- 著者: Elza C. de Bruin, Nicholas McGranahan, Richard Mitter, Max Salm, David C. Wedge, Lucy Yates, Mariam Jamal-Hanjani, Seema Shafi, Nirupa Murugaesu, Andrew J. Rowan, Eva Grönroos, Stuart Horswell, Marco Gerlinger, Ignacio Varela, Peter Campbell, Charles Swanton (他多数)
- Corresponding author: Charles Swanton (Cancer Research UK London Research Institute, London, UK)
- 雑誌: Science
- 発行年: 2014
- Epub日: 2014-09-11
- Article種別: Original Article (多領域シークエンシング研究)
- PMID: 25301630
背景
肺がんは世界最大のがん死亡原因であり (WHO 2013; Siegel et al. 2013)、NSCLC (non-small cell lung cancer) がその大半を占める。NSCLC ゲノムは数百の非サイレント変異に加えてコピー数異常・ゲノム倍増を高頻度に示すことが先行研究で明らかにされていたが (Ding et al. Nature 2008、Weir ら 2007、Imielinski ら 2012)、腫瘍内の遺伝的多様性——ITH (intratumor heterogeneity; 腫瘍内不均一性)——が空間的・時間的にどのようなパターンで形成されるかは手薄な研究領域であった。単一生検による解析では腫瘍の一部しか捉えられず、NSCLC における ITH の全体像と進化的構造を評価するには不十分であった。
ccRCC (clear cell renal cell carcinoma; 淡明細胞型腎細胞癌) の多領域シークエンシング研究 (Gerlinger et al. NEnglJMed 2012) は分岐進化と広範な ITH を先駆的に示したが、NSCLC における同様の包括的解析は存在しなかった。また喫煙変異シグネチャー (C>A 転換) と APOBEC (apolipoprotein B mRNA editing enzyme catalytic polypeptide-like; シトシン脱アミノ酵素) 変異シグネチャー (TpC コンテキストの C>T/C>G 変異) という二大変異過程が腫瘍進化の時間軸においてどのように変化するかも未解明であり、既存の変異シグネチャー研究 (Alexandrov et al. Nature 2013) では組織種横断的な静的解析にとどまり時間的動態を捉えることができなかった。NSCLC の進化過程を時空間的に把握することが早期診断戦略と治療標的選択の改善に不可欠であるとの認識のもと、本研究は多領域シークエンシングによる NSCLC 進化地図の構築を目指した。
目的
術前補助療法未施行 NSCLC 患者 n=7 例から採取した複数腫瘍領域 (計 n=25 領域) の多領域全エクソーム・全ゲノムシークエンシング (M-seq) により、(1) 腫瘍内変異不均一性の空間的分布と分岐進化の構造、(2) コピー数異常・ゲノム倍増の進化的タイミング、(3) 喫煙シグネチャーおよび APOBEC 変異の時間的変化パターンを解析し、NSCLC 進化の包括的時空間モデルを構築する。
結果
腫瘍内変異不均一性の空間分布と分岐進化の全例確認: 全 n=7 例の NSCLC に空間的 ITH が確認された。不均一変異 (heterogeneous mutations) の割合は中央値 30% (範囲 4-63%) であり腫瘍間で大きな幅があった (Fig. 1A)。ユビキタス変異の 99% 超は各領域内で完全クローン性を示したが、一部領域では著明なサブクローン多様性が観察された。例えば L004 の R5 領域では不均一変異の 75% 超がサブクローン性であり、CCF の Dirichlet プロットにより 2 つの明確なサブクローン集団が同定された (Fig. 1B)。全 7 例で分岐腫瘍進化のエビデンスが確認された (fig. S5)。L002 の腺扁平上皮癌では同一腫瘍内で LUAD 領域 (R1、R2) と LUSC 領域 (R3、R4) が異なる変異パターンで完全に分離しており (fig. S2)、組織型多様性の分子基盤が実証された。L003 では 2 腫瘍間でサイレント変異が全く共有されず非サイレント変異も 1 個 (EGFR L858R) のみ共有されることから独立クローン起源と判定し、高再発性ドライバー変異が並行進化していることが示された。ユビキタス変異の 99% 超が完全クローン性であったことは、腫瘍全体の共通祖先における変異蓄積の証拠を提供した。
