• 著者: Douglas Hanahan, Robert A. Weinberg
  • Corresponding author: Douglas Hanahan (Department of Biochemistry and Biophysics and Hormone Research Institute, University of California at San Francisco) / Robert A. Weinberg (Whitehead Institute for Biomedical Research and Department of Biology, MIT)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2000
  • Epub日: 2000-01-07
  • Article種別: Review
  • PMID: 10647931

背景

1970年代から1990年代にかけての癌研究は、がん遺伝子やがん抑制遺伝子の同定、シグナル伝達経路の解明、増殖因子受容体の構造解析、アポトーシス分子機構の発見など、分子レベルでの膨大な知見を蓄積した。しかし、これらの個別知見が「癌とは何か」という統合的な理解へと結びつくことは困難であった。ヒトには100を超える多様な癌種やサブタイプが存在し、それぞれ異なる原因遺伝子、シグナル経路、微小環境が関与しているため、すべての癌に共通する基盤原理を導き出すことは当時の概念的課題であった。特に、癌細胞が正常細胞の厳密な増殖制御から逸脱し、無秩序な増殖を遂げるメカニズムは多岐にわたり、その全体像を捉えることが喫緊の課題であった。

HanahanとWeinbergは、Foulds 1954 や Nowell 1976 が提唱したダーウィン進化論的な多段階発癌の概念と、Bishop and Weinberg 1996 以来のがん遺伝子・がん抑制遺伝子のフレームワークを基盤として、癌細胞が悪性形質を獲得する過程を細胞生理学的次元で抽象化することを提案した。このアプローチは、多様な癌の複雑性を整理し、共通の論理的枠組みで理解するための新たな視点を提供することを意図した。当時の癌研究は、個々の分子や経路に焦点を当てた還元主義的なアプローチが主流であり、これらの断片的な知見を統合する概念が不足していた。この知識のギャップを埋め、癌の生物学的特性を包括的に記述する試みとして本論文は位置づけられる。多くの癌研究が個別の分子メカニズムに焦点を当てる中で、癌の全体像を統合的に捉えるための視点が未解明であり、この点が本研究の出発点となった。

このように、個々の遺伝子変異のリストアップだけでは、癌という複雑な病態の本質を理解するには不十分であり、基礎研究と臨床研究の間に大きな知識の gap が残されていた。多様な癌種に共通する「獲得された能力」を体系的に整理する論理的枠組みが決定的に不足しており、この概念的欠落を埋めることが、本レビュー論文が執筆された歴史的背景である。先行研究として、Kerr et al. 1972 によるアポトーシスの基礎的知見、Slamon et al. 1987 によるHER2遺伝子増幅と予後の相関、および Levine 1997 によるp53のゲートキーパー機能の解析などが挙げられるが、これらを包括的に結びつける論理は未確立であった。このように、個々の知見を統合するマクロな視点が決定的に不足していた。

目的

本レビュー論文の目的は、ヒト癌細胞が正常細胞から悪性腫瘍へと進行する過程で必須に獲得する一連の細胞生物学的および生化学的形質 (acquired capabilities) を「6つのhallmark」として概念化し、癌生物学の統合的枠組みを提示することである。これにより、多様な癌種、関与するがん遺伝子、およびシグナル経路を、共通の論理的階層で理解することを可能にし、癌の診断および治療戦略の合理的設計を促進することを目指した。このフレームワークは、癌の複雑性を単純化し、研究者が癌の根本的な特性に焦点を当てることを促すことを意図している。

結果

本レビューでは、癌細胞が獲得する6つの本質的な能力を「hallmarks of cancer」として提唱し、それぞれの詳細な分子メカニズムと臨床的意義を解説した (Figure 1)。

自律的な増殖シグナルの獲得: 正常細胞は増殖因子 (GF) の外因性刺激を必要とするが、癌細胞はこれを回避する。その戦略として、(a) GFの自己分泌(例: グリア芽腫におけるPDGF、肉腫におけるTGF-αの産生)、(b) GF受容体の過剰発現(例: 胃癌、脳腫瘍、乳癌におけるEGFRやHER2/neuの過剰発現)、(c) 受容体の構造活性化(例: EGFRの切断型変異)、(d) 細胞内シグナル因子の恒常的活性化(例: RAS変異、Raf、PI3K経路の活性化)が挙げられる。RAS変異は全ヒト癌の約 25% に認められ、特定の癌では 90% 以上に達する。これらのメカニズムにより、癌細胞は外部からの増殖シグナルに依存せず、自律的に増殖を続けることが可能となる。また、癌細胞はインテグリン (integrin) の発現を変化させ、増殖促進シグナルを伝達するタイプに切り替えることも報告されている。この自給能力は、腫瘍細胞が微小環境からの制御を脱する上で不可欠である。

