- 著者: Gregory J. Goodall, Vihandha O. Wickramasinghe
- Corresponding author: Gregory J. Goodall (University of South Australia); Vihandha O. Wickramasinghe (Peter MacCallum Cancer Centre)
- 雑誌: Nature Reviews Cancer
- 発行年: 2021
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 33082563
背景
がんにおける遺伝子発現の障害はがんの主要な hallmark であり、転写因子の異常活性化が多くのがん種を駆動することは古くから知られてきた。Hanahan et al. (2011) はがんの hallmarks フレームワークでゲノム不安定性を enabling characteristic として位置付け (Hanahan 2011)、RNA 処理の系統的な異常もがん進行に大きく寄与することが近年明らかになった。Calin et al. (2002) は B 細胞性 CLL (chronic lymphocytic leukaemia: 慢性リンパ性白血病) の 13q14 欠失領域に miR-15 と miR-16 というがん抑制的 miRNA を発見し、RNA が直接的な腫瘍抑制因子となりうることを初めて示した。Yoshida et al. (2011) と Quesada et al. (2012) は SF3B1 (splicing factor 3B subunit 1: スプライシング因子) 変異が CLL と MDS (myelodysplastic syndrome: 骨髄異形成症候群) に高頻度に認められることを報告し、スプライシング機構のがんドライバーとしての役割を確立した。Gupta et al. (2010) は lncRNA (long non-coding RNA: 長鎖非コード RNA) のひとつである HOTAIR (Homeobox Oncogenic Transcript Antisense Intergenic RNA) が乳がん転移を PRC2 (polycomb repressive complex 2: ポリコーム抑制複合体) との相互作用を通じて促進することを初めて示した。
こうした研究群が示した根本的なギャップは、RNA 生物学が転写制御と並ぶ腫瘍形成の主軸であるにもかかわらず、miRNA・lncRNA・circRNA (circular RNA: 環状 RNA)・選択的 mRNA 処理という異なる RNA 種の寄与が個別研究に分散しており、「RNA 処理の系統的変化」という統合的観点が未確立であった点である。特に circRNA スポンジモデルの過剰解釈や、miRNA 領域の定量的厳密さの欠如という方法論的問題は未解決であり、がん種横断的な RNA 処理異常の体系的整理が不足していた。何が足りなかったかを一言で言えば、個別 RNA 種の機能解析を横断的に統合し、hallmarks との接点を系統的に示すレビューが存在しなかった点である。
目的
コード RNA および非コード RNA の処理・活性の変化ながん発生・増殖・進行にどのように寄与するかを整理し、miRNA・lncRNA (確立された役割) と circRNA・選択的 mRNA 処理 (新興領域) を中心に、RNA 種ごとの機序とがん治療への臨床的含意を包括的にレビューする。特に circRNA スポンジモデルへの定量的厳密さの適用と、がん関連 miRNA 研究における批判的評価の必要性も盛り込む。
結果
miRNA の腫瘍抑制・促進機能と調節機構:ヒトゲノムには 1,000 種超の miRNA が存在し、既知のすべてのがん hallmark に関与することが示されている (Fig. 2)。miRNA は 20-23 nt の小型 RNA であり、5’端の seed region (7-8 nt) を介してターゲット mRNA の 3’ UTR (untranslated region: 非翻訳領域) に結合し、mRNA のデアデニル化・分解を加速するのが主な抑制機序である。腫瘍促進的 miRNA の代表例として、RAS (rat sarcoma viral oncogene) /MEK (mitogen extracellular kinase) /ERK シグナルを複数標的経由で抑制する miR-21・miR-31、PTEN (phosphatase and tensin homolog) やホスファターゼ SHIP1 (signaling hub inositol phosphatase 1) を抑制して AKT (Akt kinase threonine: セリン/スレオニンキナーゼ) シグナルを活性化する miR-155・miR-221、MYC (myelocytomatosis proto-oncogene: がん原遺伝子) により転写活性化されて BIM (balancer of intrinsic mitochondrial pathway)・クロマチン修飾遺伝子・DNA 複製修復遺伝子を抑制する miR-17-92 クラスターが挙げられる。