ドライバー変異のトランカル集積と単一生検の定量的限界: Category 1 および Category 2 のドライバー変異は非ドライバー遺伝子変異と比較して有意にトランカル (幹部共通) に集積していた (P=0.04、M-seq コホート)。TCGA コホートでも既知ドライバー遺伝子はクローン性変異と有意に相関した (P<0.001、fig. S6)。これらのデータは NSCLC における大部分の既知ドライバー変異が腫瘍進化早期に獲得されることを示す。一方で、L008 では活性化 BRAF 変異 (G469A) が全領域でトランカルに存在したのに対し、PIK3CA 変異 (E542K) は R3 のみのサブクローン性ドライバーであり、R3 からの生検は BRAF+PI3K/mTOR 阻害の組み合わせを、他領域のみからの生検は BRAF 阻害単剤をそれぞれ示唆する。Category 1 ドライバー遺伝子を単一生検で見逃す確率は平均 42% (範囲 0-67%)、全ドライバー候補 (Category 1-3) では 83% (範囲 67-100%) と定量された。幹部ドライバーには TP53、CHD8 (chromodomain helicase DNA binding protein 8) などが含まれ、その後の分岐において TGFBR1、ZFHX4 (zinc finger homeobox 4)、FAT1 (fat atypical cadherin 1) などがサブクローン特異的に獲得されていた。
コピー数異常の空間的不均一性と構造変異: TCGA LUAD・LUSC の再発性コピー数変異の多くが少なくとも 1 領域で空間的に不均一な分布を示した (Fig. 2A)。L001 では EGFR 増幅 (chr7p11.2)・CDKN2A 欠失 (chr9p21.3)・PTEN 欠失 (chr10q23.31) が全領域でトランカルに存在していたが、L008 では CDKN2A と PTEN のコピー数消失が不均一分布を示し、コピー数変異が腫瘍後期に蓄積することを示唆した。L008 の R1 領域ではゲノムの 15% 超がサブクローン性コピー数変異を示し (fig. S8)、FISH (fluorescence in situ hybridization) 解析も腫瘍領域内での染色体数的多様性を確認した。染色体不安定性 (CIN; chromosomal instability) の持続的活動が直接実証された。L002 の WGS 解析では n=30 の構造変異が同定され、そのほとんどが LUAD 領域 (R1) か LUSC 領域 (R3) の一方のみに存在しサブクローン分岐後の独立獲得を示した (Fig. 2B)。L008 では n=52 の構造変異のうち 48 個が 2 領域間で共有され転移前に獲得されたと判断された。さらに L008 では chr14/17 および chr17/19 間の高度クラスター化ブレークポイントを持つ転座連鎖がクロモアナジェネシス (chromoanagenesis) のパターンと一致する複数オンコジェニックイベントの同時発生を示した。
ゲノム倍増の進化的タイミングと幹部ドライバー変異の先行集積: n=4 例でゲノム倍増イベントを同定した。そのうち 3 例 (L001、L004、L008) ではゲノム倍増が全領域に共通し (サブクローン分岐前)、幹部変異の 84-88% がゲノム倍増前に存在していた (ploidy ≥ 2 での変異比率で確認)。重要な発見として、全トランカルドライバー変異はゲノム倍増前に獲得されていた。L002 では LUAD 部位と LUSC 部位でそれぞれ独立したゲノム倍増イベントが生じていた (fig. S11)。元喫煙者 L008 では倍増と幹部ドライバー変異がともに喫煙関連 C>A 転換シグネチャーのコンテキスト下で生じており (幹部変異中 C>A 転換 >30%)、手術の 20 年超前から禁煙していたことと組み合わせると、腫瘍が喫煙中に発生・ゲノム倍増を経験し、その後 20 年以上の長い潜伏期間を経て臨床検出されたことを強く示唆した。L001 でも喫煙セッションのシグネチャーコンテキスト下でゲノム倍増と幹部ドライバーが 20 年超前に生じた可能性が fig. S14 で示された。これらの知見は NSCLC における長い腫瘍自然史の存在を分子レベルで裏付ける。
