- 著者: Lengel HB, Mastrogiacomo B, Connolly JG, Tan KS, Liu Y, Fick CN, Dunne EG, He D, Lankadasari MB, Satravada BA, Sun Y, Kundra R, Fong C, Smith S, Riely GJ, Rudin CM, Gomez DR, Solit DB, Berger MF, Li BT, Mayo MW, Matei I, Lyden DC, Adusumilli PS, Schultz N, Sanchez-Vega F, Jones DR
- Corresponding author: Francisco Sanchez-Vega (sanchezf@mskcc.org); David R. Jones (jonesd2@mskcc.org) (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2023
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 37084736
背景
肺腺癌 (LUAD) は、副腎、骨、中枢神経系 (CNS)、肝臓、リンパ節、肺、胸膜など、多様な臓器に優先的に転移する臓器指向性 (organotropism) を示すことが知られている。しかし、どのゲノム特性が特定の転移部位を規定するのかについては、これまで包括的に解明されていなかった。非小細胞肺癌 (NSCLC) 全体では5年生存率が26%と低く、特に切除後早期の患者の70〜80%が術後2年以内に再発・転移を来たすことが報告されている。転移はがん関連死の約90%を占める主要な原因であり、転移メカニズムの理解は臨床的に喫緊の課題である。
先行研究では、エクソソームインテグリンや臓器特異的シグナルなど、個別の因子が転移の臓器指向性に関与することが報告されてきた (Hoshino et al. Nature 2015)。例えば、Hoshinoらはエクソソームインテグリンが臓器指向性転移を決定することを示し、特定の臓器への転移能を持つエクソソームの存在を明らかにした。しかし、これらの研究は特定のメカニズムに焦点を当てたものであり、大規模なゲノムデータを用いた包括的な転移臓器指向性マッピングは限られていた。また、従来の転移診断は主に腫瘍登録情報や請求コードに基づいており、転移部位の正確な特定や転移時期の評価において、偽陰性や医師間のばらつきといった観察バイアスが課題として残されていた。特に、リンパ節転移の検出率は従来の報告では7.5%程度と低く、診断精度の不足が指摘されていた。
Memorial Sloan Kettering Cancer Center (MSKCC) では、MSK-IMPACT (Integrated Mutation Profiling of Actionable Cancer Targets) 次世代シーケンスパネルによる広範なゲノムデータが蓄積されている (Cheng et al. JMolDiagn 2015)。この大規模なゲノムデータと、手動でキュレーションされた詳細な臨床・病理情報を統合することで、転移の発生、転移量、臓器指向性、無転移生存期間 (MFS) に関連する臨床病理学的およびゲノム特性を包括的に解析することが可能となった。しかし、転移時期 (早期 vs 晩期)、転移部位 (臓器特異性)、転移巣特有の変異の頻度、およびドライバー変異の原発巣-転移巣間共有率といった多角的な解析は、これまでの研究では不足していた。本研究は、これらの課題に対処し、LUADにおける転移のゲノム基盤をより深く理解することを目的としている。特に、転移のゲノム的決定因子と臓器指向性との関連性については、いまだ未解明な点が多く、大規模な患者コホートを用いた包括的な解析が求められていた。
目的
本研究の目的は、肺腺癌 (LUAD) の転移臓器指向性に関連する臨床病理学的およびゲノム特性を体系的に解析することである。具体的には、以下の4点を明らかにすることを目指した。(1) 転移を来す原発腫瘍に特有のゲノムプロファイルおよび臨床的特徴を特定すること。(2) 転移の時期および特定の転移部位を規定するゲノムマーカーを同定すること。(3) 原発巣と転移巣間におけるドライバー変異の共有率およびクローン性を評価すること。(4) 転移巣に特有の治療標的可能な (actionable) 変異の頻度を明らかにすること。これらの解析を通じて、LUADの転移メカニズムの理解を深め、将来的な転移リスク層別化や治療戦略の最適化に資する知見を提供することを目指した。特に、TP53、SMARCA4、CDKN2Aなどの遺伝子変異が転移の臓器指向性や転移時期に与える影響を詳細に評価することを目的とした。
