- 著者: Lynnette Fernandez-Cuesta, Roman K. Thomas
- Corresponding author: Lynnette Fernandez-Cuesta (International Agency for Research on Cancer (IARC-WHO), Lyons, France)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2015
- Epub日: 2014-12-11
- Article種別: Review (Molecular Pathways)
- PMID: 25501131
背景
ERBB (ErbB receptor tyrosine kinase) ファミリーは4つの受容体型チロシンキナーゼ — ERBB1 (EGFR)、ERBB2 (HER2)、ERBB3、ERBB4 — から構成され、乳癌・肺癌・頭頸部癌・脳腫瘍・大腸癌など多くの固形腫瘍において変異・増幅・オートクリンリガンド刺激を介して異常活性化される (Arteaga et al. CancerCell 2014)。ERBB受容体は細胞外リガンド結合ドメイン・膜貫通ドメイン・細胞内キナーゼドメイン・C末端テールで構成され、リガンド結合後にヘテロまたはホモ二量体を形成してキナーゼ自己リン酸化を起こし、下流のPI3K-AKTとMAPK経路を活性化する (Schlessinger et al. Science 2004)。特にERBB2-ERBB3ヘテロダイマーはERBBファミリー中で最も強力な形質転換能と有糸分裂促進能を持つとされており、ERBB2含有ヘテロダイマーのエンドサイトーシス遅延と細胞表面へのリサイクリング頻度の高さがシグナル持続に寄与する。ERBB3はキナーゼ活性がEGFRの1000-fold以下と微弱であるにもかかわらず、リガンド結合後にERBB2との二量体を形成してPI3Kを直接リクルートし、強力なPI3K-AKT活性化を引き起こす (Network et al. Nature 2012)。
肺腺癌の約2-10%を占める浸潤性粘液性腺癌 (IMA) は、多発性かつ切除不能な病態を呈しやすく、アジア人で約50%・欧米人で約80%の頻度でKRAS変異を有するが、残余のKRAS野生型IMAでは有効な治療標的が乏しく、標準的な全身療法への感受性も低い (Tsuta et al. LungCancer 2013)。IMAはEGFR変異・ALK/ROS1融合・BRAF変異などを含む既知のドライバー変異を有することが稀であり、治療標的の同定が長年の課題となっていた。また、ERBB3の活性化がEGFR阻害薬やERBB2阻害薬への耐性機序として機能することが示されており (Engelman et al. Science 2007)、NRG1融合を介したERBB3の異常活性化メカニズムについての知見は手薄であった。2014年に著者らがCD74-NRG1融合遺伝子を同定したことで、IMAにおける新規のERBB経路活性化機序の存在が明らかになったが、その詳細な分子機構・治療可能性・適切な阻害戦略については未解明な点が多く、有効な治療アプローチに関する知見が決定的に不足していた。
目的
本レビューの目的は、肺浸潤性粘液性腺癌 (IMA) において発見されたCD74-NRG1融合遺伝子の分子メカニズムを詳細に解説し、ERBB2-ERBB3経路を標的とする治療戦略の生物学的根拠を整理することである。特に、これまで治療標的が存在しなかった非喫煙者のKRAS野生型IMA患者群に対して、ERBB3標的抗体やpan-ERBB阻害薬がどのような分子生物学的根拠に基づいて有効性を示しうるかを体系的に論じ、臨床開発中のERBB3/ERBB2阻害薬群の開発状況と適用可能性を提示することを目指す。
結果
ERBBファミリーの分子生物学とERBB2-ERBB3ヘテロダイマーの特異性: ERBBファミリーの4つの受容体は、13種のポリペプチドリガンド (EGF・TGF-α・アンフィレグリン・エピレグリン・BTC・HB-EGF・EPR等のEGFR/ERBB4結合リガンドと、ERBB3/ERBB4に結合するneuregulin (NRG) 群) によって活性化される。このうちNRG1とNRG4はERBB3に、NRG1-NRG4はERBB4にも結合する。ERBB2はリガンド結合能を持たない非自律的受容体であり他の3受容体の優先的な二量体化パートナーとして機能し、ERBB3はキナーゼ活性がEGFRと比較して1000-foldほど低いにもかかわらず、二量体パートナーとの相互作用により強力なシグナル伝達を実現する。