• 著者: The Cancer Genome Atlas Research Network
  • Corresponding author: N/A (TCGA consortium paper)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2012
  • Epub日: 2012-09-09
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 22960745

背景

肺扁平上皮癌は肺癌の主要組織型であり、世界で年間約40万人の死亡原因となっている。肺腺癌においてはEGFR (epidermal growth factor receptor) 変異 (Lynch et al. 2004; Paez et al. 2004) やALK (anaplastic lymphoma kinase) 融合遺伝子 (Soda et al. 2007) が分子標的療法の飛躍的発展をもたらしたが、肺扁平上皮癌にはこれらの変異が通常存在せず、特異的な分子標的薬はほとんど開発されていなかった。先行する単一プラットフォーム研究ではSOX2・PDGFRA (platelet-derived growth factor receptor alpha)・FGFR1 (fibroblast growth factor receptor 1) 増幅やCDKN2A (cyclin-dependent kinase inhibitor 2A) 欠失が報告されていたが (Bass et al. 2009; Ramos et al. 2009)、複数オミクスを統合した包括的解析は存在せず、扁平上皮癌固有の変異スペクトラム全体は未解明であった。DNAシーケンシング研究ではTP53 (tumor protein p53)・NFE2L2 (nuclear factor erythroid 2-like 2)・KEAP1 (Kelch-like associated protein 1) などの変異が報告されていたが (Shibata et al. 2008)、経路レベルの相互排他性の体系的解析と治療標的の網羅的同定は行われていなかった。何が足りなかったかという点では、複数のゲノム・エピゲノムプラットフォームを統合した統一的解析基盤が欠如しており、腺癌で確立された精密医療アプローチを扁平上皮癌に応用するための分子基盤が不在であった。TCGAプロジェクトは肺腺癌については並行解析を進めていたが、肺扁平上皮癌固有の包括的統合ゲノム解析は本研究が初めてであった。

目的

TCGAプロジェクトの一環として、組織学的確認済み肺扁平上皮癌を対象に、エクソームシーケンシング・コピー数解析・DNAメチル化・mRNA/miRNA発現を統合した包括的なゲノム・エピゲノムの地図を作成し、有意変異遺伝子・分子サブタイプ・治療標的を体系的に同定すること。特に肺扁平上皮癌で使用可能な分子標的薬の欠如という臨床的課題を解消するためのゲノムデータ基盤を構築することを目指した。

結果

変異負荷と有意変異遺伝子の同定:本コホート (n=178 cases) の肺扁平上皮癌を解析した結果 (Fig. 1)、腫瘍当たり平均360個のエクソン変異・323コピー数変化セグメント・165ゲノム再編成を同定した (追跡期間中央値15.8ヶ月)。体細胞変異率は8.1変異/Mb (megabase) であり、急性骨髄性白血病 (0.56/Mb)・乳癌 (1.0/Mb)・大腸癌 (3.2/Mb) と比べ著しく高く (Wilcoxon rank-sum検定p<2.2×10⁻¹⁶)、喫煙関連のC:G>A:Tトランスバージョンが突出していた。WGS (whole genome sequencing: 全ゲノムシーケンシング) を行った部分コホート (n=19 samples) では腫瘍当たり平均165の体細胞再編成が確認された。TP53 変異は81%に認められ、腺癌 (46%) との顕著な差異を示した。体細胞変異率は喫煙歴と有意に正相関した (Spearman ρ=0.47, p<0.001)。MutSigアルゴリズムによってFDR q<0.1の有意変異遺伝子として10遺伝子が同定された: TP53 (81%)、CDKN2A (21%)、PTEN (10%)、PIK3CA (15%)、KEAP1 (19%)、MLL2 (20%)、HLA-A (human leukocyte antigen A: ヒト白血球抗原A、3%)、NFE2L2 (15%)、NOTCH1 (8%)、RB1 (7%)。HLA-Aのナンセンス・スプライスサイト変異 (7/8例) は免疫回避の新規遺伝子学的根拠を提示した。WGS 19例では腫瘍当たり平均165の体細胞再編成が同定され、大腸癌 (75/腫瘍)・前立腺癌 (108/腫瘍) と比べて著しく高かった。コホートn=178例においてEGFR活性化変異 (exon 19欠失・コドン858点変異) およびKRAS変異は実質的に存在しなかった。

