メチル化を介してPTEN発現を抑制することでAKTが活性化する間接的な機序が示唆された。これは従来の遺伝子変異スクリーニングでは見逃されるPI3K/AKT経路活性化機序の存在を示し、プロテオミクスベースの経路評価の重要性を強調した (Figure 7C)。この「High P-AKT」群は、特定の癌種 (LGG, PRAD, KIRC, PCPG) で特に濃縮していた。

PTENおよびSTK11部分コピー欠失の予後的意義: PTEN低レベルコピー欠失は予後不良と有意に相関 (p<0.05) した一方、高レベル欠失では有意な相関は認められなかった。STK11 (LKB1) の低レベルコピー欠失も有意に予後不良と相関した (p<0.05)。さらに、PTENおよびSTK11において、片アレル欠失と残りのアレルにおける体細胞変異の組み合わせは、野生型と比較して最も予後不良と関連した (Figure 6C, 6D)。例えば、PTENの低レベル欠失群は野生型と比較してOS中央値が有意に短く (HR 0.72, 95% CI 0.61-0.85, p<0.001)、STK11の低レベル欠失群も同様に予後不良と関連した (HR 0.68, 95% CI 0.56-0.83, p<0.001)。この非直線的な遺伝子量-予後関係は、コピー数の定量的評価 (単なるyes/no判定でなく量的評価) が予後評価において重要であることを示し、臨床的なPI3K阻害薬適応選択にも含意を持つ。

PI3KとmTOR経路の相関とプロテオミクスの付加価値: プロテオミクスデータでPI3K/AKTとmTOR経路の活性は強い相関を示した (Pearson’s r = 0.50, p < 1E-30)。しかし、一部の癌種 (特定のRTK変異型) では遺伝子変異からの予測と実際の経路活性が乖離しており (pathway decoupling)、プロテオミクスデータの付加価値が示された。これはゲノム異常が必ずしもタンパク質レベルの経路活性化に直結しないことを意味し、経路活性化のプロテオミクス評価がゲノム解析の補完として必要であることを強調した (Figure 1A, 1B)。

PIK3CA変異69種の機能的多様性と臨床的含意: MCF10AおよびBa/F3細胞を用いた69種のPIK3CA変異体機能的アッセイにより、臨床で高頻度に認められる変異型 (E542K、E545K、H1047R) が有意に高い腫瘍頻度 (p<0.01) と対応することが確認された。一方、まれな変異 (非ホットスポット変異) の機能的活性は多様であり、一律にPI3K阻害薬の適応とすることはできず、個別評価の必要性が示された。PIK3R1 (p85) 変異の機能的解析でも一部が真の機能喪失変異 (dominant negative) であることが示され、PIK3CA/PIK3R1の変異種類に応じた治療戦略の選択が必要と結論された (Figure 4C)。機能性を示す変異体は、野生型と比較して平均pAKTレベルが有意に高かった (p<0.01)。

遺伝子発現シグネチャーと薬剤感受性: PI3K/AKT/mTOR経路の転写シグネチャーは、PI3K/AKT/mTOR阻害剤に対する細胞株の感受性と逆相関した (Figure 5A)。また、146個の遺伝子からなるPI3K/AKT/mTOR阻害剤感受性シグネチャーが同定され、これはPI3K/AKTリン酸化タンパク質レベルと有意に相関した (Figure 5E)。MYCおよびKRASのノックダウンもPI3K/AKT/mTORシグネチャーを抑制することが示され、これらの経路間のクロストークが示唆された (Figure 5B)。

考察/結論

本研究は、PI3K/AKT/mTOR経路の最大規模の統合的proteogenomicアトラスを提供し、ゲノム解析単独では見逃される経路活性化例が9%存在するという重要な新規知見を示した。IDH1/VHL変異を介したpAKT活性化という新規機序の発見は、PI3K阻害薬適応患者の選択において遺伝子変異スクリーニングだけでは不十分であることを意味し、プロテオミクスベースの経路活性評価の重要性を強調する。これは、これまで報告されていない経路活性化メカニズムであり、本研究で初めて包括的に示された。

先行研究との違い: これまでの研究が主に遺伝子変異に焦点を当てていたのと異なり、本研究はゲノムとプロテオミクスデータを統合することで、遺伝子変異がないにも関わらず経路が活性化している腫瘍群を特定した。特に、PTENおよびSTK11の部分的コピー欠失が予後不良と相関するという知見は、単なる遺伝子欠失の有無だけでなく、その程度が臨床的意義を持つことを示しており、これまでの研究とは対照的な結果である。

新規性: 本研究で初めて、IDH1およびVHL変異がPI3K/AKT/mTOR経路の活性化に寄与する可能性を新規に同定した。これは、従来のPI3K/AKT/mTOR経路の「カノン」にこれらの遺伝子を含めるべきであることを示唆する。また、PIK3CAおよびPIK3R1の稀な変異の機能的多様性を広範に評価したことも新規性である。

臨床応用: 本知見は、PI3K/AKT/mTOR経路阻害薬の臨床応用において、患者選択の精度向上に直結する。特に、EGFR変異陽性NSCLCにおけるPI3K/AKT/mTOR経路活性化がEGFR-TKI耐性に関与することが報告されており、本アトラスで示された経路活性化状態の詳細な地図は、TKIとPI3K阻害薬の組み合わせ療法に適応する患者の選択に直接応用できる重要なリソースとなる。プロテオミクスベースの経路活性評価は、臨床現場での個別化医療の実現に貢献する可能性を秘めている。

残された課題: 今後の検討課題として、IDH1/VHL変異によるPI3K/AKT/mTOR経路活性化の分子メカニズムをさらに詳細に解明する必要がある。また、本研究で同定された稀な変異の臨床的意義を、より大規模なコホートで検証することも重要である。Limitationとして、RPPAの抗体特異性やリン酸化タンパク質の不安定性、腫瘍の不均一性や微小環境の影響など、技術的・生物学的ノイズがデータ解釈に影響を与える可能性が挙げられる。

方法

本研究は、多施設共同のレトロスペクティブコホート研究として実施された。TCGAデータベースより11,219例 (32癌種) のゲノムデータ (WES n=10,224、全ゲノムシーケンス (WGS) n=1,363、SNPアレイ、RNA-seq) と7,663例のRPPAデータ (225抗体、166タンパク質・56リン酸化タンパク質) を統合解析した。RPPAデータは、異なる癌種間での直接比較を可能にするため、データ正規化とバッチ補正を実施した。PI3K/AKTおよびmTOR経路の全体的な活性レベルを評価するため、文献レビューに基づき選択された主要な構成タンパク質を用いて経路シグネチャーを開発し、各腫瘍プロファイルにおける活性スコアを算出した。MCF10A (ヒト乳腺上皮細胞株) およびBa/F3細胞を用いて、PIK3CA変異体 (69種) およびPIK3R1変異体 (35種) の機能的アッセイをin vitroで実施し、細胞増殖活性化能を評価した。遺伝子発現データに対しては、ssGSEA (single-sample GSEA) を用いてシグネチャーエンリッチメントを評価した。患者の全生存期間 (OS) と分子学的特徴との関連を評価するため、単変量Cox比例ハザード回帰分析および癌種を共変量とする層別Coxモデルを用いた。特に、PTENおよびSTK11のコピー数変化については、各癌種内でのCox回帰分析後、メタアナリシスを用いて全体的な効果を推定した。統計的有意性は、Fisher exact test、t-test、およびlog-rank testを用いて評価し、p<0.05を統計的に有意と判断した。本研究にはNCT番号は付与されていない。