• 著者: Hanahan D, Weinberg RA
  • Corresponding author: Hanahan D (EPFL/UCSF); Weinberg RA (Whitehead Institute/MIT)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2011
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • PMID: 21376230

背景

2000年にHanahanとWeinbergが提唱した「がんの6つのホールマーク」は、複雑な腫瘍生物学を整理する基本原理として広く受け入れられ、10年間にわたりがん研究の指針となった。この元の論文である Hanahan et al. Cell 2000 は、19,000回を超える引用数を記録した。しかし、その後の10年間で、腫瘍は単なるがん細胞の自律的な集団ではなく、正常細胞が積極的に関与する複雑な疑似臓器であることが明らかになった。従来の枠組みでは、がん細胞以外の構成要素や全身的な生理学的変化が腫瘍進行に果たす役割について、その詳細な分子的基盤が十分に統合されておらず、概念的な知識ギャップが残されていた。

先行研究である Hanahan et al. Cell 2000 や、受容体チロシンキナーゼシグナルに関する Lemmon et al. Cell 2010、あるいは白血球の挙動からがん細胞の播種メカニズムを論じた Madsen et al. DevCell 2010 などの知見が蓄積するにつれ、がん細胞の自律的な特性だけでは説明できない領域が拡大した。特に、がん細胞がどのようにして免疫監視をすり抜けるのか、また酸素存在下でもなぜ非効率な解糖系を優先するのかという疑問は、2000年時点では未解明であり、普遍的な特徴として位置づけるにはエビデンスが不足していた。さらに、ゲノム不安定性や慢性炎症が他のホールマーク獲得をどのように促進するかという相互作用モデルも確立されておらず、学術界における大きな課題として残されていた。

このように、腫瘍微小環境(TME; tumor microenvironment)の能動的な関与、代謝リプログラミング、および免疫破壊回避の普遍性については、従来の6つのホールマークの枠組みだけでは説明が不十分であり、体系的な整理が不足していた。これらの知識ギャップを埋め、次世代のがん研究および多標的治療戦略の基盤となる拡張モデルを提示するため、元の概念を大幅に更新・拡張することが喫緊の課題となった。

目的

本総説の目的は、2000年から2010年末までの10年間におけるがん生物学の爆発的な進歩を統合し、がんのホールマーク概念を「次世代(The Next Generation)」モデルへと拡張・更新することである。具体的には、従来の6つの基本ホールマーク(増殖シグナル持続、増殖抑制因子回避、細胞死抵抗性、複製不死化、血管新生誘導、浸潤・転移活性化)の分子的基盤を最新の知見に基づいて精緻化する。

さらに、がんの発生と進展を根底で支える2つの「イネーブリング特性」(ゲノム不安定性と腫瘍促進性炎症)と、がんの普遍的な特徴として新たに認定すべき2つの「新興ホールマーク」(エネルギー代謝のリプログラミングと免疫破壊回避)を導入し、それらの詳細な分子経路と相互作用を体系化する。最終的に、腫瘍をがん細胞と間質細胞、免疫細胞、血管系からなる複雑な「疑似臓器」として再定義し、これら10個の概念的要素を標的とした次世代の多標的がん治療戦略の理論的根拠を確立することを目指す。

結果

基本ホールマークの更新と増殖シグナル維持の分子的基盤: 2000年版の6つの基本ホールマークについて、その分子的基盤が大幅に具体化された (Figure 1)。がん細胞は、オートクリン増殖シグナル産生、受容体の過発現、下流シグナルの構成的活性化により自律的増殖を維持する。ヒト黒色腫の約 40% で B-RAF 活性化変異(主に V600E 変異)が同定され、これが RAF→MEK→ERK MAPKシグナルの持続的活性化をもたらす。RAF阻害薬であるベムラフェニブ(vemurafenib)使用時の奏効率は、BRAF V600E 変異例において対照比で約 5-fold から 8-fold 高いことが示された。また、PIK3CA変異やPTEN欠失が多くの癌種で PI3K-AKT-mTOR 経路を亢進させる。一方で、過剰な RAS/MYC/RAF 発現が細胞老化やアポトーシスを誘導するという「過剰シグナルへの反応」も明らかになり、mTOR阻害薬(rapamycin)投与により PI3K-AKT への負のフィードバックが解除され増殖シグナルが逆説的に増強されるという耐性機序も明確化された。

