• 著者: R. David Hawkins, Gary C. Hon, Bing Ren
  • Corresponding author: Bing Ren (Ludwig Institute for Cancer Research, Department of Cellular and Molecular Medicine, University of California San Diego School of Medicine, La Jolla, CA)
  • 雑誌: Nature Reviews Genetics
  • 発行年: 2010
  • Epub日: 2010-06-08
  • Article種別: Review
  • PMID: 20531367

背景

ヒトゲノムの解読完了以降、個々の遺伝子を単独で研究する古典的アプローチは急速にゲノムスケールの高スループット解析へと置き換わった。NGS (next-generation sequencing) 技術の飛躍的進歩は、従来は大型センターのみに可能だったゲノム全体のデジタルスキャンを個別の研究室レベルで実現し、塩基配列変異・転写産物・クロマチン状態・タンパク質相互作用・染色体三次元構造といった多層の情報を同時並行で取得することを可能にした。Metzker et al. NatRevGenet 2010 らは、Illumina/Solexa・Roche/454・Applied Biosystems SOLiD などの第 2 世代プラットフォームがシーケンスコストを劇的に低減し、単一塩基解像度での全ゲノム解析を現実的なものにしたことを示している。

一方で、GWA (genome-wide association) 研究の進展により、2型糖尿病・冠動脈疾患・がんなど多くの複雑疾患の感受性に関連する SNP (single nucleotide polymorphism) が数千件規模で同定された(Frazer et al. 2007、International HapMap Consortium が 310 万件以上の SNP を収載した第 2 世代ハプロタイプマップを公開)。しかし、GWA で検出された疾患関連変異の大多数はタンパク質コード領域の外、すなわちゲノムの非コード領域に位置しており、これらの変異がどのような分子メカニズムで遺伝子発現を制御し、疾患感受性に影響するかを解明する手段は著しく不足していた。ヒストン修飾の意義を示した Barski et al. (2007, Cell) や、DNAメチル化のゲノムスケール解析を実現した Lister et al. (2009, Nature) など個別のエピゲノムマッピング研究は重要な端緒を開いたものの、これらのデータを有機的に統合し、ゲノムの動的制御ロジックを包括的に解明するための方法論的枠組みは gap in knowledge として残されていた。

加えて、ChIP-seq (chromatin immunoprecipitation followed by sequencing)・RNA-seq (RNA sequencing)・DHS-seq (DNase I hypersensitivity site sequencing)・Hi-C (high-throughput chromosome conformation capture) など急増する多様なデータタイプをいかに統合するかという情報科学的課題もほぼ手薄な状態であった。個々の実験データは「ゲノムという共通の座標系」に係留されてはいるが、異なる実験プラットフォームから生成された連続シグナルをどのように標準化・比較するかのコンセンサスが欠落しており、ウェット研究者が自身のデータを大規模な公開データセットと容易に比較・統合できるツール基盤も存在しなかった。本レビューはこれらの空白を埋めるべく、NGS 時代における統合ゲノミクスの方法論・生物学的洞察・技術的課題を一体的に論じるために執筆された。

目的

本稿の目的は三層構造で構成される。第一に、NGS を活用した主要なゲノムスケールアプローチ(配列変異・トランスクリプトーム・エピゲノム・インタラクトーム)の技術的特徴と取得可能なデータタイプを体系的に整理する。第二に、多次元データの統合的解析によって初めて解答が得られる生物学的課題として、(a) 非コード機能エレメントのゲノムワイドアノテーション、(b) GWA 同定 SNP の分子機能推定、(c) 遺伝子制御機構(インプリンティング・スプライシング・核内構造)の解明という 3 軸を提示する。第三に、データ統合の計算生物学的手法を「データ複雑性低減」「教師なし統合」「教師あり統合」の 3 カテゴリに分類・評価し、ウェット研究者が利用可能な実践的ツール(Galaxy・CisGenome・UCSC Genome Browser など)の現状と課題を論じる。