結果
転移を来す原発腫瘍のゲノム・臨床プロファイル: 転移を来した患者 (ES-MおよびLS-Mを統合、n=448) は、非転移患者 (NM、n=318) と比較して、若年 (中央値67.3歳 vs 68.6歳、q=0.032)、男性比率が高く (37% vs 27%、q=0.008)、微小乳頭状または充実性優位組織型が多かった (18% vs 8%、q=0.002)。ゲノム的には、転移群で腫瘍変異負荷 (TMB) が高く (中央値5.6 mut/Mb vs 4.9 mut/Mb、p=0.003)、ゲノム変化の割合 (FGA) が高く (中央値0.47 vs 0.26、p<0.001)、全ゲノム重複 (WGD) 率が高かった (40% vs 23%、p<0.001)。TP53、KEAP1、CDKN2A、MDM2、PIK3CA、NKX2-1、RB1、MYC、SMARCA4、FOXA1の10遺伝子が転移群で高頻度に変異しており、転移群の79%がこれら11遺伝子のうち1つ以上に変異を持っていた。APOBEC関連変異シグネチャーSBS2およびSBS13も転移群で高頻度であった (それぞれ18% vs 8% [p=0.012]、22% vs 14% [p=0.069])。p53、PI3K、細胞周期、Nrf2、TGFβ経路の変異も転移群で有意に多かった (各q<0.001〜0.038)。これらの所見は、AACR Project GENIEの独立コホート (n=318) で外部検証された。特に、TP53とEGFRの共変異は転移群でのみ観察され、転移進行における協力的な役割が示唆された (Figure 2F)。MDM2 (p=0.008)、MYC (p=0.021)、SMARCA4 (p<0.001)、TP53 (p=0.001) の変異は、無転移生存期間 (MFS) の短縮と関連していた (Figure 2G)。
臓器特異的転移指向性と転移時期の規定因子: 多変量解析の結果、SMARCA4変異は骨転移と有意に関連し (OR=6.47、95% CI 1.70-42.60、p=0.017)、TP53変異はリンパ節転移と関連した (OR=2.03、95% CI 1.28-3.23、p=0.003)。早期ステージ転移群 (ES-M、n=258) を対象とした時間-転移解析では、SMARCA4不活性化は骨転移までの時間短縮と関連し (OR=3.37、95% CI 1.47-7.73、p=0.004)、TP53遺伝子変異およびp53経路変異はリンパ節転移までの時間短縮と関連した (それぞれOR=2.21、95% CI 1.47-3.33、p<0.001; OR=2.29、95% CI 1.43-3.67、p<0.001)。CDKN2A変異は骨転移までの時間短縮と関連し (OR=2.79、95% CI 1.71-4.56、p<0.001)、Hippo経路変異はCNS転移までの時間短縮と強く関連した (OR=5.21、95% CI 2.21-12.30、p<0.001)。Nrf2経路変異は肝転移 (OR=3.85、95% CI 1.70-8.74、p=0.001) およびリンパ節転移 (OR=2.29、95% CI 1.43-3.67、p<0.001) と関連していた (Figure 3G)。MFS解析では、SMARCA4変異が全部位にわたるMFS短縮と関連し、CDKN2A変異およびHippo経路変異はそれぞれ骨およびCNSへの部位特異的MFS短縮と関連していた (Figure 3H)。
転移巣のゲノム特性と原発巣との差異: 転移巣は原発巣と比較して、TMB、FGA、WGD率がすべて有意に高かった (すべてq<0.001)。TP53、EGFR、CDKN2A、NKX2-1、FOXA1、MET、NF1、ARID1A、MGAの9遺伝子が転移巣で高頻度に変異しており、KRAS、MDM2、PIK3CA、ERBB2の4遺伝子は原発腫瘍で高頻度であった。CNSおよび肝転移巣では、CDKN2A不活性化が原発巣よりも高頻度であった (両部位でq=0.018)。胸膜転移はTMBが低く (中央値4.4 mut/Mb vs 6.6 mut/Mb、q<0.001)、FGAも低く (中央値0.5 vs 0.7、q<0.001)、EGFR変異が高頻度であった (48% vs 32%、q=0.002)。WES解析では、肝転移巣でAPOBEC関連シグネチャーSBS13が高頻度 (10/15 [67%] vs 21/78 [27%]、q=0.034) であり、喫煙シグネチャーSBS4が低頻度であった (4/15 [27%] vs 51/78 [65%]、q=0.034)。全転移巣および原発巣の50%以上が治療標的可能な変異を持っていたが、副腎転移ではレベル1の治療標的可能な変異が26/63 (41%) と最も少なく、胸膜転移では133/202 (66%) と最も多かった (Figure 4B)。
