• 著者: Roman E. Reggiardo, Sreelakshmi Velandi Maroli, Haley Halasz, et al.
  • Corresponding author: Daniel H. Kim (University of California, Santa Cruz / Stanford University)
  • 雑誌: Cell Reports
  • 発行年: 2022
  • Epub日: 2022-10-04
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 35858545

背景

ヒトゲノムの約50%を転移性エレメント (TE) が占め、その多くは非コードRNAとして転写される。KRAS変異は肺腺癌 (LUAD) の約1/3を含む多くのがん種で最も頻度の高いドライバー変異であり、RASシグナルが長鎖非コードRNA (lncRNA) やマイクロRNAを調節することが以前から示唆されていた (Kim et al. 2015)。一方、癌細胞では多くの場合インターフェロン刺激遺伝子 (ISG) の内在性活性化が観察されるが、その機序は未解明であった。KRABジンクフィンガー (KZNF) 遺伝子群は進化的に急速に拡大したTE転写抑制因子であり、通常KAP1 (KRAB-associated protein 1) / TRIM28 (tripartite motif-containing 28) 複合体と協調してTE RNAを抑制する (Imbeault et al. 2017)。変異KRASがKZNFを介してTE RNA制御を変容させるかどうかはこれまで報告されておらず、この領域には研究のギャップが残されている (Burns et al. 2017)。

目的

変異KRASが肺細胞の細胞内・細胞外トランスクリプトームとエピゲノムをどのようにリモデリングするかを解析し、TE RNA・KZNF遺伝子・ISGシグネチャーの間の相互制御の分子機序を解明すること。さらに、変異KRAS由来のTE RNA・ISGが細胞外小胞 (EV) に優先的に分泌される可能性と、KZNF抑制の臨床的意義を検証すること。

結果

変異KRASによる広範な転写リプログラミングとISGシグネチャーの活性化: RNA-seq解析の結果、変異KRASを導入したAALE細胞 (n=3 biological replicates) では、タンパク質コード遺伝子1,028個が上方制御され、1,194個が下方制御された。lncRNAでは116個が上方制御、163個が下方制御された。GSEAでは、IFNα応答、IFNγ応答、炎症応答が上位3つの有意に濃縮された経路として同定された (p<0.05)。上方制御されたISGのプロモーター領域には、IRF1、IRF7、STAT2といった主要なIFN応答レギュレーターの結合モチーフが有意に濃縮されていた (Fig 1D)。AALE細胞とHBEC細胞で誘導されるISGシグネチャーには強い一致が認められ、TCGA肺腺癌データ (KRASG12D) でも同様のISGサブセットが野生型KRAS腫瘍と比較して有意に上昇していた (Fig 1E)。

変異KRASによるISGのエピゲノム活性化: ATAC-seq解析により、変異KRAS AALE細胞において、上方制御されたISG遺伝子のプロモーター領域でオープンクロマチンが有意に濃縮されていることが示された (Fig 2A)。変異KRAS特異的なオープンピークは183個の転写開始点 (TSS) に存在し、そのうち11個が変異KRASシグナルによって特異的かつ有意に上方制御されたISGに対応していた (Fig 2B)。特に、ISGF3転写因子複合体を形成するIRF9、IRF7、IFI27、OAS2、IFI44、MX1のTSSでATACシグナルが顕著に増強された (Fig 2C)。GREAT解析では、変異KRAS特異的ピーク近傍に細胞外小胞や細胞外エクソソームのGO termが最も濃縮されることが示され (Fig 2D)、EV分泌との関連が示唆された。

細胞外トランスクリプトームのリプログラミングとTE RNAの優先分泌: 変異KRAS AALE細胞の培養液から単離されたEVは、対照EV (約196nm) とは異なり、約90nm、約150nm、約213nmのピークを持つ多様なサイズ分布を示した (Fig 3A)。EV-RNA-seq解析では、変異KRAS細胞のEVにおいて、タンパク質コード遺伝子17個が上昇、140個が低下し、lncRNA 5個が上昇、8個が低下した (Fig 3B)。IFI6、MX1、IFI27、OASLなどのISGは細胞内RNA-seqとEV-RNA-seqの両方で同調的に上昇し、IFNαおよびIFNγシグネチャーは細胞内・細胞外の両コンテキストで濃縮された (Fig 3E)。TE RNAは変異KRAS AALEのEVで特異的かつ著明に上昇し、主にLTR RNA (LTR12、MER11C、LTR27C)、LINE RNA (L1MEc)、DNA要素RNA (Tigger5) が濃縮された (Fig 3F)。TE RNAは変異KRAS AALE EVの約50%を占め、対照AALEのEVと比較して優先的にパッケージされていた。

