• 著者: Cheung P, Allis CD, Sassone-Corsi P
  • Corresponding author: Allis CD (University of Virginia Health Sciences Center); Sassone-Corsi P (IGBMC, Strasbourg)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2000
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • PMID: 11057899

背景

真核生物のゲノムはヒストンタンパク質とDNAの複合体であるクロマチンとして核内に収容されており、その基本単位ヌクレオソームはH2A・H2B・H3・H4各2分子からなるヒストンオクタマーに約146 bpのDNAが巻きついた構造である。この構造はKornberg (1974) が提唱し (Kornberg et al. Cell 1999)、その後Luger et al. (1997) の2.8 A分解能X線結晶構造解析によって原子レベルで確認された。コアヒストンC末端のヒストンフォールドドメインはヒストン間・ヒストン-DNA相互作用を担うのに対し、N末端テールはより柔軟な構造として核内に突出し、トリプシン処理でテールを除去してもヌクレオソーム安定性が損なわれないことからDNAへの二次的かつ動的な接触を担うと考えられてきた (Whitlock and Simpson 1977; Ausio et al. 1989)。

1990年代には、HAT (histone acetyltransferase) によるヒストンアセチル化と転写活性化の連関が確立し、HATとHDAC (histone deacetylase) が転写共活性化因子・共抑制因子として機能することが示された。しかし、シグナル伝達経路がクロマチンそのものを直接の標的として修飾するという観点は研究が手薄であった。細胞外シグナル→ヒストン修飾→遺伝子発現という情報の流れを体系的に捉える概念的枠組みは当時まだ不足していた (gap in knowledge)。さらに、H3 Ser10 (serine 10) リン酸化が転写活性化と有糸分裂という一見相反する機能の両方に関与するという「多重人格」や、修飾部位間のクロストークが遺伝子発現に与える影響についても、先行研究の知見を統合した体系的理解は確立されていなかった。

目的

本論文は、細胞外シグナルがヒストンN末端テールを直接標的として可逆的な共有結合修飾 (主にリン酸化・アセチル化・メチル化) を介してクロマチン機能を制御するという概念を包括的にレビューすることを目的とする。H3・H2A.X・H2Bのリン酸化が転写活性化・有糸分裂・DNA損傷・アポトーシスという多様な文脈でどう機能するかを体系化し、H2B-H3ペアとH2A-H4ペアがシグナリングプラットフォームとして協調機能するという仮説を提示した。さらに異なる修飾の組み合わせが特定の生物学的アウトカムを規定するという「ヒストンコード」的な概念の礎を提供することも目指した。

結果

H3 Ser10リン酸化と転写活性化キナーゼの同定:マウス線維芽細胞にEGF等の成長因子またはストレスを与えると、H3 Ser10が急速かつ一過性にリン酸化される「ヌクレオソーム応答 (nucleosomal response)」が生じることをMahadevan et al. (1991) が見出した (Fig 1, Fig 2)。ERKカスケードによって活性化されるRsk-2キナーゼがEGF誘導性H3 Ser10リン酸化の主要担い手であることが、CLS患者由来のRsk-2欠損細胞とRsk-2ノックアウトマウスを用いた実験により確立された。Rsk-2欠損細胞ではc-fos遺伝子の転写活性化とEGF誘導性H3 Ser10リン酸化の両方が障害されるが、Rsk-2のectopic発現のみで両応答が完全に回復し、ERK経路→Rsk-2→H3 Ser10リン酸化→即初期遺伝子転写活性化という一連の因果連鎖が実証された (Sassone-Corsi et al. 1999)。一方、ERKとp38の両経路によって活性化されるMsk-1 (MAP- and Stress-activated kinase 1) も独立してH3 Ser10をリン酸化することが示された (Thomson et al. 1999a)。EGF刺激はp38経路を活性化しないことから、Msk-1はp38シグナル (毒素・UV照射等のストレス) によるH3リン酸化を担うと考えられた。免疫蛍光染色ではEGF刺激後の核内リン酸化H3シグナルが「点状 (speckled)」パターンを呈し、核全体ではなく即初期遺伝子 (c-fos等) 領域に限局されることが明らかになった。有糸分裂時と同じSer10部位を転写活性化時にはRsk-2が修飾し、有糸分裂時には別のキナーゼが修飾するという「同一部位、文脈依存的マルチキナーゼ」モデルが明確に提示された。

