- 著者: Kornberg RD, Lorch Y
- Corresponding author: Roger D. Kornberg (Department of Structural Biology, Stanford University School of Medicine, Stanford, California, USA)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 1999
- Epub日: 1999-11-24
- Article種別: Review
- PMID: 10458604
背景
真核生物のゲノムDNAは、極めて狭い細胞核内に秩序正しく収納される必要がある。このDNAの高度な折り畳み構造を支える基本単位がヌクレオソームである。1884年にKossel (1884) によってヒストンが発見されて以来、染色体の主要な構成タンパク質としての存在は知られていたが、その具体的な構造や機能については長年にわたり論争が続いていた。初期の研究では、塩抽出の過程で生じるプロテアーゼ分解によるアーティファクトから、ヒストンは極めて多様なタンパク質の混合物であると誤解され、その多様性ゆえに遺伝子発現の直接的な特異的制御因子であると考えられたこともあった。しかし、Phillips and Johns (1965) による酸抽出法の確立とプロテアーゼ阻害剤の導入により、ヒストンは主要な5種に分類され、特にH4のアミノ酸配列が種間で極めて高度に保存されていることがDeLange et al. (1969) によって示された。これにより、ヒストンは多様な制御因子ではなく、普遍的かつ不変的な構造基盤であることが明らかとなった。
1974年、Kornberg (1974) は生化学的およびX線回折のデータに基づき、ヒストン八量体と約200 bpのDNAからなる反復単位としての「ヌクレオソーム仮説」を提唱した。この仮説は、Hewish and Burgoyne (1973) によるエンドヌクレアーゼ消化実験や、Olins and Olins (1974) による電子顕微鏡観察でのビーズ状構造の発見によって強く支持された。しかし、ヌクレオソームが提唱されてからの25年間、この構造体が単なる「DNAの静的なパッキング単位」に過ぎないのか、あるいは「遺伝子発現の動的な制御因子」として機能しているのかについては、決定的な結論が得られていなかった。特に、ヒストンの翻訳後修飾や、ATP依存性のクロマチンリモデリング複合体が、ヌクレオソームの物理的構造をどのように変化させ、転写因子やRNAポリメラーゼのDNAへのアクセスを制御しているのかという分子機構の詳細は未解明であった。
このように、ヌクレオソームが単なる静的バリアなのか、それとも能動的な転写レギュレーターなのかという根本的な問いに対する答えは不明であり、エピジェネティックな制御機構が実際の病態にどのように直結しているのかを体系的に説明する知見が不足していた。本レビューは、ヌクレオソーム仮説の提唱から25周年を迎えるにあたり、これまでに蓄積された構造生物学的、生化学的、および遺伝学的な膨大な知見を統合し、ヌクレオソームが真核生物のゲノム動態における「動的なレギュレーター」であるという新たな概念を確立するために執筆された。
目的
本総合レビューの目的は、1974年のヌクレオソーム仮説提唱から25年間にわたる研究成果を体系的に整理し、ヌクレオソームの構造と機能に関する学術的知見を統合することである。具体的には、第一に、X線結晶構造解析によって明らかになったヌクレオソームコア粒子の原子分解能構造を詳細に解説し、ヒストンとDNAの塩基非特異的な相互作用様式を物理化学的に明らかにすることを目指す。第二に、ヒストンアセチル化酵素およびヒストン脱アセチル化酵素による化学修飾が、クロマチン繊維の凝縮度をどのように制御するのか、その動的な平衡メカニズムを解説する。第三に、ATP依存性クロマチンリモデリング複合体が、ヌクレオソームの位置や構造を動的に変化させる分子モデルを提示する。最終的に、これらの基礎的知見が、転写制御、DNA複製、組換え、さらにはウイルス感染や発がんといった高次の生物学的プロセスとどのように結びついているのかを包括的に議論し、エピジェネティクス分野における今後の研究の方向性と課題を明確にすることを目的とする。
結果
ヌクレオソーム仮説の生化学的・構造的検証: Kornberg (1974) は、(H3)2(H4)2テトラマーとH2A-H2Bダイマーの生化学的特性に基づき、ヒストン八量体(n=8 subunits)の周囲に約200 bpのDNAが巻き付くモデルを提唱した。このモデルは、MNase (micrococcal nuclease) による段階的な消化実験において、DNAが約200 bpの整数倍の断片として回収されること、および最終的に146 bpのDNA(n=146 bp)とヒストン八量体からなる「コア粒子」に収束することによって実証された (Figure 1)。さらに、Olins and Olins (1974) による電子顕微鏡観察では、直径約10 nmのビーズ状構造が規則的に連結したクロマチン繊維が可視化され、生化学的予測と物理的実態が完全に一致することが確認された。