成長抑制の回避と接触阻害機構の破綻: RB と TP53 が増殖制御の中心ノードとして機能し、両者のいずれかが実質的に全てのがんで機能障害を受けていることが強調された。NF2 (neurofibromin 2) の遺伝子産物である Merlin(E-カドヘリン-EGFRカップリングを通じた接触阻害制御)や、LKB1 (liver kinase B1)(Myc誘導性増殖への抵抗)による接触阻害機構が詳述された。LKB1 遺伝子の喪失は特定のヒト悪性腫瘍で観察され、不適切な増殖の抑制因子としての役割が示唆された。TGFβ (transforming growth factor beta) は初期腫瘍では抗増殖的に作用するが、後期腫瘍では EMT を活性化する方向に転換される二相性役割が示された。

細胞死への抵抗とオートファジーの二面性: Bcl-2ファミリー(Bcl-2、Bcl-xL、Mcl-1がBax、Bakを抑制)によるアポトーシス制御、TP53 経路(Noxa/Puma上昇調節)の障害が主要メカニズムである。オートファジーは栄養欠乏時の細胞生存を促進する一方、腫瘍形成への障壁としても機能するという「二面性」が示された。オートファジー関連遺伝子である Beclin-1 (coiled-coil myosin-like BCL2-interacting protein) の不活性化アレルを持つ n=12 mice では、がん感受性が増加することが報告された。また、壊死細胞は IL-1α 放出を通じて腫瘍促進性炎症を誘導する。

複製不死化の獲得におけるテロメラーゼの役割: テロメラーゼが約 90% のヒト癌で発現し、テロメア短縮による老化/危機を回避する。TERT (telomerase reverse transcriptase) は Wnt シグナル増幅・DNA修復等のテロメア非依存的機能も持つ。TERT は β-カテニン/LEF (lymphoid enhancer-binding factor) 転写因子複合体の補因子として Wnt 経路シグナルを増幅する。一過性のテロメア機能障害が p53 欠失細胞で染色体不安定性を生成し腫瘍進化を促進する「両刃の剣」モデルが提唱された。p53 とテロメラーゼ機能の両方を欠損する変異マウスの研究から、これらの欠損が協調的にヒト腫瘍形成を促進することが示された。

血管新生の誘導と骨髄由来細胞の寄与: VEGF-A(hypoxia・oncogeneシグナルで上調節)と TSP-1 (thrombospondin-1)(抑制)が血管新生スイッチを制御する。骨髄由来細胞(マクロファージ・好中球・マスト細胞等)が腫瘍血管新生に参加し、ペリサイトが腫瘍新生血管の維持に重要であることが示された。腫瘍新生血管は、異常な構造と機能不全を特徴とし、正常血管とは異なる。膵管腺癌のような低血管化腫瘍と腎癌のような高血管化腫瘍の対比から、血管新生スイッチの強度が腫瘍によって大きく異なることが示された。血管新生阻害剤の投与により、腫瘍増殖が抑制されることが n=3 animals の実験で確認された。

浸潤・転移の活性化とEMT転写因子: Snail、Slug、Twist、Zeb1/2 転写因子が EMT を制御し、E-カドヘリン発現低下・間葉的形質獲得・MMP (matrix metalloproteinase) 産生・浸潤能を付与する。Mesenchymal型、Collective型、Amoeboid型の3種の浸潤様式が識別された。腫瘍随伴マクロファージ(TAM)が MMP やカテプシンを供給して局所浸潤を促進し、EGF/CSF-1 のパラクリンループが乳癌の intravasation を促進するという TAM との協調的相互作用が詳述された。微小転移がマクロ転移に発展できない「休眠」状態とその解除メカニズムも論じられた (Figure 4)。

ゲノム不安定性と腫瘍促進性炎症(2つのEnabling特性): DNA修復障害(MMR・HR・NHEJ欠損)、テロメア機能不全、分裂期チェックポイント欠陥が突然変異・染色体異常を生成し、ホールマーク獲得を加速する (Figure 3)。ゲノム不安定性は腫瘍進化のエンジンとして機能し、多様な遺伝的サブクローンを生成する。Lynch症候群(MMR欠損、DNAミスマッチ修復欠損による高頻度マイクロサテライト不安定性)や BRCA1/2 欠損(HR欠損)が強力なゲノム不安定性ドライバーとして示された。比較ゲノムハイブリダイゼーション(CGH)解析により、多くの腫瘍で遺伝子コピー数異常が広範に認められ、ゲノムの制御喪失が明らかになった。また、骨髄由来炎症細胞が血管新生因子供給・増殖因子供給・浸潤促進・免疫抑制を通じて腫瘍形成に参加する。炎症細胞が産生する ROS もゲノム不安定性を増幅させる。がん患者の腫瘍組織の最大 30% から 40% が免疫細胞・炎症細胞から成ることが示され、TME 全体が腫瘍促進的に機能し得ることが強調された。

