- 著者: Li Z, Razavi P, Li Q, Toy W, Liu B, Ping C, Hsieh W, Sanchez-Vega F, Brown DN, Da Cruz Paula AF, Morris L, Selenica P, Eichenberger E, Shen R, Schultz N, Rosen N, Scaltriti M, Brogi E, Baselga J, Reis-Filho JS, Chandarlapaty S
- Corresponding author: Sarat Chandarlapaty (Human Oncology and Pathogenesis Program, Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2018
- Epub日: 2018-11-21
- Article種別: Original Article
- PMID: 30537512
背景
CDK4/6阻害薬 (CDK4/6i) であるパルボシクリブ、リボシクリブ、アベマシクリブは、エストロゲン受容体陽性 (ER陽性)/HER2陰性進行乳癌の標準治療として確立されており、内分泌療法との併用により無増悪生存期間 (PFS) を大幅に延長することが示されている。これらの薬剤は、Cyclin D-CDK4/6複合体によるRB1リン酸化を阻害し、細胞周期のG1/S期移行を停止させることで抗腫瘍効果を発揮する。この作用機序から、RB1遺伝子の欠損や変異がCDK4/6iに対する耐性メカニズムとなりうると理論的に予測されていた。しかし、CDK4/6i治療後の臨床的耐性症例におけるRB1変異の頻度は比較的低く (約4%)、他の耐性メカニズムの同定が急務であった。これまでの先行研究では、CCND1増幅、PIK3CA変異、ESR1変異などがCDK4/6i耐性との明確な関連を示さなかったことが報告されている (Finn et al. 2015, Turner et al. 2015)。これらの研究は、CDK4/6i耐性における既知の経路の役割を評価したが、新たな耐性メカニズムの特定には至らず、知識ギャップが残されている。
FAT1は脊椎動物のプロトカドヘリンファミリーに属する膜タンパク質であり、腫瘍抑制遺伝子として機能することが知られている。特に頭頸部癌においてFAT1の欠損が報告されていたが (Morris et al. 2013)、CDK4/6i耐性との直接的な関連はこれまで未解明であった。Hippo腫瘍抑制経路は、FAT1やNF2 (Merlin) などの膜タンパク質が上流に位置し、LATS1/2キナーゼを介してYAP/TAZ転写因子の核外排除を制御する重要なシグナル伝達経路である。Hippo経路の不活化は、YAP/TAZの核内蓄積をもたらし、その結果、TEAD標的遺伝子の転写が亢進されることが知られている (Martin et al. 2018)。このHippo経路の機能不全が、様々な癌種において腫瘍の増殖や転移を促進することが報告されており、例えば肺癌、肝臓癌、中皮腫などでYAP/TAZの腫瘍促進への関与が広く認識されている。しかし、ER陽性乳癌におけるCDK4/6i耐性との関連、特にHippo経路がCDK6の発現を介して耐性を誘導する具体的なメカニズムについては、知識が不足しており、詳細な分子メカニズムは未解明であった。本研究は、この重要な知識ギャップを埋めることを目指した。
目的
本研究の目的は、CDK4/6阻害薬 (CDK4/6i) で治療されたER陽性乳癌患者のゲノム解析を通じて、薬剤耐性に関連する新たな遺伝子異常を同定することである。特に、FAT1腫瘍抑制遺伝子の欠損が、Hippo経路の抑制を介してYAP/TAZ転写因子を活性化し、CDK6を過剰発現させることでCDK4/6i耐性を誘導する分子メカニズムを詳細に解明することを目的とした。さらに、Hippo経路の他の構成要素であるNF2の異常もCDK6の発現増加とCDK4/6i感受性の低下を引き起こすかを評価し、CDK4/6i耐性におけるHippo経路の腫瘍抑制機能の重要性を確立することも目的とした。これにより、新たな治療標的およびバイオマーカーの可能性を探ることも目指した。
結果