結果

NGS プラットフォームの多様化と多次元ゲノムデータの規模的拡大: NGS の普及により、ゲノムスケールデータの生産量は指数関数的に増大した。Lister et al. (2009, Nature) は全ゲノムメチル化マッピング手法 MethylC-seq を用いてヒト 2 種の細胞型のメチル化マップを作成し、ヒト二倍体ゲノムの 30x カバレッジに相当する 90 gigabases のシーケンスリードを生成した。このデータ量は NCBI サーバーへの転送だけで約 1 週間を要するほど膨大であり、ストレージ・転送・解析の各段階が新たなボトルネックとなることを示した。1000 Genomes Project では n=1,000 規模の個人ゲノムを対象にリシーケンスが実施され、数百万件の SNV (single nucleotide variant) および CNV (copy number variant) が系統的に同定された。また、ChIP-seq(Barski et al. 2007, Cell で CD4+ T 細胞における n=37 種のヒストン修飾プロファイルを網羅的に解析し、これらの理論的組み合わせ数 2^37 ≈ 1,374 億通りに対して実際に観察される組み合わせは限定的であることを実証)、RNA-seq、DHS-seq (DNase I hypersensitivity site sequencing) など各プラットフォームがそれぞれ独自のデータ次元を提供し、単一データセットでは到達できない生物学的問いへの接近を可能にした。(Fig. 1)

エピゲノムプロファイリングによるクロマチン機能状態の解明: クロマチン免疫沈降と NGS を組み合わせた ChIP-seq により、ヒストン修飾の全ゲノム分布が単一塩基を超える解像度で明らかになった。H3K4me3 (histone 3 lysine 4 trimethylation) はプロモーター領域に鋭いピークを示し、RNAPII (RNA polymerase II) の結合部位と高度に重複する。一方、H3K4me1 (histone 3 lysine 4 monomethylation) はエンハンサー領域を特異的に標識し、H3K4me2 (histone 3 lysine 4 dimethylation) との共局在がパイオニア転写因子のエンハンサーへのリクルートに必要であることが示されている。遺伝子ボディ領域は転写伸長に伴う H3K36me3 の広汎な蓄積によって特徴付けられ、H3K27me3 (histone 3 lysine 27 trimethylation) は転写抑制ドメインのマーカーとして機能する。Heintzman et al. (2007, Nature Genetics) はこれらのクロマチンシグネチャーの組み合わせ解析により、プロモーターとエンハンサーを 90% 以上の精度で予測できることを示し、CTCF (CCCTC-binding factor) 結合によるインスレーター同定と合わせ、ゲノムの機能アノテーションをシグネチャーベースで体系化する先駆けとなった。さらに、MethylC-seq・RRBS・MeDIP-seq の比較評価により、CpG 密度・コスト・解像度のトレードオフが定量的に明らかにされ、コホート規模研究には RRBS が最適であるとの指針が得られた。(Fig. 1)

GWASで同定された非コード変異の調節的機能アノテーション: GWA 研究によって蓄積された疾患関連 SNP の機能解釈は、非コード領域における制御エレメントの同定と不可分である。ChIP-seq データには各リード内に SNP 情報が内包されており、転写因子結合部位や活性エンハンサー領域(H3K4me1 シグネチャー)と重複する SNP を「調節性 SNP (regulatory SNP)」として同定する統合ワークフローが確立された。Gaulton et al. (2010, Nature Genetics) はヒト膵島細胞の DHS-seq データを用いてオープンクロマチン領域を網羅的にマッピングし、2 型糖尿病リスク SNP が DHS 領域に p<0.001 の有意水準で集積することを示した(特に TCF7L2 遺伝子イントロン内の rs7903146 がエンハンサー活性を持つことを機能アッセイで確認)。また、Kasowski et al. (2010, Science) は 10 人の健常者における RNAPII および NF-κB 結合部位を ChIP-seq で解析し、個人間の転写因子結合強度の差異がゲノム上の SNP および構造変異と直接関連していることを実証した。このアレル特異的結合の検出は、将来的に「Locus Set Enrichment Analysis」(Gene Set Enrichment Analysis の座標版)として体系化されると著者らは論じており、Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005 の遺伝子セット解析の概念をゲノム座標空間に拡張した応用として位置付けている。(Fig. 2)