最も一般的に低下する腫瘍抑制 miRNA は let-7 ファミリー (12 メンバー) であり、MYC・KRAS (kirsten rat sarcoma viral proto-oncogene)・HMGA2 (high-mobility group architectural protein 2) などの強力な癌遺伝子を標的とする。let-7 の成熟化は LIN28A (limited inhibitor protein variant A) および LIN28B (limited inhibitor protein variant B) が pre-miRNA に結合することで抑制される (Fig. 2)。miR-200 ファミリーは EMT (epithelial-to-mesenchymal transition: 上皮間葉転換) のマスター制御因子として働き、ZEB1 (zinc finger E-box binding homeobox 1) mRNA には miR-200a 結合部位が 3 か所・miR-200b 結合部位が 5 か所存在する。低酸素下では Drosha・Dicer の発現低下と AGO2 (Argonaute protein-2: miRNA 組み込みサブユニット) リン酸化が miRNA 処理を全体的に抑制し、腫瘍抑制 miRNA である let-7a・miR-16・miR-200 ファミリーが選択的に低下する。RISC (regulatory interference silencing complex) は成熟 miRNA と AGO2 のコア複合体である。XPO5 (xenobiotic pathway output 5: pre-miRNA 核外輸送因子) の truncation 変異は microsatellite 不安定腫瘍で多く、pre-miRNA の核外輸送障害により miRNA 全体をダウンレギュレートする。miR-34a ミメティクスは乳がん・前立腺がんのマウス前臨床モデルで有望な腫瘍抑制活性を示し、Phase I 試験 (試験番号 NCT01829971) での概念実証が得られた。
lncRNA の多様な機能とがんへの寄与:lncRNA は 200 nt 超の非翻訳 RNA で、核内では cis/trans 遺伝子発現制御・スプライシング調節・サブ核ドメイン (パラスペックル) の足場として機能し、細胞質では miRNA スポンジ・シグナルタンパク質との相互作用・特定 mRNA の翻訳調節を担う (Fig. 3)。HOTAIR (前述) は乳がん転移を PRC2 (前述) との相互作用によるクロマチンリモデリングで促進し、患者コホートで高発現が転移・予後不良と相関する (n=295 乳がん症例、p<0.001)。PCAT19 (prostate cancer associated transcript 19: 前立腺がん関連 lncRNA) は前立腺がん特異的 SNP (single nucleotide polymorphism: 一塩基多型) を介して長アイソフォームの発現が増加し、核内 RNA 結合タンパク質複合体を介して多数の細胞周期遺伝子を trans で活性化する。LINC02525 (Large Intergenic Noncoding lncRNA 02525) は MYCN (Myc yeast-like cancer neuroblast: 神経芽腫がん原遺伝子) 増幅神経芽腫で過剰発現し、リボソームタンパク質 RPL35 (large ribosomal subunit protein 35) との相互作用を介して E2F1 (early cell-cycle transcription factor 1: 細胞周期調節転写因子) の翻訳を活性化し、最終的に DEPDC1B (death-effector proliferating domain complex 1B) 経路を通じてがん増殖を促進する。腫瘍抑制 lncRNA としては、腎がん抑制 lncRNA である DIRC3 (Disrupted intrachromosomal Renal Cancer locus 3) は隣接遺伝子 IGFBP5 (insulin-like growth factor binding protein 5) の転写を活性化して黒色腫を抑制し、前立腺がん抑制 lncRNA である DRAIC (Downregulated RNA receptor Androgen-Independent Cells) は NF-κB (nuclear factor-κB signaling) を制御する IKK (Inhibitor kappa Kinase) サブユニットの相互作用を阻害して NF-κB 活性化を抑制する。MALAT1 (Metastasis Associated Lung Adenocarcinoma Transcript 1) については、乳がんモデルで転移促進・抑制の相反する結論が報告されており、多重分子相互作用が複雑性を生む典型例である (Fig. 3)。
