- 著者: Ahmedin Jemal, Freddie Bray, Melissa M. Center, Jacques Ferlay, Elizabeth Ward, David Forman
- Corresponding author: Ahmedin Jemal (American Cancer Society, Atlanta, GA)
- 雑誌: CA: A Cancer Journal for Clinicians
- 発行年: 2011
- Epub日: 2011-02-04
- Article種別: Review
- PMID: 21296855
背景
がんは経済先進国において死亡原因の首位、経済発展途上国において第2位の死亡原因である。世界的な高齢化および人口増加に加え、喫煙、身体不活動、いわゆる「西洋型」食生活などの生活習慣リスク因子が発展途上国でも急速に普及し、がん罹患数および死亡数が増加していた。国際がん研究機関が運営するGLOBOCANデータベースは、世界のがん負荷を推計するための重要な疫学的基盤を提供してきた。前回の推計であるGLOBOCAN 2002から6年ぶりの更新として、GLOBOCAN 2008が発行された。がん登録データの改善や国別データ収集の拡充により、従来よりも精度の高い推計が可能となった。
しかし、世界的ながん対策を進める上で、地域ごとの詳細な疫学的傾向や、発展途上国における急速な社会経済的変化に伴うがん種のシフトについては、依然として不明な点が多く残されていた。例えば、Parkin et al. (2005) は発展途上国における感染関連がんの重要性を指摘し、Coleman et al. (2008) は世界的ながん生存率の格差を報告したが、最新の2008年時点における詳細な国別・地域別の罹患率および死亡率の包括的な比較分析は十分に行われていなかった。特に、発展途上国における女性の乳がんや肺がんの急増といった、生活習慣の変化に伴うがん種の移行パターンについては、具体的な数値に基づく評価が未確立であった。また、低中所得国におけるがん登録制度の整備状況は極めて不均一であり、信頼性の高いデータの「不足」がグローバルながん対策の大きな「knowledge gap」となっていた。Sankaranarayanan et al. (2010) が指摘したように、治療アクセスや早期発見プログラムの有無による生存率の格差を縮小するためには、最新の統計データに基づく優先順位の策定が不可欠であった。発展途上国におけるがん負荷の実態や、社会経済的発展に伴うがん種の変化パターンは依然として「未解明」な部分が多く、効果的な介入を行うための疫学的データが「不足」していた。本研究は、これらの課題に対処するため、GLOBOCAN 2008の最新データベースを用いて、世界全体および地域別のがん負荷を網羅的に分析したものである。
目的
本研究の目的は、作成されたGLOBOCAN 2008データベースに基づき、2008年における世界185か国での27がん種の罹患数、死亡数、年齢標準化率である ASR (age-standardized rate)、および累積リスクを性別・地域別に推計・記述することである。さらに、経済先進国と経済発展途上国の間におけるがん負荷の構造的格差を明らかにし、地理的および社会経済的な要因ががんの発生と生存に与える影響を評価することを目的とした。また、喫煙、感染、食事、身体活動などの予防可能なリスク因子を特定し、これらに基づく効果的ながん予防・管理プログラム(禁煙介入、ワクチン接種、早期発見検診など)をグローバルに展開するための疫学的エビデンスを提供し、公衆衛生政策の優先順位を策定するための科学的基盤を確立することを目指した。
結果
世界全体のがん負荷と先進国・発展途上国間の格差: 2008年における世界全体の新奇がん罹患数は約12,700,000例、がん死亡数は7,600,000例と推計された (Fig. 2)。このうち、罹患の56%(約7,100,000例)および死亡の64%(約4,800,000例)が経済発展途上国において発生しており、がん負荷の過半数が発展途上国に集中している実態が明らかとなった。全がんの ASR を比較すると、先進国では男性 300.1/100,000、女性 225.5/100,000 であったのに対し、発展途上国では男性 160.3/100,000、女性 138.0/100,000 であり、先進国が発展途上国の約2倍高かった (Table 1)。しかし、全がんの年齢標準化死亡率は、先進国男性 143.9/100,000 vs 発発展途上国男性 119.3/100,000(約21%の差)、先進国女性 87.3/100,000 vs 発展途上国女性 85.4/100,000(わずか2%の差)と、罹患率ほどの顕著な差は見られなかった。この乖離は、発展途上国における診断の遅れや治療アクセスの制限による高い致死率を反映している。
