• 著者: Wen-Fang Tang, Min Wu, Hua Bao, Yang Xu, Jie-Shan Lin, Yi Liang, Yu Zhang, Xiang-Peng Chu, Zhen-Bin Qiu, Jian Su, Jia-Tao Zhang, Chao Zhang, Fang-Ping Xu, Jing-Hua Chen, Rui Fu, Ying Chen, Tao Yang, Qing-Ke Chen, Ting-Ting Wu, Xue Wu, Yang Shao, Jian-Tao Zheng, Zhi Xie, Zhi-Yi Lv, Song Dong, Yi-Long Wu, Wen-Zhao Zhong
  • Corresponding author: Yi-Long Wu / Wen-Zhao Zhong (Guangdong Provincial People’s Hospital, Guangdong Academy of Medical Sciences, Guangzhou)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-03-13
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33722707

背景

転移は肺癌による死亡の主要な原因であり、その臨床的意義は極めて大きい。しかし、肺癌における転移播種の分子メカニズムや進化的パターンについては、依然として十分に解明されていない点が多かった。特に、転移細胞が原発巣から分離する「タイミング」と、転移が原発巣から直接播種されるのか、あるいは先行するリンパ節転移を経て遠隔転移が生じるのかという「起源」については、体系的な研究が不足していた。

大腸癌では、Hu et al. (2019) や Naxerova et al. (2017) の研究により、転移のタイミングと軌道が系統的に解析され、多くの転移が原発巣が臨床的に検出される前に起こる「早期播種」であることが示されている。また、乳癌においても Yates et al. (2017) が同様の解析を行っている。しかし、肺癌においては、転移巣に対する外科的切除が標準治療でないことが多く、生前に原発巣と転移巣のペアサンプルを複数取得することが困難であったため、同様の包括的な解析は限られていた。このサンプルの制約が、肺癌転移の進化を詳細に理解する上での大きな障壁となっていた。既報の肺癌研究では、Jamal-Hanjani et al. NEnglJMed 2017deBruin et al. Science 2014 が腫瘍進化の追跡やゲノム不安定性の多様性を報告しているものの、転移播種のタイミングと起源に特化した大規模な多部位解析は不足していた。

転移播種のタイミングを理解することは、早期検出戦略の有効性を評価する上で極めて重要である。もし転移が臨床的検出より数年前に起こっているのであれば、現行のスクリーニング戦略の限界が示唆され、より感度の高い検査法の必要性が浮上する。また、転移の起源が原発巣からの直接播種なのか、リンパ節を経由したカスケード播種なのかという問いは、リンパ節郭清の意義や、術前・術後の補助療法戦略を検討する上で重要な情報を提供する。これらの知識ギャップを埋めることは、肺癌患者の予後改善に向けた新たな診断・治療戦略の開発に不可欠である。本研究は、この未解明な領域に光を当てることを目的とした。

目的

本研究の目的は、進行肺癌患者から採取された原発巣と転移巣のペアサンプル(マルチリージョンサンプリングを含む)の全エクソームシーケンス(WES)解析を通じて、以下の主要な課題を明らかにすることである。第一に、転移を駆動する遺伝子変異(転移ドライバー変異)を同定すること。第二に、肺癌における転移播種のタイミングを定量的に推定すること。第三に、複数の転移巣を持つ患者の系統解析を通じて、転移の進化的起源(原発巣からの直接播種か、リンパ節転移を経由した播種か)を解明することである。これらの知見は、肺癌転移の生物学的理解を深め、将来的な診断および治療戦略の開発に貢献することを目指す。特に、転移のタイミングと起源に関する知見は、新たな早期検出戦略や個別化治療法の開発に繋がる可能性があり、臨床的意義は大きい。

結果

転移関連の遺伝子異常:5つのCNVが両コホートで検証: 本研究コホートの40 PT-MTペアにおいて、「転移選択的」または「転移濃縮」遺伝子異常を解析した。その結果、MYC増幅、NKX2-1増幅、RICTOR増幅、20pアーム獲得、および11pアーム喪失の5つのコピー数変異(CNV)が、本コホートとMSK LUADコホートの両方で転移巣に有意に濃縮されていることが確認された(weighted Z-method、q<0.2)。これらのCNVは、肺癌転移のドライバーとして重要な役割を果たす可能性が示唆された (Figure 3D)。特に、MYC増幅を有する患者は、本コホート(p=0.0059)およびMSK LUADコホート(p=0.032)のいずれにおいても、有意に不良な全生存期間(OS)を示した (Figure 3E, F)。これは、MYC増幅が転移の悪性度と関連する強力なバイオマーカーとなりうることを示唆する。部位特異的なパターンとして、RICTOR増幅と11pアーム喪失は脳転移に、NKX2-1増幅は胸膜転移に特異的に濃縮される傾向が認められた (Supplementary Figure 4E)。

