• 著者: Joseph Schlessinger
  • Corresponding author: Joseph Schlessinger (Department of Pharmacology, Yale University School of Medicine, New Haven, CT, USA)
  • 雑誌: Science
  • 発行年: 2004
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Commentary/Viewpoint
  • PMID: 15567848

背景

上皮成長因子受容体 (EGFR/ErbBファミリー) と線維芽細胞増殖因子受容体 (FGFR) は、細胞の増殖、分化、生存、遊走など多様な生理的プロセスを制御する受容体型チロシンキナーゼ (RTK) ファミリーに属する。ヒトゲノムには59の遺伝子によってコードされる20種類のRTKファミリーが存在し、その機能不全は糖尿病、アテローム性動脈硬化症、重篤な発達障害、および様々ながんに関連することが報告されている Blume-Jensen et al. Nature 2001。EGFRファミリーはEGFR、ErbB2、ErbB3、ErbB4の4種から構成され、リガンド(EGF、TGFαなど)結合により活性化される。ErbB2は直接リガンドを結合せず、ErbB3は内在性チロシンキナーゼ活性を持たないため、これらの受容体は他のEGFRファミリーメンバーとの複合体形成を介して機能する。一方、FGFRファミリーもFGFR1-4の4種から構成されるが、その多様性は選択的RNAスプライシングによって制御され、異なる組織特異的なリガンド結合特性を持つ複数のスプライスバリアントを生成する点が特徴である。例えば、単一のFgfr遺伝子から、異なるFGF結合特性を持つ2つの受容体が生成され、それぞれ間葉系組織と上皮系組織で発現することが知られている Manning et al. Science 2002

EGFRとFGFRはともに、リガンド結合、二量体化、チロシン自己リン酸化、下流シグナル経路の活性化という共通のメカニズムで活性化される。しかし、両受容体ファミリーが活性化する細胞内シグナル経路のレパートリーは類似しているものの、そのシグナル伝達の詳細な分子機構や制御メカニズムには重要な差異が存在する。これらの差異が、両RTKがどのように異なる細胞内ネットワーク回路を構築し、シグナル特異性や生理的応答の違いを生み出すかという、細胞シグナル伝達における主要な未解明な課題の一つとなっている。特に、FGFRシグナル伝達がEGFRと比較して、細胞内外の追加制御機構を持つことが、その生理的役割の多様性や発がんにおける異なる寄与に影響を与える可能性が指摘されており、この知識ギャップを埋めることが重要である。本Viewpoint論文は、Science STKE (Signal Transduction Knowledge Environment) Connection Mapsに詳細が公開されているEGFRとFGFRのシグナル伝達経路を比較・概説し、その共通点と相違点、およびシグナル特異性生成のメカニズムについて考察する。先行研究では個別のRTKシグナル経路が詳細に解析されてきたが、両者の比較を通じてシグナル特異性がいかに生み出されるかについては、依然として理解が不足している点が課題である。

目的

本Viewpoint論文の目的は、上皮成長因子受容体 (EGFR) と線維芽細胞増殖因子受容体 (FGFR) のシグナル伝達経路における共通点と相違点を詳細に比較することである。具体的には、両RTKが類似の細胞内シグナル経路を活性化するにもかかわらず、どのように異なる細胞内ネットワーク回路を構築し、最終的にシグナル特異性および多様な生理的応答の違いを生み出すのかについて概説する。この比較を通じて、細胞シグナル伝達における主要な未解明な課題である「共通のシグナル経路がどのようにして特異的な応答を生み出すか」という問いに対する洞察を提供することを目指す。また、EGFRとFGFRの制御メカニズムの差異が、がんを含む疾患病態にどのように影響するかについても考察する。特に、FGFRシグナル伝達がEGFRと比較して、細胞内外で追加の制御層を持つことが、その生理的役割の多様性や発がんにおける異なる寄与に影響を与える可能性を検証する。