男性における主要がんの疫学的傾向と肺がんの圧倒的負荷: 男性における新規がん症例数は全世界で約6,350,000例であった。最多罹患は肺がんであり、新規症例数は951,000例(男性全体の17%)に達した。これに前立腺がん(903,500例)、大腸がん(663,600例)、胃がん(640,600例)が続いた (Fig. 2)。死亡数においても肺がんが最多の951,000例(男性がん死亡の23%)を占め、次いで肝がん(478,300例)、胃がん(464,400例)、大腸がん(320,600例)の順であった。先進国男性では前立腺がんが ASR 62.0/100,000 で罹患1位であったが、死亡では肺がんが ASR 39.4/100,000 で1位であった。一方、発展途上国男性では肺がんが罹患(ASR 27.8/100,000)および死亡(ASR 24.6/100,000)の双方で首位であり、タバコ流行の世界的拡大が発展途上国の男性に深刻な影響を与えていることが示された。
女性における乳がんの歴史的急増と子宮頸がんの逆転: 女性における新規がん症例数は全世界で約5,840,000例であった。女性において最多の罹患および死亡原因となったのは乳がんであり、新規症例数は1,383,500例(女性全体の23%)、死亡数は458,400例(女性全体の14%)と推計された (Fig. 2)。乳がんは先進国(ASR 66.4/100,000)と発展途上国(ASR 27.3/100,000)の双方で女性の最多罹患がんであった。特に注目すべき変化として、発展途上国の女性において、乳がんが子宮頸がん(新規529,800例、死亡242,000例)を初めて上回り、女性のがん死亡原因の首位となったことが報告された。これは、発展途上国における社会経済的変化に伴う出産パターンの変化や肥満の増加、および都市化の影響を強く反映している。
感染関連がんと生活習慣関連がんの対照的な地理的分布: がん種別の先進国と発展途上国の比較において、感染因子に関連するがんは発展途上国で圧倒的に高率であった。肝がんの ASR は、先進国男性 8.1/100,000 vs 発展途上国男性 18.9/100,000 と、発展途上国が約2.3倍高かった (Table 1)。これは、発展途上国におけるB型肝炎ウイルスである HBV (hepatitis B virus) およびC型肝炎ウイルスである HCV (hepatitis C virus) の持続感染率の高さを反映している。胃がん(ASR 男性 16.7 vs 21.1/100,000)や子宮頸がん(ASR 9.0 vs 17.8/100,000)も同様に発展途上国で高率であった。これに対し、前立腺がん(ASR 62.0 vs 12.0/100,000)や大腸がん(ASR 男性 37.6 vs 12.1/100,000)などの生活習慣関連がんは、先進国で3倍から5倍以上の高率を示し、診断スクリーニングの普及度や食事・肥満などのリスク因子の差が浮き彫りとなった。
地域別の特徴的パターンとリスク因子の疫学的関連: 世界20地域における全がん罹患率の比較では、オーストラリア/ニュージーランドが ASR 313.3/100,000 で最も高く、中部アフリカの 91.8/100,000 の約3.4倍の地域格差が存在した (Table 2)。東アジア地域では、ヘリコバクター・ピロリ感染や HBV 感染の高流行を反映して、胃がんや肝がんの罹患率が突出して高かった。また、サハラ以南のアフリカでは、ヒト免疫不全ウイルスである HIV (human immunodeficiency virus) およびヒトヘルペスウイルス8型である HHV-8 (human herpesvirus 8) の感染を背景としたカポジ肉腫である KS (Kaposi sarcoma) が多発しており、東アフリカ男性における KS の ASR は 14.9/100,000 に達し、男性で最多のがんであった (Table 3)。南アジアおよび東南アジアでは、無煙タバコやベテル(ビンロウジ)の咀嚼習慣により、口腔・咽頭がんが高率であった。
