- 著者: Yuan Liu, Neel Chudgar, Brooke Mastrogiacomo, Di He, Manendra B. Lankadasari, Samhita Bapat, Gregory D. Jones, Francisco Sanchez-Vega, Kay See Tan, Nikolaus Schultz, Semanti Mukherjee, Kenneth Offit, Yongde Bao, Matthew J. Bott, Natasha Rekhtman, Prasad S. Adusumilli, Bob T. Li, Marty W. Mayo, David R. Jones
- Corresponding author: David R. Jones (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY)
- 雑誌: Science Translational Medicine
- 発行年: 2022
- Epub日: 2022-04-27
- Article種別: Original Article
- PMID: 36197962
背景
BRMS1 (Breast-Restricted Metastasis Suppressor 1、乳癌転移抑制因子1) はクロマチン関連転移抑制因子として同定されており、Singh et al. (2002) によりNSCLC・乳癌を含む複数の癌腫での転移抑制機能が初めて報告された。BRMS1は多タンパク質ヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC: histone deacetylase) 転写コリプレッサー複合体の構成要素として機能することが Meehan et al. (2004) により示された。BRMS1遺伝子座からは2つの主要転写産物が産生される:BRMS1v1 (Breast-Restricted Metastasis Suppressor v1) および BRMS1v2 (Breast-Restricted Metastasis Suppressor v2) の2アイソフォームが産生される。BRMS1v1は246アミノ酸の全長型、BRMS1v2はC末端の代替スプライシングによる290アミノ酸の延長型である。先行研究はBRMS1v1の機能解析に集中しており、BRMS1v2のアイソフォーム特異的役割は未解明であった。なお、Li et al. (2018) はBRMS1がE3 (enzyme 3, ubiquitin ligase) として p300アセチルトランスフェラーゼのタンパク質分解を制御することも報告しており、BRMS1の機能的多様性を示唆していた。肺腺癌 (LUAD: lung adenocarcinoma) は世界的に最も死亡率の高い固形腫瘍であり、2020年に210万人が新規診断・180万人が死亡した (Sung et al. 2020)。早期外科切除例でも術後約50%が遠隔転移を発症するという臨床的不均一性が問題であった。次世代シーケンシング (NGS: next-generation sequencing) によるEGFR・ALK・ROS1等のドライバー変異同定は精密医療を推進したが、転移リスクを規定する生殖細胞系SNP (single nucleotide polymorphism、一塩基多型) の研究は著しく遅れていた。MMP9 (matrix metalloproteinase 9) コーディング領域・SIPA1プロモーター・PI3K/PTEN/mTOR・TGFβシグナル経路の一部SNPが攻撃的肺癌表現型と関連すると報告されていたが、転移生物学に特化したSNPの体系的解析は未開拓であり、体系的な機序解明も未検証のままであった。すなわち、「どの生殖細胞系変異が転移素因として機能し、その機序は何か」という問いに答える研究が不足しており、それが本研究が解決すべきギャップであった。
目的
BRMS1遺伝子のエクソン領域SNPを次世代シーケンシングで網羅的に同定し、LUAD転移リスクと相関するSNPを特定してその分子機序を解明すること、ならびに同定されたSNPに基づく薬理学的転移抑制戦略を提示すること。
結果
