• 著者: Hong DS, Fakih MG, Strickler JH, Desai J, Durm GA, Shapiro GI, Falchook GS, Price TJ, Sacher A, Denlinger CS, Bang YJ, Dy GK, Krauss JC, Kuboki Y, Kuo JC, Coveler AL, Park K, Kim TW, Barlesi F, Munster PN, Ramalingam SS, Burns TF, Ngang J, Ngarmchamnanrith G, Kim J, Houk BE, Canon J, Lipford JR, Friberg G, Lito P, Govindan R, Li BT
  • Corresponding author: David S. Hong (MD Anderson Cancer Center, Houston, TX); Bob T. Li (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY)
  • 雑誌: New England Journal of Medicine
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-09-20
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 32955176

背景

KRAS (Kirsten rat sarcoma viral oncogene homologue) は、ヒト癌において最も頻繁に変異が認められる癌遺伝子であり、細胞増殖と生存を制御するGTPアーゼとして機能する。KRAS変異は、標的療法への抵抗性や患者の予後不良と関連することが多いが、30年以上にわたる研究にもかかわらず、選択的なKRAS阻害薬は承認されていなかった (McCormick F. 2016)。特にKRAS p.G12C変異は、非小細胞肺癌 (NSCLC) の約13%、大腸癌およびその他の固形腫瘍の1〜3%に認められる (Cox AD et al. 2014)。この変異は、12番目のグリシンがシステインに置換されることで、KRASタンパク質が恒常的に活性型 (GTP結合型) となり、RAS/MAPK経路の過剰活性化を引き起こし、腫瘍細胞の増殖と生存を促進する。

変異したシステインは、不活性なGDP結合型KRASにのみ存在するスイッチII領域の疎水性ポケット (P2ポケット) に隣接しており、このP2ポケットを標的とする共有結合性低分子阻害薬の開発が可能となった (Ostrem JM et al. 2013)。Sotorasib (AMG510) は、このメカニズムに基づいて開発された初の特異的KRAS G12C共有結合阻害薬である。前臨床試験では、sotorasibがKRASの下流エフェクターであるERKのリン酸化をほぼ完全に抑制し、KRAS p.G12C変異を有するマウス腫瘍モデルにおいて持続的な完全腫瘍退縮を誘導することが示された (Canon J et al. 2019)。これらの知見は、長らく「undruggable」とされてきたKRASを標的とする治療薬の臨床応用への道を開くものであった。しかし、KRAS G12C変異陽性進行固形腫瘍患者におけるsotorasibの安全性、薬物動態、および臨床的有効性については、臨床試験での評価が不足していた。特に、重度前治療歴のある患者集団におけるsotorasibの抗腫瘍活性と安全性プロファイルは未解明な点が残されており、このギャップを埋めることが重要な課題であった。本試験は、この知識の不足を解消することを目的として実施された。

目的

本研究の目的は、KRAS G12C変異陽性の局所進行または転移性固形腫瘍患者を対象としたsotorasibの第1相多施設非盲検試験 (CodeBreaK100, NCT03600883) において、以下の項目を評価することである。

  1. 安全性: 用量制限毒性 (DLT) および治療関連有害事象の発生率と重症度を評価し、推奨される第2相用量 (RP2D) を特定する。
  2. 薬物動態: sotorasibの血漿中濃度、最高血漿中濃度到達時間 (Tmax)、血漿中濃度-時間曲線下面積 (AUC)、および消失半減期などの薬物動態パラメータを評価する。
  3. 予備的有効性: RECIST 1.1基準に基づき、客観的奏効率 (ORR)、病勢コントロール率 (DCR)、奏効期間 (DOR)、および無増悪生存期間 (PFS) を評価し、特に非小細胞肺癌 (NSCLC) および大腸癌における抗腫瘍活性を検証する。

本試験は、KRAS G12C阻害薬の臨床開発における重要なステップであり、長らく治療標的とされてこなかったKRAS変異に対する新たな治療選択肢の可能性を探ることを目指した。

結果

全体安全性プロファイルと用量制限毒性 (DLT): 全129例において、用量制限毒性 (DLT) は1例も観察されず、治療関連死亡も認められなかった。いずれかの原因による有害事象は125例 (96.9%) に認められ、Grade 3以上の有害事象は68例 (52.7%) であったが、その大部分は基礎疾患や疾患進行によるものであった。治療関連有害事象は73例 (56.6%) に認められ、重篤な治療関連有害事象はわずか2例 (1.6%) であった。Grade 3または4の治療関連有害事象は15例 (11.6%) に発生し、主なGrade 3有害事象はALT上昇 (4.7%)、下痢 (3.9%)、貧血 (3.1%)、AST上昇 (2.3%)、アルカリホスファターゼ上昇 (1.6%) であった。Grade 4の治療関連有害事象はALT上昇が1例 (0.8%) のみであり、この症例はsotorasibの減量とステロイドの漸減により回復した。治療関連有害事象による永続的な治療中止は9例 (7.0%) であった (Table 2)。