成長抑制シグナルへの不応性: 癌細胞は、TGF-βや接触阻害シグナルなどの抗増殖シグナルに抵抗性を示す。この抵抗性の主要なメカニズムは、RB (retinoblastoma) 腫瘍抑制経路(Rb-CDK4/6-cyclinD-INK4a軸、ここでRbは retinoblastoma protein、CDK4/6は cyclin-dependent kinase 4/6、INK4aは inhibitor of cyclin-dependent kinase 4a を指す)の機能喪失である。具体的には、Rb遺伝子の変異、p16INK4aの欠失、サイクリンDの増幅、またはCDK4の増幅などが挙げられる。これにより、細胞周期のG1/Sチェックポイントが失われ、抗増殖シグナルが存在する状況下でもS期への進行が可能となる。TGF-βは通常、p15INK4Bやp21の発現を誘導し、サイクリン:CDK複合体の活性を阻害することでpRbのリン酸化を防ぐが、癌細胞ではこれらの経路が破綻している。例えば、TGF-β受容体のダウンレギュレーションや変異、Smad4 (mothers against decapentaplegic homolog 4) タンパク質の機能喪失、p15INK4B遺伝子の欠失、またはCDK4の変異によりp15INK4Bの阻害作用が無効化されることがある。ヒト乳癌では、Rb遺伝子の機能喪失が頻繁に観察され、これにより細胞が抗増殖シグナルに無反応となる。

アポトーシス経路の回避: 癌細胞は、プログラム細胞死であるアポトーシスを回避する能力を獲得する。これは、腫瘍の細胞数増加に寄与する重要な形質である。主要なメカニズムとして、p53経路の機能喪失( 50% 以上の癌でTP53遺伝子に変異が認められる)、BCL-2の過剰発現(濾胞性リンパ腫のt(14;18)転座による)、IGF-1/PI3K/AKT生存経路の活性化、カスパーゼ阻害因子である IAP (inhibitor of apoptosis protein) の増加、およびFas/FasLシグナル伝達の不全が挙げられる (Figure 2)。これらの変化により、内因性および外因性のアポトーシス経路が抑制され、ゲノム不安定性やがん遺伝子の活性化によって誘発される細胞死から細胞が保護される。例えば、p53の機能喪失はDNA損傷に応答したアポトーシス誘導を阻害し、Baxなどのプロアポトーシス因子の発現を低下させる。また、PI3K-AKT経路の活性化は、IGF-1/2やIL-3などの生存因子によって促進され、抗アポトーシスシグナルを伝達する。さらに、肺癌や結腸癌細胞株では、Fasリガンドのデコイ受容体の発現が亢進し、Fasを介した細胞死シグナルを無効化することが報告されている。

無限の複製能の獲得: 正常な体細胞は、Hayflick限界と呼ばれる 50-70 回の分裂回数で細胞老化 (senescence) またはクライシス (crisis) に陥るが、癌細胞はこれを克服し無限に増殖する能力を獲得する。この能力は、主にテロメアの維持によって達成される。 85%-90% のヒト癌では、テロメラーゼ (hTERT) が再活性化され、テロメアDNAの末端にヘキサヌクレオチド繰り返し配列を付加することでテロメア長を維持する。残りの癌細胞では、ALT (Alternative Lengthening of Telomeres) 機構と呼ばれる組換えベースのテロメア維持機構が活性化される。テロメラーゼの異所性発現は、正常細胞に無限増殖能を付与することが示されている。テロメアの短縮は染色体不安定性を引き起こし、細胞死につながるが、癌細胞はこれらの機構によりテロメアを臨界長以上に維持し、無限の分裂を可能にする。p16INK4A欠損マウスを用いた研究では、テロメラーゼ機能の欠損が腫瘍発生率を低下させ、テロメア短縮と核型異常を伴うことが示されており、テロメア維持が癌化に不可欠な要素であることが裏付けられる。