所見1:SNP rs1052566のアレル頻度とLUAD転移リスクへの影響: TCGA LUADコホート (n=582 patients) においてrs1052566のAアレル (GA+AA) 頻度は27%であり、ホモ接合 (AA、BRMS1v2 A273V/A273V) は8.2%に認められた (Fig. 1B)。TCGA乳癌コホートでも同等 (7.1%) であり、dbSNPデータベースおよびgnomADデータベースの集団頻度 (22-30%) と整合した。ステージI-II LUAD (手術切除・節外、n=278 patients) の無増悪生存期間を遺伝子型別に解析したところ、BRMS1v2 A273V/A273V (AA) 患者はGGおよびGA患者と比較して有意に短いPFS・高い遠隔転移率を示した (Fig. 1C)。高CEACAM6発現とPFS短縮の相関はTCGA LUAD全コホート解析でも確認され (HR 1.8)、CEACAM6が独立した予後因子となりうることが示された。ステージ別LUAD内でのA273V/A273V発現頻度に差はなく、転移リスクとの関連はステージ依存的でないことが示された。欧州系集団の約8%、南アジア系集団の約28%がA273V/A273Vホモ接合体であり、この頻度は臨床上のドライバー変異 (EGFR変異 ~15%) に比較しても高い。
所見2:BRMS1v2 A273V/A273Vによる細胞浸潤・転移促進: BRMS1v2はBRMS1v1と異なり主に核内に局在した (Fig. 1E)。CRISPR knock-inで作製したH358 BRMS1v2 A273V/A273V isogenic細胞 (C1, C2) はWT/WT親株と比較して紡錘形・間葉系様の細胞形態を示し、細胞増殖には差がなかった (Fig. 2B)。in vitro では2D浸潤チャンバーアッセイ (C1, C2で有意増加、p<0.001~p=0.003)、3Dハンギングドロップシステム、球状体形成能のいずれも有意な増強を示した (Fig. 2D-F)。A549細胞を用いたテールベイン注射モデルでは、BRMS1v2 WT群で転移コロニー形成例0/10に対し、A273V群で6/10に肺転移が観察された (Fisher’s exact test, p<0.001)。WT/A273V (ヘテロ) isogenic細胞の浸潤・転移能は親株に近く、ホモ接合体 (A273V/A273V) で初めて明確な機能喪失が生じることが示された。
所見3:c-fosおよびCEACAM6の同定と発現機序: H358 BRMS1v2 A273V/A273V isogenic細胞のRNA-seqでは、C1・C2間に164および123の差次発現遺伝子が同定された (log2FC>1, 調整済みp<0.05; Fig. 3A)。重複する上方制御遺伝子のUCSC_TFBS解析では73.5%がAP-1 (Activator Protein 1) 標的であり、c-fosが転写制御の中心と同定された (Fig. 3B)。タンパク質レベルの解析では総c-fosおよびリン酸化c-fos (p-c-fos S32) がA273V/A273V細胞で有意に上昇しており、mRNAレベルには差がなかったことから翻訳後調節機構が示唆された (Fig. 3C)。AP-1ターゲット候補3遺伝子 (RAMP1, F5, CEACAM6: CEA Cell Adhesion Molecule 6) を検証したところ、CEACAM6タンパク質のみがA273V/A273V細胞で選択的に上昇した (Fig. 3D-E)。ヒト検体IHC (免疫組織化学: immunohistochemistry) 解析 (WT/WT n=10、WT/A273V n=9、A273V/A273V n=6) では、A273V/A273V LUAD組織での腫瘍内c-fosおよびCEACAM6染色強度が他の遺伝子型より有意に高く (p=0.001-0.003)、隣接正常組織や腫瘍間質では差がなかった (Fig. 3F)。
所見4:核内Src-BRMS1v2 WT相互作用とc-fos核輸送制御機序: SH3 (Src homology 3) ドメイン結合予測ツールにより、BRMS1v2のアミノ酸271-285に推定SH3結合ドメインが同定された (Fig. 4B)。GST pulldownとco-IPにより、BRMS1v2 WTは核内Src (SH3ドメインメンバー) と特異的に結合するが、A273V変異体はこの結合能を喪失していることが示された (他のSH3メンバーとの結合は認めず; Fig. 4C)。