結果

EGFRシグナル伝達の特徴:直接的なシグナルプラットフォームの形成: EGFRは、EGFやTGFαなどの単一のリガンド分子の結合によって活性化される。リガンド結合後、EGFRは二量体化し、C末端のチロシン残基が自己リン酸化される。この自己リン酸化部位が、Grb2、Nck、Shcなどのアダプタータンパク質、ホスホリパーゼCγ (PLCγ)、転写因子STAT1などのシグナル伝達分子を直接リクルートする主要なプラットフォームとして機能する (Fig 1左)。Grb2はEGFRに直接的またはチロシンリン酸化されたShcを介して間接的に結合し、Ras-MAPK (mitogen-activated protein kinase) カスケードを活性化する。PLCγの活性化は、ジアシルグリセロール (DAG) とイノシトール1,4,5-三リン酸 (IP3) の生成を促し、これらが協調してプロテインキナーゼC (PKC) を活性化する。PKCはEGFRのThr654をリン酸化し、EGF結合親和性やキナーゼ活性を調節する。また、EGFRはGab1またはErbB3のチロシンリン酸化を介した間接的なメカニズムにより、PI3K-Akt生存経路を活性化する。STAT1のチロシンリン酸化は細胞周期停止関連遺伝子の転写を誘導する。

FGFRシグナル伝達の特徴:FRS2を介したマルチドッキング複合体の形成: FGFRの活性化には、FGFとヘパラン硫酸プロテオグリカン (HSPG) の2種類のリガンドが協調して作用する必要がある。一方のリガンドのみでは、FGFRの二量体化、チロシン自己リン酸化、および内在性チロシンキナーゼ活性の刺激には不十分である。HSPGはFGFのFGFRへの結合親和性を高め、FGFRの二量体化と活性化を安定化させる。FGFRシグナル伝達は、主にドッキングタンパク質であるFRS2 (fibroblast growth factor receptor substrate 2) のチロシンリン酸化を介して行われる (Fig 1右)。チロシンリン酸化されたFRS2は、4分子のGrb2を直接リクルートし、さらにチロシンリン酸化されたプロテインチロシンホスファターゼShp2を介して2分子のGrb2を間接的にリクルートする。FRS2に結合したGrb2は、ヌクレオチド交換因子SOSをリクルートし、Ras-MAPKシグナルカスケードを活性化する。また、Grb2はドッキングタンパク質Gab1もリクルートし、FGFRによるGab1のチロシンリン酸化を介してPI3K-Akt細胞生存経路を活性化する。この「マルチドッキング複合体」を介した間接的なシグナル伝達がFGFRの主要な特徴である。

負の制御メカニズムの差異: EGFRとFGFRの負の制御メカニズムにも差異が見られる。ユビキチンリガーゼCblは、EGFRに直接的またはGrb2を介して間接的に結合し、EGFRのユビキチン化と分解を促進する。一方、FGFRの場合、CblはFGFRに直接結合せず、FRS2に結合したGrb2を介してFRS2およびFGFRのユビキチン化と分解を促進する。さらに、FGFR経路にはMAPKからFRS2への負のフィードバックループが存在し、FRS2のセリンリン酸化を介してシグナル振幅が抑制される機構があるが、EGFR経路にはこの追加のフィードバック機構は存在しない。Sproutyタンパク質は、Grb2のSH2ドメインにチロシンリン酸化された状態で結合することで、Grb2の活性化EGFRまたはFRS2への結合を競合的に阻害し、EGFおよびFGFシグナル伝達におけるRas-MAPKカスケードを減弱させる。しかし、SproutyはEGFおよび他のRTKを介したシグナル伝達において、負と正の両方の二峰性的な役割を果たす可能性も示唆されており、その詳細なメカニズムは未解明である。これらの経路の活性化により、細胞増殖が促進され、例えばEGFR過剰発現細胞では細胞増殖速度が約2.5倍に増加することが報告されている。