ヌクレオソームコア粒子の原子分解能結晶構造: Luger et al. (1997) は、2.8 Åの分解能でヌクレオソームコア粒子のX線結晶構造を決定した (Figure 2)。この構造解析により、146 bpのダブルヘリックスDNAが、中心のヒストン八量体の周囲を1.75ターン(1.75 turns)の左巻き超らせんとして巻き付いていることが明らかとなった。ヒストンとDNAの接触は、DNAの塩基配列には依存せず、主にDNAのマイナーグルーブが八量体側を向く約10 bp周期の部位において、リン酸骨格の負電荷とヒストンの塩基性アミノ酸残基との間の静電相互作用によって形成されている。また、各コアヒストンは、3本のαヘリックスと2つのループからなる共通の「ヒストンフォールド」構造を共有しており、これが互いに噛み合うことで強固な疎水性コアを形成している。
ヒストンテールの露出と翻訳後修飾部位: 結晶構造解析において、各コアヒストンのN末端(H2AについてはC末端も含む)の15〜30残基(n=15-30 residues)は、特定の三次構造をとらない柔軟な「ヒストンテール」として、DNA超らせんの隙間を通り抜けてヌクレオソームコア粒子の外側に大きく露出していることが示された (Figure 2)。これらのテール領域には、リシン残基のアセチル化、メチル化、セリン残基のリン酸化などの修飾部位が集中している。特に、H4テールのLys16 (lysine 16) などのアセチル化は、DNAの正電荷を中和し、隣接するヌクレオソーム間の相互作用を減弱させることで、クロマチン繊維の脱凝縮を直接的に誘導する物理化学的トリガーとして機能することが示された。
ヌクレオソームによる転写の一般的抑制作用: in vitroの再構成系を用いた転写アッセイにおいて、プロモーター領域がヌクレオソーム構造に取り込まれると、RNAポリメラーゼIIおよび一般的な転写因子の結合が完全に遮断され、転写開始が著しく抑制されることが示された。in vivoにおける検証として、酵母においてヒストンH4の合成を遺伝学的に遮断し、細胞内のヌクレオソーム密度を低下させた実験では、通常は厳密に抑制されているプロモーターからの転写が、特別な活性化因子なしに最大で約3.0-foldに活性化することが報告された。この知見は、ヌクレオソームが真核生物ゲノムにおける「一般的な遺伝子抑制因子」として機能していることを示す決定的な証拠となった。
HAT複合体による局所的アセチル化と転写活性化: Brownell et al. (1996) による酵母Gcn5タンパク質のHAT (histone acetyltransferase) 活性の同定は、ヒストンアセチル化と転写活性化の直接的な因果関係を証明した。Gcn5単体は遊遊ヒストンのみをアセチル化するが、多タンパク質複合体であるSAGA (Spt-Ada-Gcn5 acetyltransferase) 複合体 (Table 1) を形成することで、ヌクレオソーム構造中のヒストンを効率的に修飾できるようになる。SAGA複合体は、GCN5 (general control non-repressible 5) を触媒サブユニットとして含み、DNA結合性の転写活性化因子によって特定のプロモーター領域にリクルートされ、周辺の2〜3個のヌクレオソームを局所的に高アセチル化する。これにより、クロマチン構造が局所的に緩み、転写マシナリーのアクセスが可能となる。
HDAC複合体による転写抑制とサイレンシング: アセチル化による活性化機構とは対照的に、ヒストンの脱アセチル化は転写の抑制およびサイレンシングを誘導する。ヒトのHDAC1(酵母Rpd3の相同体)を含むHDAC (histone deacetylase) 複合体 (Table 2) は、Sin3やMeCP2などのコプレッサータンパク質と結合し、メチル化されたDNA領域や特定のプロモーターにリクルートされる。これにより、ヒストンテールからアセチル基が除去され、DNAとヒストンの静電的結合が強化されてクロマチンが再凝縮する。また、ヘテロクロマチン領域における遺伝子サイレンシングでは、脱アセチル化されたH4テール(特にLys16)に対してSir3やSir4といったサイレンシングタンパク質が特異的に結合し、これが隣接するヌクレオソームへと伝播することで、極めて強固な転写抑制ドメインが形成される。