FAT1およびRB1欠損がCDK4/6阻害薬治療におけるPFSを著明に短縮: 348例のER陽性/HER2陰性乳癌患者を対象としたMSK-IMPACTゲノム解析の結果、PIK3CA変異やCCND1増幅はCDK4/6阻害薬 (CDK4/6i) 治療後のPFSと関連しなかった。しかし、FAT1の欠損を持つ患者では、中央値PFSが2.4ヵ月 (95% CI: 2.0, not reached) であり、FAT1野生型患者の中央値PFS 10.1ヵ月 (95% CI: 8.7〜12.2) と比較して著明に短縮した (HR 11.1, 95% CI: 4.65〜26.62, log-rank P = 2.2×10⁻¹¹)。同様に、RB1欠損患者の中央値PFSは3.6ヵ月 (95% CI: 2.2〜not reached) と短縮した (log-rank P = 0.00041)。MSKCCの1,501例のER陽性乳癌コホートでは、FAT1変異は原発腫瘍で約2%、転移腫瘍で約6%に認められ、欠損変異 (フレームシフト、ナンセンス、スプライス部位変異、ホモ接合性欠失) が全変異の約1/3を占めた (Figure 1A, Figure 2A)。biallelic FAT1不活化 (病的変異と野生型アレル消失、または二重病的変異、ホモ接合性欠失) を持つ患者でのみ明確なPFS短縮が観察され、missense変異単独の患者では一部のサブセットのみが短いPFSを示した (Figure 2C)。腫瘍変異量 (TMB) や前治療ライン数を調整した後も、FAT1およびRB1変異はPFSと有意な関連を示した (Table S3)。
FAT1欠損がCDK4/6阻害薬耐性を誘導し、IC50を4〜6倍上昇させる: CRISPR-Cas9を用いて作製したFAT1ノックアウト (FAT1-KO) MCF7細胞 (n=3 replicates) では、50 nM abemaciclib存在下でも増殖が継続したのに対し、親細胞は完全に増殖が抑制された (day 35、one-way ANOVA; FAT1-KO vs parental P < 0.0001)。CDK4/6iのIC50値は、親細胞でabemaciclib 47.3 nM、palbociclib 51.2 nM、ribociclib 165.3 nMであったのに対し、FAT1-CR-1細胞ではabemaciclib 187.6 nM、palbociclib 339.6 nM、ribociclib 1,087 nMと、約4〜6倍の上昇を示し、明確な薬剤抵抗性が確認された (Figure 3D)。FAT1-CR-2およびFAT1-CR-3細胞でも同様にIC50の上昇が認められた (abemaciclib 224.5 nMおよび215.2 nM、palbociclib 425.5 nMおよび146.5 nM、ribociclib 881.7 nMおよび680.1 nM)。shRNAによるFAT1ノックダウン細胞 (FAT1-sh-A、FAT1-sh-B) でも同様にIC50が上昇し (abemaciclib 329.2 nMおよび217.8 nM)、RB1欠損やCDK6過剰発現と同等の耐性プロファイルを示した。FAT1-KO細胞は薬物非存在下での増殖速度に親細胞との差はなく (n=3 replicates、mean ± SD)、CDK4/6i阻害下でのみ耐性が発現した。
FAT1欠損がHippo経路を介してCDK6を過剰発現させる: FAT1-KO MCF7細胞 (n=3 replicates) では、CDK6 mRNAレベルが有意に上昇し (qPCR、RPLP0正規化、one-way ANOVA + Dunnett、P < 0.0001)、CDK6タンパク質も顕著に増大した (Figure 4A, 4B)。CDK4、Cyclin D1、pRBのレベルには一貫した変化は認められなかった。CAMA-1 FAT1-KO細胞でも同様のCDK6上昇が確認された。TCGAのER陽性乳癌データ解析では、FAT1欠失腫瘍はFAT1野生型腫瘍と比較してCDK6 mRNAが有意に高値であり (two-tailed t-test、P < 0.0001)、CDK4とCDK6の発現比が逆転していた (Figure 4D, 4E)。CDK4/6iに6ヵ月間慢性的に曝露して作製した耐性株 (MR3、MR09) でも、FAT1発現が著明に低下し、CDK6が高値を示した。CDK6をshRNAで抑制すると、FAT1-KO細胞における100 nM abemaciclibによる増殖抑制効果が親細胞レベルに回復し、CDK6過剰発現が耐性の主要なエフェクターであることが証明された (Figure 4G)。PDXモデルの免疫組織化学染色でも、ribociclib治療9週間後の腫瘍において、FAT1低発現PDXはすべてCDK6高発現を示し、FAT1高発現PDXはCDK6低発現であった (Figure 4I)。ヒト乳癌臨床検体でも、FAT1変異例はFAT1低発現・CDK6高発現を示すのに対し、FAT1野生型例はFAT1高発現・CDK6低発現という有意な相関が確認された (P < 0.0001) (Figure 4J)。
