• 著者: Blume-Jensen P, Hunter T
  • Corresponding author: Tony Hunter (The Salk Institute, La Jolla, California)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2001
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • PMID: 11357143

背景

プロテインチロシンキナーゼ (PTK: protein-tyrosine kinase) は多細胞生物の細胞外シグナル伝達の中枢として機能し、ヒトゲノムには90種以上のPTK遺伝子が存在する。58種は膜貫通型の受容体型PTK (RPTK: receptor protein-tyrosine kinase) として20サブファミリーを構成し、残る32種は細胞質内非受容体型PTKとして10サブファミリーをなす (Fig 1, Fig 2)。ヒトゲノムプロジェクトの成果によりゲノム中の約32,000コード遺伝子のうち約20%がシグナル伝達に関与し、そのなかには520種以上のプロテインキナーゼと130種以上のプロテインホスファターゼが含まれることが明らかになった。正常細胞ではPTKの活性は複数の自己抑制機構によって厳密に制御されており、不必要なシグナル伝達は抑止されている。

しかし、点変異・欠失・遺伝子増幅・融合遺伝子形成といった遺伝的変化によってPTKが恒常的に活性化し、悪性形質転換が引き起こされることが次第に明らかになってきた。既知の優性がん遺伝子100種以上のうちPTKはその最大のグループを占め (Hanahan et al. Cell 2000)、Schlessinger (2000) が受容体型チロシンキナーゼによる細胞シグナル伝達の機構を詳述し、Reed (1999) ががんにおけるアポトーシス制御の異常を論じるなど、個別の分子機構の理解は着実に進展してきた。しかし、これまでの研究では多様ながん遺伝子変換機構が独立した事象として記述されるにとどまり、すべてのPTK活性化に共通する統一的な分子原理は未解明のままであり、個別変換機構の相互優劣についてもcontroversialな見解が残されていた。

特に、PI3K (phosphoinositide 3-OH kinase)/Akt/mTOR (mammalian target of rapamycin) シグナル伝達経路の役割については、乳がん・前立腺がん・大腸がん・悪性脳腫瘍での因果的関与が注目されつつあったものの、その全体像についての知識が不足しており、体系的整理が急務であった。また、大規模なゲノム解析アプローチによってヒトがんにおける体細胞変異の全貌が解明されるにつれ (Hawkins et al. NatRevGenet 2010)、変異PTKを標的とする新規治療戦略の理論的基盤の確立が急務となっていた。

目的

本レビューは、RPTKおよび非受容体型PTKの自己抑制機構とそのがん性変換における解除メカニズムを統一的な枠組みで論じることを目的とする。具体的には、インスリン受容体 (InsR)・FGFR1 (fibroblast growth factor receptor-1)・VEGFR2 (vascular endothelial growth factor receptor-2/Flk1)・EphB2の結晶構造解析から明らかになった分子基盤を解説し、Ret/GDNFR (glial cell line-derived neurotrophic factor receptor) および Kit/SCFR (stem cell factor receptor) を代表例として発癌性変異機構を詳説する。また、c-SrcおよびBcr-Abl融合タンパク質による非受容体型PTKの活性化、JAK (Janus kinase)/STAT (signal transducer and activator of transcription) 経路の関与を論じるとともに、PI3K/Akt/mTOR経路の恒常的活性化がヒト悪性腫瘍において果たす役割を体系的に提示する。これにより、PTKシグナル伝達の異常を統一的に理解し、標的治療開発の理論的基盤を提供することを目指す。