主要シグナル経路の変化と相互排他性NFE2L2 とKEAP1 (酸化ストレス応答経路) の変異は合計34%の腫瘍に認められ (Fig. 2)、両者は相互排他的であった (MEMo解析で確認)。NFE2L2変異 (15%) はKEAP1との相互作用ペプチドモチーフにほぼ限定されゲイン・オブ・ファンクション型変異として機能した。TP63 (tumor protein p63) 増幅を含む扁平上皮分化関連遺伝子群 (SOX2・TP63増幅、NOTCH1/2の機能喪失型変異) は44%の腫瘍に異常を認め、腺癌との組織学的差異の分子的基盤を示した。PI3K (phosphatidylinositol 3-kinase) 経路は47%の腫瘍に何らかの変異が認められ、PI3K異常とEGFR異常は相互排他的であった (MEMo p<0.05)。CDKN2A/RB1経路は72%の腫瘍に異常を認め (Fig. 4)、その不活化メカニズムはホモ接合性欠失 (29%)・不活化変異 (18%)・プロモーターメチル化 (21%)・スプライシング異常 (4%) と多様であった。WGSデータではPTEN・NOTCH1など多様な遺伝子のゲノム再編成による機能喪失も追加n=8 cases で確認された。

4つの分子発現サブタイプの定義:iCluster統合クラスタリングにより4つの独自サブタイプが同定された (Fig. 3)。2プラットフォーム間のサブタイプ一致率は94%であった。classical (36%) サブタイプはKEAP1/NFE2L2変異・高DNAメチル化・3q26増幅 (SOX2/TP63/PIK3CA)・deltaN-TP63高発現を特徴とし、染色体不安定性スコアが最高であった。basal (25%) サブタイプはNF1 (neurofibromin 1) 異常・扁平上皮基底層マーカー高発現と関連した。secretory (24%) サブタイプはFGFR1増幅およびクロマチン修飾遺伝子増幅と有意に関連し、classicalサブタイプとは逆相関した (Kruskal-Wallis p<0.05)。primitive (15%) サブタイプはRB1/PTEN異常・増殖関連遺伝子高発現と関連し、予後が最も不良と推定された。miRNAクラスタリングおよびメチル化クラスタリングはともにmRNA発現サブタイプと有意に一致した (Fisher’s exact p<0.05)。

96%の腫瘍に治療標的を同定:n=178例中96% (171例) にチロシンキナーゼ・セリン/スレオニンキナーゼ・PI3Kサブユニット等の潜在的治療標的となる変異が認められた (Fig. 5)。FDA (U.S. Food and Drug Administration) 承認または開発中薬剤の標的に該当する体細胞変異が64% (114例) に同定された。FGFR (fibroblast growth factor receptor) 1増幅は約22%、ERBB2 (erbB-2 receptor tyrosine kinase 2) 増幅は約3%に認められた。FGFR1 ファミリー・EGFRファミリー・JAK (Janus kinase) ファミリーの3受容体型チロシンキナーゼグループが変異/増幅の主要標的として同定され、これらのデータは肺扁平上皮癌でも精密医療アプローチが適用可能であることを初めて体系的に示した。一方FGFR1増幅に対するFGFR阻害薬は後の臨床試験で奏効率が限定的であることが判明し、ゲノム増幅と機能的依存性の乖離が課題として残された。

考察/結論

先行研究との比較と本研究の差異:先行する単一プラットフォーム研究 (Bass et al. 2009; Hammerman et al. 2011) は単一オミクス解析にとどまり、本研究の多プラットフォーム統合解析とは根本的に異なり、経路レベルの相互排他性 (NFE2L2対KEAP1、NOTCH1/2対SOX2/TP63増幅など) の体系的把握に至らなかった。既存の報告が部分的知見を個別に提示していたのと異なり、本研究ではFGFR1増幅・CDKN2A欠失などの知見が経路文脈の中で統合的に再解釈された。高グレード漿液性卵巣癌と同様に肺扁平上皮癌でもTP53変異がほぼ全例 (81%) に認められることが確認されたが、NFE2L2/PI3K/扁平上皮分化経路のパターンは扁平上皮癌固有のものであり、腺癌とは明確に区別される分子的実体であることを示した。

