• 著者: Weinstein IB
  • Corresponding author: I. Bernard Weinstein (Herbert Irving Comprehensive Cancer Center, Columbia University, New York, NY 10032, USA)
  • 雑誌: Science
  • 発行年: 2002
  • Epub日: 2002-07-05
  • Article種別: Perspectives (Commentary)
  • PMID: 12098689

背景

癌細胞は複数の遺伝子変異、広範な染色体異常、および遺伝子発現プロファイルの大規模な変化を同時に抱えた複雑なゲノム状態にある。多段階発癌 (multistage carcinogenesis) の古典的モデルでは、腫瘍形成はオンコジーンへの活性化変異と腫瘍抑制遺伝子への不活化変異が段階的に蓄積することで駆動されると考えられてきた (Nowell 1976)。約20年間の癌研究の積み重ねによって100以上のオンコジーンと少なくとも15の腫瘍抑制遺伝子が同定されており、これらは細胞増殖のみならず、分化・老化・アポトーシスという細胞運命決定にも関与する多彩な機能を持つことが明らかになっている。Hanahan et al. Cell 2000 の「癌の6つの特徴 (hallmarks of cancer)」は癌細胞が複数の生物学的能力を段階的に獲得するという包括的な枠組みを提供したが、このモデルは各遺伝子変異の効果が互いに独立して積み重なるという暗黙の前提を含んでいた。

しかし、ここで重要かつ長らく未解明であった問いが存在する。腫瘍発生の初期段階において重要な役割を果たしたオンコジーンは、完成した悪性腫瘍の「維持」においても引き続き必要とされるのか。この問いは癌細胞の生物学的依存関係の性質に関わる根本的な疑問であり、選択的な分子標的治療を開発するための知識に大きな gap in knowledge が残されていた。Weinstein 自身の先行総説 (Carcinogenesis 2000) においても、癌細胞の異常なシグナル伝達経路についての考察がなされていたが、単一のオンコジーンへの生理学的依存性という観点から体系的に概念化した論考は不足していた。また、Blume-Jensen et al. Nature 2001 はオンコジェニックキナーゼシグナルの複雑な連鎖を詳細に記述したが、癌細胞がその連鎖のどの要素に最も依存するかを明示した議論は手薄であった。同時期に登場しつつあったマイクロアレイ解析 (Pomeroy et al. Nature 2002) が癌の数千の遺伝子発現変化を一度に明らかにするようになり、無数の変化の中から「治療的に最重要なターゲット」を絞り込むための理論的枠組みの不足が急務の課題となっていた。

本 Perspective は、同号の Science 誌 (Vol. 297, p.102) に掲載された Jain ら (2002) による条件付き myc トランスジェニックマウスの研究を中心的な出発点として、これらの問いに統合的に答えようとするものである。

目的

本論文の目的は、Jain ら (2002) の myc 依存性骨肉腫モデルをはじめとする複数の先行研究エビデンスを体系的に統合し、「oncogene addiction (オンコジーン依存性)」という新たな概念を明示的に定義することである。具体的には、(1) 癌細胞が特定の活性化オンコジーンの継続的な活性に生理学的に依存するという現象の普遍性を、myc・H-ras・Bcr-Abl・HER2・cyclin D1 などの複数のオンコジーンにわたる証拠で示すこと、(2) この依存性が生じるメカニズムを「bizarre circuitry (異常な細胞内配線)」という概念によって説明し、なぜ複数の遺伝子異常を持つ癌細胞が単一のオンコジーン遮断で劇的に変化しうるのかを理論化すること、(3) 同様の論理が「tumor suppressor gene hypersensitivity (腫瘍抑制遺伝子過感受性)」にも適用できることを示すこと、(4) imatinib (STI571) や trastuzumab (抗 HER2 モノクローナル抗体) の当時の臨床成功が、この概念の実証として解釈できることを論じることを目指す。