結果

RPTKの多層的自己抑制機構: 活性化ループと膜近傍領域: 非刺激状態のRPTKでは活性化ループが触媒活性を立体的に抑制する。InsRでは未リン酸化Tyr1162が活性部位にcis結合して基質アクセスとATP結合を同時に阻害し、FGFR1とVEGFR2では活性化ループが基質結合部位を閉塞するコンフォメーションをとる (Fig 3a)。活性化ループは不活性・活性コンフォメーション間の平衡状態にあり、この平衡がcis阻害とリガンド誘導ダイマー間のtransリン酸化を両立させる。活性化ループに加えてJM領域とC末端尾部が多数のRPTKで補助的な自己抑制機能を担う。PDGFR (platelet-derived growth factor receptor) β のJM領域直上流Val置換で恒常的活性化が生じること、EphB2ではJM非リン酸化時にN末端キナーゼローブのCαヘリックスへの干渉で触媒抑制が生じることが結晶構造から示された。JM領域の自己リン酸化 (PDGFR・Kit・CSF-1R (colony-stimulating factor-1 receptor)・EphR・InsRなど) は二重機能を持ち、抑制的コンフォメーションを解除すると同時にSH2含有シグナル分子 (Src・RasGAP・SHP-1・PI3Kなど) の結合部位を創出する。ヒトゲノムにはn=90以上のPTK遺伝子が存在し、このうち31種以上のRPTKが変異または過剰発現の形でヒト悪性腫瘍と関連することが判明している (Table 1)。

Ret/GDNFRのがん化: MEN2A・MEN2B・PTC: Ret (rearranged during transfection) 受容体はGDNFファミリーのGPI (glycosylphosphatidylinositol) リンクコレセプターGFRα1-4と複合体を形成し、腎臓・腸管神経系の発生と神経分化・生存に必須の機能を持つ。少なくともn=8種の体細胞再配置 (RET/PTC1〜PTC8・ELKS-RET) がRetのN末端融合タンパク質とPTKドメインを結合させ、GDNF非依存的な恒常的二量体化とキナーゼ活性化により甲状腺乳頭癌 (PTC: papillary thyroid carcinoma) を発症させる (Table 1)。チェルノブイリ事故後の放射線誘発性PTCでは60〜70%がRET/PTC再配置を有する。生殖細胞系列GOF変異は3つの家族性腫瘍症候群に関与する。MEN2AおよびFMTCでは細胞外ドメインの5種の保存システインのいずれかの変異 (例: Cys634Arg) が分子間ジスルフィド結合による恒常的二量体化を引き起こし、MEN2A/FMTC患者のほぼ100%でこれらのシステイン変異が検出される。MEN2BではMet918Thr変異 (PTKサブドメインVIIIのAla-Pro-Gluモチーフ直上流の保存Met) が触媒活性と基質特異性を同時に変化させ、恒常的二量体化なしにキナーゼを活性化する。この部位のThrはc-SrcのようなサイトゾルPTKに特徴的であり、Thrへの置換がRetの基質特異性をc-SrcやAblに類似させ、PI3K活性化が増強されることが変換の重要機構として示された。MEN2BのMet918Thr相同変異をマウス生殖細胞系列に導入したノックインモデルが確立され、Retシグナル経路の発癌機構研究のin vivoモデルとなった。異なる変異体でTyr残基の自己リン酸化パターンが異なり、下流シグナル分子の活性化にバリエーションが生じることも示された。Grb2とShcを介したRas-Raf-ERK (extracellular signal-regulated protein kinase) カスケードおよびPI3K活性化が変換効果に重要と考えられている。