変異スペクトルの時間的変化と APOBEC のサブクローン進化への寄与: 全 7 例で幹部 (early) から枝部 (late) にかけて変異スペクトルが統計的に有意に変化した (P<0.05、全例) (Fig. 3A)。喫煙関連 C>A 転換の割合は後期変異で全例で有意に低下し、低下の程度は LUAD で顕著 (オッズ比平均 3.13、95% CI 2.07-5.55) vs LUSC での緩やかな低下 (オッズ比平均 1.34、95% CI 1.21-1.46)。TCGA コホートでの検証でも: LUAD 現喫煙者 P<0.0001、LUAD 元喫煙者 P<0.0001、LUSC 現喫煙者 P=0.003、LUSC 元喫煙者 P<0.0001 (Fig. 3B)。LUSC では現喫煙者の 25% が C>A 転換の低下を示さなかった (LUAD では <10%)。元喫煙者では後期 C>A 転換での転写鎖バイアス (transcribed strand bias) が有意に減少した (LUAD P=0.00354、LUSC P=0.046)。APOBEC 変異 (TpC コンテキスト C>T/C>G) は LUAD M-seq 5 例中 4 例で幹部 平均 11% (範囲 7-16%) vs 枝部 平均 31% (範囲 8-41%) と有意に増加した (Fig. 3C)。サブクローン性枝部ドライバー変異の PIK3CA、EP300、TGFBR1、PTPRD、AKAP9 (a-kinase anchoring protein 9) が APOBEC コンテキストで生じており、APOBEC 活性がサブクローン拡大を直接駆動する可能性が示された。TCGA LUAD でも APOBEC シグネチャー検出例において後期変異での APOBEC 変異有意濃縮が確認され (P<0.001)、サブクローン性ドライバー変異の 20% が APOBEC コンテキストで生じていた (クローン性ドライバー変異: 11%)。一方 TCGA LUSC では明確な時間的傾向が観察されず、組織型間で APOBEC 変異動態が異なることが示された。
考察/結論
本研究は NSCLC 進化の包括的時空間マップを提供し、腫瘍生物学・診断・治療戦略の三側面に重要な含意をもたらした。
ccRCC との相違と NSCLC ドライバー変異の特性: 先行研究である ccRCC の多領域研究 (Gerlinger ら 2012) と異なり、NSCLC では大部分の高確信度 Category 1/2 ドライバー変異がクローン性 (トランカル) であるという対照的なパターンが確認された。これまでの研究では NSCLC においても ccRCC 同様に多くのドライバー変異が不均一分布するとの仮説が持たれていたが、本研究は既知ドライバー遺伝子の多くが腫瘍進化早期に集積することを定量的に示した。この相違は、EGFR 変異や ALK 転座などの分子標的療法が腫瘍全体で有効である理由を分子生物学的に説明する根拠となる。NSCLC と ccRCC の進化様式の根本的な違いを明らかにしたことは、疾患ごとの治療戦略立案に直接的な影響を持つ。
APOBEC 変異の新規な後期増加と治療への含意: 本研究が新規に確立した重要な発見は、喫煙シグネチャーが腫瘍早期に優勢である一方、APOBEC 変異が腫瘍後期のサブクローン進化を主導するという二段階変異モデルである。これまで報告されていなかった APOBEC 変異の時間的増加 (幹部平均 11% から枝部平均 31%) と、PIK3CA・TGFBR1・PTPRD などのサブクローン性ドライバーとの関連は、APOBEC が治療後の耐性クローン出現にも寄与しうることを示唆する novel な知見である。CIN (染色体不安定性) と薬剤耐性・早期再発の関連を考慮すると、APOBEC 経路や CIN を標的とする治療戦略の追求も重要な方向性となる。