変異KRASによるKZNF遺伝子のエピゲノム抑制とTE-KZNF軸の確立: 変異KRAS AALEおよびHBEC細胞において、KZNF遺伝子群が広範に有意に低下した (Fig 1A)。ZNF90、ZNF826P、ZNF736、ZNF471、ZNF682、ZNF853などのKZNFのTSSは、ATAC-seqで変異KRAS特異的に閉鎖していることが確認された (Fig 4C)。KZNF抑制は、KRASシグナルの下流エフェクターであるETS (ETV1) およびELK (ELK1) 転写因子結合モチーフの変化と一致した (Fig 4D)。上方制御されたTE RNAのリピート配列には、有意に下方制御されたKZNFの結合モチーフが濃縮されており、KZNFのChIP-seq結合スコアで上位標的として上方制御TEが同定された。変異KRAS A549細胞 (n=3 biological replicates) でZNF257またはZNF682を過剰発現させると、ISG (OAS1、IRF9) および変異KRASで上昇していたTE RNAが有意に低下した (log2FC -1.5から-2.5程度、p<0.05)。この結果はKZNFsがTE RNAを介してISG誘導を制御するという因果関係を直接的に証明するものである。

KZNF低発現のin vivo妥当性と臨床的意義: TCGA LUAD RNA-seqデータを用いた解析では、KZNFはKRASG12D腫瘍で野生型KRAS肺癌および正常肺組織と比較して有意に低発現であった (Fig 5A, 5B)。LUAD患者をKZNF発現の最低三分位群 (KZNF低発現) で層別化すると、有意に低い全生存率を示した (p<0.05) (Fig 5C)。このことは、KZNF低発現がLUAD患者の予後不良と関連していることを示唆する。

考察/結論

本研究は、変異KRASシグナルがKZNF遺伝子のエピゲノム抑制を介してTE RNAの脱抑制を引き起こし、その結果として内在性ISG応答を誘導するという新規の調節カスケードを明らかにした (Fig 5D)。

先行研究との違い: これまで、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤によるTE RNA誘導型ISG応答 (「ウイルス擬態」仮説) が報告されていたが (Chiappinelli et al. Cell 2015)、本研究で示された機序はそれらとは対照的に、KRASシグナリング自体が直接的にKZNFを抑制することを通じてTE RNAを誘導するものである。

新規性: 本研究で初めて、変異KRASがKZNF遺伝子の発現を広範に抑制し、これにより通常抑制されているTE非コードRNAが脱抑制されるという新規の分子メカニズムを同定した。また、これらのTE RNAが細胞外小胞 (EV) を介して優先的に放出されるという発見は、これまで報告されていない

臨床応用: 癌細胞の内在性ISGシグネチャーは多くの癌種で観察されており、本研究はその機序の一端を変異KRASの文脈で解明した。TE RNAがEVに優先的に分泌されるという発見は、変異KRASおよびRAS経路駆動がんのliquid biopsyバイオマーカーとしての臨床応用可能性を示す。さらに、TCGAデータでKZNFの低発現がLUAD患者の予後不良と相関することは、KZNFががん抑制因子的機能を持つ可能性を示唆し、治療標的として魅力的な臨床的意義を持つ。

残された課題: 今後の検討課題として、(1) 膵癌・大腸癌などKRAS変異頻度が高い他のがん種でのTE RNA/KZNF軸の普遍性の検証、(2) TE RNA誘導型ISG応答が免疫回避や免疫療法応答に与える影響の解明、(3) CRISPRなどを用いたKRAS変異の必要性・十分性の検証、(4) 分泌TE RNAのliquid biopsyとしての前向き臨床検証が挙げられる。これらのlimitationを克服することで、本研究の知見の臨床的有用性がさらに高まると考えられる。

方法

ヒト気道上皮細胞 (AALE:Lundberg et al.モデル) と気管支上皮細胞 (HBEC:Ramirez et al.モデル) に変異KRAS (AALE: KRASG12D; HBEC: KRASG12V) または対照レンチウイルスを形質導入してRNA-seqを実施した。ATAC-seqによる全ゲノムクロマチンアクセシビリティを解析した。TEリピートファミリーを含むrepetitive noncoding transcriptomeの特殊パイプラインでTE RNA発現を定量した。EVはAALE培地から単離し、EV-RNA-seqで細胞外RNA組成を解析した。KZNFモチーフ解析 (Barazandeh 2018 KZNF-specific motif set) ・ChIP-seqデータによるKZNF結合スコアで制御関係を推定した。変異KRAS A549細胞 (肺癌細胞株) にZNF257またはZNF682を過剰発現させてTE RNA・ISGへの影響を検証した。TCGAのLUAD RNA-seqデータ (KRASG12D vs KRAS野生型) でin vivo妥当性を検証し、KZNF発現と生存との関係を解析した。RNA-seqデータはSalmon (Patro et al. 2017) で擬似アラインメントし、DESeq2 (Love et al. GenomeBiol 2014) で差次発現解析を行った。遺伝子セット濃縮解析 (GSEA) はfgseaパッケージ (Korotkevich et al. 2016) を用い、MSigDB (Liberzon et al. 2011) のHallmark遺伝子セットを適用した (Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005)。ATAC-seqデータはnf-core ATAC-seqパイプラインで処理し、GREAT (McLean et al. 2010) でGOターム濃縮解析を行った。TCGAデータ解析では、Gu et al. Bioinformatics 2016 のComplexHeatmapパッケージを用いてヒートマップと階層的クラスタリングを実施し、survival Rパッケージ (Therneau 2022) で生存解析を行った。統計解析にはWilcoxon検定 (R-wilcox.test()) を用い、p値 < 0.05を有意とした。