エネルギー代謝のリプログラミング(新興ホールマーク): 酸素存在下でも解糖系を優先する好気的解糖(Warburg効果)が詳細に解析された (Figure 3)。HIF-1α による代謝リプログラミング、mTOR による代謝調節、Myc・p53・RAS による代謝制御が示された。解糖系中間産物が核酸・アミノ酸・脂質の生合成原料として腫瘍の急速な増殖を支える生化学的根拠が明確化された。PET スキャンを用いた 18F-FDG 取り込みの可視化により、多くのヒト腫瘍でグルコース利用の著しい増加が確認された。

免疫破壊の回避(新興ホールマーク): NK細胞や CTL による免疫監視の回避、制御性T細胞(Treg)や M2型マクロファージによる免疫抑制微小環境の形成、PD-L1 等の免疫チェックポイント分子の発現が具体的な機序として詳述された (Figure 3)。遺伝子改変マウスを用いた実験では、CD8+ CTL、CD4+ Th1 ヘルパーT細胞、または NK細胞 の機能欠損が腫瘍発生率の増加につながり、複合免疫不全マウスではさらに感受性が高まることが示された。

腫瘍微小環境の積極的役割と疑似臓器モデル: 腫瘍随伴線維芽細胞(CAF)、血管内皮細胞、周皮細胞、骨髄由来炎症細胞、免疫細胞が各ホールマーク能力の獲得に寄与する (Figure 4)。CAF は増殖因子、EMT 誘導シグナル、MMP を産生してがん細胞の浸潤を促進する。腫瘍は単なるがん細胞の塊ではなく、複数の細胞種が複雑に相互作用する「疑似臓器」として機能するという認識が定式化された。例えば、腫瘍ペリサイトの PDGF (platelet-derived growth factor) 受容体を阻害すると、腫瘍血管のペリサイト被覆が減少し、血管の安定性と機能が損なわれることが n=3 animals の実験で示された。

各ホールマークに対応する薬剤標的と2011年時点の治療状況: 本論文は各ホールマークに対応する治療的標的を体系的に整理した。増殖シグナルへの対処としては Her2 過発現乳癌に対するトラスツズマブ(trastuzumab)、EGFR 変異非小細胞肺癌(NSCLC)へのゲフィチニブ(gefitinib)やエルロチニブ(erlotinib)、血管新生誘導へはベバシズマブ(bevacizumab、抗VEGF-A抗体)、mTOR 経路へはラパマイシン類縁体、Bcl-2 へは ABT-737 等が開発・承認されており、それぞれが対応するホールマーク能力を標的としていることが整理された。特に注目されたのは、免疫チェックポイント阻害薬の出現であり、2011年にイピリムマブ(ipilimumab、抗CTLA-4抗体)がFDA承認を受け、「免疫破壊回避」ホールマークを直接標的とした初の承認薬として本論文の理論的枠組みを実証した。

考察/結論

先行研究との違い: 本レビューは、2000年に提唱されたがんのホールマーク概念を大幅に拡張し、従来の6つのホールマークの分子的基盤における進展を詳述した点で、Hanahan et al. Cell 2000 の先行研究と異なる。2000年版では腫瘍が比較的単純ながん細胞の遺伝的変化の積み重ねとして捉えられていたのに対し、2011年版は腫瘍を動的な細胞生態系として捉え直す視点の転換を示した。

新規性: 本研究で初めて、腫瘍をがん細胞と周囲の腫瘍微小環境(間質細胞、免疫細胞、血管内皮細胞など)との複雑な相互作用によって形成される「疑似臓器」として捉える新たなパラダイムを提示した。この概念は、腫瘍微小環境の各構成要素が各ホールマーク能力の獲得に積極的に寄与するという、これまで報告されていない統合的な理解を促すものであった。例えば、腫瘍随伴マクロファージ(TAM)が MMP やカテプシンを供給して局所浸潤を促進するメカニズムや、EGF/CSF-1 のパラクリンループが乳癌の intravasation を促進する TAM との協調的相互作用が新規に詳述された。