臨床的有用性と早期診断への含意: 単一生検が高確信度 Category 1 ドライバー遺伝子を平均 42% の確率で見逃すという定量的エビデンスは、臨床現場における生検戦略の根本的再考を促す。L008 における BRAF G469A (全領域トランカル) vs PIK3CA E542K (R3 のみサブクローン) という具体例は、生検部位依存で推奨治療が根本的に変わりうることを実証しており、液体生検や複数部位サンプリングの臨床応用を支持する直接的なエビデンスとなる。元喫煙者での 20 年超の腫瘍潜伏期間の分子的示唆は、禁煙後も長期にわたる肺がん CT スクリーニングの科学的合理性を裏付け、早期診断アプローチの臨床的有用性を高める。bench-to-bedside の観点からは、本研究が TRACERx (Tracking Cancer Evolution through therapy Rx) 大規模縦断試験の基礎となり、免疫療法時代の NSCLC 進化研究の礎を築いた。
残された課題と今後の展望: 本研究には limitation として、対象が n=7 例と少数であり各腫瘍でサンプルされた領域が全腫瘍体積の平均 <5% に過ぎず ITH を過小評価している可能性があること、術前治療未施行患者のみを対象としており治療後の進化パターンは解析されていないことが挙げられる。残された課題として、サブクローン拡大の分子的ドライバー決定因子の同定、転移・再発に寄与するサブクローン起源の特定、APOBEC 活性の制御機構と治療標的としての可能性、および免疫原性との関連解析が挙げられる。今後の研究として、液体生検を用いた非侵襲的な腫瘍進化リアルタイムモニタリング、治療前後での APOBEC 変異動態の縦断的追跡、さらに更なる検討として CIN と免疫療法応答の相関解析が期待される。
方法
患者・検体: 術前補助療法未施行 NSCLC 患者 n=7 例を対象とした (LUAD; lung adenocarcinoma 肺腺癌、LUSC; lung squamous cell carcinoma 扁平上皮癌を含む複数組織型)。各腫瘍から空間的に異なる複数領域を採取し、計 n=25 腫瘍領域を解析した (Table S1)。L002 は同一腫瘍内に LUAD 部位 (R1、R2) と LUSC 部位 (R3、R4) が共存する腺扁平上皮癌。L003 と L008 は同患者の異なる肺葉に 2 個の腫瘍を持つ症例を含む。
シークエンシング: M-seq WES (全エクソームシークエンシング、腫瘍平均カバレッジ 107x、正常 54x) と L002・L008 への M-seq WGS (全ゲノムシークエンシング、平均カバレッジ 96x) を実施 (Table S2)。合計 1,884 の非サイレント変異と 76,129 のサイレント変異を同定した。BWA (Burrows-Wheeler Aligner) によるリードマッピング後、ANNOVAR (functional annotation of genetic variants) によるアノテーションを実施した。
変異解析: 各変異を「ユビキタス (全領域共通)」と「不均一 (一部領域のみ)」に分類し、Dirichlet 過程混合モデルにより各変異の CCF (cancer cell fraction; 癌細胞割合) を推定してサブクローン構造を決定した。系統樹は最節約法 (maximum parsimony) と UPGMA (unweighted pair-group method; 非重み付き対グループ法) の 2 手法で構築し、コピー数消失による幹部変異の見かけ不均一化を補正した。ドライバー変異を証拠強度に基づき Category 1-3 に分類した。コピー数の整数推定には ABSOLUTE (allele-specific somatic copy-number estimation algorithm) を適用した。
統計手法: 変異スペクトルの時間的変化 (C>A 転換割合の幹部 vs 枝部比較) は Fisher’s exact test によるオッズ比算出と 95% CI 推定で評価し、APOBEC 変異濃縮も Fisher’s exact test で検定した。TCGA コホートとの比較には Wilcoxon rank-sum test を適用し、ドライバー変異のクローン性集積は chi-squared test で確認した。