転移播種のタイミング:61.1%が晩期播種: 54 PT-MTペアにSCIMETモデルを適用した結果、転移播種の61.1%(n=33/54ペア)が Nd ≥ 10^8 cells、すなわち原発巣が臨床的検出可能サイズ(約1 cm^3 = 約10^8 cells)に達した後に播種が起こる「晩期播種」に分類された (Figure 4B)。これは、大腸癌で報告された早期播種パターンとは対照的である。リンパ節転移ではn=23ペア中11ペア(47.8%)が早期播種を示し、胸膜転移(p=0.04)や副腎転移(p=0.033)と比較して、播種時の原発巣サイズが有意に小さかった (Figure 4C)。この結果は、肺癌における転移のタイミングが部位特異的であることを示唆する。

転移播種から臨床診断までの期間:平均2.74年: SCIMETモデルとGompertz成長モデルを組み合わせることで、播種時の仮想腫瘍サイズから実際の手術時サイズへの変換を通じて、播種から臨床診断までの期間を推定した。全転移の平均期間は2.74年(IQR: 2.06〜3.28年)と推定され、これはHu et al. (2020) の肺癌における推定値(平均3.6年、IQR 2.8〜3.7年)と同等であった (Figure 4D)。リンパ節転移では特に播種が早く、診断の平均4.26 ± 0.74年前に播種が起こっていた。一方、胸膜転移および遠隔転移では、診断の平均2.11 ± 0.33年前に播種が起こったと推定された。これは、リンパ節転移が他の転移部位と比較して、より長い期間をかけて臨床的に検出されることを示唆する。

転移の起源:非リンパ節転移の87.5%が原発巣から直接播種: 複数の転移巣を有する8例の患者(n=8 patients)において系統樹を再構築し、転移の進化的起源を解析した。このうち1例(患者12番)では、胸膜転移がリンパ節転移と同一の系統群に属し、原発巣には存在しない共通の変異を共有していたことから、先行するリンパ節転移からの播種が示唆された (Figure 5A, B)。しかし、残りの7例(87.5%; n=7/8例)では、非リンパ節転移(脳、骨、副腎、胸膜など)が原発巣またはそのサブクローンと同一の系統群に分類され、リンパ節転移とは独立した系統群に属していた (Figure 5C-J)。この結果は、リンパ節転移を経て遠隔転移が生じる「カスケードモデル」よりも、原発巣からの直接的な「並行播種(parallel dissemination)」モデルが肺癌の遠隔転移の主要な経路であることを強く支持する。最尤法による系統樹再構築でも同様の構造が再現された (Supplementary Figure 6)。

原発巣-転移巣間の変異一致率の大きな変動: 54 PT-MTペア全体での体細胞変異一致率は45.6%(範囲7.3〜80.6%)と広いばらつきを示した (Figure 2B)。変異とCNVの共有割合はそれぞれ49.7%と27.3%であった。リンパ節転移は副腎転移と比較して、PT-MT共有変異割合が有意に低かった(p=0.018、Wilcoxon検定) (Figure 2C)。この広いばらつきは、一部の転移巣が原発巣の小さなサブクローン由来である一方、他は比較的大きなクローンから播種されたことを示唆する。

頻度の高い既知ドライバー変異の高い一致率: 本コホートで最も頻繁に変異が認められた遺伝子は、TP53(64.4%)、EGFR(38.6%)、KEAP1(14.9%)、KRAS(8.9%)であった。これらの主要なドライバー変異は、PT-MTペア間で高いconcordanceを示した (Figure 2A)。一方、クローン性の低い変異やCNVはconcordanceが低く(変異49.7%、CNV27.3%)、腫瘍内不均一性の高さを反映していた。転移部位別にも差があり、副腎転移はリンパ節転移よりも高いPT-MT変異共有割合を示し(p=0.018)、各転移部位の生物学的特性が異なる播種クローンによって規定される可能性が示唆された。

考察/結論

本研究は、進行肺癌における転移の時空間的パターンと分子メカニズムに関して重要な洞察を提供した。転移播種が臨床検出の平均2.74年前に起こっているという知見は、現行のCT・PETスクリーニング戦略が転移抑制に有効な介入機会を逸している可能性を示唆する。しかし、逆説的に見れば、この2.74年という播種から臨床検出までのリードタイムに介入できれば転移を予防できる可能性があり、液体生検(ctDNAなどの循環腫瘍DNA解析)のような高感度スクリーニング技術の実装が重要であるとの示唆を提供する。

先行研究との違い: 本研究の結果、61.1%の転移が晩期播種であったことは、大腸癌(Hu et al. 2019で83%が早期播種)とは対照的である。このことは、肺癌における転移のタイミングが他のがん種とは異なる生物学的特性を反映していることを示唆する。このことは、NCCNが推奨する低線量CT年次スクリーニングによる早期検出が、少なくとも理論上は一部の肺癌転移を予防できる可能性を示す。