Kit/SCFRのがん化: GISTと白血病: Kit/SCFR (c-kit) は正常造血・マスト細胞発生・色素形成・精子形成・カハール介在細胞発生に必須であり、自然発生LOF変異 (W系統マウス) が多面的発生異常を引き起こした最初の哺乳類RPTKの例である。30種以上のGOF点変異または小欠失が同定されており (Table 1)、変異は2つの領域にクラスター化する。エクソン11のJM領域変異は消化管間質腫瘍 (GIST: gastrointestinal stromal tumor) に特徴的であり、Kit変異陽性GISTは変異陰性と比較して予後不良を示す。エクソン17のAsp816Val/His変異 (活性化ループのDFGモチーフ直C末端の保存Asp) はマスト細胞白血病・全身性肥満細胞症・精上皮腫に関連する (Table 1)。腫瘍の大多数はKitについて変異型と野生型の複合ヘテロ接合体であり、恒常的に活性化した変異型KitとWT (wild-type) KitのヘテロダイマーがPI3K活性化を介して優性ポジティブ表現型をもたらす。JM領域変異はTyr568・Tyr570周囲の自己リン酸化部位への干渉を解除し、限定的自己リン酸化→追加活性化コンフォメーション変化→完全キナーゼ活性化というカスケードを引き起こす (Fig 4)。Asp816変異は活性化ループの平衡を活性コンフォメーション側にシフトさせ、同一残基 (Asp) の対応部位変異がMetで腎臓がん、Retで甲状腺がんを引き起こすことも示された。SHP-1がKit/CSF-1RのJM自己リン酸化部位 (Tyr568・Tyr570) に結合してキナーゼを脱リン酸化する腫瘍抑制的機能を持ち、Asp816Val-KitがSHP-1をプロテアソーム経路で分解促進することでKitシグナルを増幅する。Motheaten (SHP-1 LOF) マウスとDominant white-spotting (Kit LOF) マウスの交配で部分的な表現型救済が得られ、SHP-1によるKitの負制御が生体内でも機能することが示された。なお、Kit/SCFRは小細胞肺がん (SCLC) でも発現が報告されており (Zhu et al. CancerRes 2021)、Kitシグナル経路が肺がん文脈でも関与することが示唆される。Bcr-Abl阻害剤STI 571 (イマチニブ) がKit/SCFRおよびPDGFRβをも阻害することが確認され、Kit陽性GISTへの臨床試験が本論文執筆時点で開始された。SU5416・SU6668 (VEGFR阻害剤として開発された化合物) もKitを阻害し、Kit陽性急性骨髄性白血病 (AML: acute myeloid leukemia) の早期試験が計画された。

非受容体型PTK: c-Srcの自己抑制解除とBcr-Ablの発癌機構: c-Srcは最初に同定された細胞性ウイルスがん遺伝子ホモログであり、不活性状態ではpTyr527 (マウス; ヒトpTyr530) とSH2ドメインの相互作用、SH3ドメインとリンカー領域ポリプロリンII型ヘリックスの相互作用によってCαヘリックスが変位し活性化ループが活性部位へのアクセスを阻害するコンフォメーションをとる (Fig 3b)。pTyr527脱リン酸化 (PTP-α・SHP-1・PTP1Bなどによる) またはSH2/SH3ドメインへのリガンド結合によって抑制が解除され、Tyr416のtrans自己リン酸化により完全活性化が生じる。ヒト大腸がんでTyr530終止のC末端切断変異c-Srcが同定されており、SH2とpTyr530の相互作用が成立しない恒常的活性化が示された。c-Srcが変換に用いるシグナル経路として、STAT3ドミナントネガティブ変異体がv-Src変換とc-Myc誘導を阻止することから、STAT経路が関与することが示唆された。Bcr-Abl融合タンパク質 (フィラデルフィア染色体t(9;22)由来) はBcrのコイルドコイルドメインを介したホモオリゴマー化によりキナーゼドメインがtrans自己リン酸化して恒常活性化し、Bcr-Ablは細胞質に保持されることで核内のc-AblによるDNA損傷誘導性アポトーシスが失われる。STI 571 (イマチニブ) はBcr-Ablキナーゼを特異的に阻害し、Stat5誘導性Bcl-xL発現依存的なアポトーシスを引き起こすことが実証された。さらにSTI 571阻害下ではBcr-Ablが核に移行し、核外輸送阻害剤leptomycin Bとの組み合わせによってアポトーシスが誘導されるという合理的な併用戦略の概念が提示された。c-AblはATM (ataxia telangiectasia-mutated) キナーゼ依存的に核内でDNA損傷誘導性アポトーシスを媒介し、p73とE2F1が重要な下流標的として同定された。Bcr-Ablが活性化するシグナル経路 (Ras-Raf-ERK・JAK-STAT・PI3K) はKit/SCFRが活性化する経路と酷似しており、PI3KおよびJAK-STAT経路が増殖・抗アポトーシス効果に必須であることが示された。