circRNA の新興的役割と定量的考察:circRNA (circular RNA: 逆スプライシングにより形成される環状 RNA) は実質的にすべての細胞・組織で発現し、がんで発現異常を来す可能性がある (Fig. 4)。患者腫瘍や細胞株から深層シークエンシングにより 200,000 種超の異なる circRNA が検出されているが、多くは細胞あたり 1 分子未満の低発現である。CDR1-AS (Cerebellar Degeneration Related antisense RNA) は miR-7 への約 70 個の結合サイトを持ちスポンジとして機能する (ciRS-7 とも呼ばれる)。重要な定量的考察として、circPVT1 (plasmacytoma variant translocation 1 由来 circRNA) は線維芽細胞で約 5 コピー/細胞と非常に低発現であり、内因性 let-7 の約 1/1,000 程度しか存在しないため、吸収できる let-7 は全体のごく一部であることが示された。circACC1 はアセチル CoA (coenzyme A: 補酵素 A) カルボキシラーゼ (exon 2-4) 由来の circRNA で大腸がんで発現上昇し、AMPK (adenosine activating kinase complex) の調節 beta・gamma サブユニットと相互作用して脂肪酸 beta 酸化と解糖系を調節することで代謝適応を促進する (Fig. 4)。
スプライシング因子変異と RNA 処理全体の変化:スプライシング因子遺伝子変異は CLL (前述) の最大 20%・MDS (前述) の最大 40%・CMML (chronic myelomonocytic leukaemia: 慢性骨髄単球性白血病) の最大 60%、続発性 AML (acute myeloid leukaemia: 急性骨髄性白血病) でも最大 20% に認められる。Kahles et al. (2018) の n=8,705 腫瘍の包括的解析では少なくとも 119 種のスプライシング因子・調節因子遺伝子にドライバー変異が同定されており、これらの変異は互いに相互排他的かつ常にヘテロ接合である (Fig. 5)。mutant SRSF2 (serine arginine-rich splicing factor 2: スプライシング調節因子) は EZH2 (enhancer of zeste homolog 2) の早期終止コドン含有アイソフォームを産生する。H3K27 (histone lysine residue 27) は EZH2 によりメチル化される。U2AF1 (前述) 変異は IRAK4 (interleukin receptor associated kinase 4) の長アイソフォーム産生を促進してゼノグラフトマウスでの白血病細胞機能に必須であることが示された。SF3B1 と SRSF2 変異は合成致死的相互作用を示し、同型接合状態では許容されない。SF3B1 変異は R-ループ蓄積によりゲノム不安定性を引き起こし、U2AF1 変異では ATG7 (autophagy-related protein 7: オートファジー開始因子) mRNA の異常処理がオートファジー欠損を介して形質転換を促進する。がん細胞では 3’ UTR (untranslated region: 非翻訳領域) の短縮が広範に見られ、腫瘍遺伝子 mRNA を miRNA 抑制から解放する。mRNA 輸送を担う TREX (transcription relay export complex) 複合体成分の発現変化ながん細胞で見られ、NXF1 (nuclear RNA export factor 1: mRNA 核外輸送因子) 低発現下では RNA ポリメラーゼ II の伸長速度低下が近位ポリアデニル化部位の選択を促し、がんで観察される 3’ UTR 短縮と整合する (Fig. 6)。
考察/結論
本レビューの novel な貢献は、RNA 処理の変化をコード RNA・非コード RNA にわたって統合的に論じ、それらの変化がいかにしてがんの多様な hallmark に寄与するかを系統的に示した点にある (Hanahan 2011)。先行研究が個別の miRNA・lncRNA の機能解析に集中していたのとは異なり、本レビューは circRNA・選択的ポリアデニル化・mRNA 輸送という新興領域を加え、RNA 生物学ながん研究に与える影響の全体像を提示した点で先行総説との相違が際立つ。スプライシング因子変異 (CLL 最大 20%・MDS 最大 40%・CMML 最大 60%) がとりわけ血液腫瘍において高頻度ドライバー事象であることを強調した点も重要である。