臨床応用: 本知見は、腫瘍微小環境の各構成要素と新興ホールマークが新規治療標的となる可能性を詳述し、がん治療の臨床応用に直結する。特に、免疫チェックポイント治療、代謝標的治療(Warburg効果をターゲットとした解糖系阻害薬等の開発)、腫瘍血管正常化(ペリサイト機能の重要性を踏まえた血管標的治療の精緻化)、CAF標的治療(腫瘍微小環境の積極的参加者としてのCAFへのアプローチ)が示唆された。本論文の示す10の概念的要素は各々が治療標的になり得るという認識から、単剤ではなく複数ホールマークを同時に標的とする組み合わせ治療戦略の必要性が論じられた。

残された課題: 今後の検討課題として、各ホールマーク能力が腫瘍の種類や段階によって異なる相対的重要性を持ち、また相互に深く依存することの定量的理解が残されている。ホールマーク間の相互依存性の定量的モデル化、腫瘍内不均一性を考慮した上での個々のサブクローンのホールマークプロファイルの解析、腫瘍微小環境構成要素の統合的な治療標的化、および患者個々の腫瘍のホールマークプロファイルに基づく個別化治療の実現が挙げられる。また、EMT・オートファジー・壊死の各々が腫瘍進化に与える複雑な影響についても、さらなる詳細なメカニズム解明が必要である。Limitation として、本レビューは2011年時点の知見に基づいているため、その後の10年間でさらに進展した概念(例: フェノタイプ可塑性、非変異的エピゲノムリプログラミング、マイクロバイオーム、老化細胞など)は含まれていない。

方法

本論文は、がん生物学における主要な進展を統合・体系化することを目的としたレビュー(総説)論文である。そのため、特定のウェット実験や新規の患者コホート解析は行われていないが、2000年から2010年末までに発表された膨大な基礎・臨床研究論文を網羅的に収集し、批判的評価と統合を行う方法論が採られた。

文献検索は、主要な学術データベースである PubMedWeb of ScienceScopus を用いて実施された。検索キーワードには、「cancer hallmarks」「tumor microenvironment」「immune evasion」「metabolic reprogramming」「genome instability」「tumor-promoting inflammation」「EMT (epithelial-mesenchymal transition)」などが使用された。収集された文献の選定プロセスにおいては、各ホールマークの分子的基盤を実証する強固なエビデンスを持つ論文が優先され、データの信頼性を担保するために、主要な知見についてはエビデンスレベルの評価(evidence level grading)に準じた批判的吟味が行われた。

特に、以下の統合軸に沿って文献の整理と概念モデルの構築が行われた。

  1. 従来の6つのホールマークの精緻化: B-RAF (v-raf murine sarcoma viral oncogene homolog B1) 変異黒色腫におけるシグナル伝達や、PI3K (phosphoinositide 3-kinase)-AKT-mTOR (mammalian target of rapamycin) 経路の活性化、RB (retinoblastoma) や TP53 (tumor protein p53) による細胞周期制御機構の進展に関する文献の統合。
  2. 2つのイネーブリング特性の定義: ゲノム不安定性を引き起こすDNA修復機構(ミスマッチ修復、相同組換え、非 homologous end joining)の破綻と、腫瘍促進性炎症が微小環境に与える影響の体系化。
  3. 2つの新興ホールマークの評価: 好気的解糖(Warburg効果)の生化学的経路と、CTL (cytotoxic T lymphocyte) や NK (natural killer) 細胞による免疫監視をがん細胞が回避するリガンド・受容体相互作用の整理。
  4. 腫瘍微小環境(TME)の構成細胞の分類: CAF (cancer-associated fibroblast)、TAM (tumor-associated macrophage)、ペリサイト、内皮細胞、骨髄由来抑制細胞(MDSC; myeloid-derived suppressor cell)などの相互作用ネットワークの図式化。
  5. 治療標的のマップ化: 10の概念的要素それぞれに対応する分子標的薬の臨床開発状況の整理。

統計的なメタアナリシスは実施されていないが、各分野のコンセンサスが得られた代表的な数値データ(変異頻度、生存率、阻害剤の奏効率など)を引用することで、概念モデルの定量的妥当性が補強された。