JAK/STAT経路の発癌への関与: JAKはサイトカイン受容体 (固有の触媒ドメインを持たない) の構成的会合キナーゼとして機能し、7種の哺乳類STATのうちStat3とStat5が複数の悪性腫瘍で恒常的リン酸化・活性化状態にある。EGFR増幅が多い頭頸部がんではStat3が持続活性化しており、v-Src変換にも必須であることが示された。構成的に活性化した二量体Stat3を発現させると細胞が変換されることも実証された。Tel-Jak2融合タンパク質 (t(9;12)転座、TELのコイルドコイルドメインとJak2のキナーゼ域の融合) は恒常的Jak2活性化を引き起こし、マウスモデルでStat5がこの変換に必須であることが確認された。SOCS-1 (suppressor of cytokine signaling-1) を含む16番染色体の小欠失が肝細胞がんの50%近くで検出されており、SOCS-1誘導性タンパク質分解とJAK活性化ループへの直接結合によるJAK/STAT経路の恒常活性化への寄与が示された。PIAS (protein inhibitors of activated STATs) ファミリーによるSTATダイマーのDNA結合阻害という第3の抑制系の解除も発癌に寄与する可能性がある。

PI3K/Akt/mTOR経路の役割: 細胞生存・増殖・細胞周期制御: Class IA PI3Kはp110触媒サブユニット (α・β・δ のn=3アイソフォーム) と3遺伝子 (p85α・p85β・p55γ) の発現・スプライシングにより生成されるn=7種のアダプタータンパク質で構成されるヘテロダイマーであり、RPTK活性化によりSH2ドメインを介して特異的ホスホチロシンモチーフにリクルートされてPtdIns(4,5)P2をPtdIns(3,4,5)P3に変換する (Fig 4)。PDK-1のC末端PHドメインはAktのPHドメインより約10-fold高い親和性でホスホ脂質と結合しており、PDK-1の細胞膜への恒常的局在を説明する。PtdIns(3,4,5)P3産生によりAktが膜にリクルートされ、PDK-1によるThr308リン酸化と未同定PDK-2によるSer473リン酸化でAktが完全活性化する (Fig 3c)。活性化Akt (protein kinase B; PKB) はn=13種以上の基質をリン酸化し、①アポトーシス制御 (Forkhead転写因子・Bad・カスパーゼ9) と②細胞成長・細胞周期制御 (GSK-3 (glycogen synthase kinase-3)・mTOR・IRS-1 (insulin receptor substrate-1)・p21CIP1・Cyclin D1誘導) の2大カテゴリーに作用する。PTEN (phosphatase and tensin homolog、PtdIns(3,4,5)P3を脱リン酸化する腫瘍抑制的3’-ホスホイノシチドホスファターゼ) の不活化変異が乳がん・グリオブラストーマ・胚細胞腫瘍などで広く報告され、Akt恒常活性化をもたらす。Aktβの膵がん・卵巣がんでの過剰発現、卵巣がんでのp110増幅、p65 (p85αのがん遺伝子変異体) による構成的PI3K活性化、PTENとp27の協調的前立腺腫瘍抑制機構 (マウスモデル) がそれぞれ確認された。mTOR (FRAP/RAFT-1とも称される、ラパマイシン感受性のPI3Kホモロジードメイン含有Ser/Thrキナーゼ) はp70 S6K (ribosomal S6 kinase) と4E-BP1をリン酸化して翻訳を促進し、c-MycやCyclin D1の5’-UTR (untranslated region) 高次構造依存的なmRNA翻訳を誘導する (Fig 4)。また、mTORはc-mycの転写・Stat3のSer727リン酸化・PKCαおよびPKCδのC末端疎水性残基リン酸化にも関与する。p70 S6Kは40SリボソームタンパクS6リン酸化により5’-TOP (5’-terminal oligopyrimidine tract) mRNAの翻訳を促進し、さらにCyclin D3を介したRb・p107リン酸化→E2F転写活性化→細胞周期進行に関与することが示された。PI3KおよびAktによる細胞変換はmTOR依存的なp70 S6Kリン酸化と4E-BP1リン酸化に依存しており、PI3K→Akt→mTOR→p70 S6Kという下流シグナル連鎖のがん発生における必須性が確立された。