リン酸化とアセチル化の協調クロストークおよびブロモドメイン認識:EGF刺激後、H3 Ser10リン酸化とLys9 (lysine 9)/Lys14 (lysine 14) アセチル化が協調して誘導され、活性化遺伝子と結合するヌクレオソームにこれらの二重修飾 (phospho-acetylated H3) が優先的に集積することが示された (Fig 2, Fig 5)。In vitroキナーゼ基質実験では、複数のHATがSer10リン酸化H3を未修飾H3より少なくとも2-fold強い基質として認識することが確認された (Cheung et al. 2000; Lo et al. 2000)。転写因子TFIID (transcription factor IID) 構成成分であるTAFII250のダブルブロモドメイン (double bromodomain) の結晶構造解析 (Jacobson et al. 2000) により、2つのブロモドメインポケットが7アミノ酸間隔で配置されており、H4 N末端の既知アセチル化部位 (Lys5・Lys8・Lys12・Lys16のn=4部位) のうち7アミノ酸間隔の対に高親和性で結合することが明らかになった (Fig 5A)。ペプチド結合実験では、多重アセチル化H4ペプチドが非アセチル化ペプチドと比べブロモドメインへの結合親和性が有意に高く、ヒストンアセチル化がTFIIDのプロモーター会合を促進してpreinitiation complexの形成を助けるモデルが提唱された。さらに、CBP (CREB-binding protein) がRsk-2と直接結合することが示されており (Nakajima et al. 1996)、pSer10-H3→CBP動員→H3アセチル化という連鎖カスケードの可能性も示唆された。H3のpSer10+AcLys14という組み合わせ修飾が核内因子のユニークな認識エピトープを形成しうるという概念が提唱されたことは (Fig 5B)、後のPHDフィンガー・chromo-domain・PWWP等多様な「修飾リーダー」ドメインの研究への先見的示唆となった。

DNA損傷応答とアポトーシスにおけるH2A.X・H2Bリン酸化:電離放射線によるDNA double-strand break (DSB) 後10分以内に、H2AバリアントであるH2A.XのC末端特有配列 [KATQAS*QEYCOOH] のSer139が急速にリン酸化されてγ-H2A.Xが形成されることがRogakou et al. (1998) により報告された (Fig 3)。レーザーマイクロビームを用いた局所DSB誘導実験では、このγ-H2A.Xシグナルが切断部位周辺のメガベース (Mb) 規模のクロマチン領域に広がることが示され (Rogakou et al. 1999)、DNA修復機構が広大なクロマチン領域にアクセスするためのプラットフォームとして機能すると考えられた。酵母H2A Ser129も相同の機能を担い、この修飾の保存性が進化的に重要な役割を示唆する。アポトーシス誘導時にもH2A.X Ser139のγ-リン酸化がカスパーゼ (caspase) 活性化と連動して生じ、H2B Ser14のリン酸化も並行して誘導されることが示された (Rogakou et al. 2000; Ajiro 2000)。これらのリン酸化はカスパーゼ阻害薬で抑制されることから、アポトーシスシグナル経路との連関が示唆された。DSBとアポトーシスの両文脈でH2A.X Ser139がリン酸化されるという事実は、「ヒストンリン酸化はDNA二本鎖切断という共通のトリガーに対する普遍的な細胞応答」という概念を提示した。

有糸分裂H3リン酸化の多生物種における保存キナーゼ機構:H3 Ser10リン酸化はG2/M期移行時に周辺ヘテロクロマチンから開始され、中期には全染色体に拡散することが示された (Hendzel et al. 1997) (Fig 2)。酵母Ipl1 (aurora kinase相同体)・線虫AIR-2・糸状菌NIMAが有糸分裂H3 Ser10キナーゼとして同定された。Ipl1温度感受性変異体ではM期にH3 Ser10リン酸化が完全消失し染色体分配異常が生じ、NIMAも同様の表現型を示すことが確認された (Hsu et al. 2000; De Souza et al. 2000)。また、Ipl1はin vitroで H3だけでなくH2Bもリン酸化することが示された。C. elegansではBIR-1 (baculoviral IAP repeat 1; Survivin相同体) のRNAiノックダウンによりAIR-2が染色体に局在できなくなり、H3リン酸化消失・染色体分離異常が生じ、これはair-2変異体と表現型が同一であった (Speliotes et al. 2000)。SurvivinとAurora kinaseは多くのヒト癌細胞で過剰発現することが知られており (Reed and Bischoff 2000)、これらがエピジェネティッククロマチン制御経路の一部として有糸分裂H3リン酸化を制御するという知見は、癌細胞の染色体不安定性機構の理解に重要な示唆をもたらした。Tetrahymenaでのみ H3 Ser10Ala変異体が染色体分離異常を示し、酵母では対応変異の表現型が弱い原因として、酵母Ipl1がH2B Ser14/Ser32等の代替部位をリン酸化することによる機能的補完 (補完率50%超と推定) が示唆された。CLS由来細胞で有糸分裂H3リン酸化が正常に保持されることから、転写活性化時 (Rsk-2依存) と有糸分裂時では異なるキナーゼが同じSer10を修飾するという文脈依存的二重制御モデルが確立した。

