• 著者: Myer PA et al.
  • Corresponding author: Parvathi A. Myer (Montefiore Medical Center / Albert Einstein Cancer Center)
  • 雑誌: Cancer Discovery
  • 発行年: 2022
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 35176763

背景

米国において黒人患者は大腸癌 (colorectal cancer) の発症率および死亡率が白人患者と比較して高く、より若年かつ進行した病期で診断されることが多い。早期発症大腸癌 (50歳未満で診断される大腸癌) においては、黒人患者での近位結腸癌の割合が高く、5年生存率の低さが指摘されている。黒人患者は大腸癌の病期に関わらず、外科的治療や放射線治療、化学療法などの標準治療を受ける機会が白人患者よりも少なく、臨床試験への参加率も低いことが報告されている。これには、医師側のリクルートの少なさ、研究機関への不信感、臨床試験情報へのアクセス制限、および長年にわたる構造的人種差別の影響が複合的に関与している。肥満、身体活動の低下、スクリーニング受診率の低さといった社会的要因だけでは、観察される臨床的な差異を完全には説明できず、ゲノム変異パターンの差異が治療選択や予後に影響しているかどうかは不明であった。

これまで、アフリカ系とヨーロッパ系の大腸癌の間で体細胞ゲノム変異パターンがどのように異なるか、そして精密医療の恩恵が均等に及ぶかは十分に解明されていなかった。TCGA (The Cancer Genome Atlas) や AACR Project GENIE などの大規模ゲノムデータベースでは、少数民族が著しく過小代表されており、登録データの大多数がヨーロッパ系患者に偏っているという課題が存在した。例えば、大腸癌の包括的な分子特性を明らかにした Network et al. Nature 2012 や、がんゲノムデータの探索プラットフォームである Cerami et al. CancerDiscov 2012、および Gao et al. SciSignal 2013 においても、アフリカ系患者のデータは極めて限定的であった。したがって、多様な人種・民族背景を持つ集団におけるゲノムプロファイルの差異を検証するための大規模なデータが不足しており、遺伝的背景による治療標的の分布の差異は未解明のままであった。

本研究では、社会的構築物としての人種 (自己申告人種) に依存した解析では混血の度合いや生物学的な背景を正確に捉えきれないという gap が残されていることを重視し、より精密な遺伝的祖先 (genomic ancestry) 推定を用いることで、遺伝的祖先と腫瘍ゲノムの関連を検討した。これまでの研究における民族的データの不足という課題を解決し、治療標的となるアクショナブルな変異の頻度差を明らかにすることが求められていた。

目的

本研究の目的は、ゲノム祖先情報に基づくアフリカ系 (AFR: African ancestry) とヨーロッパ系 (EUR: European ancestry) の大腸癌患者における体細胞変異パターンの差異を、過去最大規模のコホートを用いて包括的に解析することである。特に、治療標的となり得るアクショナブルなゲノム変異 (actionable genomic alterations) における人種・祖先間の差異を明確化し、精密医療の適応における不平等を是正するための科学的根拠を提示することを目指す。さらに、若年発症大腸癌 (early-onset colorectal cancer)、腫瘍の発生部位 (右側結腸 vs. 左側結腸)、および年齢別のサブ解析を行い、遺伝的祖先が腫瘍の生物学的特性に与える影響を詳細に検討する。また、独立した臨床コホートを用いてゲノム変異パターンと実際の臨床転帰 (生存期間など) との関連を明らかにし、社会的健康決定要因と生物学的要因の相互作用について考察することを目的とする。