アレル特異的解析と遺伝的個人差のエピゲノム機構: RNA-seq データにおいてヘテロ接合 SNP の転写産物内頻度が ~100% に達する場合、これはモノアレル発現の証拠となり、ゲノムインプリンティングや X 染色体不活化などのエピジェネティック機構の候補として同定される。Hellman and Chess (2007, Science) は遺伝子ボディのメチル化と活性 X 染色体の相関を示し、アレル特異的 DNA メチル化がモノアレル発現の制御に関与することを明らかにした。さらに、DHS-seq データと CTCF 結合部位を組み合わせた解析(McDaniell et al. 2010, Science)では、ヒトゲノムの制御エレメントにおける塩基配列変異が個人固有かつ遺伝可能なクロマチンシグネチャーを生み出すことが示された。このアレル特異的 ChIP-seq アプローチは、同一個体の 2 つのアレルを「天然の対照実験」として活用するものであり、SNP-ChIP(SNP アレイと ChIP の組み合わせ)という先行技術をNGS の高解像度で再現・拡張したものである。(Fig. 2)

非コードRNAの系統的同定とクロマチン制御への関与: RNA-seq は既知の mRNA 定量を超え、新規 ncRNA (non-coding RNA) クラスの発見を加速させた。Guttman et al. (2009, Nature) はプロモーター特異的修飾 H3K4me3 と転写伸長マーカー H3K36me3 のクロマチンシグネチャーを組み合わせ、哺乳類ゲノムに高度に保存された n=1,000 以上の lincRNA (large intergenic non-coding RNA) を同定した。これらの lincRNA の多くがヒストン修飾酵素複合体(PRC2 (Polycomb Repressive Complex 2)・CoREST など)と物理的に相互作用し、ゲノム領域のエピジェネティックサイレンシングを媒介することが明らかになった。また、Marson et al. (2008, Cell) は H3K4me3 シグネチャーをガイドとして miRNA (microRNA) 転写開始点をゲノムワイドにマッピングし、ES 細胞のコア転写制御回路と miRNA 遺伝子の接続を明らかにした。さらに、H3K36me3 と選択的スプライシングの相関(Luco et al. 2010, Science などで示された H3K36me3 がスプライシング因子の局在を調節する機能)は、ヒストン修飾が転写後制御にも影響を及ぼすという予想外の機能軸を示すものであり、HITS-CLIP (high-throughput sequencing of RNA isolated by crosslinking and immunoprecipitation) データとの統合によるスプライシング部位の精密マッピングが可能になった。

染色体三次元構造と核内空間組織化の解明: 3C (chromosome conformation capture) 技術の NGS への適用により、ゲノムの三次元配置がゲノムワイドに解析可能になった。Lieberman-Aiden et al. (2009, Science) が開発した Hi-C はペアエンドシーケンスを用いて全ゲノムの染色体間・染色体内長距離相互作用を偏りなくマッピングし、ゲノムが転写活性な「A コンパートメント」と転写不活性な「B コンパートメント」に空間的に分離されて核内に配置されることを初めて示した。このコンパートメント構造は H3K9 メチル化修飾の分布とほぼ一致し、核膜に付着する LAD (lamina-associated domain) の分布とも整合する。また、ChIA-PET (chromatin interaction analysis by paired-end tag sequencing) は特定のタンパク質(例えばエストロゲン受容体 α)を媒介する長距離相互作用のみを抽出し、転写因子結合部位とその遠隔標的遺伝子を直接接続することを可能にした。核膜付着 LAD は疾患において重要な役割を持ち、LMNA 変異型早老症 (Hutchinson-Gilford progeria) やFSHD (facioscapulohumeral muscular dystrophy) では H3K9me3 の低下に伴う LAD の崩壊と三次元クロマチン構造の異常が観察され、空間的ゲノム組織化の破綻が疾患機序に直結することが示された。(Fig. 3)

データ複雑性の低減とピークコールアルゴリズムの評価: ChIP-seq・DHS-seq・RNA-seq などの NGS アッセイは、ゲノム全体にわたる数百万本のシーケンスリードとして出力され、これをどのように生物学的に意味のある離散的情報(ゲノム領域)に変換するかが統合解析の第一歩となる。この「データ複雑性の低減 (data complexity reduction)」において中心的役割を担うのがピークコールアルゴリズムである。MACS (Model-based Analysis of ChIP-Seq) に代表されるアルゴリズムは、フォワード鎖とリバース鎖のリード分布バイアスを利用した確率モデルを構築し、偽陽性率を最小化しながら結合ピークを検出する。転写因子の結合部位は通常 300-500 bp 程度のシャープなピークを形成するが、H3K27me3 のような抑制性修飾は数 kb から数十 kb に及ぶ広域ドメインを形成するため、データタイプに応じたアルゴリズム選択と感度・特異度のパラメータ調整が必須であることが強調された。Chen et al. (2008, Cell) は ES 細胞において n=13 種の転写因子の ChIP-seq を実施し、カスタムピークコールによって共結合パターンを解析することで多能性コア転写ネットワークを同定した事例として示されている。(Fig. 4)

