- 著者: Satpathy S et al.
- Corresponding author: Satpathy S, Carr SA, Zhang B, Mani DR, Gillette MA
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2021
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 34358469
背景
肺扁平上皮癌 (LSCC) は肺がん死亡の主要な原因であるが、肺腺癌 (LUAD) と比較してアクショナブルなドライバー変異が少なく、EGFR 阻害薬などの分子標的療法の恩恵をほとんど受けていない。FGFR1 増幅、PI3K 異常、G1/S チェックポイント遺伝子 (CDKN2A) 異常は 60% 以上の LSCC で認められるものの、これらを標的とした臨床試験は概して失敗に終わっており、免疫療法のみが実用的な治療選択肢となっている。ゲノム解析のみでは捉えきれないタンパク質発現や翻訳後修飾 (PTM: Post-Translational Modification) レベルの変化が治療標的同定の鍵となると考えられるが、LSCC に特化した大規模多層的解析はこれまで不足していた。CPTAC (Clinical Proteomic Tumor Analysis Consortium) による LUAD の包括的プロテオゲノミクス解析は既に完了していたが、LSCC における同様の網羅的なデータは未解明であった。先行研究では、TCGA et al. Nature 2012 が LSCC のゲノム特性を報告し、Bray et al. CACancerJClin 2018 は肺がんが主要な死亡原因であることを示している。しかし、これらの研究ではプロテオミクスレベルでの詳細な病態理解や治療標的の同定には至っておらず、この点が課題として残されていた。
目的
108 例の治療未施行 LSCC 腫瘍と 99 例のペア正常隣接組織 (NAT: Normal Adjacent Tissue) を対象に、ゲノム、エピゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、リン酸化プロテオーム (pSTY)、アセチル化プロテオーム (Ac)、ユビキチン化プロテオーム (Ub) の 9 種のデータ層を統合したプロテオゲノミクス解析を実施すること。これにより、LSCC の分子サブタイプ、代替ドライバー、治療標的、およびバイオマーカーを同定することを目的とする。
結果
プロテオゲノミクスが明らかにした LSCC の 5 分子サブタイプと代替ドライバー: NMF クラスタリングにより、LSCC の 5 つの多層オミクスサブタイプが同定された (Figure 2A)。これらは、(1) Basal-inclusive (B-I)、(2) EMT-enriched (EMT-E)、(3) Classical、(4) Inflamed-secretory (I-S)、(5) Proliferative-primitive (P-P) と命名された。B-I サブタイプは好中球活性化、代謝、免疫、エストロゲン受容体シグナルの上昇、TACSTD2 (TROP2) および MARK2 の高発現を特徴とし、浸潤・化学療法耐性との関連が示唆された。EMT-E サブタイプは EMT (上皮間葉転換)、血管新生、筋原性のシグナルが上昇し、間葉系マーカー (VCAN、FHL3、DVL3、FN1) および CAF (cancer-associated fibroblast) マーカーが高発現した。PDGFRB および ROR2 の相関ベースリン酸化部位濃縮スコア (CBPE score) は EMT-E で他サブタイプと比較して有意に高値であり (Wilcoxon p = 1.5×10⁻⁶ および 2.7×10⁻⁷)、非典型的 Wnt シグナルを介した EMT 促進が示唆された (Figure 2F)。Classical サブタイプは KEAP1/CUL3/NFE2L2 変異、SOX2/TP63 高増幅、CIMP-high (CpG island methylator phenotype-high) を特徴とした。I-S サブタイプは免疫関連経路の強い上昇を示し、P-P サブタイプは増殖関連経路が上昇し免疫シグナルは低下した。複数のサブタイプ特性を持つ「Mixed」サブグループは、有意に不良な生存予後と関連した (Figure 2C, p = 0.0038)。プロテオゲノミクスデータは、FGFR1 増幅アンプリコン内の実際のドライバー癌遺伝子が FGFR1 ではなく NSD3 である可能性を示唆した。FGFR1 高増幅腫瘍では RNA およびタンパク質レベルで NSD3 がより強く上昇しており (Figure 1F)、本論文公表と前後して NSD3 が LSCC 腫瘍形成の主要制御因子であることが独立した研究で実証された (Yuan et al. 2021)。