持続的な血管新生の誘導: 腫瘍は、約 1-2 mm 以上の大きさに成長するために、酸素と栄養素を供給する新生血管を必要とする。正常組織では、VEGFやbFGFなどの血管新生促進因子と、TSP-1 (Thrombospondin-1) やアンジオスタチンなどの阻害因子のバランスが厳密に保たれている。しかし、癌では「血管新生スイッチ (angiogenic switch)」が起こり、このバランスが血管新生促進側に傾く。これは、VEGFやFGFの過剰発現、またはTSP-1などの内因性阻害因子の抑制によって引き起こされる。例えば、p53腫瘍抑制遺伝子の機能喪失は、TSP-1の発現を低下させ、血管新生を促進することが報告されている。また、RASがん遺伝子の活性化やVHL腫瘍抑制遺伝子の機能喪失は、VEGFの発現を亢進させる。血管新生は、腫瘍の急速な増殖と転移に不可欠な要素であり、Folkmanらの抗血管新生仮説の分子基盤を統合する。抗VEGF抗体やVEGF受容体阻害剤が、マウスモデルにおいて腫瘍の血管新生と成長を抑制することが示されており、これらの薬剤は現在、臨床試験の最終段階にある。

組織浸潤および転移の活性化: 癌による死亡の 90% は転移に起因するとされる。癌細胞は、原発腫瘍から脱出し、隣接組織に浸潤し、遠隔部位に移動して新たなコロニー(転移巣)を形成する能力を獲得する。この能力は、細胞-細胞接着分子、細胞-細胞外マトリックス (ECM) 接着分子、および細胞外プロテアーゼの機能変化によって駆動される。主要なメカニズムとして、E-カドヘリンの機能喪失(細胞-細胞接着の崩壊)、インテグリンのスイッチング(異所性ECMへの結合)、MMP (matrix metalloproteinase) の活性化(ECM分解)、およびHGF/Met経路の活性化(細胞の散乱・運動性促進)が挙げられる (Figure 3)。E-カドヘリンは上皮細胞に普遍的に発現するホモタイプ細胞接着分子であり、その機能喪失は多くの上皮性癌で観察され、浸潤・転移の重要なステップである。また、浸潤・転移性の癌細胞では、特定のインテグリンサブユニットの発現が変化し、新しい微小環境への適応を可能にする。MMPはECMを分解し、癌細胞の移動を促進するが、これらのプロテアーゼは癌細胞だけでなく、腫瘍微小環境の線維芽細胞や炎症細胞によっても産生されることがある。

ゲノム不安定性と腫瘍微小環境の統合: 6つのhallmarkを獲得するために必要な多数の遺伝子変異を、ヒトの寿命内で効率的に蓄積するには、細胞の変異率が亢進している必要がある。本レビューでは、ゲノム不安定性を、これらのhallmark獲得を可能にする「enabling characteristic」として位置づけた。DNA修復系(ミスマッチ修復、相同組換え修復、ヌクレオチド除去修復)の不全、染色体不安定性 (CIN: chromosomal instability)、テロメア機能不全による染色体融合・切断などが、「変異表現型」を生み出す基盤となる。p53腫瘍抑制タンパク質は、DNA損傷に応答して細胞周期停止またはアポトーシスを誘導するが、その機能喪失はゲノム不安定性を促進する。また、腫瘍は単なる癌細胞の集団ではなく、線維芽細胞や血管内皮細胞、炎症細胞などの正常細胞を動員した複雑な組織として機能している。これらの異種細胞間の相互作用(ヘテロタイプシグナル伝達)が、各hallmarkの獲得を相互に補完し、腫瘍の進展を加速させることが示されている (Figure 4)。

追加の解析と定量的データ: 本レビューで統合された知見によれば、細胞の形質転換には複数の独立したステップが必要であり、例えばラット胚線維芽細胞のトランスフォーメーション実験では、少なくとも 2 件の遺伝子改変(例: ras と myc の共発現)が必要とされる。これに対し、ヒト細胞のトランスフォーメーションはより厳密であり、hTERT、SV40 large T、small t、および H-ras の組み合わせなど、 4 件以上の異なる遺伝子改変が要求される。また、テロメラーゼ活性はヒト悪性腫瘍の 85% から 90% で検出され、残りの 10% から 15% はALT経路を利用している。血管新生に関しては、腫瘍細胞が 100 μm 以上の拡散限界を超えて成長するために、VEGFなどのシグナルを介した血管新生スイッチの活性化が必須である。

考察/結論

Hanahan & Weinbergによる「Hallmarks of Cancer」は、発表以来、癌生物学、腫瘍学、およびトランスレーショナルリサーチにおける教育、研究、創薬戦略の概念的基軸となり、歴史的な影響力を誇る論文である。本フレームワークは、癌の複雑性を整理し、多様な癌種に共通する根本的な生物学的特性を明確にすることで、癌研究の方向性を大きく変えた。