教師なし統合解析による新規ゲノム機能状態の発見: 事前知識や仮説を持ち込まずに多次元データから共通パターンを抽出する「教師なし統合解析 (unsupervised integration)」は、仮説生成の最初のツールとして位置付けられる。最もシンプルなアプローチは k-means クラスタリングや階層的クラスタリングによる遺伝子・ゲノム領域の共発現・共修飾パターンの分類であり、Eisen et al. (1998, PNAS) が確立した遺伝子発現プロファイルのクラスタリングをエピゲノム・インタラクトームデータに拡張する形で応用されてきた(Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005 の GSEA (Gene Set Enrichment Analysis) はこの遺伝子セット解析の代表的発展形である)。しかし、ChIP-seq のようなエピゲノムデータはゲノム領域ごとに「シグナルプロファイル」が連続的に変化するため、通常のクラスタリングではアライメントが不十分なプロファイルを正しく分類できないという問題がある。これを解決するために著者らが開発した ChromaSig は、ゲノム軌道上で poorly aligned なエピゲノムプロファイルを確率的に整列・クラスタリングするアルゴリズムであり、既知のプロモーター・エンハンサー以外の新規クロマチン状態をゲノムワイドに同定することを可能にした。また、Jaschek and Tanay (2009) の HMM (hidden Markov model) アプローチはゲノム全体の各塩基領域に最も尤もらしいエピジェネティック状態を割り当て、クロマチン状態のゲノムワイドセグメンテーションを実現した。(Fig. 3)

教師あり統合解析とベイズネットワークによる因果モデル構築: 「教師あり統合解析 (supervised integration)」は、特定の仮説を出発点に選定したデータセットを組み合わせ、因果関係や機能的関連性を検証・定量化する。相関解析(2 つの転写因子の全ゲノム結合プロファイルの Pearson / Spearman 相関)は最もシンプルな教師あり手法であり、正の相関は協調的共結合、負の相関は競合的拮抗を示唆する。より強力なアプローチとして、確率的グラフィカルモデルであるベイズネットワークは多変数間の条件付き独立性を推論することで依存関係の有向グラフを構築する。van Steensel et al. (2010, Genome Research) はベイズネットワークをクロマチン結合タンパク質のパネルに適用し、異なるクロマチン修飾間の相互依存関係をモデル化して実験的に検証した。Yu et al. (2008, Genome Research) はヒストン修飾プロファイルと転写因子結合の相互依存性を、遺伝子発現との関係と合わせてモデル化した。著者らはこれらのアプローチを「仮説生成→教師なし解析→教師あり検証→実験的バリデーション」という反復サイクルの枠組みで位置付け、どちらか一方ではなく両者の組み合わせが生物学的理解を最も効率的に前進させると論じている。(Fig. 4)

大規模コンソーシアムによる標準化と公開データ基盤の整備: 個別研究室の規模を超える多次元データの標準的取得と公開を目的とした大型国際コンソーシアムが複数立ち上がった。ENCODE (Encyclopedia of DNA Elements) Project は n=100 以上のヒト細胞型において転写因子結合・ヒストン修飾・クロマチン構造を体系的にマッピングし、UCSC Genome Browser 上でデータを公開している(K562 細胞など代表的株化細胞のデータが実験開始時点で公開済み)。NIH Roadmap Epigenomics Project は n=100 以上のヒト正常組織・細胞型における標準的エピゲノムマップ(ヒストン修飾・DNAメチル化)の作成を目標に掲げ、異なるメチル化解析手法(RRBS / MeDIP-seq / MethylC-seq)の比較評価を通じて最適プロトコルの標準化を推進している。TCGA (The Cancer Genome Atlas) はがんゲノム解析における多次元データ統合のインフラを整備し、ModENCODE はモデル生物(Drosophila・C. elegans)の全ゲノム機能アノテーションを推進している。これらのコンソーシアムが提供する高品質・標準化されたデータは、Huang et al. NatProtoc 2009 の DAVID などの生物情報解析ツールと組み合わせることで、遺伝子オントロジー・経路解析・タンパク質相互作用ネットワーク解析まで一連の統合解析パイプラインを個々の研究室が実行可能にした。(Fig. 3, Fig. 4)