結果

myc 依存性トランスジェニックマウスモデルにおける oncogene addiction の直接実証:本 Perspective の核心となるのは、Jain ら (2002) の条件付き myc 過剰発現トランスジェニックマウスモデルの知見である。同研究において myc の過剰発現は高悪性度骨肉腫の形成を誘導したが、myc 発現を短期間停止させると腫瘍細胞が成熟した骨芽細胞へと分化し、組織学的に正常な骨が形成された (Fig 1)。さらに注目すべきは、myc 再活性化が腫瘍増殖の再開をもたらすのではなく、逆にアポトーシスを誘導したことであり、腫瘍細胞の不可逆的な運命転換が起きていたことを示した。類似の知見として、Felsher & Bishop (Mol Cell 1999) はmyc 依存性 T 細胞白血病・急性骨髄性白血病マウスモデルで、myc 遺伝子をオフにすると白血病細胞が増殖停止・分化・アポトーシスを起こすことを報告した。Pelengaris ら (Mol Cell 1999) は c-Myc を皮膚に標的発現させることで血管新生性前悪性皮膚病変が形成され、c-Myc 不活化で病変が退縮することを示し、同グループ (Cell 2002) はさらに膵 β 細胞浸潤性腫瘍の維持にも c-Myc の持続的活性化が必要なことを明らかにした。これらの myc 系の結果は、myc オンコジーンが腫瘍の開始のみならず維持においても不可欠な中心的役割を担うことを示している。

H-ras・Bcr-Abl モデルによる oncogene addiction の多系統確認:癌種をまたいで oncogene addiction の普遍性を示す知見が複数の系統から報告されている。Chin ら (Nature 1999) は H-ras 誘導性メラノーマモデルにおいて、ras 遺伝子スイッチオフにより腫瘍の急速なアポトーシスと退縮が生じることを示した。この結果は、melanocyte 系での oncogene addiction を実証するものであり、myc の結果と系統を超えて一致した。より直接的な臨床的インパクトを持つのは Bcr-Abl 系のモデルである。Huettner ら (Nat Genet 2000) は条件付き Bcr-Abl 融合遺伝子マウスモデルにおいて、進行した白血病においても Bcr-Abl 遺伝子をオフにすると急速かつ広範なアポトーシスが生じて白血病が消失し、マウスが生存することを報告した。このマウスモデルの知見は、CML 患者に対する imatinib mesylate (BCR-ABL チロシンキナーゼ阻害薬、STI571) の著明な臨床効果を事前に予測するものであった。Kantarjian ら (N Engl J Med 2002) は CML 患者 n=509 を対象とした臨床試験で imatinib 投与により 95% の完全血液学的奏効率と 60% の major cytogenetic response を達成したことを報告しており、前臨床と臨床の知見の一致は oncogene addiction 概念の最も強力な実証となった (Fig 1)。

ヒト癌細胞株を用いた oncogene addiction の証拠:アンチセンス実験による選択的依存性の確認:トランスジェニックマウスモデルで得られた知見がヒト癌でも再現されるかどうかは重要な問いである。変異型 K-ras を持つヒト膵癌細胞株ではアンチセンス K-ras オリゴヌクレオチドにより増殖が阻害されたのに対し、正常型 K-ras を持つ膵癌細胞株では効果が認められなかった (Aoki 1997)。この増殖阻害の遺伝子型選択性は、oncogene addiction の概念を直接支持する。HER2 (human epidermal growth factor receptor 2) を増幅した乳癌細胞株においては、アンチセンス HER2 オリゴヌクレオチドにより増殖が停止したが、HER2 を過剰発現しない乳癌細胞株では効果がなかった (Colomer 1994)。Cyclin D1 は食道癌・大腸癌・膵癌・扁平上皮癌など多種のヒト癌で高頻度に過剰発現しており、アンチセンス cyclin D1 の導入によって細胞表現型が正常方向へ逆転し、マウスでの腫瘍形成も抑制された。特筆すべき知見として、アンチセンス処理後の食道癌細胞株は中程度の cyclin D1 発現を保ちつつも悪性表現型を失っており、これは元の細胞が正常細胞よりも高い量の cyclin D1 を必要とする「依存状態」にあったことを示す。さらにアンチセンス処理された膵癌細胞では化学療法剤への感受性も増大した。Vogel ら (J Clin Oncol 2002) は HER2 過剰発現転移乳癌への trastuzumab 単剤投与試験で 26% の客観的奏効率 (ORR) を示し、HER2 増幅癌細胞が HER2 シグナルに依存しているという in vitro の予測が臨床でも確認された。