特にERBB2-ERBB3ヘテロダイマーは、(1) ERBB2含有ヘテロダイマーのエンドサイトーシスが緩慢で細胞表面へのリサイクリング頻度が高いこと、(2) ERBB3がリガンド結合・ヘテロダイマー化後にチロシンリン酸化を受けてPI3Kを直接リクルートし (GRB2は招集しない)、リガンド誘導分解を回避すること、(3) PI3K-AKT経路とMAPK経路の双方を強力に活性化して細胞増殖促進とアポトーシス回避を同時に促進すること、という3つの機序によりERBBファミリー中で最も強力な形質転換能と増殖促進能を有する。NRG1は神経系・心臓・乳腺に主に発現し、NRG1遺伝子から6型の主要タンパク質 (I-VI型) と少なくとも31アイソフォームが産生される。すべてのアイソフォームはERBB受容体を活性化するEGF様ドメインを持つが、III型NRG1のみが他の型と異なりEGF様ドメインを膜貫通型で保持し、主に細胞間接触依存的なjuxtacrineシグナル伝達を行う (Fig 1)。
CD74-NRG1融合の発見とゲノム構造: 著者らはIMA n=25例のRNA-seqおよびexome-seqスクリーニングにより、5番染色体q32と8番染色体p12の間のゲノム再構成によるCD74-NRG1融合遺伝子を同定した。この融合では、抗原提示補助タンパク質CD74 (invariant chain) のプロモーター・エクソン1-6 (細胞質テール・膜貫通ドメイン・細胞外ドメイン一部を含む) と、NRG1第III型アイソフォームのEGF様ドメインを含むエクソン (IIIb3アイソフォーム) が連結される。融合断点はCD74エクソン6直後・NRG1の第III型アイソフォームのEGF様ドメイン上流に集中しており、融合タンパク質としてNRG1のEGF様ドメインがCD74由来の膜貫通ドメインに連結された形で細胞表面に発現することになる (Fig 1)。本融合遺伝子はIMA n=25例中7例 (28%) で検出され、既知のKRAS変異とは相互排他的であった。NRG1通常アイソフォームが本来NRG1を発現しないIMAで発現することにより、本来NRG1シグナルが存在しないはずの細胞でERBB3の異常活性化が生じるというメカニズムが確立された。別の研究でSLC3A2 (solute carrier family 3 member 2) を融合パートナーとするSLC3A2-NRG1融合も同定されており、異なる融合パートナーでも同様の機能的メカニズムが成立することが示唆された。
CD74-NRG1の機能的シグナル伝達機序と前臨床モデルのデータ: CD74の膜貫通ドメインに連結されて細胞表面に提示されたNRG1のEGF様ドメインは、同細胞のERBB3受容体をオートクリン的に、または近傍細胞のERBB3をジュクスタクリン的に活性化する (Fig 1)。ERBB3の活性化はERBB2との強力なヘテロダイマー形成を誘導し、ERBB2キナーゼ活性化・ERBB3チロシンリン酸化・PI3K直接リクルートへと続く下流シグナルカスケードが持続的に駆動される。この結果PI3K-AKT経路とMAPK経路が異常持続的に活性化し、細胞増殖・生存・足場非依存的増殖が促進される。前臨床モデルでは、Ba/F3細胞・H1781 (IMA由来) 細胞株・NIH-3T3細胞を用いたトランスフォーメーションアッセイでCD74-NRG1発現によるシグナル活性化と足場非依存的増殖促進が確認され (Nakaoku et al. ClinCancerRes 2014)、afatinib 100 nM 処理やERBB3/ERBB2標的抗体によりこれらが抑制された。IMA由来patient-derived xenograft (PDX; n=12 mice) モデルでも同様の治療反応が確認されており、afatinib単剤でも部分的なシグナル抑制が観察されたが下流シグナルの完全遮断には至らなかった。Pan-ERBB阻害薬であるafatinibは EGFR/ERBB2/ERBB4を不可逆的に阻害し (Li et al. Oncogene 2008)、ERBB2-ERBB3ヘテロダイマーを介したシグナルも間接的に抑制するが、NRG1融合モデルでの前臨床データではERBB3の再活性化により完全なシグナル遮断が達成されないことが示された。
臨床病理学的特徴・患者背景・相互排他性: CD74-NRG1融合はIMAに高度に富化 (IMAの約27-28%) されており、KRAS・EGFR・ALK・ROS1変異とは相互排他的であることが一貫して示されている (Table 1)。患者背景は非喫煙女性 (一部男性) に多く、診断時に多発性結節や充実化の傾向がある。台湾の報告例 (Gow et al., 2014) では稀なCD74-NRG1転座例も確認されており、変異型 (point mutation) でなく転座/逆位型の再構成であることが特徴的である。KRAS変異IMAとは対照的に、NRG1融合陽性IMAは非喫煙者に特異的であり、疾患の臨床病理学的特徴とも一致する。また、NRG1融合はIMA以外の肺腺癌・胆管癌・膵臓癌・乳癌でも稀に報告されており、腫瘍横断的なバイオマーカーとしての可能性を示唆している。既存の分子診断パネルはDNA変異検出に最適化されているため、融合遺伝子の検出にはRNA-seqが最も感度が高いとされる。なお、IMAは多発性・切除不能な病態が多く (Tsuta et al. LungCancer 2013)、予後不良であるにもかかわらず有効な全身療法が乏しかったという臨床的文脈も重要である。