Hippo経路の不活化がYAP/TAZを介してCDK6発現を制御する: FAT1-KO細胞 (n=3 replicates) のqPCR解析では、Wnt/β-catenin経路の標的遺伝子 (AXIN2、MYC) の発現に変化はなかったが、Hippo経路の標的遺伝子 (CTGF、CYR61) が著明に上昇した (Figure 5A)。これはHippo経路の不活化を示唆する。生化学的解析では、LATS1およびMST1のリン酸化がFAT1-KO細胞で低下しており、Hippo経路シグナルの低下を裏付けた (Figure 5F)。YAP/TAZのノックダウン (YAP1単独、またはYAP1+TAZ) により、CTGFおよびCDK6の誘導が抑制され、FAT1-KO細胞のCDK4/6i感受性が回復した (Figure 5C)。免疫蛍光染色では、FAT1-KO細胞においてYAPが核内に強く局在していることが確認された (親細胞では細胞質に局在) (Figure 5E)。ChIP-qPCR解析では、CDK6プロモーター上の2つのTEAD結合部位において、FAT1-KO細胞でYAPおよびTAZの結合が親細胞と比較して著明に増大していることが示された (Figure 5D)。dominant-negative TEADの発現によりCDK6誘導が消失した。RNAシーケンシングの結果、FAT1-KO細胞ではCDK6およびCTGFのmRNA上昇が確認され、遺伝子セット濃縮解析 (GSEA) ではHippo経路関連遺伝子セットの有意な濃縮が認められた (Figure 5G)。
NF2欠損もCDK6上昇とCDK4/6阻害薬耐性を誘導する: CRISPR NF2-KO MCF7細胞 (n=3 replicates、85%タンパク抑制) では、FAT1-KO細胞と同様にCDK6 mRNAおよびタンパク質レベルが上昇し、abemaciclib感受性が低下した (Figure 6B, 6C, 6D)。免疫蛍光染色により、FAT1とNF2が細胞膜上に共局在することも確認された (Figure 6A)。臨床ゲノム解析では、Hippo経路の他の構成要素 (LATS1、LATS2、YAP1) の遺伝子異常も、個々の頻度は低いものの、集合的にCDK4/6iに対する反応性の低下と関連することが示された (HR 3.6, 95% CI: 1.7, 7.8, p = 4.4×10⁻⁴) (Figure 6F)。
考察/結論
本研究は、CDK4/6阻害薬 (CDK4/6i) 耐性の新規メカニズムとして、FAT1-Hippo経路-YAP/TAZ-CDK6軸を同定した。ER陽性乳癌患者348例の臨床ゲノム解析により、FAT1またはRB1の機能喪失型変異がCDK4/6iに対する臨床的耐性と強く関連することを示した。特に、FAT1欠損はPFSに対してHR 11.1という非常に大きな効果量を示し、RB1変異よりも臨床的影響が大きい可能性がある。
先行研究との違い: これまでの研究では、Hippo経路 (YAP/TAZ) が肺癌、肝臓癌、中皮腫などで腫瘍促進に寄与することが広く報告されていたが、CDK4/6i耐性とHippo-CDK6軸の直接的な連関は、本研究で初めて明らかにされた。また、YAP/TAZがCDK6プロモーターのTEAD結合部位に直接結合し、CDK6の転写を増大させるというメカニズムは、細胞周期制御と形態形成シグナル間の予期せぬ接点を示しており、これまでの知見と異なり、CDK6がHippo経路の下流で直接的に制御されることを明確に示した。
新規性: 本研究で初めて、FAT1腫瘍抑制遺伝子の欠損がHippo経路の不活化を介してYAP/TAZの核内蓄積を引き起こし、その結果CDK6の過剰発現を誘導することでCDK4/6i耐性を促進するという、新規の分子メカニズムを同定した。この発見は、ER陽性乳癌におけるHippoシグナル伝達の腫瘍抑制機能と、FAT1欠損がCDK4/6i耐性の重要なメカニズムであることを確立した点で新規性が高い。
臨床応用: 本研究の知見は、CDK4/6i治療における臨床応用において重要な意義を持つ。第一に、FAT1変異やNF2変異は、CDK4/6i治療前のゲノム検査で同定可能であり、これらの変異を持つ患者に対しては、早期に代替療法への切り替えを検討するための有用なバイオマーカーとなりうる。特に、biallelic FAT1不活化 (missense変異単独ではなく、欠損変異とアレル消失の組み合わせ) でのみ明確なPFS短縮が認められた点は、臨床バイオマーカーとして変異タイプの層別化が重要であることを示唆する。第二に、YAP/TAZ阻害薬 (例えばverteporfinなど、臨床試験中の候補薬も存在する) とCDK4/6iの併用は、FAT1欠損を有するER陽性乳癌患者の耐性を克服するための論理的な治療戦略となりうる。第三に、CDK6を選択的に阻害する薬剤 (CDK4との選択性を高めた次世代薬) の開発も、FAT1欠損を標的とする新たな治療戦略となる可能性がある。