Oncogene addiction の限界と escape 機構:すべての癌に一律には適用されない:一方で oncogene addiction には重要な限界が存在する。オンコジーンがゲノム不安定性を惹起して広範な二次変異を蓄積させる機能を主たる役割とする場合、その発現阻止だけでは表現型の逆転をもたらさない可能性がある。実際に、myc 形質転換線維芽細胞 (Felsher & Bishop, Proc Natl Acad Sci U.S.A. 1999) および SV40 (simian virus 40) T 抗原形質転換線維芽細胞 (Ewald et al. 1996) では、変換オンコジーンの不活化が腫瘍表現型の完全な逆転をもたらさないことが報告されている。さらに、oncogene addiction から一部の腫瘍が逃避 (escape) する機構も存在する。c-myc が開始と維持に関与する乳腺浸潤癌の一部では、内在性 ras オンコジーンが活性化されることで c-Myc 依存性を脱するサブセットが存在することが示された (Cruz et al. Nature Med 2001)。また、Gorre ら (Science 2001) は imatinib 耐性 CML 患者 n=11 例において BCR-ABL 遺伝子の変異または増幅が主要な耐性機序として同定されたことを報告した。この「依存からの逃避」は単剤標的療法の限界を早期に示すものであり、combination therapy の必要性を示唆している。

「Bizarre circuitry」仮説による oncogene addiction の機序論的説明:腫瘍抑制遺伝子過感受性との統合:本論文の最も革新的な概念的貢献は、「bizarre circuitry (異常な細胞内配線)」という枠組みによる oncogene addiction のメカニズム的説明である。癌細胞は多段階発癌の過程でシグナル伝達と遺伝子発現の「配線図 (wiring diagram)」が正常細胞とは大きく異なる形に変化し、正と負のフィードバック制御が変容した異常なネットワークを形成する (Fig 1)。癌細胞が生存・増殖という恒常性 (homeostasis) を維持するため、進化した bizarre circuitry は特定のオンコジーン活性に過度に依存した状態となる。このため、その「要石 (keystone)」となるオンコジーンを取り除くと、複雑なネットワーク全体のバランスが崩れ、分化またはアポトーシスという劇的な運命転換が生じる。同じ論理が腫瘍抑制遺伝子の「hypersensitivity (過感受性)」にも適用される。p53・Rb・APC を欠損した癌細胞に対応する野生型遺伝子を再導入すると、変異の段階的蓄積モデルが予測するよりも著しく強い増殖阻害・アポトーシス誘導・腫瘍形成抑制が観察された。野生型 p53 を人工ウイルスベクターで癌細胞に導入する遺伝子治療 (McCormick 2001) の抗腫瘍効果も、この tumor suppressor gene hypersensitivity によって説明できると論じられる。これらの現象は、多段階発癌が各変異の効果の単純な線形総和ではなく、複雑なネットワーク的・非線形な性質を持つことを示す。Hawkins et al. NatRevGenet 2010 が後に示したような次世代ゲノム解析が普及する以前の 2002 年時点において、この概念的枠組みはゲノム解析の成果を治療標的の選別に結びつける重要な橋渡しとなった。

考察/結論

先行研究との違い:Nowell (1976) によるクローン選択モデルは癌細胞がゲノム変化を介して段階的に進化することを示した先駆的枠組みであり、Hanahan et al. Cell 2000 の癌の特徴論はその 6 つの生物学的能力の定義によって癌生物学に統合的な視座を与えた。しかし、これらのモデルは癌細胞が多数の遺伝子異常を並列に活用しているという見方を促し、特定の 1 つのオンコジーンへの「生理学的依存」という観点は後景に退いていた。これらの研究とは対照的に、本 Perspective は細胞内シグナル伝達ネットワークの非線形性・相互依存性という観点から、1 つの鍵オンコジーンを遮断するだけで複雑な癌表現型が崩壊しうる理由を「bizarre circuitry」という機序論的枠組みで統一的に説明した。既報の各トランスジェニック実験やヒト癌細胞株の研究は個別に発表されていたが、それらを「oncogene addiction」という統一的な概念で結びつけた体系的論考はこれまでの研究では見られなかった。