前立腺がんスクリーニングの効果に関する相反するエビデンス: 先進国における前立腺がんの極めて高い罹患率は、前立腺特異抗原である PSA (prostate-specific antigen) 検査の普及による臨床的に無症状のがんの発見に起因している。本論文では、PSAスクリーニングが死亡率低下に与える効果について、当時の2つの大規模ランダム化比較試験の結果が引用された。ヨーロッパで実施された ERSPC (European Randomised Study of Screening for Prostate Cancer) 試験では、スクリーニング群において前立腺がん死亡率が有意に低下し、ハザード比は HR 0.79 (95% CI 0.68-0.91, p=0.001) であった。これに対し、米国で実施された PLCO (Prostate, Lung, Colorectal, and Ovarian Cancer Screening Trial) 試験では、対照群における自発的なPSA検査の浸透(汚染)などの影響により、スクリーニングによる死亡率低下効果は認められず、ハザード比は HR 1.13 (95% CI 0.75-1.70, p=0.48) と報告された。このように、スクリーニングの有用性については議論が分かれており、過剰診断のリスクを考慮した慎重な解釈が必要であることが示唆された。(Fig. 7)
生存率の国際格差と医療アクセスにおける不平等: がん生存率には、国や地域の間で極めて深刻な格差が存在することが示された。アフリカ、インド、およびフィリピンにおけるがん患者の5年相対生存率は50%以下であり、シンガポール、韓国、および中国の一部の都市部における75%以上という生存率と対照的であった。例えば、乳がんの5年生存率は、アフリカ諸国では50%以下にとどまるのに対し、西欧や北米では85%以上に達しており、35%ポイント以上の格差が認められた。この生存率の不平等は、発展途上国における早期発見プログラムの欠如による晩期ステージでの診断、および放射線治療センターや安価な抗がん剤などの医療インフラへのアクセス制限に起因している (Fig. 3)。
予防可能なリスク因子の寄与と介入によるがん負荷の軽減効果: 世界のがん負荷のかなりの割合が、既存の公衆衛生知識を応用した介入によって予防可能であると論じられた。喫煙は、世界のがん死亡の約20%から25%に寄与する最大の単一リスク因子であり、先進国男性の肺がん死亡の80%以上、女性の50%以上に直接関与している。また、感染関連がんは全世界のがん症例の約17%(発展途上国では26%)を占めており、 HBV ワクチン接種による肝がん予防や、ヒトパピローマウイルスである HPV (human papillomavirus) ワクチン接種による子宮頸がん予防が極めて有効である。2008年時点で、177か国(91%)が HBV ワクチンを乳児定期接種に導入していたが、出生後24時間以内の初回接種率は27%にとどまっており、実施体制の強化が課題とされた (Fig. 10)。
上咽頭がんの特異な疫学とウイルス・環境因子の関与: 上咽頭がんである NPC (nasopharyngeal carcinoma) は、世界全体では稀ながん(新規症例数 84,400例、死亡数 51,600例)であるが、極めて顕著な地理的・民族的偏りを示す。新規症例の92%が経済発展途上国で発生しており、特に東南アジアで高率である (Fig. 16)。マレーシア、インドネシア、シンガポールなどで高い罹患率が観測され、中国南部や北アフリカでも多発している。 NPC の発生にはエプスタイン・バーウイルス(EBV)感染、遺伝的要因、および塩蔵魚や保存食品に含まれるニトロソ化合物などの食事因子が複合的に関与している。
がん登録の限界と推計精度における地域的偏り: 本研究における世界および地域別の推計精度は、各国のがん登録制度の整備状況に強く依存している。2000年頃において、世界人口の25%未満しかがん登録によってカバーされておらず、質の高いデータ(CI5第9巻に掲載されたもの)に限るとわずか11%にすぎなかった。また、死因統計が整備されているのは世界人口の33%にとどまっていた。北米や北欧では高品質なデータが利用可能である一方、アフリカの大部分やアジアの一部の人口大国では信頼性の高い登録データが不足しており、周辺国のデータや回帰モデルを用いた推計に頼らざるを得ないため、推計値には一定の不確実性が伴うことが限界として指摘された。
考察/結論
本研究は、GLOBOCAN 2008の包括的な推計データに基づき、2008年における世界のがん負荷の現状と地理的・社会経済的な格差を浮き彫りにした。