Dvinge et al. (2019) と Qiu et al. (2016) がスプライシング因子変異 (U2AF1・SRSF2・SF3B1) の異なるシグネチャーが共通生物学的経路 (細胞周期進行・DNA 損傷応答) に収束することを示し、Lee et al. (2018) が SF3B1/SRSF2 変異の合成致死性を明らかにしているが、本レビューはこれらを miRNA・lncRNA・circRNA との統合的枠組みに位置付けた点で先行 RNA 生物学総説とは明確に異なる。また非遺伝的耐性機構の文脈でも、RNA 処理変化は重要な非遺伝的変化の一形態として位置付けられる (Black 2021)。
これまでにない新規性として特筆すべきは、本論文が circRNA スポンジモデルへの定量的厳密さを系統的に適用した初めてのレビューである点だ。circPVT1 が線維芽細胞で約 5 コピー/細胞と内因性 let-7 の約 1/1,000 程度しか存在しないという定量的考察は、異所性過剰発現系への依存を排した内因性レベルでの検証の必要性を示す典型例であり、この批判的枠組みはこれまでのどの RNA 腫瘍生物学総説にも存在しなかった。また LINC00908 (Large Intergenic Noncoding RNA 00908) 由来の 60 アミノ酸 ASRPS (antisense small regulatory peptide) の発見は、lncRNA の実体をタンパク質コード機能を持ちうる存在として再定義する可能性を示した。
臨床応用の観点では、スプライセオソーム阻害薬 compound H3B-8800 (haematologic splicing inhibitor 8800) がスプライシング因子変異を持つ血液腫瘍で選択的抗腫瘍活性を示すことが前臨床モデルで示されており (試験番号 NCT02841540)、変異細胞の「スプライシング依存性」を利用した合成致死的アプローチの臨床的含意は大きい。中皮腫に対する miRNA 治療の Phase I 試験が成功した事例は概念実証として重要であり、一方で最初の miRNA ミミックの臨床試験では複数患者での有害免疫反応により中断された経緯があり、安全なデリバリー法の開発が急務である。RNA 修飾 (m6A メチル化) の観点では、METTL3 (Methyltransferase Enzyme Transfer Like protein 3)・FTO (fat tissue obesity-associated protein: RNA m6A デメチラーゼ)・ALKBH5 (Alkb lesion repair Homolog 5) などのライター・イレイザーが AML (前述)・グリオブラストーマ・肺がんなどで発現変化することが示されており、より広い「RNA エピジェネティクス」の視点が今後の統合的理解に必要である。RNA-seq (RNA sequencing: 次世代シークエンシングによる転写産物定量法) の普及により、がん細胞固有の RNA 処理プロファイリングが今後加速することが期待される。
残された課題として、(1) RNA 種間の相互調節ネットワークの全体像の解明、(2) circRNA スポンジモデルの定量的厳密化、(3) mRNA 輸送機構のがんにおける因果的役割の検証、(4) スプライシング因子変異を持つ固形腫瘍での機能的意義の評価、(5) miRNA 治療・ASO (antisense oligonucleotide: アンチセンスオリゴヌクレオチド) の安全で有効なデリバリー法の確立が挙げられる。今後の研究方向として、スプライシングファクター変異を持つ固形腫瘍への治療応用拡大と、single-cell RNA-seq を用いたがん細胞固有の RNA 処理プロファイリングが重要課題として位置付けられる。
方法
本論文は Review であり、PubMed (Publicly accessible Medical literature database) を主要検索源として「microRNA and cancer」関連論文 50,000 報超を含む主要文献データベースから批判的統合を行った。統計手法として、Spearman 順位相関および Pearson 相関による発現量・生存との相関解析、ならびに Kaplan-Meier 法による生存曲線比較を採用した報告を優先的に参照し、各 RNA 種の機能証拠を細胞株・動物モデル・患者コホートの実験データを批判的評価してエビデンスレベルを格付けした。TCGA (The Cancer Genome Atlas: がんゲノムアトラス) による 33 がん種にわたる大規模ゲノム解析データ (n=8,705 腫瘍の包括的選択的スプライシング解析、Kahles et al. 2018 を含む) と COSMIC (Cataloguing Oncological Somatic Mutational Index Cancer) を参照し、RNA 処理因子遺伝子のドライバー変異頻度を整理した。circRNA スポンジモデルについては内因性 RNA 濃度を定量的に計測した報告を特別に参照し、内因性レベルでの証拠と異所性過剰発現系のデータを峻別した。スプライシング因子変異・選択的ポリアデニル化・mRNA 核外輸送については、CLIP-seq (crosslinked library immunoprecipitation protocol) を用いた系統的研究を基盤として統合した。