原発巣-転移巣間のドライバー変異共有とクローン性: マッチドペア (原発巣n=152、転移巣n=184) の解析では、転移巣のFGAが原発巣よりも有意に高かった (差の中央値0.085、p<0.001)。変異の共有率は転移-原発間で51.5%に達し、コピー数変異 (24.8%) や融合遺伝子 (28.9%) よりも有意に高かった (p<0.001)。クローナル変異の66.5%は転移巣と共有されたが、サブクローナル変異の共有率は44.0%にとどまった (p<0.001)。治療標的可能な変異は、原発-転移間の共有変異の中に濃縮されており (141/282 [50.0%] vs 41/159 [25.8%]、p<0.001)、転移巣特有のレベル1治療標的可能な変異は184症例中わずか7例 (4%) のみであった。この7例のうち6例はTKI治療後に発生した耐性変異 (EGFR T790M: 5例、ALK I1171T: 1例) であり、未治療例では転移巣特有のKRAS G12C変異が1例のみであった。複数転移巣を持つ22患者の解析では、検出されたドライバー変異の82.4% (75/91) が少なくとも2つのサンプル間で共有されていた。転移巣のみで検出された変異の81.3% (13/16) は遺伝子増幅または欠失であった。
考察/結論
本研究は、LUADの転移臓器指向性をゲノム的に体系的にマッピングした最大規模の後ろ向き解析であり、手動キュレーションによる高精度な臨床情報と大規模ゲノムデータの統合という点で先行研究を凌駕する。画像・病理・電子カルテの個別精査により、従来の請求コードベース抽出と比較して407例の追加転移診断を検出したことは、観察バイアスを大幅に低減し、特にリンパ節転移の検出率が28%と約4倍に増加した点で、本研究の信頼性を高めている。
先行研究との違い: 従来のパンがん解析では、転移部位の特定に腫瘍登録情報や請求コードが用いられていたが、本研究では詳細な手動キュレーションにより、転移部位のより正確なアノテーションと転移時期の評価を可能にした点で対照的である。また、本研究の原発腫瘍は主に未治療であったため、全身療法による選択圧が転移巣特有の変異に与える影響をより明確に評価できた点で、先行研究と異なる。
新規性: 本研究で初めて、TP53、SMARCA4、CDKN2Aの不活性化が特定の臓器への転移までの期間短縮と関連することを示した。特に、SMARCA4変異が骨転移への臓器指向性と全部位にわたる無転移生存期間 (MFS) 短縮に関連すること、CDKN2A変異が骨転移の早期出現と転移数の多様化に関連すること、Hippo経路変異がCNS転移リスクと強く関連すること (OR=5.21) は、これまで報告されていない新規の知見である。
臨床応用: 本研究の知見は、LUAD患者の転移リスク層別化と転移監視の強度設定に臨床応用できる可能性がある。例えば、初回ゲノムプロファイリングでTP53、SMARCA4、CDKN2A変異が同定された患者に対しては、特定の臓器への転移リスクが高いことを考慮し、骨シンチグラムや頭部MRIの頻度を増やすなどの個別化された転移監視戦略を検討できる。また、Hippo経路変異を有する患者群では、CNS転移リスクが高いため、予防的頭蓋照射などの介入を考慮する際の根拠となりうる。最も重要な臨床的含意として、転移巣特有の治療標的可能な変異が4%と稀であることが挙げられる。この知見は、多くの場合、転移巣の再生検なしに原発巣の初回ジェノタイピングで治療標的を同定できること、および転移後も原発巣で同定されたドライバー変異を標的とした治療が継続可能であることを支持する。ただし、TKI治療後の耐性変異 (EGFR T790M、ALK変異など) は転移巣で出現しやすいため、耐性時の再生検は依然として重要な臨床情報をもたらす。