非小細胞肺癌 (NSCLC) における抗腫瘍活性: NSCLC患者59例のサブグループにおいて、19例 (32.2%; 95% CI 20.62-45.64) が確認済み客観的奏効 (全例部分奏効) を達成した。奏効までの期間中央値は1.4ヶ月 (範囲1.1〜9.5ヶ月) と迅速であり、最初の評価時 (6週目) に71.2% (42例) の患者で腫瘍縮小が観察された。奏効期間中央値は10.9ヶ月 (範囲1.1+〜13.6ヶ月) であり、19例中10例がデータカットオフ時点で奏効を継続していた。奏効が3ヶ月以上持続した患者は11例 (57.9%)、6ヶ月以上は6例 (31.6%)、9ヶ月以上は5例 (26.3%) であった。病勢コントロール率 (DCR) は88.1% (95% CI 77.07-95.09) であった。無増悪生存期間 (PFS) 中央値は6.3ヶ月 (範囲0.0+〜14.9ヶ月) であった (Figure 2C)。最大用量である960 mg/日投与コホート (n=34) では、ORRが35.3%、DCRが91.2%と、やや良好な傾向が認められた。フォローアップ期間中央値11.7ヶ月の時点で、14例 (23.7%) が治療を継続中であった。

大腸癌およびその他の固形腫瘍における有効性: 大腸癌患者42例のサブグループでは、客観的奏効率 (ORR) は7.1% (95% CI 1.50-19.48) であり、3例が確認済み部分奏効を達成した。これらの奏効はそれぞれ4.9ヶ月、6.9ヶ月、9.9+ヶ月持続し、1例はデータカットオフ時点で奏効継続中であった。病勢コントロール率 (DCR) は73.8% (95% CI 57.96-86.14) であり、無増悪生存期間 (PFS) 中央値は4.0ヶ月 (範囲0.0+〜11.1+ヶ月) であった。その他の固形腫瘍患者28例では、4例 (14.3%; 95% CI 4.03-32.67) が確認済み部分奏効を達成した。これには膵癌、子宮体癌、虫垂癌、メラノーマが各1例含まれる。これらの奏効はそれぞれ4.4ヶ月、6.9+ヶ月、2.7ヶ月、5.6ヶ月持続した。その他の固形腫瘍におけるDCRは75.0% (95% CI 55.13-89.31) であった (Table 3)。

薬物動態プロファイルと推奨第2相用量 (RP2D): sotorasib 960 mg/日投与時の薬物動態プロファイルが評価された。最高血漿中濃度 (Cmax) は7.50 μg/mL (変動係数 [CV] 98.3%)、Tmax中央値は2.0時間 (範囲0.3〜6.0時間) であった。24時間血漿中濃度-時間曲線下面積 (AUC0-24h) は65.3 hr×μg/mL (CV 81.7%) であり、平均消失半減期は5.5±1.8時間であった。この960 mg/日という用量では、細胞ERKリン酸化アッセイのIC90 (90%最大阻害濃度) を約24時間にわたり上回ることが予測され、KRAS G12CをGDP結合不活性型でほぼ完全にトラップできると推定された。前臨床研究では、KRAS G12Cの半減期が約22時間であることから、sotorasibのIC90を超える血漿暴露が4時間以上あれば、ERKリン酸化が24時間抑制されることが示されている (Canon J et al. 2019)。これらの薬物動態データと安全性プロファイルに基づき、960 mg/日が拡大コホートの推奨第2相用量 (RP2D) として選択・確定された。

治療期間と患者転帰: 全129例のフォローアップ期間中央値は11.7ヶ月 (範囲4.6〜21.2ヶ月) であり、治療期間中央値は3.9ヶ月 (範囲0〜16.6ヶ月) であった。74例 (57.4%) が3ヶ月以上、38例 (29.5%) が6ヶ月以上治療を継続できた。データカットオフ時点で、107例 (82.9%) が治療を中止しており、最も一般的な中止理由は病勢進行であった。54例 (41.9%) が観察期間中に死亡した。データカットオフ時に22例が治療継続中であった。

考察/結論

本試験は、30年以上にわたり「undruggable」とされてきたKRAS G12Cを標的とする初の選択的・不可逆的共有結合阻害薬であるsotorasibの第1相臨床試験として、歴史的な意義を持つ。

先行研究との違い: 重度前治療歴 (中央値3ライン) を有するNSCLC患者において、sotorasibはORR 32.2% (95% CI 20.62-45.64) およびPFS中央値6.3ヶ月を達成した。これは、既存の2次または3次治療 (ORR 9〜18%、PFS中央値2.5〜4.0ヶ月) と比較して、大幅に優れている。例えば、Herbst et al. Lancet 2016 では、PD-L1陽性NSCLCの2次治療におけるペムブロリズマブのORRは18%、ドセタキセルは9%であった。本研究の奏効期間中央値10.9ヶ月は、当該前治療歴の患者集団において顕著な持続性を示しており、これまでの治療法とは対照的な結果である。