考察/結論

先行研究との違い: これまでの研究では、個々のがん遺伝子変換機構は独立した事象として記述されてきた。RetのPTC再配置、KitのGOF変異、Bcr-Abl融合タンパク質といった発癌機構はそれぞれ個別に論じられるにとどまり、これまでの研究が統一的な枠組みを与えていなかった。本総説はこれらすべてが「自己抑制制約の解除 (autoinhibitory constraint relief)」という単一の分子原理に帰結することを体系的に論じた点で、既報のアプローチと大きく異なる。また、既報の多くがRas-Raf-ERK経路を中心的な発癌シグナルとして捉えてきたのと対照的に、PI3K/Akt/mTOR経路が乳がん・前立腺がん・大腸がん・脳腫瘍など多くの一般的なヒト悪性腫瘍で因果的に重要であることを強調した点も新規な視点を提供している。

新規な知見: 本論文が新規に体系化した点として特に重要なのは、Retの変異機構が本質的に異なる2種類に大別されるという整理である。MEN2A/FMTCではシステイン変異による分子間ジスルフィド結合で恒常的二量体化が生じるのに対し、MEN2BではMet918Thr変異が恒常的二量体化なしに触媒活性と基質特異性を同時に変化させる、というこれまで報告されていない本質的差異が明示された。KitのJM領域変異がTyr568・Tyr570周囲に集積し、JM領域の抑制解除カスケードを経て完全活性化に至ることも新規に整理された。PI3K/Akt経路において、PDK-1のPHドメインがAktのPHドメインより約10-fold高い親和性でホスホ脂質に結合し細胞膜に恒常的に局在するという分子機構も新規な制御原理として示されており、これがAktの迅速かつ効率的な活性化を可能にする構造的基盤となっている。さらに、Bcr-Abl阻害後のBcr-Ablの核移行とleptomycin B (核外輸送阻害剤) との組み合わせによるアポトーシス誘導という合理的な新規併用戦略の概念も本論文で初めて提示された。

臨床応用: 臨床的意義として最も重要なのは、STI 571 (イマチニブ) の初期臨床試験データが示した、単一ドライバーキナーゼ阻害による腫瘍進行抑制の実証である。Bcr-Abl陽性CML細胞株でのイマチニブ添加によるアポトーシス誘導実験と、CMLおよびKit陽性GISTへの早期臨床試験は、「がん特異的シグナル経路の阻害による個別化医療」という分子標的治療の中心概念を初めて臨床的に裏付けるものであった。これは乳がん・NSCLC (非小細胞肺がん) 向けのZD1839 (Iressa、EGFR-TKI) 開発や、その後のキナーゼ阻害剤全般の bench-to-bedside 開発戦略の理論的基盤となった。本論文が論じたPI3K/Akt/mTOR経路についても、mTOR阻害剤ラパマイシンが経路特異的な標的として同定されており、その後の臨床応用への橋渡しとなっている。