本研究の新規性:本研究で初めて、HLA-A (human leukocyte antigen A) の機能喪失型変異が集団規模 (3%) で同定され、がんの特徴 の「免疫破壊回避」の遺伝子学的基盤が実証された。さらに本研究で新たに、CDKN2A不活化の多様なメカニズム (欠失29%・変異18%・メチル化21%・スプライシング4%) の統合解析が行われ、単一アッセイでは全貌が捕捉できないことが明示された。これらはnovelな発見であり、単一プラットフォーム研究では到達できなかった方法論的貢献を体現している。クローン進化および腫瘍内不均一性の観点からの解析は本研究では限定的であり、WGSは19例のみであった点は制限事項である。

臨床応用への含意:96%という極めて高い割合の腫瘍に潜在的治療標的が存在することを示し、FGFR1 阻害薬・PI3K阻害薬・ERBB2標的薬など複数の治療戦略の前臨床・臨床開発の根拠を提供した。本研究後に実施されたバイオマーカー駆動型多施設マスタープロトコール試験は肺扁平上皮癌を対象とした複数のサブ試験で構成されており、本研究の知見を直接活用した。一方でFGFR1増幅に対するFGFR阻害薬は後の臨床試験で奏効率が限定的であることが判明しており、ゲノム増幅と機能的依存性の乖離が精密医療設計の重要な課題として浮かび上がった。

残された課題:治療的依存性の機能的未検証・非コード変異の未評価・WGS対象の限定 (19例のみ) が本研究の限界として著者らに述べられた。4サブタイプと治療反応性の関係の前向き検証、HLA-A変異と免疫療法効果の直接的関連の実証、NFE2L2/KEAP1変異腫瘍における酸化ストレス応答を標的とした治療戦略の探索が今後の課題として残された。本論文は肺扁平上皮癌精密医療基盤として現在も参照される重要なランドマーク研究である。

方法

本研究は178例の組織学的確認済み肺扁平上皮癌 (stage I-IV) を対象とするTCGA (The Cancer Genome Atlas: 癌ゲノムアトラス) コンソーシアム研究 (TCGAコホート LUSC 2012) である。喫煙歴96%、中央値追跡期間15.8ヶ月 (60%が生存)。データはTCGAデータポータル (tcga-data.nci.nih.gov/docs/publications/lusc_2012/) で公開されている。検体は手術切除時の隣接正常組織 (n=137) または末梢血 (n=41) を正常対照として使用した。解析プラットフォームは以下の通り: WES (whole exome sequencing: 全エクソームシーケンシング) はAgilentキャプチャーを用いて平均カバレッジ121×、目標塩基の83%が30×以上をカバー; コピー数解析はAffymetrix SNP 6.0アレイ (single nucleotide polymorphism: 一塩基多型) で実施し、円形二値化セグメンテーション後にGISTIC2.0 (Genomic Identification of Significant Targets in Cancer) でq<0.05の有意増幅・欠失領域を同定; サブセットn=19例でWGS (whole genome sequencing: 全ゲノムシーケンシング) を平均54×深度で実施; RNA-seq (mRNA発現) とmiRNA-seq (n=159例); DNAプロモーターメチル化アレイを実施した。有意変異遺伝子はMutSig (mutational significance: 変異有意性) アルゴリズムを用いてFDR (false discovery rate: 偽発見率) q<0.1で同定した。変異の独立検証は76遺伝子のハイブリッドリキャプチャー再シーケンシングにより1,283変異を確認し96.2%が検証された。分子サブタイプはiCluster統合クラスタリング法とRNAシーケンシングの教師なしクラスタリングで定義し、Kruskal-Wallis検定 (連続特徴) とFisher’s exact検定 (カテゴリ特徴) でサブタイプ間差を評価した (p<0.05)。PI3K (phosphatidylinositol 3-kinase) 経路異常の相互排他性はMEMo (mutual exclusivity modules in cancer: がんにおける相互排他性モジュール) 解析で確認した。