- 著者: Yuan Yuan, Young Seok Ju, Youngwook Kim, Jun Li, Yumeng Wang, et al. (PCAWG Consortium)
- Corresponding author: Keunchil Park (Samsung Medical Center); Peter J. Campbell (Wellcome Trust Sanger Institute); Han Liang (MD Anderson Cancer Center)
- 雑誌: Nature Genetics
- 発行年: 2020
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 32024997
背景
ミトコンドリアは、酸化的リン酸化 (OXPHOS) によるエネルギー産生に加え、シグナル伝達、アポトーシス、細胞周期制御など、腫瘍形成に深く関わる多様な機能を担う細胞小器官である。そのゲノム (mtDNA; 16.6 kb、13個のタンパク質コード遺伝子) のがんにおける変異と機能的意義は長年注目されてきた。しかし、これまでの研究は単一がん種や少数のサンプルを対象としたものが主体であり、がん全体を横断する包括的なパンキャンサー解析は不足していた。特に、全エクソームシーケンスデータではシーケンス深度が不十分であったため、低レベルのヘテロプラスミー変異の精密な検出が困難であったことが課題として挙げられる。例えば、Hanahan et al. Cell 2011はがんの特性を包括的に記述したが、ミトコンドリアゲノムの変異の全体像については未解明な点が残されていた。また、Lawrence et al. Nature 2013は核ゲノムの変異多様性を明らかにしたものの、mtDNAの変異プロセスについては詳細な解析が不足していた。さらに、mtDNAの体細胞性核移行 (SMNT) やコピー数変動と核ゲノム異常との相互作用、およびその臨床的意義については、体系的な解析が手薄であるという課題があった。
目的
PCAWGコンソーシアムが収集した2,658腫瘍 (38がん種) の全ゲノムシーケンスデータを活用し、ミトコンドリアゲノムの体細胞変異、超変異プロセス、コピー数、体細胞性核移行 (SMNT)、および遺伝子発現を多次元的に解析すること。これにより、ミトコンドリアゲノムのがん生物学的および臨床的重要性を包括的に解明することを目的とする。
結果
変異ランドスケープと変異シグネチャー: 全2,536の高品質サンプルにおいて、合計7,611個の体細胞置換変異と930個の小挿入欠失が同定された。これらの変異の85%超がヘテロプラスミーであり、VAF (variant allele fraction) は0.6未満 (中央値: 0.045) であった。mtDNAの変異スペクトラムは核ゲノムと対照的に非常に均一であり、C:G>T:A (58.3%) とT:A>C:G (34.2%) の置換が主体であった。タバコ、紫外線、活性酸素種などの外因性発がん物質の影響は最小限であり、これはmtDNA特有の複製共役型変異プロセス (DNAポリメラーゼγのエラーなど) を反映していると考えられる。変異の最高VAFと患者年齢の間には有意な正の相関 (P < 2.2×10⁻¹⁶) が認められた (Fig. 1d)。核とmtDNAの変異負荷の間にはいくつかの癌種で有意な正の相関が認められ、腎臓のchromophobe型および甲状腺癌で最も高い相関を示した (Fig. 1e)。
ミトコンドリアゲノムの超変異プロセス: 調査した2,536サンプル中7例がmtDNA超変異 (>13変異) を示した。最も顕著な乳癌症例 (SP6730) では、2 kbの領域に33個の変異が集積しており、これは背景変異率の75倍以上であった。これらの変異のうち28個はL鎖上のT>C変換として共クローナルに存在し、VAFは約7%であった。このパターンは核ゲノムのカタエギス現象に類似した「単一ヒット」の壊滅的変異機構を示唆する (Fig. 2c)。この超変異は、多数の細胞分裂を経て約7%のVAFに達したと考えられる。
がん種特異的選択圧: ミスセンス変異のdN/dS比は全体として約1 (中立) であったが、切断型変異については大多数のがん種で負の選択 (正常ミトコンドリア機能の保持) が示された。しかし、腎臓がん (chromophobe型、乳頭型)、結腸直腸がん、甲状腺がんでは例外的に切断型変異が高VAF (>60%) で有意に蓄積しており (F-test P < 2.2×10⁻¹⁶)、ミトコンドリア機能の不活化がドライバーとして機能することを示唆した (Fig. 3a)。特に腎臓がんのchromophobe型および乳頭型では、切断型mtDNA変異と既知の核ドライバー変異が相互排他的であった (Fisher’s exact P = 0.01)。これらの癌種では、mtDNA切断型変異を有するサンプルで、mTORC1シグナル伝達やOXPHOS経路などの癌関連経路の遺伝子発現が上方制御される傾向が認められた (FDR < 0.05)。