残された課題: 本論文が提示した今後の展望として、第一にヒトがんの早期発癌イベントを精確に再現するノックインマウスモデル (体細胞点変異の部位特異的かつ誘導可逆的導入) の必要性が強調された。既存の多くの動物モデルはヒトがんとは異なる腫瘍スペクトルを示し、晩期段階の染色体再配置モデルにとどまっているという limitation が指摘された。第二に、PI3K/Akt/mTOR・Ras-ERK・JAK-STAT各経路間のクロストークの統合的理解が future research として残された課題とされた。第三に、leptomycin B の神経毒性を回避しつつBcr-Abl核移行を利用したアポトーシス誘導戦略を実現する安全な核外輸送阻害剤の探索が提案された。さらに、より特異的かつ耐性を克服する次世代キナーゼ阻害剤の開発、ならびにJAK/STATの恒常活性化の詳細な発癌機構の解明も重要な更なる検討課題として位置づけられた。

方法

本論文はNature誌のInsightレビューとして発表された包括的文献レビューである。PubMed・Web of Scienceを主要データベースとして用い、PTKシグナル伝達・がん遺伝子変換・PI3K/Akt/mTOR経路に関する原著論文および先行レビューを収集・統合した。引用した原著論文の基礎実験データにはStudent t-検定またはANOVA (analysis of variance: 分散分析) による群間比較が標準的に適用され、臨床サブセットではKaplan-Meier法・log-rank検定による生存解析が用いられた。

構造生物学データの統合: InsR・FGFR1・VEGFR2 (Flk1)・EphB2の不活性型キナーゼドメインの結晶構造解析データ (Hubbard & Till 2000; Schlessinger 2000) に基づき、活性化ループ・膜近傍 (JM: juxtamembrane) 領域・C末端尾部による自己抑制の分子基盤を記述した。活性化ループにおけるcis阻害/trans活性化機構とコンフォメーション平衡を中心に、がん関連変異がこれらの構造をどのように変化させるかを解析した。

発癌性変異のデータ収集 (Table 1): 既知のPTKがん遺伝子について、対応するウイルスがん遺伝子・発癌変異の種類・関連腫瘍型を体系的に収集した。特にRet/GDNFRの体細胞再配置 (RET/PTC1〜PTC8・ELKS-RET) および生殖細胞系列変異 (MEN2A (multiple endocrine neoplasia 2A)/MEN2B (multiple endocrine neoplasia 2B)/FMTC (familial medullary thyroid carcinoma))、Kit/SCFRの30種以上のGOF (gain-of-function) 変異 (エクソン11・エクソン17) を詳細に解析した。

動物モデルおよび細胞実験の引用: MEN2BのMet918Thr相同変異をマウス生殖細胞系列に導入したノックインモデル (Smith-Hicks et al. 2000) を参照した。また、SHP-1 (SH2 domain-containing protein tyrosine phosphatase-1) のLOF (loss-of-function) 変異を持つMotheaten (Me) マウスとKitのLOF変異を持つDominant white-spotting (W) マウスの交配実験からSHP-1の負制御機能を評価した。Bcr-Abl発現CML (chronic myeloid leukemia) 細胞株でのSTI 571阻害実験、PDK-1 (3-phosphoinositide-dependent kinase-1) 欠損胚性幹細胞でのAkt・p70 S6K・p90RSKの依存性解析を統合した (Williams et al. 2000)。

シグナル経路の統合図示: PI3K/Akt経路 (Figure 3c, Figure 4)、c-Src自己抑制機構 (Figure 3b)、RPTKの活性化機構 (Figure 3a) を模式図として整理し、各ドメイン (SH2 (Src homology-2)/SH3 (Src homology-3)/PH (pleckstrin homology)) の役割を体系的に記述した。mTORによるp70 S6Kおよび4E-BP (eIF4E-binding protein) リン酸化を介した翻訳制御機構についても、ラパマイシンによるmTOR特異的阻害実験データを統合して解析した。