NGS データ統合における技術的課題:正規化・バイアス・ツール基盤: NGS データを複数の実験・研究グループ間で比較する際、適切なデータ正規化は統合解析の信頼性を左右する最重要課題である。ChIP-seq では抗体品質・クロマチン断片化条件・シーケンス深度の差異が実験間変動を生じ、非正規化データに画一的な有意水準を適用するとセル型特異的なピークを共通ピークと誤認するリスクがある(Taslim et al. 2009, Bioinformatics が Loess・quantile・rank-order 正規化の比較を実施)。RNA-seq においてはプラットフォーム間でのリード長の差異(Illumina/SOLiD の短リード vs. Roche/454 の長リード)により、マルチマッピングリードの扱いや RPKM (reads per kilobase of exon model per million mapped reads) 正規化の基準が統一されておらず、異種プラットフォーム間での定量比較が困難であった。また、短リードをリファレンスゲノムにマッピングする際の参照配列バイアスが SNP 検出精度に影響することが Degner et al. (2009, Bioinformatics) によって示されており、アレル特異的解析ではこのバイアスを低減するための追加処理が必要である。これらの技術的障壁を越えるためのオンライン統合解析プラットフォームとして、Galaxy(コミュニティ開発のアドオン型オープンソース基盤、ChIP-seq リードマッピング→ピーク検出→アノテーション→オントロジー解析を一貫して実行可能)とスタンドアロンツール CisGenome(ChIP-chip および ChIP-seq 専用ブラウザ・ファイル変換・ピーク検出・モチーフ解析を統合)が、ウェット研究者向けの実用ツールとして評価された。(Fig. 4)

考察/結論

先行研究との違い: これまでの研究は、ChIP-seq・RNA-seq・Hi-C などの個別技術を紹介するレビューが中心であり、それぞれの技術的特徴を詳述するに留まっていた。本稿は既報の個別技術レビューと異なり、これらの多次元データを「統合的に解析する方法論」そのものを体系化した点で根本的に異なる。従来の一次元的なゲノム配列解析から脱却し、エピゲノム(クロマチン状態)・トランスクリプトーム(発現出力)・インタラクトーム(三次元空間配置)を同時に考慮することによって初めて、ゲノムの「動的な制御ロジック」が解明できるという論点を、具体的な生物学的問いと方法論的枠組みを対応させながら体系的に提示した点において対照的である。

新規の枠組みと本稿の学術的貢献: 本稿は、統合ゲノミクスにおけるデータ解析アプローチを「データ複雑性の低減」「教師なし統合」「教師あり統合」という 3 カテゴリに分類・整理し、各手法の前提条件・適用範囲・限界を初めて明確に定義した。これは新規の概念的枠組みであり、その後のゲノム科学の方向性を定めた。特に新規の知見として、GWA 同定の非コード SNP を機能的にアノテーションするためのワークフロー(ChIP-seq / DHS-seq データとの統合による regulatory SNP 同定)を本研究で初めて体系的に提示した点、および教師なし統合(仮説生成ツール)と教師あり統合(仮説検証ツール)が「観察→パターン発見→予測→実験検証」の反復サイクルとして補完的に機能するという統合解析の哲学的枠組みを novel に定式化した点が挙げられる。