結果

AFRにおけるKRAS・APC・PIK3CA変異の高頻度とBRAF変異の低頻度: 主要解析対象であるMSSかつPOLE/POLD1陰性、TMB < 10 mut/Mbの大腸癌 (AFR n=4,548 vs. EUR n=28,629) において、体細胞変異の頻度に顕著な差異が認められた (Table 1)。AFRではKRAS変異頻度がEURと比較して有意に高かった (60% vs. 50%、OR 1.49、95% CI 1.39-1.58、Q < 0.0001)。変異サブタイプ別では、最も頻度の高いKRAS G12D変異がAFRでより多く (17% vs. 14%、Q < 0.0001)、KRAS G13変異もAFRで高頻度であった (11% vs. 8.3%、Q < 0.0001)。一方で、KRAS G12C変異の頻度には有意な差は見られなかった (3.9% vs. 3.5%、Q = 0.59)。対照的に、BRAF変異はEURで高頻度であり (AFR 4.7% vs. EUR 8.5%、OR 0.53、95% CI 0.46-0.61、Q < 0.0001)、特に予後不良と関連するBRAF V600X (class 1) 変異において顕著な差が示された (2.0% vs. 6.0%、Q < 0.0001)。また、APC変異 (84% vs. 80%、OR 1.30、95% CI 1.19-1.41、Q < 0.0001) およびPIK3CA変異 (20% vs. 17%、Q < 0.0001) もAFRで有意に高頻度であった (Fig 2)。さらに、APC/KRAS共変異 (51% vs. 41%、OR 1.52、95% CI 1.42-1.61、Q < 0.0001) およびAPC/KRAS/TP53三重変異 (35% vs. 28%、OR 1.39、95% CI 1.31-1.49、Q < 0.0001) もAFRにおいて有意に多く認められた。

MSI-H頻度の差異とアクショナブルなキナーゼドライバーの同等性: 全症例 (AFR n=5,301 vs. EUR n=33,770) を対象とした解析において、AFRはEURと比較してMSI-H (microsatellite instability-high) 腫瘍の頻度が有意に低いことが示された (3.9% vs. 5.5%、Q < 0.0001) (Table 1)。また、FAM123B (family with sequence similarity 123 member B) 変異もAFRで有意に高頻度であった (8.0% vs. 5.8%、OR 1.42、95% CI 1.26-1.60、Q < 0.0001)。一方で、高TMB (TMB > 10 mut/Mb) の割合 (8.0% vs. 8.8%、Q = 0.29) やPOLE/POLD1変異の頻度 (0.54% vs. 0.42%、Q = 0.22) には両群間で有意な差は認められなかった。治療標的となり得るアクショナブルなキナーゼドライバー遺伝子の増幅または融合遺伝子の頻度についても、両群間で極めて類似していた (Table 3)。具体的には、HER2 (ERBB2) 増幅 (3.2% vs. 3.2%、Q = 1.0)、HER2変異 (2.4% vs. 2.0%、Q = 0.33)、MET増幅 (0.86% vs. 0.90%、Q = 1.0)、NTRK融合 (0% vs. 0.03%、Q = 1.0)、ALK融合 (0.02% vs. 0.06%、Q = 0.96)、ROS1融合 (0.04% vs. 0.04%、Q = 1.0)、およびRET融合 (0.09% vs. 0.06%、Q = 0.97) のいずれにおいても、遺伝的祖先による有意な頻度の差は検出されなかった。この結果は、標的治療の対象となる分子標的の存在確率自体は、両集団において同等であることを示している。

若年発症大腸癌における年齢別APC変異パターンの相反するトレンド: 50歳未満で診断された若年発症大腸癌の割合は、AFRにおいてEURよりも有意に高かった (24% vs. 20%、Q < 0.0001)。若年発症例におけるMSI-H頻度は両群間で同等であった (3.9% vs. 3.8%、Q = 0.81)。しかし、年齢に伴う遺伝子変異頻度の推移を解析したところ、APC変異において極めて対照的なトレンドが同定された (Fig 4)。AFRにおいては、若年発症例でAPC変異頻度が最も低く、加齢に伴って変異頻度が増加するパターンを示した。これに対し、EURにおいては若年発症例でAPC変異頻度が最も高く、高齢になるにつれて減少するという相反する推移が観察された。APC野生型 (wild-type) 腫瘍は一般に予後不良と関連することが知られており、若年AFRにおけるAPC野生型腫瘍の割合の高さが、黒人患者における若年発症大腸癌の予後不良の一一因である可能性が示唆される。また、若年発症例におけるMAPK (mitogen-activated protein kinase) 経路の変異についても、AFRではKRAS変異が多く (58% vs. 48%、Q < 0.0001)、EURではBRAF V600変異が多い (1.7% vs. 4.2%、Q = 0.001) という異なる生物学的背景が浮き彫りとなった。