新規性: 本研究で初めて、KRAS G12C変異陽性固形腫瘍患者において、sotorasibが良好な安全性プロファイルと有望な抗腫瘍活性を示すことを臨床的に実証した。特に、用量制限毒性が認められず、Grade 3または4の治療関連有害事象が11.6%に留まったことは、この新規薬剤の忍容性が高いことを示している。960 mg/日という推奨第2相用量において、KRAS G12CをGDP結合不活性型でほぼ完全にトラップし、ERKリン酸化を24時間抑制できるという薬物動態学的知見は、本研究で初めて詳細に報告された。

臨床応用: 本知見は、KRAS G12C変異陽性癌患者に対する新たな治療選択肢を提供する可能性があり、その臨床的意義は大きい。特にNSCLC患者における迅速かつ持続的な奏効は、治療困難なこの集団にとって大きな進歩である。大腸癌患者ではORRが7.1%にとどまったものの、DCRは73.8%であり、一定の病勢コントロール効果が認められた。これは、大腸癌におけるWntシグナルやEGFR経路などのKRAS非依存的な代替経路の存在を示唆しており、sotorasibとEGFR抗体 (例: cetuximab) の併用療法が今後の臨床応用において有望な戦略となる可能性を示唆する。

残された課題: 今後の検討課題として、NSCLCと大腸癌で奏効に差が見られた理由のさらなる解明が必要である。腫瘍不均一性やKRAS G12C非依存的なバイパス経路への適応が、一部の患者で初期奏効後の急速な病勢進行を招いた可能性が示唆される。また、KRAS G12Cがドライバー変異ではない癌種における効果の低さも示されており、分子腫瘍学的背景のより精緻な解析が求められる。本試験の知見は、sotorasibの単剤療法および併用療法を評価するCodeBreaK101 (併用療法) およびCodeBreaK200 (第3相試験、sotorasibとドセタキセルの比較) へと発展し、2021年5月のsotorasibのFDA加速承認へとつながった。

方法

本研究は、KRAS p.G12C変異を有する進行固形腫瘍患者を対象とした第1相多施設非盲検試験 (CodeBreaK100, NCT03600883) である。試験は用量漸増コホートと用量拡大コホートで構成された。

患者選択: 対象患者は、18歳以上、組織学的に確認された局所進行または転移性固形腫瘍でKRAS p.G12C変異が局所分子検査で確認された者、ECOGパフォーマンスステータスが0〜2、RECIST 1.1基準で測定可能病変を有する者とされた。非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者は、プラチナ系化学療法または標的療法、あるいはその両方の前治療歴が必須であった。大腸癌患者は、転移性疾患に対して2ライン以上の全身療法歴を要した。その他の固形腫瘍患者は、1ライン以上の全身療法歴が必要であった。主要な除外基準には、未治療の活動性脳転移、sotorasib投与開始前28日以内の全身抗腫瘍療法、およびsotorasib投与開始前2週間以内の放射線療法が含まれた。

試験デザインと治療: sotorasibは経口で1日1回投与された。用量漸増コホートでは、180 mg、360 mg、720 mg、960 mgの4つの用量レベルが設定され、各コホートに2〜4人の患者が登録された。各治療サイクルは21日間であった。sotorasibの投与は、病勢進行、許容できない副作用の発現、同意撤回、または研究終了まで継続された。用量漸増は、2パラメータベイズロジスティック回帰モデルを用いてガイドされた。推奨される第2相用量 (RP2D) が決定された後、用量拡大コホートが開始された。

エンドポイント: 主要エンドポイントは安全性であり、用量制限毒性 (DLT) の発生率、治療期間中の有害事象、および治療関連有害事象が含まれた。有害事象はCTCAE (Common Terminology Criteria for Adverse Events) バージョン5.0を用いて評価された。副次エンドポイントには、薬物動態パラメータ (最大血漿中濃度、Tmax、AUCなど) と、RECIST 1.1基準に基づく客観的奏効 (完全奏効または部分奏効)、奏効期間、病勢コントロール (客観的奏効または安定病変)、無増悪生存期間 (PFS) が含まれた。本解析における奏効データは、各施設の治験責任医師によって評価された。

統計解析: 本解析には、1日1回sotorasib単剤療法を受けた用量漸増コホートおよび用量拡大コホートの全患者 (n=129) が含まれた。データカットオフ日は2020年6月1日であった。RP2Dを推定するため、約30人の患者の転帰が解析された。RP2D決定後、約20〜60人の患者を登録する用量拡大コホートが開始された。安全性、臨床検査値、薬物動態、および有効性データは、用量レベルレビューチームによって定期的にレビューされた。統計解析には、Kaplan-Meier法による生存曲線推定や、Fisherの正確検定が用いられた。