ERBB3/ERBB2標的薬の前臨床データと臨床開発状況: 本レビューは、ERBB3阻害抗体を中心とした複数の治療薬について前臨床データと臨床開発状況を体系的に整理した (Table 1)。MM-121 (seribantumab、SAR256212) はERBB3中和モノクローナル抗体であり、EGFR T790M-L858R変異腫瘍マウスモデルでcetuximabとの組み合わせによりERBB3再活性化を持続的に阻断する前臨床データがある。Phase I安全性・用量決定試験完了後、卵巣癌 (週1 paclitaxel併用、Phase II)・乳癌 (exemestane併用、Phase II)・NSCLC (erlotinib併用 Phase II) 等で複数の試験が進行中。MM-111はERBB2とERBB3を標的とするbispecific single-chain Fv (scFv) 融合タンパク質であり、HER2過剰発現依存性腫瘍の前臨床モデルで抗腫瘍活性を示す。Phase I完了後、HER2陽性食道・胃接合部癌でtrastuzumab+paclitaxelとの組み合わせPhase IIが進行中 (NCT01602406)。MM-141はIGF-IR (insulin-like growth factor 1 receptor) とERBB3を標的とするbispecific抗体で、PI3K/AKT/mTORネットワーク適応を阻止するとともにRTK複合体の分解を促進する独自の機序を持ち、Phase I進行中。MEHD7945AはEGFRとERBB3を同時に標的とする初の二重特異性抗体で複数の腫瘍モデルで単特異性抗体より優れた抗腫瘍活性を示す。LJM716はリガンド誘導性・非依存性ERBB3二量体化の両方を阻害するERBB3抗体 (Phase I完了、抗腫瘍活性のエビデンスあり)。RG7116 (RO5479599) はglycoengineeredERBB3抗体で xenograft腫瘍増殖を阻害しERBB3細胞表面発現を下方制御し、pertuzumabとの組み合わせで効果増強が確認されている。U3-1287 (AMG 888、patritumab) は完全ヒト型IgG1抗ERBB3抗体でNRG1結合部位を阻害し、lapatinib・trastuzumab処置後のERBB3上方制御を抑制してtrastuzumab耐性細胞への有効性を示す前臨床データがある。NSCLCを含む複数のがん種でPhase I/II/III複数試験が進行中。これらの薬剤の多くは現時点でERBB2陽性乳癌・胃癌を主な対象としており、NRG1融合陽性IMA患者を対象とした専用臨床試験の実施が本論文で強く求められている。
PI3K下流阻害の可能性と現状の限界: CD74-NRG1融合による下流シグナルの最終到達点はPI3K-AKT経路の活性化であり、PI3K本体またはAKT阻害薬が理論的な治療標的となりうる。しかし当時の臨床試験データでは適切な患者集団の選定が困難であること、前臨床での有望性と臨床成績の大きな乖離が指摘されており、PI3K/AKT阻害薬の多くで期待された臨床効果が得られていない状況であった。このため、上流のERBB2・ERBB3の直接阻害がより有望な戦略と判断された。pertuzumabはERBB2のヘテロダイマー化ドメインII (domain II) に結合してリガンド誘導性ERBB2-ERBB3複合体を解離させ (NTC02167854等)、trastuzumabはリガンド非依存性ERBB2-ERBB3複合体を解離させるとされるが、既存のHER2標的薬の臨床有効性はHER2増幅乳癌に限定されており、NRG1融合の文脈での有効性は不確実であった。
考察/結論
先行研究との違い: 本レビューが対象とするCD74-NRG1融合を介した経路は、EGFR変異・HER2増幅・MET増幅など既報のERBB経路活性化機序とは異なる新規の活性化メカニズムを表している。既存の研究は主にERBB受容体自体の変異や増幅に焦点を当ててきたが、本論文はリガンド遺伝子であるNRG1が融合を介して発現することで受容体側に変異や増幅がなくてもERBB2-ERBB3ヘテロダイマーが恒常的に活性化されるという、これまでの研究とは異なる病因メカニズムを提示した。また、Engelman et al. Science 2007 で示されたMET増幅によるERBB3再活性化が耐性機序となるのと対照的に、NRG1融合ではERBB3活性化がドライバーイベント自体を構成するという点で質的に異なる。さらに、これまでの研究でKRAS変異がIMAにおける主要ドライバーとされてきたこと (アジア人約50%・欧米人約80%) と対照的に、NRG1融合はKRAS陰性かつ非喫煙者に特異的であり、IMAの分子多様性の重要な一側面を初めて体系的に論じた点においても既報と相違する。