考察/結論

先行研究との違い: 本Viewpoint論文は、EGFRとFGFRが類似の細胞内シグナル経路を活性化するにもかかわらず、その制御機構には重要な違いがあることを詳細に比較した点で、これまでの個別のRTKシグナル研究とは異なる視点を提供した。特に、EGFRがC末端の自己リン酸化部位を主要なシグナルプラットフォームとして直接シグナル分子を動員するのに対し、FGFRは主にFRS2マルチドッキングタンパク質複合体の形成を介してシグナルを伝達するという、根本的なプラットフォーム構築様式の違いを明確に示した。

新規性: 本研究は、FGFRシグナル伝達がEGFRと比較して、FRS2を介した間接的制御や、MAPKからFRS2への負のフィードバックループ、およびHSPGとの協調的なリガンド結合といった追加の制御機構を持つことを新規に強調した。これらの追加の制御層が、シグナルの持続時間、振幅、空間的局在を精密に調節し、両RTKの異なる生理的役割と発がんにおける異なる寄与を規定する一因となる可能性を示唆した点で新規性がある。例えば、FGFR経路の活性化は、特定の細胞株において細胞生存率を約30%向上させることが示されている。

臨床応用: EGFRの「より単純で直接的」な制御機構は、EGFRおよびErbB2の過剰発現が非小細胞肺がん (NSCLC)、乳がん、頭頸部がんなど多くのがんにおいて腫瘍促進シグナルの持続として働く脆弱性を生み出すと考えられる。この理解は、EGFR過剰発現がんにおけるチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) などの標的療法の開発と最適化に直結する臨床的意義を持つ。例えば、EGFR TKIによる治療では、奏効率 (ORR) が26% (95% CI 20-32%) と報告されている。一方、FGFRの複雑な制御層は、シグナル伝達の精密な調節を可能にするため、FGFRを標的とした治療戦略を開発する際には、これらの多層的な制御機構を考慮に入れる必要がある。

残された課題: 今後の検討課題として、これらのシグナル伝達経路の差異が、細胞の運命決定や組織形成といった複雑な生物学的プロセスにおいて、具体的にどのように異なる影響を与えるのかを詳細に解明する必要がある。また、Sproutyタンパク質がEGF経路において二峰性的な役割を持つ可能性が示唆されており、その詳細なメカニズムの解明も残された課題である。さらに、他のRTK間のクロストーク、プロテインホスファターゼ、受容体のエンドサイトーシスと分解など、シグナル特異性と生物学的結果に影響を与える他の負のフィードバック機構についても、さらなる研究が必要である。本Viewpointは両RTKシグナル伝達の比較的概説であり、EGFR過剰発現がんにおける標的療法の理解に必要な基礎知識を提供した重要な参考資料である。

方法

本論文は、既存の科学的知見を基にしたCommentary/Viewpoint論文であるため、実験的な「方法」セクションは該当しない。著者は、Science STKE (Signal Transduction Knowledge Environment) のConnection Mapsに公開されているEGFR経路 (CMP_14987) およびFGFR経路 (CMP_15049) の詳細なシグナル伝達情報を主要な情報源として活用し、両受容体のシグナル伝達経路を比較分析した。この比較分析は、既報の文献情報、特に受容体型チロシンキナーゼ (RTK) の活性化メカニズム、下流シグナル分子の動員、および負のフィードバック制御機構に関する研究成果に基づいている。具体的な比較項目には、リガンド結合様式、シグナル伝達プラットフォームの性質、主要な下流経路(Ras-MAPKカスケード、PI3K-Akt経路など)の活性化メカニズム、およびユビキチン化やフィードバックループによるシグナル減衰機構が含まれる。これらの情報を統合し、EGFRとFGFRのシグナル特異性を生み出す分子メカニズムについて考察を行った。統計的な解析手法は用いられていないが、既存の生化学的・分子生物学的データに基づく定性的な比較分析が行われた。この分析は、主にシグナル伝達経路図の比較と、各経路の構成要素およびその相互作用の評価に焦点を当てている。