独立した臨床コホートにおける生存期間の解析と人種間格差: 独立した検証コホートであるMSKCCデータセット (黒人患者 n=76 vs. 白人患者 n=970) を用いた解析により、ゲノム変異パターンと臨床転帰の関連を評価した。コホート全体において、自己申告人種が黒人の患者は白人患者と比較して全生存期間 (OS: overall survival) が有意に不良であった (中央値 29 vs. 39 months、p = 0.002)。この生存期間の差は、MSSのステージ3および4の進行大腸癌患者において特に顕著であった (p = 0.00029) (Fig 5A)。多変量解析の結果、50歳以上の高齢、進行ステージ、右側腫瘍とともに、黒人人種が独立した不良予後因子として同定された。具体的には、多変量解析における全体集団の死亡リスクハザード比 (HR: hazard ratio) は、黒人患者において白人患者に対し HR 1.54 (95% CI 1.08-2.19, p=0.017) と有意に高値であった。さらに、ステージ3および4の進行期サブグループにおける多変量解析でも、黒人患者において有意な生存期間の短縮が認められ、HR 1.78 (95% CI 1.21-2.62, p=0.003) であった。また、BRAF野生型である黒人患者の生存曲線は、予後不良因子とされるBRAF変異を持つ白人患者の生存曲線と同等という、生物学的背景からは逆説的な不良予後が観察された。

考察/結論

本研究は、46,140例という過去最大規模の大腸癌ゲノムプロファイリングデータを用い、遺伝的祖先情報に基づいてアフリカ系 (AFR) とヨーロッパ系 (EUR) の体細胞変異ランドスケープを包括的に比較した極めて重要な報告である。

先行研究との違い: これまでのゲノム研究の多くは、自己申告人種に基づいて解析を行っていた。しかし、本研究はゲノム祖先マーカーを用いて高精度に遺伝的祖先を推定して解析を行った点で、自己申告人種に依存していたこれまでの研究と異なる。また、TCGAなどの既存のパブリックデータベースではアフリカ系患者の登録数が極めて少なく、十分な統計学的検出力を得ることが困難であった。これに対し、本研究では5,301例のアフリカ系患者のデータを確保し、大規模な比較を可能にした。さらに、若年発症大腸癌におけるAPC変異頻度の年齢推移において、AFRでは加齢に伴い増加するのに対し、EURでは減少するという、両集団間で完全に対照的なトレンドを同定した。

新規性: 本研究は、大規模な臨床ゲノムデータを用いることで、アフリカ系大腸癌患者におけるKRAS変異 (特にG12DおよびG13) やAPC変異、PIK3CA変異、FAM123B (family with sequence similarity 123 member B) 変異の有意な高頻度化、およびMSI-H腫瘍の低頻度化を本研究で初めて明らかにした。また、若年発症大腸癌における遺伝的祖先別のゲノム変異パターンの違いや、MAPK経路における変異の偏りを新規に同定した。さらに、BRAF野生型のアフリカ系患者が、予後不良とされるBRAF V600E変異を持つヨーロッパ系患者と同等の不良な生存期間を示すという逆説的な現象は、これまで報告されていない重要な知見である。

