• 著者: Evan Z. Macosko, Anindita Basu, Rahul Satija, James Nemesh, Karthik Shekhar, Melissa Goldman, Itay Tirosh, Allison R. Bialas, Nolan Kamitaki, et al.
  • Corresponding author: Evan Z. Macosko, Steven A. McCarroll (Harvard Medical School / Broad Institute)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2015
  • Epub日: 2015-05-21
  • Article種別: Original Article (Resource)
  • PMID: 26000488

背景

複雑な組織は多様な細胞型・細胞状態から構成されるが、従来の単一細胞解析手法では規模と効率に大きな制約があった。Tang et al. (2009) がmRNA-seqによる単一細胞解析の先駆けを示したものの、CEL-Seq (cell expression by linear amplification and sequencing、Hashimshony et al., 2012) やSmart-seq2 (sensitivity and improved RNA quality full-length transcriptome法、Picelli et al., 2013) などの手法では実用的に数百細胞、自動化しても数千細胞の処理が限界であった。Jaitin et al. (2014) はFACS (fluorescence-activated cell sorting) を用いた並列単一細胞RNA-seqを開発したが、スループットの向上には依然として限界があり、複雑な組織全体を網羅するうえでの未解明な細胞多様性は解消されなかった。Shalek et al. (2013, 2014) はマイクロ流体デバイスや免疫細胞の単一細胞解析を進めたが、複数の細胞型・状態を同時かつ高スループットで解析するシステムが欠けていた。脳の細胞型多様性は広く議論されており (Luo et al., 2008)、網膜だけでも約100種類の細胞型が存在するとされるが、その分子マーカーの多くは未同定のままという重大なギャップが存在した。つまり、1回の実験で数万の細胞を並行解析できる手法が存在せず、複雑組織の細胞多様性の全体像を把握することが根本的に困難という未解決の課題があった。これまでの手法では分析規模・コスト・実験室設備への要求のすべてにおいて解消されていない制約があり、高速・低コスト・スケーラブルな単一細胞トランスクリプトミクス技術の開発が急務とされていた。

目的

細胞をナノリットルサイズの液滴に封入し、DNAバーコード化ビーズと共に分離することで、数千の単一細胞のmRNA発現プロファイルを並行して低コストかつ迅速に取得する新技術「Drop-seq」を開発し、その精度・感度・再現性を評価した上で、マウス網膜の全細胞型を網羅的に同定することを目指した。

結果

Drop-seqの精度と感度: ヒト (HEK293: human embryonic kidney 293) とマウス (3T3) 細胞の混合実験 (n=570〜約1,000 STAMPs (single-cell transcriptomes attached to microparticles)、細胞濃度12.5〜100細胞/μl) において、Drop-seqが生成したSTAMPの大多数は高い種特異性 (平均99%) を示した (Fig. 3A, 3B)。ダブレット率は細胞濃度12.5細胞/μlで0.36%、100細胞/μlで11.3%と濃度に比例して増加した。飽和シーケンスカバレッジ下では、HEK細胞 n=54 において平均44,295転写産物 (6,722遺伝子)、3T3細胞 n=28 において平均26,044転写産物 (5,663遺伝子) を検出した (Fig. 3C, 3D)。単一細胞純度は12.5細胞/μlで98.8%、100細胞/μlで90.4%と濃度依存的に変化した (Fig. S3B)。ERCC (External RNA Controls Consortium: 標準合成RNA spike-in) を用いた変換効率 (capture rate) は12.8%と推定され、ddPCR (droplet digital PCR) による独立推定値10.7%と一致した (Fig. 3G)。Fluidigm C1との比較では同一細胞混合物でC1のダブレット率が約30%に達し (Fig. S3C)、Drop-seqの品質管理の優位性が明確に示された — ダブレット率においてFluidigm C1比で約83分の1の改善 (30% vs 0.36%) に相当する。また、Drop-seqのlog発現値はバルクRNA-seqとの相関がr = 0.90と高く (Fig. 3F)、in-solution法との相関はr = 0.94であった (Fig. 3E)。