新規性: 本レビューは、CD74-NRG1融合遺伝子がNRG1 IIIb3アイソフォームの細胞表面発現を介してERBB2-ERBB3ヘテロダイマーをオートクリン・ジュクスタクリン様式で活性化し、PI3K-AKTおよびMAPK経路を異常持続的に駆動する機序を新規に整理・解説した。特に、CD74の膜貫通ドメインとNRG1のEGF様ドメインが融合することで、本来分泌型として機能するリガンドが膜結合型として細胞表面に提示されるという新規のジュクスタクリン/オートクリン機序は、これまで報告されていない分子メカニズムとして本論文が明確に記述した。また、NRG1融合陽性IMAが既存の全ての標準的ドライバー変異とは相互排他的であり、独立した治療標的となりうることも新規の知見として整理された。
臨床応用: 本知見の臨床応用として最も重要なのは、NRG1融合陽性IMA患者に対するERBB2/ERBB3を標的とする治療戦略の開発が理論的に支持されるという点である。臨床的意義として、本レビューが整理した複数のERBB3阻害抗体 (MM-121、patritumab/U3-1287、LJM716、RG7116) やERBB2/ERBB3二重阻害薬 (MM-111) がNRG1融合陽性腫瘍に対する有望な治療選択肢として提示された。本論文は臨床現場における実用的な治療戦略の方向性を示した点で先駆的意義がある。実際に本レビュー公表後、afatinibがNRG1融合陽性IMA患者で部分奏効を示す症例報告が相次ぎ、zenocutuzumab (MCLA-128、NRG1リガンドとERBB3の結合を阻害するbispecific抗体) がNRG1融合陽性肺癌・膵臓癌に対するeNRGy試験で有効性を示してFDA加速承認を受けるなど、bench-to-bedside の進展において本論文の予見的意義は高い。また、NRG1融合の検出にRNAシーケンスが必要であるという指摘は、現在のコンパニオン診断開発における診断戦略に影響を与えた。
残された課題: 今後の検討課題として以下が挙げられる: (1) NRG1融合の非IMA肺腺癌・他がん種 (胆管癌・膵臓癌・乳癌等) での頻度評価と診断スクリーニング体制の構築 (RNA-seqが最も感度が高いが実臨床への導入が課題)、(2) ERBB3阻害薬・pan-ERBB TKI等による治療後の獲得耐性機序の解明、(3) ERBB3/ERBB2標的療法と化学療法・免疫チェックポイント阻害薬との最適併用戦略の探索、(4) NRG1融合パートナー別 (CD74 vs SLC3A2等) の治療応答性の違いの検討。Limitation として、本レビューは2014年時点の知見に基づくため、その後の多数の臨床試験結果や新薬承認については言及されていない。PI3K阻害薬については適切な患者集団選定が課題として残されており、更なる検討が必要である。
方法
本論文は、肺IMAにおけるCD74-NRG1融合遺伝子およびERBBファミリー経路を標的とした治療戦略に関する文献を統合したMolecular Pathways形式のレビューである。新規患者コホートを対象とした直接的な実験は含まれず、著者らが2014年に実施したIMA n=25例のRNA-seqおよびexome-seqスクリーニングデータ、ならびに各種ERBB受容体の分子生物学・前臨床試験・臨床試験データに関する既報文献を体系的に収集・統合した。
文献検索はPubMedを用いて網羅的に実施し、2014年までの英語論文を対象とした。検索キーワードは「NRG1 fusion」「invasive mucinous adenocarcinoma」「ERBB3」「ERBB2」「targeted therapy」「CD74-NRG1」「neuregulin」等を用いた。選定基準として、肺癌におけるNRG1融合遺伝子の同定・ERBB受容体シグナル伝達ネットワークの生化学的解析・ERBB3/ERBB2標的薬に関する前臨床および初期臨床試験データを含む研究を対象とした。臨床開発状況の整理には米国臨床試験登録データベース (ClinicalTrials.gov) に登録されている試験ID (NCT01602406、NCT02167854、NCT01512199) を参照した。前臨床モデルとしてBa/F3細胞・H1781細胞株・NIH-3T3細胞を用いたトランスフォーメーションアッセイ、およびIMA由来patient-derived xenograft (PDX) モデルのデータを収集し、afatinib・pertuzumab・trastuzumab・各種ERBB3抗体の効果を評価した。統計的な評価指標として細胞増殖抑制率 (%) や薬剤濃度依存的な抑制曲線の傾きを用い、前臨床データの比較を行った。