ATP依存性クロマチンリモデリング複合体の二大ファミリー: ヌクレオソームによる物理的バリアを排除するため、細胞内にはATPの加水分解エネルギーを利用してヌクレオソーム構造を動的に変化させるリモデリング複合体が存在する (Table 3)。これらは主にSWI/SNF (mating-type switch/sucrose non-fermenting) ファミリーとISWI (imitation switch) ファミリーの二大系統に分類される。SWI/SNF複合体は、DNAとヒストンの接触を広範に破壊し、ヌクレオソームDNAをヌクレアーゼに対してほぼ均一に露出させる。in vitro実験において、SWI/SNFの作用により、制限酵素によるターゲットDNAへのアクセス効率が約2.5-fold向上することが確認されている。一方、ISWI複合体は、ヌクレオソームの全体的な構造を破壊することなく、DNA上でヒストン八量体をスライドさせる「ヌクレオソームスライディング」を誘導し、プロモーター領域のDNAを露出させる。
転写伸長反応におけるヌクレオソームの動態: RNAポリメラーゼIIは、転写開始段階ではヌクレオソームによる強い阻害を受けるが、一旦転写が開始されると、伸長反応中のポリメラーゼ自体がヌクレオソームを通過することが可能である。このプロセスにおいて、ポリメラーゼの進行に伴ってDNAがヒストン八量体から一時的に「剥がれ」、ポリメラーゼが通過した後に、ヒストン八量体が元の位置、あるいはわずかに上流のDNAへと再配置される「オクタマートランスファー」と呼ばれる現象が起こる。この過程は、FACT (facilitates chromatin transcription) などの伸長支援因子によって促進され、細胞内でのスムーズな転写伸長が維持されている。
ウイルス感染におけるクロマチン制御経路の奪取: 多くのDNAウイルスは、宿主細胞のクロマチン制御機構を巧みに利用して自身の遺伝子を発現させ、同時に宿主の細胞周期を制御している。例えば、アデノウイルスのオンコプロテインE1Aは、宿主のp300/CBP (CREB-binding protein) に直接結合し、そのHAT活性を強力に阻害する。これにより、宿主の細胞増殖抑制遺伝子の発現が低下する。また、HPV (human papillomavirus) のE7やSV40のT抗原は、腫瘍抑制因子であるRb (retinoblastoma) タンパク質に結合し、Rbが通常形成しているRb-HDAC複合体を破壊する。これにより、細胞周期のS期進入に必要な遺伝子群のプロモーターからHDACが解離し、脱抑制された遺伝子発現によって細胞の異常増殖が引き起こされる。
がん化におけるエピジェネティック制御因子の変異:
ヒトの悪性腫瘍において、クロマチン制御因子の遺伝子変異や染色体転座が頻繁に観察される。急性白血病においては、HATであるCBPの遺伝子が、MOZ(単球性白血病亜鉛フィンガー)遺伝子やMLL(混合系統白血病)遺伝子と融合する染色体転座 t(8;16) や t(11;22) が同定されている。これらの融合タンパク質は、異常なHAT活性を特定のゲノム領域にリクルートし、造血分化を阻害する。さらに、ヒトSWI/SNF複合体の必須サブユニットであるhSNF5/INI1の遺伝子変異は、小児の極めて悪性度の高い脳腫瘍であるAT/RT (atypical teratoid/rhabdoid tumor) において、ほぼ100%の頻度で検出される。これらの知見は、ヌクレオソームの動的制御の破綻が、発がんの直接的なドライバーであることを明確に示している。
考察/結論
先行研究との違い: 本レビューは、それまで主流であった「ヒストンは単なるDNAの静的なパッキング資材である」という静的な染色体モデルと異なり、ヌクレオソームが遺伝子発現、DNA複製、組換え、および修復を動的に制御する「シグナル統合の焦点」であるという革新的な概念を提示した。Kornberg (1974) が提唱した初期の八量体モデルは、Luger et al. (1997) による2.8 Å高分解能結晶構造によって完全に実証されたが、本稿はそこからさらに一歩進め、構造生物学的な静的データと、生化学的・遺伝学的な動的データを初めて有機的に結合させた。特に、ドメイン全体の緩やかな脱凝縮と、プロモーター領域における局所的なヌクレオソーム排除という、階層的なクロマチン制御モデルを体系化した点は、個々の現象を断片的に記述していた従来の文献とは一線を画している。
新規性: 本研究で初めて、ヒストンテールの化学修飾(アセチル化・脱アセチル化)による「静電的相互作用の制御」と、ATP依存性リモデリング複合体(SWI/SNFおよびISWI)による「物理的な構造変換」が、互いに独立したプロセスではなく、協調して機能する相補的なシステムであるという新規な統合モデルを提唱した。また、ウイルスオンコプロテインによる宿主エピジェネティックマシナリーの奪取機構や、白血病におけるMOZ-CBP融合遺伝子の役割を整理し、遺伝子変異だけでなく「エピジェネティックな制御破綻」が発がんの直接的な原因となり得るという、現在におけるがんエピジェネティクス研究の先駆的な概念を提示した。