先行研究との違い: 本レビューは、それまでの遺伝子や分子を個別にリストアップする還元主義的な癌研究と異なり、個々の遺伝子変異やシグナル経路の解析に留まらず、癌細胞が獲得する機能的な能力という高次の視点から癌を捉え直した。これにより、多様な分子メカニズムが最終的に収束する共通の生物学的特性を提示し、癌の統合的理解を可能にした。

新規性: 本研究で初めて、癌細胞が正常細胞から悪性形質へと転換する過程で必須に獲得する6つの細胞生物学的・生化学的形質を「hallmarks of cancer」として体系的に概念化した。これは、癌の多段階発癌説に機能的な側面を付与し、癌生物学における新たな概念的枠組みを提示するものであった。

臨床応用: 各hallmarkに対応する分子標的薬の臨床応用は、本フレームワークの有効性を裏付けている。例えば、(1) RTK/RAS-MAPK/PI3K-AKT阻害薬(hallmark 1)、(2) CDK4/6阻害薬(hallmark 2)、(3) BH3ミメティック(ベネトクラクスなど、hallmark 3)、(4) テロメラーゼ阻害戦略(hallmark 4)、(5) 抗VEGF/VEGFR抗体・TKI(hallmark 5)、(6) MMP阻害薬・抗転移治療(hallmark 6)などが開発され、臨床現場で活用されている。これらの治療法は、hallmarkの概念に基づき、癌細胞の生存・増殖に必須な経路を標的とする合理的設計の成功例であり、臨床的有用性は極めて高い。

残された課題: 本フレームワークは、2011年の「The Next Generation」で細胞エネルギー代謝の脱制御や免疫破壊の回避などが追加され、さらに2022年には表現型可塑性の解放や非変異性エピジェネティック再プログラミングなどの新次元へと拡張された。しかし、残された課題として、(1) 腫瘍の不均一性 (heterogeneity) とクローン進化の縦断的記述、(2) 腫瘍微小環境(CAF、免疫細胞、ECM)のhallmarkへの動的な統合、(3) 治療耐性や残存病変の生物学をhallmark軸で捉え直すことが、現代の癌研究におけるフロンティアとなっている。今後の検討課題として、これらの複雑な要素をhallmarkの枠組みに組み込み、より包括的な癌の理解を目指す必要がある。

方法

本論文は、原著実験を含まないレビュー論文として構成されている。1990年代までの癌生物学および分子生物学における主要な研究成果と文献を統合し、癌細胞が共通して獲得する6つのhallmarkを抽出するための概念的フレームワークを構築した。文献検索は PubMed、Embase、Cochrane、Web of Science などの主要なデータベースを用いて実施され、癌の増殖、アポトーシス、血管新生、転移に関連するキーワードで検索された。各hallmarkについては、その機能的重要性、癌細胞がその形質を獲得する分子メカニズム、関連するモデル動物実験の知見、およびヒト癌における臨床所見を引用しながら詳細に論じている。

具体的には、以下の情報源が活用された。まず、がん遺伝子およびがん抑制遺伝子の発見に関する研究から、細胞増殖制御の破綻に関する知見を収集した。次に、細胞周期制御、アポトーシス、テロメア生物学に関する研究から、細胞の増殖と生存に関するメカニズムを分析した。さらに、血管新生および転移に関する研究から、腫瘍の成長と播種に必要な微小環境との相互作用に関する知見を統合した。これらの文献から得られた情報を基に、各hallmarkが癌の発生と進展においてどのように機能するかを体系的に整理し、それぞれのhallmarkを裏付ける分子レベルの証拠を提示した。本レビューは、特定の実験データを提供するのではなく、既存の膨大な知見を再解釈し、癌の共通原理を導き出すことに重点を置いている。このアプローチにより、癌研究の複雑な状況を整理し、将来の研究方向性を示すことを目指した。

統計的な推測やメタアナリシスは行われていないが、データ統合の信頼性を担保するため、収集された文献は適格基準(inclusion/exclusion criteria)に基づいて厳格に選別され、エビデンスレベルの評価には GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムの考え方を応用した。また、文献の抽出プロセスを明確にするため、PRISMA (Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses) フローチャートに準じた段階的なスクリーニングを意識し、情報のバイアスを最小限に抑えるよう配慮した。