in vitro Src kinase assayでは、GST-BRMS1v2 WTのみがSrcを活性化し (BRMS1v1もA273Vも非活性化)、活性化核内Src (p-Y416) はWT/WT細胞で高く、A273V/A273V細胞では低値であった (Fig. 4D-E)。活性化Srcはc-fosのチロシンリン酸化を誘導して核外搬出・プロテアソーム分解を促進するが、A273V変異によりBRMS1v2がSrcと結合できなくなると、c-fosのチロシンリン酸化が低下し核内c-fosが蓄積することが証明された。プロテアソーム阻害剤MG132 (5 μM、16時間) 処理実験で、WT細胞の細胞質でc-fosが蓄積し、A273V/A273V細胞では核内c-fosが持続することが確認された (Fig. 4F)。Src阻害薬AZD0530投与によるWT細胞でのc-fos上昇がこのモデルを支持した。
所見5:CEACAM6のc-fos標的としての機能検証とT5224による転移完全抑制: テトラサイクリン (TCN) 誘導性shRNA系でFOS (c-fos遺伝子) をノックダウンするとCEACAM6が低下し (Fig. 5A)、ChIP (クロマチン免疫沈降: chromatin immunoprecipitation) アッセイでc-fos・c-JunのCEACAM6近位プロモーター結合量がA273V/A273V細胞でWT細胞より有意に高かった (p=0.001-0.048; Fig. 5C)。CEACAM6 shRNAノックダウンによりA273V/A273V isogenic細胞の浸潤が有意に抑制され (p<0.01)、in vivo心腔内注射モデル (n=6/群) で転移が有意に減少した (Fig. 5E-F)。薬理学的アプローチとして、c-fos阻害薬T5224 (関節炎治療の臨床試験で安全性が確認済み、150 mg/kg/日経口) の評価を実施した。T5224はin vitroでA273V/A273V細胞の浸潤を抑制したが、WT細胞には影響しなかった (Fig. 6)。長期in vivoモデルでは、NSGマウスにPDO-1 (A273V/A273V) またはPDO-3 (WT) を心腔内注射し5ヶ月間観察した。無治療時の5ヶ月時点での転移率はPDO-1 A273V/A273V群で4/8 (50%)、PDO-3 WT群で2/8 (25%) であったのに対し、T5224投与を受けたPDO-1群では転移が0/8 (0%) と完全抑制が達成された (p=0.0004)。T5224投与群ではCEACAM6発現の低下がA273V/A273V PDOのみで確認され、c-fos-CEACAM6制御の遺伝子型特異性が改めて実証された。
考察/結論
本研究はBRMS1の生殖細胞系SNP rs1052566がホモ接合体 (A273V/A273V) として存在する場合にLUAD転移素因を付与するという新規機序を解明した。先行研究 (Singh et al. 2002、Meehan et al. 2004) がBRMS1の転移抑制機能をトランスポゾン導入過剰発現系で示したのとは異なり、本研究は生理的な一塩基置換 (rs1052566) による機能喪失・転移促進の臨床コホート検証と機序解明を統合した点で実質的に異なる。また Li et al. (2018) が示したBRMS1v1のE3リガーゼ機能とは独立した、BRMS1v2特異的なSrc結合ドメインを介する機序を初めて示した。本研究で初めて示されたこととして、(1) 生殖細胞系SNPが転移「促進」として機能するというゲインオブファンクション機序の初の実証、(2) 非受容体型チロシンキナーゼSrcが核内でクロマチン制御因子BRMS1v2に活性化される新規な (novel) シグナル軸の発見、(3) c-fos阻害薬T5224という既承認化合物のPDO・マウスモデル両方での転移完全抑制 (0/8) という臨床直結的な有効性の証明、の3点が挙げられる。これらは先行研究では報告されていない新規の知見であり、本研究の科学的新規性の核心を成す。
分子機序の核心は「BRMS1v2 WT→核内Src活性化→c-fosチロシンリン酸化→核外搬出・プロテアソーム分解」という転移抑制軸である。A273V変異によりBRMS1v2がSrcに結合できなくなることでこの軸が崩壊し、核内c-fos蓄積→CEACAM6転写誘導→転移促進という機能獲得 (gain-of-function) 表現型が生じる。c-fosによるCEACAM6誘導がA273V/A273V細胞特異的である点 (c-fos単独過剰発現では誘導されない) は、クロマチン状態・エピジェネティック環境の文脈依存性を示唆しており、Akdemir et al. NatGenet 2020 が示したクロマチン構造と転写制御の関係を彷彿とさせる。