CDKN2A-RB1 経路の複雑な制御と CDK4/6 阻害薬バイオマーカー: CDKN2A 変異腫瘍では逆説的に RNA 発現の上昇が認められた (Figure 3A)。全 108 例のうち CDKN2A WT (wild-type) 58 例のほとんどで p16 RNA 発現が抑制されており、28 例は p16 プロモーターの選択的ハイパーメチル化によるもの、18 例は明確な遺伝的・エピジェネティック変化なしに発現低下していた。さらに p16 高発現の WT 腫瘍では RB1 変異または RB1 タンパク質発現低下が見られ、CDKN2A 変異と RB1 変異の相互排他性を示した。このことは、LSCC において CDK4/6 経路阻害因子の消失が普遍的な特徴であることを示す。重要なことに、Rb リン酸化レベル (CDK4/6 活性の機能的指標) は LSCC 細胞株 16 cell lines における CDK4/6 阻害薬応答と相関したが、CDKN2A 変異・CCND1 増幅を有する細胞株では応答に異質性が存在した (Figure S3D)。Rb リン酸化レベルは CDK4/6 阻害薬応答と相関し、CDKN2A 変異細胞で応答に異質性が存在した。現在の臨床試験でアウトライヤー応答が認められることは、Rb タンパク質発現量・リン酸化状態という下流の機能的指標を用いた患者選択によって CDK4/6 阻害薬の適応患者を絞り込める可能性を示唆する。
SOX2、TP63、survivin を軸とする 3q 増幅の治療標的解析: 3q アームの増幅は本コホートで最も顕著なアームレベル増幅であり (Figure S4A)、TP63 が腫瘍対 NAT で最高の差次発現を示した (Figure 4A)。ΔNp63 高増幅は TCGA データで生存改善と関連し (Figure S4E)、LSCC 細胞株 16 cell lines で SOX2 および TP63 への癌遺伝子依存 (oncogene addiction) が確認された。一方、組織学的に確認された 10 例の「Np63-low」LSCC では survivin (BIRC5) が最も高発現するタンパク質として同定され (Figure 4C)、Np63-low 細胞株は survivin 阻害薬 YM-155 に対して有意に高感受性を示した (Figure S4G)。SOX2 との高相関タンパク質の検索から、ヒストン脱メチル化酵素 LSD1 (KDM1A) が SOX2 の上流制御因子として同定され、LSCC における LSD1 + 免疫療法の臨床試験 (NCT04350463) が進行中である。EZH2 の SOX2 増幅 LSCC 細胞株への依存性も示された (Figure S4M)。miR-205 は TP63 の転写ターゲットとして同定され、ZEB1/2、PTEN などの EMT 因子を抑制することで LSCC の扁平上皮分化表現型維持に寄与していた (Figure 4E)。miR-205 発現と EMT 活性の間には有意な負の相関 (Pearson r = -0.53, p = 2.3x10⁻⁸) が認められた。
ユビキチン化・アセチル化クロストークによる代謝制御と免疫応答: ユビキチン化プロテオームの解析では、E3 リガーゼ HERC5 (ISG15 共役酵素) の発現が主要な glycolytic 酵素 PKM、PGK1、ENO1 の K-GG 部位と正相関することが示された (Figure 5C)。HERC5 は IFN-γ シグナリングスコアと強く相関し、IFN-γ dominant サブタイプで特に高発現していた (Figure 5D, Kruskal-Wallis p = 2.8×10⁻⁵)。腫瘍対 NAT 比較では、PKM と PGK1 のアセチル化部位が既知の酵素活性阻害部位に有意に減少しており、解糖系酵素活性の上昇を示唆した (Figure 5E)。これらのデータは ISGylation を介した免疫シグナルと代謝制御の直接リンクという新たな癌生物学的洞察を提供し、HERC5 が免疫シグナリングと代謝制御を橋渡しする分子として機能している可能性を示した。また、Rho GTPase シグナリングは Hot 免疫クラスターで上方制御され、ARHGDIB (RhoGDIb) の K135 アセチル化が最も有意に増加したタンパク質であった (Figure 6D, FDR < 0.1)。これは免疫細胞機能の促進における RhoGDIb のアセチル化の役割を示唆する。
考察/結論
本研究は LSCC における初の大規模 CPTAC プロテオゲノミクス解析として、ゲノムデータのみでは捉えきれない複数の臨床的に重要な発見をもたらした。