新規性:本 Perspective は「oncogene addiction」という概念を初めて明示的に定義し、myc・ras・Bcr-Abl・HER2・cyclin D1 という複数系統の実験的証拠を統合することでその普遍性を示した点で新規の貢献をなす。さらに、bizarre circuitry という枠組みによって、これまで報告されていない統合的な機序論的説明を提供した。また、oncogene addiction と tumor suppressor gene hypersensitivity という 2 つの現象が同一の原理 (cancer cell circuitry の変容) から派生するものであるという novel な洞察は、両現象を統一的に理解する視座を与えるものである。

臨床応用可能性:oncogene addiction の概念は分子標的薬開発の強力な理論的基盤を与える。複数の遺伝子異常を抱えた癌細胞においても、「Achilles heel」となる 1 つのオンコジーンを標的にした単剤で分化またはアポトーシスを引き起こしうることは、従来の細胞毒性薬とは根本的に異なる治療原理を示す。Kantarjian ら (n=509 CML) における imatinib の 95% 完全血液学的奏効率や Vogel ら (HER2 増幅乳癌) における trastuzumab の 26% ORR は、この bench-to-bedside 実証の最初の事例として提示される。さらにマイクロアレイ解析 (Pomeroy et al. 2002) が明らかにする無数の遺伝子発現変化の中から、「最も重要な addiction node」を選別するための理論的指針を本概念が提供するという臨床的意義は大きい。この枠組みは後続の研究において EGFR・BRAF・ALK など多くのオンコジーン事例で拡張・検証されることになる。

残された課題:oncogene addiction には 2 つの主要な限界と残された課題が存在する。第一に、単剤標的療法はイマチニブ耐性例 (Gorre et al. 2001、n=11) が早期に示したように耐性変異の出現を免れないため、combination therapy が依然として必要とされる。特定のオンコジーン依存性からの逃避を防ぐ戦略の開発は今後の研究課題である。第二に、どの癌がどのオンコジーンに依存しているかを事前に予測する分子バイオマーカーの同定が今後の検討として挙げられる。2002 年時点のマイクロアレイ解析は発現変化の網羅的検出を可能にしつつあったが、addiction node を特定するための dynamic かつ機能的な cancer cell circuitry の理解はまだ limitation として残されていた。また、oncogene addiction が成立しない条件、すなわちゲノム不安定性を主たる機能とするオンコジーンや依存からの逃避を起こしやすい腫瘍のサブタイプに関するメカニズム的理解の深化も future research として不可欠である。これらの課題は 2002 年以降の次世代シークエンシングや機能ゲノミクスの発展によって徐々に解明が進められることになった。

方法

本論文は Perspectives (Commentary) 形式であり、著者自身による新規の実験データは含まない。同号の Science 誌に掲載された Jain ら (2002) の研究を中心的な出発点とし、関連する先行研究文献 20 件を横断的に引用・総合することで概念的な枠組みを構築している。引用された研究の主な方法論的アプローチとしては、以下が挙げられる。(1) 条件付きトランスジェニックマウスモデル: tetracycline 誘導系、Cre-lox 系など種々の誘導系を用い、特定のオンコジーンをオン/オフに制御することで、腫瘍表現型の維持における当該オンコジーンの必要性を in vivo で検証した研究 (Jain 2002、Felsher & Bishop 1999、Pelengaris 1999/2002、Chin 1999、Huettner 2000)。(2) ヒト癌細胞株を用いたアンチセンスオリゴヌクレオチドによる標的遺伝子発現抑制実験: K-ras (膵癌細胞株、Aoki 1997)、HER2 (乳癌細胞株、Colomer 1994)、cyclin D1 (食道癌・大腸癌・膵癌・扁平上皮癌細胞株) を標的とし、増殖への影響を解析した研究群。(3) 野生型腫瘍抑制遺伝子 (p53、Rb、APC) の癌細胞への再導入実験。(4) 当時開発が進んでいた分子標的薬の臨床試験データの引用: Kantarjian ら (N Engl J Med 2002) による CML (慢性骨髄性白血病) n=509 への imatinib mesylate 投与試験、Vogel ら (J Clin Oncol 2002) による HER2 過剰発現転移乳癌へのトラスツズマブ単剤試験。(5) マイクロアレイを用いた癌の大規模遺伝子発現プロファイリング (Pomeroy et al. Nature 2002) の参照。本論文自身での新規統計解析は実施されておらず、引用論文における血液学的・細胞遺伝学的奏効率などの記述統計値が証拠として援用されている。