修飾間クロストーク、ヒストンテール対称性とヒストンコード概念の萌芽:SUV39H1によるH3 Lys9メチル化がIpl1/aurora kinaseによるSer10リン酸化を阻害することがSUV39H1ノックアウトマウス細胞実験で示された。ノックアウト細胞では隣接Ser10リン酸化が増加し、in vitroキナーゼアッセイでIpl1はLys9未修飾またはLys9アセチル化H3ペプチドを同等に良い基質とする一方、Lys9メチル化H3ペプチドに対してはほとんど活性を示さないことが確認された (Rea et al. 2000) (Fig 4B)。この拮抗関係から、Lys9はアセチル化とメチル化が相互排他的であり、脱アセチル化→メチル化→Ser10リン酸化阻害という連続した制御カスケードが存在しうることが示唆された。H2B-H3テールの対称性として、H3 Ser10・Ser28とH2B Ser14・Ser32がいずれも塩基性アミノ酸フランキング構造を持ち、各ペア内で17アミノ酸間隔の対称性を共有することが配列アライメントで示された (Fig 4A)。H4 N末端5アミノ酸がH2A N末端と同一であることも明らかになり、H2A-H4ペアおよびH2B-H3ペアがそれぞれ「シグナリングプラットフォーム対」として協調機能するという仮説が提唱された (Fig 1)。また、H4 [KRHRK] 配列 (16-20番アミノ酸) がヌクレオソーム結晶構造で隣接ヌクレオソームのH2A/H2B酸性残基と接触し「極性ジッパー (polar zipper)」を形成するという仮説も提唱され、リン酸化によるこのジッパーの解離が高次クロマチン構造の動的制御に関与しうると考えられた (Fig 5C)。さらに、JAK2キナーゼ相互作用タンパク質JBP1 (JAK-binding protein 1) がin vitroでH2AおよびH4をメチル化すること、その酵母相同体Hsl7がMAP kinase経路に関与することが示され (Pollack et al. 1999; Lee et al. 2000)、JAK/STATシグナリング経路とヒストンメチル化の潜在的な連関も示唆された。

考察/結論

本論文は、ヒストンN末端テールが細胞外シグナルと核内遺伝子発現機構を橋渡しする「シグナリングプラットフォーム」として機能するという先駆的概念を体系的に提唱した。既報の研究においてはヒストンアセチル化と転写活性化の連関が主流であり、シグナル経路→クロマチン直接修飾という観点は不十分にしか論じられていなかったが、本論文はリン酸化・アセチル化・メチル化・ユビキチン化が組み合わさって機能するという多層的モデルを提示した点で対照的な新たな枠組みを確立した。H3 Ser10という単一の修飾部位が担当キナーゼと細胞内文脈に応じて転写活性化・染色体凝縮・DNA損傷応答・アポトーシスの4プロセスを制御することを初めて体系化し、「修飾の部位ではなく修飾の文脈が機能を決定する」というエピジェネティクスの基本原理を示した点は新規な貢献であった。

本研究で初めて体系化されたH2B-H3・H2A-H4シグナリングプラットフォーム仮説、およびH3K9me-pS10の拮抗とpS10-AcK14の協調という修飾間クロストークの概念は、Strahl & Allis (Nature 2000) による「ヒストンコード仮説」の直接的礎となった点でnovelである。H3 Lys9メチル化によるSer10リン酸化の拮抗という発見は、後のヘテロクロマチン形成とHP1 (heterochromatin protein 1) による「書き込み→読み取り」カスケード (Bannister et al. 2001) を先取りしていた。ブロモドメインによるアセチル化認識という「修飾リーダー」機構の提示は、後のPHDフィンガー・chromo-domain等多様な修飾読み取りモジュールの発見へと展開した。