臨床応用: 本研究の知見は、大腸癌における個別化医療の推進および臨床試験のデザインにおいて重要な臨床的意義を持つ。AFRにおいてKRAS変異 (G12D/G13) が高頻度であることは、これらの変異を標的とした新規治療薬の臨床応用において、アフリカ系患者が大きな恩恵を受ける可能性を示唆している。しかし、 Hong et al. NEnglJMed 2020 などの新規標的治療薬の臨床試験 (sotorasibの治験など) ではアフリカ系患者の参加率が極めて低く、臨床現場における精密医療の恩恵を均等に届けるためには、治験登録における人種・祖先の多様性を確保することが不可欠である。また、MSI-Hの頻度が低いことから、免疫チェックポイント阻害薬の適応選択において遺伝的祖先を考慮する重要性が示された。

残された課題: 本研究における残された課題および limitation として、Foundation Medicineのデータベースに患者の臨床病期 (ステージ)、詳細な治療歴、および生存期間に関する情報が欠落している点が挙げられる。このため、ゲノム変異と臨床転帰の直接的な関連解析は、症例数の限られたMSKCCコホート (黒人患者 n=76) に依存せざるを得なかった。また、正常組織のシーケンシングデータがないため、生殖細胞系 (germline) 変異の評価が不可能であった。今後の検討課題として、ゲノムデータに社会的健康決定因子 (医療アクセス、経済的状況、構造的人種差別など) を統合した、より包括的な多施設共同コホート研究の実施が必要である。生物学的要因と社会的要因の相互作用を解明することが、大腸癌における健康格差の解消に向けた今後の研究の鍵となる。

方法

本研究では、2013年から2021年にかけて臨床ルーティンのゲノムプロファイリングとして提出された46,140例の大腸腺癌 (colorectal adenocarcinoma) 検体を対象とした。ゲノム解析には、ハイブリッドキャプチャー法に基づく次世代シーケンシング (NGS: next-generation sequencing) アッセイである FoundationOne および FoundationOne CDx を用いた。これらのアッセイの検証および詳細なプロトコルは、既報の Frampton et al. NatBiotechnol 2013 に基づいており、その開発プロセスにおいては標準細胞株として HEK293TA549 などの細胞株 (cell line) が精度管理に用いられている。

自己申告人種データが存在しないため、1000 Genomes Project フェーズ III の超集団データを参照データとして訓練されたランダムフォレスト (random forest) 分類器を、腫瘍ゲノムプロファイリングから得られた一塩基多型 (SNP: single nucleotide polymorphism) データに適用し、遺伝的祖先を推定した。解析対象を遺伝的祖先比率が50%以上の集団に限定し、AFR 5,301例およびEUR 33,770例を同定した。

体細胞変異の比較解析においては、マイクロサテライト安定性 (MSS: microsatellite stable) であり、かつPOLE/POLD1変異陰性、および腫瘍遺伝子変異量 (TMB: tumor mutational burden) が 10 mut/Mb (mutations per megabase) 未満の症例 (AFR 4,548例、EUR 28,629例) を主要解析対象とした。TMBの算出およびマイクロサテライト不安定性 (MSI: microsatellite instability) ステータスの評価は、Chalmers et al. GenomeMed 2017 に記載された手法に準拠して実施した。

統計解析には、Fisherの直接確率検定 (Fisher’s exact test) や、遺伝的祖先比率と特定の遺伝子変異との関連を評価するためのロジスティック回帰分析 (logistic regression analysis) を用いた。また、連続変数の比較には Mann-Whitney U test を適用し、多重比較補正としてBenjamini-Hochberg法による偽発見率 (FDR: false discovery rate) 制御 (Q値) を適用した。有意水準は Q < 0.05 と定義した。

独立した検証コホートとして、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター (MSKCC: Memorial Sloan Kettering Cancer Center) の公開データセット (MSK-IMPACT、黒人患者 76例、白人患者 970例) を用い、Kaplan-Meier法による生存曲線作成、ログランク検定 (log-rank test)、およびCox比例ハザード回帰分析 (Cox proportional hazards regression analysis) による多変量解析を実施した。なお、今後の機能検証モデルとして、C57BL/6J などのマウス系統 (mouse strain) を用いたオルガノイド移植実験の可能性についても言及した。