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) FAT1変異とCDK4/6i耐性の関連を前向きバイオマーカー研究でさらに検証すること、(2) YAP/TAZ阻害薬とCDK4/6iの併用療法の前臨床および臨床試験を実施し、その有効性と安全性を評価すること、(3) FAT1-Hippo-CDK6軸が肺癌や胃癌などの他のがん種におけるCDK4/6i耐性にも関与するかを検証すること、(4) FAT1変異を持つ患者に対する抗体薬物複合体 (T-DXdなど) や免疫療法などの代替治療戦略の開発が挙げられる。本研究は、CDK4/6i耐性の理解を深め、新たな治療戦略の開発に貢献する重要な基盤を提供するものである。
方法
CDK4/6阻害薬 (パルボシクリブ、リボシクリブ、アベマシクリブ) で治療されたER陽性/HER2陰性乳癌患者348例のホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 組織または血漿ctDNAを対象に、340遺伝子以上を標的とするMSK-IMPACT次世代シーケンシングを実施した。この解析により、体細胞変異およびコピー数異常を同定し、Cox比例ハザードモデルを用いて各遺伝子異常と無増悪生存期間 (PFS) の関連を統計的に評価した (Benjamini-Hochberg補正、q < 0.05)。MSK-IMPACTアッセイは、ハイブリダイゼーションキャプチャベースの次世代シーケンシング法であり、341〜468の癌関連遺伝子の全タンパク質コードエキソンおよび選択されたイントロン領域を解析する (Cheng et al. JMolDiagn 2015, Zehir et al. NatMed 2017)。FAT1変異の頻度は、MSKCCの1,501例のER陽性乳癌コホートでも確認した。
細胞実験では、CRISPR-Cas9システムを用いてMCF7細胞およびCAMA-1細胞にFAT1ノックアウト (FAT1-CR-1/2/3、99%タンパク抑制) を導入し、またshRNAによるノックダウン (FAT1-sh-A/B、85〜95%抑制) も実施した。これらの細胞株を用いて、CDK4/6i (アベマシクリブ、パルボシクリブ、リボシクリブ) に対する増殖抑制効果 (35日間の長期培養)、Rbリン酸化の阻害、および半数阻害濃度 (IC50) を定量的に評価した。細胞増殖はResazurin法により測定し、IC50値はGraphPad Prism 7.0を用いてシグモイド回帰モデルで算出した。
Hippo経路の活性化状態を評価するため、Wnt/β-catenin経路の標的遺伝子 (AXIN2、MYC) およびHippo経路の標的遺伝子 (CTGF、CYR61) のmRNA発現レベルをqPCRで測定した。YAP/TAZ転写因子の核局在化は免疫蛍光染色により確認し、CDK6プロモーター上のTEAD結合部位へのYAP/TAZの結合はクロマチン免疫沈降-qPCR (ChIP-qPCR) 法を用いて評価した。さらに、RNAシーケンシングを実施し、FAT1ノックアウトMCF7細胞における全遺伝子発現プロファイルを解析し、遺伝子セット濃縮解析 (GSEA) を用いてHippo経路関連遺伝子の濃縮を評価した (Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005)。RNAシーケンシングデータはTrimmomatic Bolger et al. Bioinformatics 2014でトリミング後、STAR aligner Dobin et al. Bioinformatics 2013でマッピングし、featureCounts Liao et al. Bioinformatics 2014でカウントした。差次発現遺伝子はDESeq2 Love et al. GenomeBiol 2014で解析した。
NF2欠損の影響を調べるため、CRISPR NF2-KO MCF7細胞を作製し、FAT1欠損細胞と同様にCDK6発現とCDK4/6i感受性を評価した。患者由来異種移植 (PDX) モデルでは、ribociclib (200 mg/kg) 治療9週間後の腫瘍組織を免疫組織化学 (IHC) 染色によりFAT1およびCDK6の発現レベルを解析した。ヒト乳癌臨床検体においても、FAT1変異の有無とFAT1およびCDK6のIHCスコアの相関を評価した。統計解析には、Rパッケージのsurvivalを用いたCox比例ハザードモデル、二群間の比較にはStudent’s t検定、多群間の比較には一元配置分散分析 (ANOVA) とDunnett’s法またはTukey’s法を用いた。