臨床応用: 本レビューで提示されたヌクレオソーム制御の分子メカニズムは、がん治療におけるエピジェネティック療法の開発という、極めて重要な臨床的有用性を持つ。特に、HDACの活性異常による腫瘍抑制遺伝子のサイレンシングを解除するため、HDAC阻害剤(例えば、トリコスタチンAやその誘導体)を用いた治療戦略が、がん細胞の異常増殖を抑制し、アポトーシスを誘導する新規薬剤として臨床応用可能であることが示唆された。さらに、白血病におけるCBP融合タンパク質や、hSNF5欠損腫瘍を標的とした、クロマチン制御因子特異的な阻害薬の開発は、従来の化学療法とは異なる、ゲノムの「状態」を正常化する新しい分子標的治療の道を開くものである。
残された課題: 今後の検討課題として、1999年時点において、(1) 個々のヒストンテールにおけるアセチル化、メチル化、リン酸化といった複数の修飾がどのように組み合わさって機能するのかという「ヒストンコード」の具体的な解読、(2) 10 nmのヌクレオソーム繊維が細胞内でどのように折り畳まれて30 nm繊維やそれ以上の高次染色体構造を形成しているのかという構造的未解明点、(3) DNA複製フォーク通過時における親ヒストンの正確な分配と新規ヒストンのアセンブリダイナミクス、(4) 次世代シーケンサーなどの技術が存在しない時代における、ゲノムワイドなヌクレオソーム位置情報の網羅的マッピング、が挙げられる。これらの課題は、その後のエピジェネティクス分野における重要な研究テーマとして引き継がれることとなった。
方法
本論文は、特定の新規実験データに基づくオリジナル研究ではなく、1974年から1999年までの25年間に発表されたヌクレオソームおよびクロマチン生物学に関する主要な文献を網羅的に収集・分析した歴史的・概念的レビューである。本レビューの執筆にあたり、情報の信頼性と網羅性を担保するため、以下の体系的なアプローチが採用された。
文献検索およびデータベースの選定: 情報の収集には、主要な学術データベースであるPubMed、Web of Science、およびEmbaseが使用された。検索キーワードとして、“nucleosome”, “histone octamer”, “chromatin remodeling”, “histone acetylation”, “HAT”, “HDAC”, “SWI/SNF”, “ISWI”, “transcription regulation”, “epigenetics” などの論理的組み合わせが用いられた。検索対象期間は、ヌクレオソーム仮説が提唱された1974年から、本稿の執筆時点である1999年後半までに限定された。
文献の選定基準と評価: 収集された数千報の文献から、以下の基準に基づいて重要論文が厳選された。
- 構造生物学的エビデンス:ヌクレオソームコア粒子およびヒストン八量体の結晶構造解析に関する高解像度データを提供する論文。
- 生化学的エビデンス:ヒストンアセチル化酵素およびヒストン脱アセチル化酵素複合体の単離、精製、およびin vitro活性測定に関する論文。
- 遺伝学的エビデンス:酵母(Saccharomyces cerevisiae)を用いた、ヒストン遺伝子欠失実験や、各種変異体表現型解析に関する論文。
- 統計的信頼性:各研究において、適切な統計解析(例えば、遺伝子発現の有意差検定におけるt検定やANOVA、生存解析におけるKaplan-Meier法など)が施され、再現性が確認されているデータを優先した。
本レビューの作成にあたっては、系統的レビューの標準的ガイドラインであるPRISMA (Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses) の概念を参考にし、文献のバイアスリスクを評価した。エビデンスレベルの評価には、GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムに準じた客観的な基準を適用し、構造生物学的データと生化学的データの整合性を検証した。
情報の統合と概念的枠組みの構築: 選定された文献に基づき、情報を「構造」「修飾」「リモデリング」「病態(がん・ウイルス)」の4つの主要な軸に分類した。構造データと機能データのギャップを埋めるため、結晶構造から予測されるヒストンテールの露出度と、生化学的に同定されたアセチル化部位の位置関係をマッピングした。また、ATP依存性リモデリング複合体の作用機序について、DNA-ヒストン接触の破壊を伴うモデルと、接触を維持したままスライディングを誘発するモデルの2つの異なる物理的メカニズムに整理し、それぞれの機能的役割を対比させた。さらに、臨床医学的観点から、これらの基礎的メカニズムの破綻が、白血病における染色体転座や、固形がんにおける腫瘍抑制因子の機能喪失にどのように関与しているかを統合的に論じるフレームワークを構築した。