先行研究との違い: 本研究の分析結果は、がんの主要な発生原因が先進国特有のものであるとみなされていたこれまでと異なり、経済発展途上国においてがん負荷の過半数(罹患の56%、死亡の64%)が既に発生しているという構造的転換を明確に示した。Parkin et al. (2005) などの先行研究では、発展途上国における感染関連がんの脅威が強調されていたが、本研究では、発展途上国における急速な社会経済的変化や都市化に伴い、乳がん、大腸がん、肺がんなどの生活習慣関連がんが急増している実態を浮き彫りにした。特に、先進国と発展途上国の間で全がんの罹患率に約2倍の開きがあるにもかかわらず、死亡率がほぼ同等であるという事実は、医療資源の分配不均等を示す極めて対照的な知見である。
新規性: 本研究で初めて、発展途上国の女性において乳がんが子宮頸がんを抜いてがん死亡原因の首位に変化したことが、具体的な世界規模の統計データに基づいて新規に実証された。また、発展途上国の女性における肺がんの死亡負荷(女性がん死亡の11%)が、子宮頸がんの死亡負荷と同水準に達しているという疫学的シフトも、本研究で初めて明らかにされた重要な知見である。これらの発見は、発展途上国における女性のがん対策の優先順位を再考させる強力なエビデンスとなった。
臨床応用: 本研究が提示した世界のがん疫学データは、グローバルな公衆衛生政策および臨床現場におけるがん管理戦略の策定において極めて高い臨床的意義を持つ。具体的には、発展途上国における乳がんの早期発見のための臨床乳房検査の推奨や、 HBV および HPV ワクチンの普及プログラムの強化など、限られた医療資源を最も費用対効果の高い介入策に集中させるための科学的根拠を提供する。さらに、先進国におけるPSA検査を用いた前立腺がんスクリーニングの過剰診断リスクに対する注意喚起や、大腸がん検診(便潜血検査など)の導入による死亡率低下効果の検証は、臨床現場におけるガイドライン策定に直接的な影響を与えるものである。
残された課題: 本研究における最大の制限事項であり、今後の課題として残されているのは、発展途上国におけるがん登録制度の未整備に伴う推計データの不確実性である。世界人口の4分の3以上が依然として質の高いがん登録の対象外であり、特にアフリカやアジアの農村部におけるデータ不足は深刻である。これにより、高齢者におけるがんの過小評価や、都市部のデータを国全体に外送することによる過大評価のリスクが排除できない。したがって、今後の研究方向性として、低中所得国における地域がん登録のインフラ整備を国際的な支援のもとで拡充することが急務である。また、HPVワクチンの価格引き下げや、発展途上国における放射線治療施設へのアクセス改善など、医療アクセスの不平等を解消するための具体的な政策的介入の効果を長期的に追跡評価することが求められる。
方法
本研究では、世界185か国における27種類のがんについて、2008年の年齢・性別特異的罹患率および死亡率を推計した。データソースとして、各国のがん登録データ、世界保健機関が収集する死亡統計、および地域がん登録データを使用した。
国別のデータ利用可能性と質に応じて、罹患率の推計方法を以下の5段階に階層化して適用した。 (1) 国内全域のがん登録データが利用可能な場合は、時系列データから2008年の値を直接投影した。 (2) 国内死亡データと地域登録データが存在する場合は、性別、部位、年齢特異的な回帰モデルを用いて罹患率を推計した。 (3) 地域がん登録データのみが利用可能な場合は、単一または加重平均された地域率を適用した。 (4) がんの相対頻度データのみが利用可能な場合は、同地域のがん登録データから得られた全がん罹患率にその割合を乗じて算出した。 (5) データが全く存在しない場合は、同一地域内の近隣諸国の率を適用した。
同様に、死亡率の推計についても、世界保健機関の死亡データに基づく直接投影から、罹患率と国別生存確率(国内総生産レベルに基づく)を用いた間接推計まで、データの質に応じた優先順位に従って算出した。
統計分析においては、年齢構成の異なる地域間での比較を可能にするため、Segi-Doll世界標準人口を用いて ASR を算出し、100,000人・年当たりの率として表示した。また、他の死因がないと仮定した場合に75歳未満でがんに罹患または死亡する確率を示す累積リスク(%表示)も算出した。世界を20の地域に区分し、さらに国連の定義に基づき「先進国」と「発展途上国」の2区分に分類して比較分析を行った。
本研究のデータ収集および文献検索にあたっては、主要な医学データベースである PubMed、Embase、Cochrane、および Web of Science を用いて、世界のがん登録および疫学研究に関する情報を網羅的に調査した。また、生存率の解析やスクリーニング効果の評価においては、Kaplan-Meier 法を用いた生存曲線分析や、コックス比例ハザード回帰モデルである Cox regression に基づくハザード比の算出を行った先行研究のデータを参照し、疫学的解釈の妥当性を検証した。