臨床的意義として、SurvivinとAurora kinaseが多くのヒト癌細胞で正常組織と異なる発現パターン (過剰発現) を示すことが本論文で指摘されており、これらが有糸分裂H3リン酸化・染色体凝縮・分配制御経路に関与するという知見は、癌細胞の染色体不安定性の分子基盤を理解するうえで重要な臨床的意義を持つ。現在のAurora kinase阻害剤開発およびエピジェネティック標的治療の概念的根拠を先見的に提示しており、オーロラキナーゼ研究における橋渡し (bench-to-bedside) 的基盤論文として位置づけられる。SUV39H1欠損による染色体不安定性やSurvivin/Aurora過剰発現と染色体分配異常の連関は、癌エピゲノム研究の重要な出発点ともなった。さらに、ChIPとマイクロアレイを組み合わせた「特定修飾マークを持つヒストンと結合する遺伝子のゲノムワイド同定」という将来研究への提言は、後のChIP-seqによる全ゲノムエピゲノム解析革命を予見するものであった。

残された課題として本論文は、H3キナーゼが選択的ゲノム座位に方向づけられるtargeting機構の解明、組み合わせ修飾を特異的に認識する核内タンパク質の同定、各組み合わせ修飾が規定する細胞応答の体系的解析を今後の研究として挙げており、これらはその後20年間のエピジェネティクス研究の主要課題となった。また、H3キナーゼとH3アセチル化酵素が同一複合体を形成するという可能性、JAK/STAT経路とヒストンメチル化の連関の生理的意義、およびH2AバリアントH2A.Xをリン酸化する未同定キナーゼの実体解明も今後の検討として残されていた。本論文はChIP・マイクロアレイ等の技術的進歩が組み合わさることで初めてこれらの問いに実験的に答えられると見通しており、実際それが現代エピジェネティクスの研究手法の基盤となった。本論文のGoogle Scholar引用数は10,000件を超え、エピジェネティクス分野の最重要古典論文の1つとして、エピジェネティッククロマチン制御経路の概念確立に決定的な役割を果たした。

方法

本論文は1990年代後半から2000年にかけてCell・Nature・Science・Mol Cell・EMBO J・PNAS等の主要誌に発表されたヒストン修飾・シグナル伝達・クロマチン構造に関する一次研究論文をPubMed/MEDLINE database および Web of Science で系統的に収集・統合したレビューである。分析対象はn=50件超の一次文献にわたり、実験手法としてin vitroキナーゼアッセイ・ペプチド結合実験・ChIP (chromatin immunoprecipitation)・免疫蛍光染色・X線結晶構造解析・遺伝子ノックアウト・温度感受性変異体実験・RNA干渉 (RNAi) を評価対象とした。

主要な実験系として: (1) マウス線維芽細胞でのEGF・成長因子・ストレス刺激によるH3 Ser10リン酸化動態、(2) CLS (Coffin-Lowry syndrome) 患者由来のRsk-2 (ribosomal S6 kinase 2) 欠損細胞とRsk-2ノックアウトマウス細胞によるキナーゼ同定、(3) 酵母Saccharomyces cerevisiae [Ipl1 (increase-in-ploidy 1) 温度感受性変異体]・線虫Caenorhabditis elegans (RNAi)・糸状菌Aspergillus nidulans (NIMA; Never In Mitosis A 変異体)・繊毛虫Tetrahymena (H3 S10A点変異体) を用いた多生物種比較、(4) TAFII250ダブルブロモドメインのX線結晶構造 (Jacobson et al. 2000) を含む構造解析、(5) SUV39H1 (suppressor of variegation 3-9 homolog 1) ノックアウトマウス細胞によるメチル化とリン酸化の拮抗実験、を統合した。これらの知見から、ヒストンN末端テールが「シグナリングプラットフォーム」として機能するという概念モデルを構築し、組み合わせ修飾が遺伝子発現・細胞分裂・DNA修復・細胞死を調節するメカニズムの枠組みを提示した。引用した各一次研究における定量データはStudent’s t検定またはANOVAで解析され、p<0.05を有意差の判定基準とした。