細胞周期解析: HEK細胞 n=589 個および3T3細胞 n=412 個に対する単一細胞発現プロファイルをPCA (principal component analysis) で解析し、細胞周期の5フェーズ (G1/S, S, G2/M, M, M/G1) と相関する遺伝子群を同定した (Fig. 4A)。ヒト544遺伝子・マウス668遺伝子が細胞周期調節遺伝子としてFDR (false discovery rate) 5%で検出され、うち200組の相同遺伝子ペアが両種で保存されていた (p < 10^-65、超幾何検定) (Fig. 4B)。既知細胞周期遺伝子 (CCNB1, CCNB2, MCM2-7, AURKA, AURKB等) に加え、E2F7・PARPBPなど従来未報告の細胞周期関連遺伝子が多数同定された (Fig. 4C)。200組中82.5%は少なくとも一方の種で細胞周期関連として注釈済みであり、残り17.5% (n=35遺伝子対) が新規候補であった。化学同期化なしでの単一細胞解析により、細胞周期遺伝子発現の高時間分解能解析が実現した。なお、バーコード多様性の確認実験では11個のマイクロビーズそれぞれが全リード中3.5〜14%を占め、次点のバーコードは0.06%以下であったことからバーコードの特異性が実証された。

網膜細胞型の同定: 44,808個のマウス網膜細胞 (n=49,300 STAMPから絞り込み) を39の転写的に異なるクラスターに分類した (Fig. 5B, 5C)。クラスターのサイズは50〜29,400細胞と幅広く、全39クラスターが7回の異なる実験バッチすべてに由来する細胞を含み、再現性が確認された (Fig. 5E)。tSNE (t-distributed stochastic neighbor embedding) および密度クラスタリングを用いた教師なし解析の結果、網膜の5つの神経細胞クラス (網膜神経節細胞、双極細胞、水平細胞、光受容体、アマクリン細胞) およびアストロサイト・ミクログリア・内皮細胞・周皮細胞・線維芽細胞に対応するクラスターが既知マーカーの発現に基づき同定された (Fig. 5D)。細胞クラスの相対頻度は顕微鏡法による過去の推定値 (Jeon et al., 1998) と一致した (Table 1)。細胞数が500→2,000→9,731→44,808と増加するにつれ、アマクリン細胞の0.1〜0.9%の稀少サブポピュレーションが段階的に識別可能となり、データ規模の重要性が示された (Fig. 5F)。

アマクリン細胞の多様性解析: n=21クラスターのアマクリン細胞は、12クラスターがGABAergic (Gad1/Gad2陽性)、5クラスターがグリシン作動性 (Slc6a9陽性)、1クラスターがグルタミン酸作動性 (Slc17a8陽性)、3クラスターがいずれのマーカーも低発現 (nGnG: non-GABAergic non-glycinergic型) に分類された (Fig. 6B)。免疫組織化学的検証により、クラスター7のマーカーMaf (転写因子) がGABAergicアマクリン細胞に共局在することが確認された (Fig. 6D)。クラスター20のPPP1R17は85%のCFP陽性 (nGnG) アマクリン細胞に発現し、かつPPP1R17陽性細胞の50%はCFP陰性であったことから、第2のアマクリンサブタイプの存在が示唆された (Fig. 6F)。クラスター7とクラスター6の比較では16遺伝子が2.8倍以上の発現差を示し (p < 10^-9)、クラスター20と21の比較では12遺伝子が同様の差を示した (p < 10^-9) (Fig. 6E, 6G)。また、Opn4 (光感受性タンパク質メラノプシン) 陽性のipRGC (intrinsically photosensitive retinal ganglion cells) n=26/432個が9遺伝子を2倍以上高発現し、Tbr2/Eomesなどの選択的マーカーが同定された (Fig. 6H)。

考察/結論

Drop-seqは既存手法と対照的に、1細胞あたり約6.5セント・12時間で10,000細胞のシーケンシングライブラリを作製でき、FACS依存のJaitin et al. (2014) やFluidigm C1依存のShalek et al. (2014) と異なり、コスト・時間の両面で100倍以上の改善を実現した。Fluidigm C1がダブレット率約30%であったのに対し、Drop-seqでは12.5細胞/μlでダブレット率0.36%と劇的に低く (84倍の改善)、専用マイクロ流体デバイスの設計最適化による質的優位性がある。先行する単一細胞解析手法と対照的に、Drop-seqでは細胞懸濁液の調製と液滴形成という2ステップのみで大規模解析が可能であり、フローサイトメトリーや専用機器への依存を排除した。同号に掲載されたKlein et al. (2015) によるInDropsも同様のドロップレットアプローチを採用しており、液滴を用いた並列単一細胞解析の有効性が複数の独立グループから支持された。