残された課題: 本研究は観察研究であるため、転移臓器指向性を規定するゲノム変異の因果的関与の検証が今後の課題として残されている。SMARCA4、TP53などの変異がいかにして細胞の特定臓器への親和性を変化させるか (シグナル経路、細胞外マトリックス相互作用、免疫微小環境への影響など) のメカニズム解明、および染色体不安定性 (CIN) が転移成立に因果的に関与するかどうかの実験的検証が必要である。また、本研究のmatchedコホートのサンプルサイズは比較的小さく、特定の転移部位に層別化した上での腫瘍進化に関する決定的な結論を導き出すには統計的検出力が不足していた。今後は、より大規模な多施設前向きゲノムプロファイリング研究との統合が重要な方向性となる。
方法
コホート設計と患者選択: Memorial Sloan Kettering Cancer Center (MSKCC) のMSK-IMPACT (Integrated Mutation Profiling of Actionable Cancer Targets) パネルで解析された計2,532症例 (2,309患者) の肺腺癌を後ろ向きに解析した。患者は以下の5つのコホートに分類された。(1) 非転移群 (NM、n=318):2年以上フォローアップされ、転移が認められなかった患者の原発腫瘍。(2) 早期ステージ転移群 (ES-M、n=258):臨床病期I〜IIIで診断され、後に転移を来した患者の原発腫瘍。(3) 後期ステージ転移群 (LS-M、n=190):初診時に臨床病期IVであった患者の原発腫瘍。(4) 転移巣群 (ML、n=1,478):副腎、骨、CNS、肝臓、リンパ節、肺、胸膜の7つの臓器部位から採取された転移巣。(5) マッチド原発-転移群 (MP-M、n=336):同一患者から採取された原発巣152例と転移巣184例のペア。ES-MおよびLS-Mコホートの51例の原発腫瘍と、MLコホートの107例の転移巣はMP-Mコホートにも含まれた。さらに、231検体 (原発巣120例、転移巣111例) で全エクソームシーケンス (WES) を実施し、そのうち110検体は本研究の主要コホートに含まれない新規LUAD検体であった。
臨床情報のキュレーション: 転移の診断は、従来の請求コードベースの抽出ではなく、画像診断 (CT、PET、MRI)、病理報告書、および電子カルテの個別精査による手動キュレーションによって行われた。これにより、先行研究と比較して407例の追加転移診断が検出され、特にリンパ節転移の検出率は28%と、従来の7.5%から約4倍に増加した。各臓器部位における最初の転移病変の部位と日付が記録され、転移量は患者の臨床経過中に影響を受けた異なる臓器部位の数として定義された。
ゲノム解析手法: MSK-IMPACTシーケンスデータを用いて、体細胞変異、コピー数変異、融合遺伝子を検出した。腫瘍変異負荷 (TMB) は1メガベースあたりの非同義単一ヌクレオチド変異数 (mut/Mb) として定義され、パネルサイズで正規化された。染色体不安定性 (CIN) は、ゲノム変化の割合 (FGA: fraction of genome altered) および全ゲノム重複 (WGD: whole-genome duplication) の割合によって定量化された。FACETSアルゴリズムを用いて、純度と倍数性を補正したアレル特異的コピー数解析を実施した。変異のクローン性は、FACETSによって推定されたがん細胞分画 (CCF) が0.8未満の場合にサブクローナルと定義された。ドライバー変異は、OncoKB知識ベースを用いて、発がん性、または発がん性の可能性が高いと分類された変異として定義された。治療標的可能な (actionable) 変異は、OncoKBのレベル1から3Aに分類される変異とした。変異シグネチャーは、COSMICデータベースのシングルベース置換シグネチャーを用いて、MSK-IMPACTサンプルおよびWESサンプルで解析された。WES解析では、肝転移巣においてAPOBEC関連シグネチャーSBS13がより高頻度で検出された (10/15 [67%] vs 21/78 [27%])。
統計解析: 各コホート間の臨床病理学的およびゲノム的特徴の比較には、カテゴリ変数にはFisherの正確検定、連続変数にはWilcoxon順位和検定を用いた。転移臓器指向性に関連するゲノム変異の特定には、単変量および多変量ロジスティック回帰分析を用いた。無転移生存期間 (MFS) および特定の臓器への転移までの期間の解析には、Cox比例ハザードモデルを用いた。多重比較補正には偽発見率 (FDR) を用いたq値を適用した。外部検証には、AACR Project GENIEデータセットの318例のLUADコホートを用いた。これらの解析は、R (v4.1.1) および Stata (v1.5) を用いて実施された。