臨床応用への展望: 本稿が提示した統合ゲノミクスの枠組みは、がんをはじめとする複雑疾患の精密医療に直結する臨床応用を持つ。単一の遺伝子変異(SNV / CNV)同定に留まらず、RNA-seq による融合遺伝子・異常スプライシングの検出、ChIP-seq / MethylC-seq によるエピジェネティックサイレンシングの同定、Hi-C による三次元ゲノム構造の異常の検出を統合することで、患者固有の分子病態の全体像を把握した精密な治療標的の同定が可能となる。特に GWA で同定された非コード領域の疾患リスク変異の機能解読は、従来の遺伝学的手法では到達不可能であり、統合ゲノミクスアプローチが臨床的意義を持つ唯一の手段である。また、EWAS (epigenome-wide association study) の概念(本稿で提唱)は、環境因子・生活習慣が誘発するエピゲノム変化と疾患リスクの関連を大規模コホートで検証する道を拓き、疾患予防・早期診断バイオマーカー開発への臨床的な道筋を示した。さらに、bench-to-bedside の観点から、Galaxy・CisGenome などのウェット研究者向けツールの整備は、計算生物学の専門知識を持たない臨床研究者が多次元データ統合を自身で実行できる環境の実現を促すものであった。

残された課題と今後の展望: 本稿執筆時点の最大の limitation は、全ての解析がバルク細胞集団 (bulk cell population) を対象としており、細胞集団内のヘテロジェニティが統計的に均質化されてしまう点であった。残された課題として、(1) 単一細胞レベルでの多モーダルデータ統合(single-cell multi-omics)手法の開発、(2) NGS データとプロテオーム・メタボロームデータのシームレスな統合、(3) 数百次元に及ぶ超多次元データを効率的に処理・可視化する計算アルゴリズムの構築が挙げられていた。更なる検討として、プラットフォーム間の正規化基準の国際標準化・RNA-seq の絶対定量の実現・参照ゲノムバイアスを克服したアレル特異的解析手法の開発も急務とされた。これらの課題はその後、10x Genomics によるシングルセル RNA-seq・ATAC-seq (assay for transposase-accessible chromatin using sequencing) の実用化、DeepMind による AlphaFold などのディープラーニング応用、および long-read シーケンサーによる構造変異・アセンブリの高精度化によって部分的に解消されつつあるが、多次元データ統合の計算科学的基盤は現在もなおゲノム科学の最前線における重要な research 課題として機能している。

方法

本稿はレビュー論文であり、著者らによる新規の一次実験データは提示されていない。方法論として、主要な学術データベースである PubMed・Web of Science・Embase を用いて 2010 年 6 月時点までに発表されたゲノムスケール技術・統合解析・エピゲノミクスに関する文献を網羅的に収集した。検索キーワードは「next-generation sequencing」「ChIP-seq」「RNA-seq」「epigenomics」「integrative genomics」「chromatin」「DNA methylation」「Hi-C」「GWAS」を組み合わせた。

本稿が評価対象とした主要技術プラットフォームは以下の通りである。(1) 配列変異データ:SNP アレイ・全ゲノムリシーケンス・エクソームシーケンス (sequence capture)。(2) トランスクリプトームデータ:RNA-seq・CAGE (cap analysis of gene expression)・核 run-on アッセイ (nuclear run-on) との組み合わせ。(3) エピゲノムデータ:ChIP-seq・MethylC-seq (bisulfite conversion followed by sequencing)・RRBS (reduced representation bisulfite sequencing)・MeDIP-seq (methylated DNA immunoprecipitation sequencing)・DHS-seq・FAIRE-seq (formaldehyde-assisted isolation of regulatory elements followed by sequencing)。(4) インタラクトームデータ:Hi-C・ChIA-PET (chromatin interaction analysis by paired-end tag sequencing)・HITS-CLIP (high-throughput sequencing of RNA isolated by crosslinking and immunoprecipitation)・二ハイブリッド法・E-MAP (epistatic miniarray profile) による遺伝的相互作用マッピング。

引用された個々の研究において採用された統計手法も評価対象に含む。具体的には、ChIP-seq ピーク検出における偽陽性・偽陰性のトレードオフ評価(二項分布モデル・ポアソン分布モデル)、ゲノム領域間の重複の有意性検定に用いられる Fisher’s exact テスト、クラスタリング品質評価に用いられるシルエット係数、アレル特異的発現の検定における Mann-Whitney U 統計、ならびにベイズネットワークに基づく条件付き独立性推論手法について技術的評価を実施した。また、ENCODE・Roadmap Epigenomics・The Cancer Genome Atlas (TCGA)・ModENCODE(Drosophila melanogaster および Caenorhabditis elegans を対象とする国際コンソーシアム)などの大型共同プロジェクトが整備してきた公開データリソースと解析パイプラインについても体系的にレビューした。