本研究で新規に実証されたのは、(1) split-and-pool合成による約1677万通りのセルバーコードを持つビーズ製造法 — 従来手法の規模を桁違いに超える多様性、(2) UMIによるPCR重複排除を組み込んだ定量的デジタル遺伝子発現の実現 — バルクRNA-seqとの相関r = 0.90を達成、(3) 種間識別実験という新規の品質管理プロトコルの確立 — ダブレット・不純物の定量的評価を初めて可能とした点にある。これらの要素が統合されて初めて、n=44,808細胞規模の単一細胞アトラス構築が可能となった。空間トランスクリプトミクス技術 (空間トランスクリプトミクス) もこの流れを受けて発展し、細胞型同定に加えて空間情報を統合する方向へ進化している。

臨床応用・基礎研究への意義として、Drop-seqはGWAS (genome-wide association study) で同定された疾患関連遺伝子の細胞型特異的発現・機能を明らかにする手段となりえ、精神疾患・神経変性疾患・がんなどの疾患の細胞基盤解明に直接貢献できる。また、薬剤・遺伝的変異・病原体などの摂動に対する多次元的な細胞応答を高スループットで捉える実験プラットフォームとしての活用が期待される。がん研究においては腫瘍内の細胞不均一性 (腫瘍内不均一性) の解明にも同技術の応用が期待され、治療抵抗性の細胞集団の同定に貢献しうる。さらに、単一細胞レベルでの転写プログラムの解明は、疾患における細胞型特異的な薬剤感受性の理解にも貢献する。

残された課題として、顕微鏡による推定では網膜に約100種類の細胞型が存在するとされるが、本研究の教師なし解析ではn=39クラスターに留まった。これはRGC (retinal ganglion cells: 網膜神経節細胞) などの稀少集団 (全細胞の約1%) が1つのクラスターにまとめられたことによるものであり、教師あり解析の補完やさらに多数の細胞のプロファイリングにより追加の多様性が明らかになる可能性がある (Sanes and Masland, 2015)。Drop-seqはその後、単一細胞トランスクリプトミクス分野の標準的プロトコルとして広く普及し、今日の大規模細胞アトラス研究の礎となった (ゲノム不安定性 を含む腫瘍生物学の理解においても、細胞型別解析は不可欠の手段として定着している)。

方法

技術開発: マイクロ流体デバイスを用いてビーズ (バーコード化プライマーを保有) と単一細胞を液滴 (約1 nl) に共封入する。ビーズは12塩基のセルバーコード (split-and-pool合成、4^12 = 16,777,216通りの配列) と8塩基のUMI (unique molecular identifier、4^8 = 65,536通り) を有するオリゴdTプライマーを10^8以上保持する。細胞溶解後のmRNAをビーズ上でキャプチャし、STAMP (single-cell transcriptomes attached to microparticles) を形成。その後bulk逆転写・PCR増幅・3’末端ライブラリ調製を行い、Illumina NextSeq 500で配列決定。

品質評価: ヒト (HEK293) とマウス (3T3) 細胞の混合系で種間識別実験を実施し、ダブレット率・単一細胞純度・転写産物捕捉率を算出。合成RNA spike-in (ERCC) と液滴デジタルPCR (ddPCR) により変換効率を検証。

網膜解析: 生後14日齢マウス網膜から49,300個のSTAMPを7バッチで作製。主成分分析 (PCA) にて13,155個の大規模ライブラリを「training set」として解析し、32の有意な主成分を同定。t-分布確率的近傍埋め込み法 (tSNE) と密度クラスタリングにより細胞クラスタリングを実施。Rパッケージ「Seurat」を使用。差次的発現検定 (Bonferroni補正、p < 0.01) により各クラスターのマーカー遺伝子を同定した。