体細胞性核移行 (SMNT): 全2,658症例中55症例 (2.1%) でSMNTが検出された。HER2+乳癌 (16.0%) と肺扁平上皮癌 (14.6%) で特に高頻度であった (ともにFisher’s exact P < 0.003)。SMNTを有するサンプルは、核ゲノムにおいて対照サンプルと比較して有意に多くの構造変異ブレークポイントを示した (P = 1×10⁻⁴)。42例のSMNT事象のうち、少なくとも23遺伝子 (55%) のオープンリーディングフレームが影響を受け、ERBB2、FOLH1、ULK2などの治療標的遺伝子やがん関連遺伝子が含まれていた。1症例では、SMNTがERBB2遺伝子のタンデム重複増幅を引き起こし、新規の融合転写産物を生成していた (Fig. 4e)。
mtDNAコピー数と臨床変数: mtDNAコピー数はがん種間で大きく異なり、卵巣がんでは中央値644コピー/細胞、骨髄系がんでは中央値90コピー/細胞であった (Fig. 5a)。腎臓のchromophobe型癌では、腎臓の淡明細胞型および乳頭型癌よりも有意に高いmtDNAコピー数を示した (ANOVA P < 7.8×10⁻⁶)。前立腺癌、大腸癌、皮膚がんでは年齢との正の相関が (前立腺癌でSpearman’s rank R s = 0.31; P < 1.7×10⁻⁴)、腎臓淡明細胞癌では減少傾向が示された。腫瘍病期との相関も複数の癌種で認められた (Fig. 5f)。
共発現ネットワーク解析: 13がん種中8種類でOXPHOS経路がFDR < 0.05の最上位濃縮経路であった。さらに、細胞周期 (MYCターゲット、E2Fターゲット、G2/Mチェックポイント) とDNA修復経路も複数の癌種で濃縮された。AR、EGFR、DDR2、MAP2K2、BRCA1、PIK3CA、TOP1などの臨床的に重要な核遺伝子がmtDNA遺伝子と強い共発現を示した (Fig. 6c)。これらの遺伝子は、mtDNA遺伝子と0.05以上の最小重みで共発現する上位500の隣接遺伝子に含まれていた。
考察/結論
本研究は、最大規模のパンキャンサー全ゲノムシーケンスデータを用いて、mtDNAの変異、核移行、コピー数変動、および遺伝子発現を多次元的に同時に解析した新規かつ包括的な研究である。先行研究が個別のがん種や単一次元での解析に留まっていたと異なり、本研究は多次元的な統合解析により、ミトコンドリアゲノムのがんにおける多様な役割を体系的に解明した点に独自性がある。特に、超高深度シーケンスデータを用いることで、低VAFのヘテロプラスミー変異も高精度で検出できたことは、これまでの研究では困難であった点である。
本研究で初めて、mtDNAの超変異プロセスや、腎臓がん、結腸直腸がん、甲状腺がんにおける切断型変異のドライバーとしての機能が新規に同定された。これらの知見は、ミトコンドリア機能不全が特定のがんタイプの発症と進行に重要な役割を果たすことを示唆する。例えば、腎臓のchromophobe型癌における高VAFの切断型mtDNA変異と核ドライバー変異の相互排他性は、mtDNA変異が独立した発がんドライバーとして機能する可能性を強く示唆している。
臨床応用の観点からは、SMNTによるERBB2などの治療標的遺伝子の破壊は、HER2+乳癌患者の一部で抗HER2療法効果に影響を与える可能性があり、ゲノミクス検査への組み込みが有用と考えられる。腎臓がんのchromophobe型や甲状腺がんにおけるmtDNA切断型変異は、核ドライバー変異と相互排他的であることから、この患者群に対する代謝標的治療 (OXPHOS阻害など) が臨床現場における新規戦略として浮上する。mtDNAコピー数の臨床変数との相関は、ステージングや予後マーカーとしての可能性も示す。Weinstein et al. NatGenet 2013で示された核ゲノムの広範な解析に、本研究のmtDNAデータが加わることで、癌のより包括的な理解と個別化医療への貢献が期待される。
残された課題として、SMNTが治療耐性に与える因果的影響の機能的検証、OXPHOS代謝異常を標的とした治療法の開発、および臨床的mtDNA解析の標準化が挙げられる。また、ミトコンドリアゲノムの変異が細胞の代謝経路に与える具体的な影響をさらに詳細に解析する必要がある。特に、超変異現象の分子メカニズムや、mtDNAコピー数と腫瘍微小環境との相互作用については、今後の研究で解明すべき重要な課題である。
方法
PCAWGコンソーシアムの2,658がん・正常ペアサンプルからmtDNAマッピングリードを抽出し、平均深度9,959×の超高深度シーケンスデータを得た。核由来偽遺伝子 (NUMTs)、試料クロスコンタミネーション、および酸化ダメージによる偽陽性を除去するための厳密な計算パイプラインを構築した。このパイプラインを用いて、mtDNAの変異ランドスケープ、dN/dS比による選択圧評価、超変異症例の同定、SMNTの検出 (55症例)、およびmtDNAコピー数の定量 (腫瘍純度・倍数性補正済み) を実施した。SMNT解析では、核DNAへのmtDNA転座を同定するためのパイプラインを使用し、核ゲノムの構造変異との関連を評価した。mtDNAコピー数解析では、腫瘍純度と倍数性を考慮した数式を用いて、細胞あたりのmtDNAコピー数を正確に推定した。さらに、TCGAのRNA-seqデータを用いた13がん種4,689腫瘍でのミトコンドリア遺伝子発現および共発現ネットワーク解析 (WGCNA) を行った。統計解析には、Fisher’s exact test、F-test、t-test、ANOVA (analysis of variance)、Spearman correlation、Wilcoxon signed-rank test を用いた。