新規性: 非リンパ節転移の87.5%が原発巣から直接播種されるという知見は、リンパ節転移を経由した遠隔転移カスケードモデルを否定し、原発巣からの直接血行性播種が主要な経路であることを示す。この知見は、術後リンパ節郭清が遠隔転移防止に果たす役割の限界を示唆するとともに、術前または術後の早期における血行性微小転移制御の重要性を支持する。リンパ節転移が早期播種(平均4.26年前)にもかかわらず遠隔転移を促進しない点は、リンパ節転移の比較的「indolent」な性質を示唆する。MYC増幅が本コホートおよびMSK LUADコホートの両方で転移巣での有意な濃縮と不良予後との関連を示したことは、MYC増幅が転移リスクの予測バイオマーカーとなりうるという新規性のある知見である。

臨床応用: 部位特異的な転移ドライバー(RICTOR増幅・11pアーム喪失が脳転移、NKX2-1増幅が胸膜転移)の同定は、原発巣ゲノムから転移部位を予測できる可能性を示唆する。これらの知見は、肺癌転移の臨床応用において、個別化医療の進展に貢献しうる。特に、MYC増幅を標的とした治療戦略の開発や、液体生検による高感度スクリーニングは、肺癌患者の予後改善に繋がる臨床的意義を持つ。

残された課題: 今後の検討課題として、本研究は進行肺癌患者を対象としているため、早期肺癌(Stage I/II)での転移パターン解析が必要である。また、各組織型(腺癌・扁平上皮癌・小細胞肺癌)での転移パターンの比較、SCIMETモデルの一定選択係数仮定の限界、およびより大規模なコホート(特に複数転移巣を持つ患者)での検証が今後の検討課題である。さらに、全エクソームシーケンス(WES)では非コード領域や構造変異の一部が捕捉されない可能性があり、全ゲノムシーケンス(WGS)などの包括的な解析手法を用いた検証も重要である。

方法

本研究では、2008年から2019年にかけて広東省人民病院で治療を受けた47例の進行肺癌患者から、合計187検体を採取した。患者の内訳は、78.7%(37/47例)が同期性転移(原発巣と転移巣の同時診断)、残りの21.3%が異時性転移(転移診断が原発巣診断の4.3〜25.7か月後)であった。患者の中央観察期間は25.1か月(四分位範囲 [IQR]: 8.1〜43.9か月)であった。

解析に用いた検体の内訳は、40例で原発巣(PT)と転移巣(MT)のペアサンプルが得られ(PT 70検体、MT 104検体)、残りの7例はMTのみであった。主要な転移部位はリンパ節、胸膜、脳、副腎、骨であった。腫瘍内不均一性を評価するため、多くのPTと遠隔転移巣では2〜5リージョンのマルチリージョンサンプリングを実施した。全エクソームシーケンス(WES)は、腫瘍検体で平均カバレッジ約150×、白血球コントロールで約60×で実施された。厳格な品質管理(Total QScore < 35または汚染率 > 2%の検体を除外)の後、合計174検体が最終解析に用いられた。腫瘍純度(tumor purity)の推定には、ABSOLUTE Carter et al. NatBiotechnol 2012 および FACETS (Shen et al. 2016) ツールが適用され、いずれかの方法で純度が20%未満のサンプルは除外された。

転移ドライバー変異の同定には、本コホートのPT-MTペア解析に加え、検証コホートとして Memorial Sloan-Kettering Cancer Center (MSK) の肺腺癌(LUAD)研究(Lung_msk_2017)から462原発腫瘍(n=448患者)および432転移腫瘍(n=419患者)のゲノム・臨床情報を cBioPortal Cerami et al. CancerDiscov 2012Gao et al. SciSignal 2013 より取得し、メタ解析を行った。転移播種のタイミング推定には、SCIMETツール(Hu et al. 2019のGompertz成長モデルに基づく)を使用し、播種時の細胞数(Nd)と変異率(u)から播種タイミングを推定した。Ndが10^8細胞未満を早期播種、10^8細胞以上を晩期播種と定義した。系統樹の再構築には、最大節約法(Phangornパッケージ)と最尤法(Treeomicsソフトウェア)を独立に適用し、8例の多発転移患者における転移の進化的起源を解析した。体細胞変異のクローン性評価には PyClone (Roth et al. 2014) を、コピー数変異 (CNV) の解析には FACETS (Shen et al. 2016) および ABSOLUTE (Carter et al. 2012) を用いた。統計解析には Wilcoxon 検定、Fisher の正確検定、Kaplan-Meier 法およびログランク検定を用いた。すべての統計解析はR (version 4.0.2) で実施された。