先行研究との違い: 本研究のプロテオゲノミクスアプローチは、TCGA et al. Nature 2012 のゲノム解析では捉えきれなかった、FGFR1 増幅アンプリコン内の真のドライバーが FGFR1 ではなく NSD3 である可能性を同定した点で、これまでの研究と大きく異なる。これは FGFR1 標的治療の臨床的失敗を後付けで説明するものであり、代替治療標的の探索に繋がる。また、CDKN2A-RB1 経路の複雑な制御解析により、CDK4/6 阻害薬バイオマーカーとしての Rb リン酸化の提唱は、従来の遺伝子変異のみに基づく患者選択とは対照的な、より機能的なアプローチを提供する。
新規性: 本研究で初めて、Np63-low 腫瘍における survivin 阻害薬 YM-155 への感受性増強という新規治療機会を提示した。さらに、未だ undruggable とされる SOX2 の上流・下流に LSD1・EZH2 という治療可能なクロマチン修飾酵素を同定したことは、SOX2 依存性腫瘍に対する新規治療戦略の可能性を開く。方法論的観点では、タンパク質、リン酸化、アセチル化、ユビキチン化という多層的 PTM の統合解析が、個々のオミクスレイヤーでは見えない病態生物学 (代謝制御、免疫応答、シグナルクロストーク) を明らかにしたことが重要である。LSCC の免疫微小環境では、HERC5/ISGylation を介した解糖系と IFN-γ 応答の直接的な代謝-免疫クロストークという新たなメカニズムが提示された。
臨床応用: 本知見は、LSCC 患者を対象とした biomarker-driven 臨床試験の設計に重要な示唆を与える。Rb リン酸化レベルに基づく CDK4/6 阻害薬の適応患者の絞り込みや、Np63-low LSCC 患者に対する survivin 阻害薬 YM-155 の適用は、臨床応用への具体的な道筋を示す。また、NR2F6 増幅が抗腫瘍免疫を抑制するという知見は、NR2F6 が PD-L1 非依存的免疫チェックポイントとして機能する可能性を示し、免疫療法との組み合わせ標的として臨床現場での検討が期待される。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究で同定された分子サブタイプや治療標的候補の機能的検証、および大規模な前向き臨床試験での検証が残されている。特に、腫瘍の不均一性が臨床転帰に影響を与える「Mixed」サブグループのさらなる解析や、転移性病変におけるプロテオゲノミクス解析は、LSCC の病態理解を深める上で重要である。本研究データは CPTAC 公開リソースとして提供され、LSCC 研究コミュニティによる広範な解析・検証に活用されることが期待される。
方法
本研究では、前向きに収集された 108 例の治療未施行 LSCC 原発腫瘍および 99 例のペア NAT を対象とした。取得されたデータタイプは、ゲノムデータ (WGS: Whole-Genome Sequencing、WES: Whole-Exome Sequencing、CNA: Copy Number Alteration、DNA メチル化)、トランスクリプトームデータ (RNA-seq、microRNA)、プロテオーム (TMT11 (Tandem Mass Tag 11-plex) 多重標識質量分析)、リン酸化プロテオーム (pSTY)、アセチル化プロテオーム (Ac)、ユビキチン化プロテオーム (Ub) の計 9 種類である (Figure 1A)。分子サブタイプ分類には、CNA、RNA、タンパク質、リン酸化タンパク質、アセチル化タンパク質の 5 データセットを統合した非負値行列因子分解 (NMF: Non-negative Matrix Factorization) ベースの unsupervised clustering を使用した。このクラスタリング手法は、Wilkerson et al. Bioinformatics 2010 によって開発された ConsensusClusterPlus を基盤としている。計算解析には、コネクティビティマップ (CMap: Connectivity Map)、xCell 免疫細胞デコンボリューション (Newman et al. NatMethods 2015)、PTM-SEA (Post-Translational Modification-Signature Enrichment Analysis)、ssGSEA (Hanzelmann et al. BMCBioinformatics 2013) などのツールを組み合わせて統合的解釈を行った。治療感受性との関連は、がん細胞株データ (CCLE、TCGA) との統合解析で評価された。差次発現解析には Ritchie et al. NucleicAcidsRes 2015 の limma パッケージが用いられた。統計解析には Wilcoxon 検定、Kruskal-Wallis 検定、Pearson 相関、Fisher’s exact test などが使用された。