臨床応用として、欧州系集団の約8%・南アジア系集団の約28%がA273V/A273Vホモ接合体であることは、標準的EGFR変異頻度 (~15%) と同程度のポピュレーション規模の精密医療ターゲットを示す。ADAURA試験でオシメルチニブ補助療法が切除後EGFR変異LUADの再発リスクを大幅低減したように、rs1052566 A273V/A273V患者への術後T5224補助療法という精密医療アプローチが現実的な臨床仮説として提示される。抗CEACAM6抗体 (NCT03596372第I相試験完了済み) との併用も有望な方向性である。Src阻害薬は本機序では効果がなく有害である可能性さえ示唆されており、遺伝子型に基づく治療選択の重要性を強調する (Lengel et al. CancerCell 2023 に示されるLUAD転移の組織特異性とも関連する)。
本研究の限界として、PFS解析はTCGA LUAD単一コホート (n=278) に限定され集団多様性が不十分であること、CRISPR knock-in系はH358細胞という単一ゲノム背景に依存すること、PDO実験でも変異プロファイル・腫瘍内不均一性の差が転移ポテンシャルに影響する可能性が挙げられる。今後の課題は、多施設前向きコホートでのrs1052566と転移リスクの独立検証、T5224の第I/II相臨床試験、他の癌腫 (特に乳癌) でのBRMS1v2 A273V/A273Vリスク評価、および核内Src-c-fos-CEACAM6軸と腫瘍免疫微小環境 (免疫チェックポイント) との関係の解明である (Zhu et al. CancerCell 2023 が示す免疫耐性機序との交差が示唆される)。
方法
MSKCC (Memorial Sloan Kettering Cancer Center、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター) の正常肺組織・NSCLC (非小細胞肺癌: non-small cell lung cancer) 検体ペアのNGSデータを用いてBRMS1エクソン領域の25個のSNPを同定し、rs1052566 (G>A, エクソン10) をLUAD転移関連SNPとして特定した。TCGA (The Cancer Genome Atlas、がんゲノムアトラス) LUADコホート (n=582) および乳癌コホートにおけるrs1052566のアレル頻度・臨床転帰との相関を解析し、PFS (無増悪生存期間: progression-free survival) をKaplan-Meier法・log-rank検定で比較した。H358 LUAD細胞株 (ヒトNSCLC株、BRMS1遺伝子座に既知ゲノム異常なし) にCRISPR knock-in法でBRMS1v2 A273V/A273V (ホモ接合) 等速細胞クローン (C1, C2) とWT/A273V (ヘテロ) クローンを作製した。RNA-seqによる転写ネットワーク解析 (DAVID 2021、UCSC_TFBS) でAP-1 (Activator Protein 1)/c-fos経路を同定し、GST (グルタチオン S-トランスフェラーゼ: glutathione S-transferase) pulldown・co-IPにより核内Src-BRMS1v2相互作用を解析した。in vitro浸潤アッセイ (2D・3Dハンギングドロップ) ・in vivoテールベイン注射 (A549, n=10/群) ・心腔内注射モデル (H358, n=6-8/群) でBRMS1v2 A273V/A273V の転移表現型を評価した。A273V/A273V変異を保有するLUAD患者4例由来のPDO (patient-derived organoid、患者由来オルガノイド: PDO-1, PDO-2) と野生型患者2例 (PDO-3, PDO-4) を樹立し、c-fos阻害薬T5224 (150 mg/kg/日経口投与) の転移抑制効果を3D浸潤アッセイとin vivo心腔内注射モデル (NSGマウス、5ヶ月間追跡) で検証した。統計解析:Fisher’s exact test (転移率比較)、log-rank test (生存解析)、χ2 test、両側p<0.05を有意水準とした。